No title to story
記憶という轍を辿ると、そこには必ずしも悲観性に満ちた人生だと思った
これが自分の人生を自分で評価した時の感想であった、それ以外の言葉で表す方法は恐らくないだろう
でも何故だが、大切にしていたものはいつも思い出せない
そこにあったはずの物語は、自分が悲嘆したドラマツルギーは、目の前に姿を現すまで思い出せなかったのだから____
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盛大な掛け声と素振りをする時の風圧の音が木霊する死神家の道場では、今日も家系の者達が綺麗に整列して竹刀を振る。
ここに居る者達は少なくとも死神を志す者達であり、この世界ではエリートを目指す部類に値した。
「今日の稽古はここまでだ、明日の稽古にも備えてゆっくり休むように」
全員同じ様相の袴姿でキッチリと揃った一礼を一通り見渡すと、稽古を指導していた男は道場から退出したところを見計らうと指導を受けていた者が一斉にオフのモードに入るのだった。
「お疲れサリエル、今日も素振りの姿勢が綺麗だったよ♪」
「ありがとうミア、あなたの姿勢も美しいものだったよ」
当時10歳のサリエルと仲が良かったのはミア・イールという女の子である。
彼女はサリエルの真面目な雰囲気とは打って変わって明るい性格であり、同世代ではずば抜けて実力があったサリエルを讃えていた。
「えへへ、私なんてまだまだだよ。でもサリエルは将来きっと偉大な死神になれると思うな~」
稽古で掻いた汗を拭きながら屈託のない笑顔を見せるミアは褒めるといつも満足気な表情を示し、感情をすぐ表に出す習性があることからサリエルも彼女のことは良い友達だと思っていた。
いや、そもそもサリエルにとっての友達に等しい存在はミアしかいなかった。特段彼女が周りから嫌われているわけではなかったが、自身の才能が故に寄って来る輩には信用しないようにしていたのだ。
だがミアは違った、最初は彼女もまた才能が故に寄って来た輩だと思っていたが彼女は正真正銘サリエルを尊敬していた。
自身の地位を上げる為のハリボテな尊敬とは違い、ミアはもっと純粋な部分でサリエルと接していたのだ。
「だーもうマジだるい、本物の鎌持たせろつーんだよ」
「それな、第一何で竹刀で素振り?俺達はもう鎌も持ち始めてるんだから必要ないでしょあれ」
稽古にイチイチ文句を漏らす三人組の男達はサリエルとは年が三つも違う入家者であり、来る日も来る日もいつも稽古を気怠けそうに受けている常習犯であることは羞恥の事実だった。
「何なんだろうね、いっつも稽古の時は手を抜いてるし。やる気ないなら来なければいいのに」
彼女にしては思い切った発言をしたことにサリエルは思わず驚いてしまうが、このまま彼らが嫌な雰囲気を出すのは些か見過ごすことが出来なかったので彼女もまた大胆な行動を取ることにした。
「そうよね、死神家のブランドが欲しいだけで入ってきた奴なんてさっさと出てけばいいのに」
「……あ?」
サリエルが男達に対してわざと聞こえるように言い放った発言が一瞬道場の空間が凍りつかせたことは必然だった、案の定すぐに目を付けられ二人の方に自分達より身長が高い三人が囲い圧倒的な威圧感を放たれる。
「ちょ、サリエル!?何言ってるの!!」
「言葉通りの意味だけど、こんな基礎の練習もまともに出来ないんだったらさっさとここ出てけばいいのにって意味」
「おいおい、それ俺達に言ってるわけ?」
「あんま調子乗ったこと年上にしない方が身の為だと思うよ?」
「そうそれ、まだ鎌も持ってないガキが普通に考えてイキるところじゃないから!」
そんな彼等の圧力にもサリエルは一切屈することはしなかった。もう完全に売り言葉に買い言葉となっている。
「ああ、鎌なら私ももうすぐ所持が認められると思うわ」
「おいおい冗談はよせ、真鎌の所持は第三階級からだぜ?それに鎌を扱う稽古にはお前の姿はなかったはずだ」
「だってこの前の昇級試験受けてきたばかりだから、まだいないのは当然よ」
すると男達はサリエルの発言内容に思わず大声でゲラゲラと笑ってしまう、それ程に彼女が公言したことは周囲からは愚かなことだったからだ。
「お前マジか!この前ってまだ結果返ってきてねえじゃんかよ!」
「君の年じゃ無理だと思うよ、だって俺達だって半年前に昇級したばかりなんだし」
「年なんて関係ない!今のあなた達に負けない自信ぐらいはあるわ!」
だがサリエルは彼らとは真っ向から対立し、あくまで強気の姿勢を見せることで己の実力を誇示しようとしする。が、年上の三人組からしてみれば随分と調子に乗った奴が昇級試験そのものを甘く見ているようにしか見えないのは必然だった。
