決別の選択
それは最悪の結末だった。
ほんの出来心で始めたはずの勝負が、敗者が家を去るという条件下で執り行なわれたはずの真鎌勝負の結果が、まさかどちらも家を去らなければならないかもしれなかったからだ。
もっとも最悪なのは二人にとってバレた相手が悪かった事だ、何たって目の前にいるのは死神家の最高責任者であり彼が下した判決は絶対な上に圧倒的な実行力だってある。
そして何より仕出かした事も問題だった、無許可での真鎌勝負の執行の上に立会人不在が加われば事案の案件となることは確実であったのだ。
「念の為二人に問います、あれは何をしていたんですか?」
「……」
当主の書斎に呼ばれた二人はその物々しい雰囲気に思わず息を詰まらせようとする。が、サリエルはその中でも冷静に状況を説明しようと奮起する。
「真鎌勝負です」
「受理されてない真鎌勝負は禁止されています。あなたは禁止事項を破った事を認めるのですね?」
「はい、私が私的な都合で彼からの申し出を受理しなければこのような事態は起こらなかった事は明白です。今ここで深く謝罪したいと思います」
サリエルが当主であるガイゼルに向け頭を下げ謝罪すると、リアムもそれに続く形で深く頭を下げた。
それを見据えたガイゼルも誠意を真摯に受け止めたのか、そこから先のことは責める行為はしなかった。
「あなた達の誠意はよく伝わりました。私も一度の過ちで破門させる程鬼ではありません……」
「ほ、本当ですか!?なら……」
リアムはガイゼルの心遣いに勢いよく食い付くが、サリエルにとっては御三家の当主を務める彼がそこまで甘い判決を下すとは到底思えなかった。
「だからあなた達には選択する権利を与えましょう。今の階級の降格か、一ヶ月間私の稽古を受けるか」
「っ……!?」
「一ヶ月、ですか?」
それだけ聞く限りでは前者と後者は釣り合っているようには思えなかったが、リアムの表情は安堵の表情から一転して強張った表情を見せた。
その様子からサリエルは事の異質さを意識せざるを得なかった、そして何故明らかに釣り合わない双方を天秤にかけたのかを真意を探る為に隣の彼に耳打ちで聞くことにした。
「ねえ、当主の稽古って……」
「知らないのかお前、当主が直々に指示する稽古は小柱以上の階級でも過酷だと評価される代物だ……正直子どもである俺達がその稽古を受けるのは自殺行為に近い……」
死神家入家者の総勢人数は1000人、その内50人程度は役職と呼ばれる上位階級に所属している。
役職階級の最低は『小柱』と呼ばれる階級であり、つまり死神家の成績優秀者でも当主の稽古を過酷と評価するということはサリエルたちにとって自殺行為に等しかった。
「さあどうします?」
「……俺は、降格という形で責任を取りたいと思います」
「分かりました。リアム・エムーサは第四階級に降格するということでよろしいですね?」
「……はい」
リアムは屈辱の思いを表に出さないように噛み殺そうとするが、その曇った表情には確かに己の行為を後悔していることが伝わった。
「それで、あなたはどうするのですか?」
今度はサリエルが決断する番に回ると、先程苦渋の決断をしたリアムとは打って代わり何食わぬ顔で自分の運命を選択する。
「稽古を受けます。なので、降格処分だけはやめてください」
「な……!?」
「……分かりました、ならあなたには明日から私が直々に稽古をしましょう。その決定に間違いはありませんか?」
「はい」
サリエルが決意した選択に隣の彼は思わず仰天とし耳を疑うが、確かに彼女は後者の選択を選んだことを認識するとサリエルに対して異様ささえも覚えていた様子を見せる。
だがサリエルは自分の選択に間違いはないと思っており、リアムが抱く彼女への不信感はもっとも的外れな事だと確信するのだった。
「今日の所は稽古に戻ってください、これであなた達の断罪は終わりです」
ガイゼルが責任問題の追及の終了を述べると、役目を終えた二人は書斎を出て今日の稽古場へと向かおうとした。しかしリアムにとってはサリエルの選択について正気かどうかを問う使命感に駆られた。
「おい、お前本気か?」
「ええ、降格するぐらいなら一ヶ月間耐えてやるわ。それに当主直々に稽古を見てくれるなら本望よ」
「無茶だ!!一度受けた試験など半年後に受ければまず合格する、だがお前の選択は間違いなく愚かだ!!」
「愚かなのはあなたよ、これは私が仕出かしたことへの責任だと思ってるわ。あなたは今回の件で微塵も反省しなかったわけ?」
サリエルがそこまで彼を責め立てると、当の本人も図星を突かれたのか言葉に詰まる場面が見受けられた。
だがサリエル自身もまだ腹の中に溜まった鬱憤が晴れないのか、リアムのその気に入らない態度をより正確に批判して少しでも解消しようとする。
「確かに効率を優先することは重要よ、でもそれ以前に犯した事への責任は遠回りでも自分で自分を苦しめないと駄目なの。それがあなたと私の誇りの違いよ」
「っ……後悔して知らないぞ、理想だけじゃこの世界は生きれない。今の世界で上にのさばる奴等は家柄と実力だけ、誇りなんてものは二の次なんだよ」
「そう、ならあなたは自分が正しいと思う道を進めば良い。私は私の信じる道を進むだけだから」
どうやら自分と彼とでは絶対に分かり合えない何かがあることが分かり得ると、サリエルはそのまま稽古場に向かおうとする。
「待ちやがれ!サリエル・サムハート!!」
「まだ何か用?リアム・エムーサ」
間違いじゃない、確かに己の求める信念は間違ってない。
だからこそ彼は、ここでサリエルに言わなければならないことがあった。
「どっちが先に死神になれるか勝負だ、次は絶対お前に勝つ……!!」
「……肝に銘じておくわ、第四階級さん」
今の彼にとって最高級の皮肉を言うと、確かにその二人には確執と呼べる物ができるのだった。
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稽古が始まる前、道場は各々が談笑する者もいれば竹刀を既に振る者も居て随分と騒がしかったことは事実だ。
だがしかし、その響き渡る喧騒はサリエルの登場とともに一瞬で物々しさに変貌する、勿論周りの入家者は彼女が朝無許可で真鎌勝負を執り行なった事は周知の事実だったからだ。
「ねえねえサリエルさん、真鎌勝負したって本当?」
「え、うん……」
「私朝の勝負見てたんだけど、年上相手に互角で打ち合うなんて凄いよ!」
「どうして鎌をあんなに振り回せるの?教えて教えて!」
サリエルの予想では高感度ダダ下がりの運命を辿ると思っていたが、どうやら意外と同世代の同姓からは評判が良かったことに思わず驚いてしまう。
「サリエル!?大丈夫だったの?」
「ミア、まあ一応ここを辞めることにはならなかったわ」
「良かった……もう、無茶しないでよね!!」
どうやらミアはサリエルの事を本気で心配をしていたらしく、罰が軽く済んだ事に安堵しつつもサリエルに対して出過ぎた行動を厳重注意する。
その様子にさすがのサリエルも反省したのか、今後心配してくれた彼女の為にも行動には慎重になることを約束したのだった。
だがしかし、サリエルはまだ彼女に自分のペナルティを告げることができなかった____
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「はあ!?当主直々の稽古を一ヶ月間することになった!?」
「う、うん……まあそういう訳です」
稽古が終わった直後、サリエルはまず今回の件についてミシェルに洗い浚い説明しこれからの事について相談に乗ってもらおうと彼女の部屋に押し掛けていた。
「う……ちょっと嫌な記憶思い出したから吐いたらごめんね?」
「一体何があったって言うんですか……」
「いや、実は私も二年前に一週間だけ当主の稽古を受けたことがあるんだけど……正直二度としたくないわ……」
死神家に長く在籍するミシェルでさえも一週間の稽古で音を上げる程に過酷だということを聞くと、サリエルは今の自分に一ヶ月など到底無理に思えてきた。
だがしかし承諾した以上もう引き返すことは出来なかった、やる前から音を上げる行為など理念主義者のサリエルにとって論外だったからだ。
「本当にやるの?サリエルならまた半年後に試験を受ければ受かると思う、だからわざわざ身を投げ打つ行為をしなくても……」
「それは駄目です。効率とかそういうのじゃなくて、これは私への罰だと思い選択した道です」
「……そっか、サリエルは偉いな。私があなたぐらいの頃はそこまで強くなかったよ」
ミシェルは10歳ながら肝が座ったサリエルの信念を目の当たりにすると、彼女自身の過去を振り返り何か来るものがあることを自覚した。
「それで、ミアにはその事を伝えたの?」
「……いえ、こんな事言ったら絶対心配すると思うので、明日からは私だけ別の稽古を取ったという言い訳で通そうと思います」
「なるほど、もう彼女に自分の件で心配を掛けたくないと……」
そんな事をしても彼女から逃げてるだけなことはよく理解していた。
だが、もう自分の事でミアに心配をかける事は嫌だった、これは自分自身の問題であり彼女を巻き込むのは避けなければならないと思ったのだ。
「サリエルがそうしたいなら私も協力する。だけど何時かはバレる事だということは承知しておいてね」
「本当に何から何まで、何とお礼を言えばよいか……」
「良いって良いって!だって私はお姉さんだからね!可愛い後輩達の面倒を見なくちゃ大人達に笑われちゃうよ!」
本当にこの人は人としてスペックが高い、そして強くて真面目な一面もあれば先輩として優しい場面を見せるミシェルに憧れる人が多い理由も何となく予想ができた。
だからこそこうやってサリエルも真っ先に彼女に相談をしたのも、彼女ならきっと的確なアドバイスをしてくれるだろうと思ったからだ。
「ああ、当主の稽古なら多分鎌を使うことになるから、私の鎌はサリエルにあげるよ」
「そ、そんなの悪いです!」
「良いの良いの、どうせそれ私が昔使ってたやつだし。貰える物は貰っておきなって!」
ミシェルのご厚意にサリエルも一瞬戸惑うが、このまま断るのも申し訳なかったので有り難く受け取る事にした。
「そ、その代わりと言ったらあれだけど……一回だけ私のことをお姉ちゃんと読んでくれたらうれしいかな……」
「え、急にどうしたんですかミシェルさん……」
「いや別にいやらしい感情は一切無いんだよ!?でもたまにはそんなこと言われたいかなって……」
ミシェルは先程とは打って変わり指先をモジモジとしながらうろたえる声でそう要求してくる様子を見ると、サリエルは彼女の手を自分の頭に置き上目遣いで最高の笑顔を見せる__
「ありがとう、お姉ちゃん♪」
「はああああん尊い尊い尊い!!サリエルちゃんマジ天使!!もう私を姉にしてええええ!!」
わずか一言二言感情を込めて感謝を伝えただけだというのに、ミシェルはどうやらこれ程ないまでにご満足のようだった。
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