「そうか、なら俺と真鎌勝負をしようぜ」
「ちょ、おまそれ厳し過ぎ、こいつはまだ鎌すら持ったことないんだぜ?」
「構わないわよ、私は別に」
こうなればもう意地の張り合いだ、双方ともここで引けば己の恥となる為に冗談で言ったつもりの男も本気になるしかなかったのだ。
「上等だ!明日の朝九時に道場前で待つ!首を洗って待ってろ!」
男達はせっせと道場を後にすると、周りの人達が一斉にサリエルとミアの方に視線を向けコソコソと話をし始める。
恐らく明日までには『鎌を持ってない少女が第三階級以上の年上に喧嘩を売った』という噂が流れサリエルには家内でとんでもない悪評が流れることだろう。
「も、もう馬鹿!!何であんなことするの!?」
先程からずっとサリエルの背中に隠れていたミアも今回の彼女の行動にはご立腹のようであった。
何せ年上に喧嘩を売るなど前代未聞であり、下手すれば自分の立場すらも棒に振る愚かな行為には違いなかったからだ。
「ごめんね、だからさ、もう私と関わるのやめた方がいいよ」
「そんな絶対嫌だよ!だって私達友達でしょ?サリエルがどんな立場でも関わらないことなんて絶対に出来ないから」
これがサリエルからの最後通告になるかもしれないのに、彼女は持ち前の人の良さで承諾することを拒んだ。
そしてサリエルもミアの意志の強さに心を打たれたのか、手をブンブンと振り訴える彼女に対して思わず頭を撫でてしまう。
「ありがとう」
「えへへ……」
サリエルがニコッと微笑んで見せると、ミアもまたその感情を伝達されたかのように嬉しさを隠しきれないでいた。
「先にお風呂に入ろうか、今日はちょっと疲れたし」
「サリエルがそうしたいなら私もそうするよ、やっぱり汗掻いた後はお湯に浸からないとね~」
二人は死神を志す者とはいえまだ女を捨てたわけではなかったため、汗まみれのまま食堂で夕食を取るのは些か抵抗があったので先に入浴するようにした。
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「ふう、ようやく落ち着ける……」
入浴場は基本的に男湯と女湯に分かれた大浴場になっており、共用として各々自由時間に使う為に常に数人が浴場に姿を現していた。
「本当にそうだよね~……五臓六腑に染み渡るよ……」
「ミアって随分とオヤジ臭いことを言うのね、少しはレディーとしての嗜みを身に付けたらどう?」
「なら私オヤジでいいやぁ……ふぅ……」
ミアはあまり熱いお湯が得意な体質ではないので、よく自分が意識していない時にのぼせたりすることが多々ある。
その為にサリエルは最近よく一緒に入浴するようにしていて、彼女が入浴中異様に幸せそうな顔をしていたらのぼせる寸前の合図でもあった。
「この!」
「ひゃあ!!な、何してるのサリエル!?あ、ああ……」
のぼせそうになったミアを背後から抱きつき体中を弄ることで意識をこちら側に取り戻した。もっともこの行為をしなければならない理由はサリエル自身大した意味はない。
「あら、また胸大きくなった?私はまだ成長すら始まってないのに……」
「ちょ、ちょっとやめてよ……」
「それにしてはちょっと敏感過ぎじゃない?案外満更でも……」
「も、もう……!!」
ミアは背後から伸びた手を解き、サリエルを浴槽の端へと追いやることで逃げ道を無くした。
そして彼女の成長が始まっていない胸元に飛びつき、今度はミアが攻め立てる番に回る。
「きゃ!ちょ、そんな破廉恥な……」
「先に仕掛けてきたのはそっちでしょ?それにしても良い反応するなサリエルは♪」
完全に形勢が逆転してしまったサリエルはもう降伏するしかなかった、何せそうしなければミアはその手を止めそうになかったからだ。
「おー若い者は元気が良いねえ、お姉さんも混ぜてくれ~」
「あ、ミシェルさん、今日もお疲れ様……です……」
彼女の名前はミシェル・アンインフォルト、年は二十歳でサリエル達の先輩にあたる存在であった。
その実力は死神家の中でも上位成績であり、最近執り行なわれた家系ごとに国家試験に受ける為の推薦枠を決める内部試験にも内定を決めている凄腕だ。
また容姿端麗でスタイルも抜群なので先程からサリエル達は彼女の体に見入ってしまっていた。
「ミシェルさんは内部試験の内定決まってましたよね?国家試験を受けるつもりですか?」
「ええ、この国家試験に合格してようやく一人前の死神になれるってわけ」
「目指すのは神官ですか?それとも……」
「勿論神官よ、死刑執行人なんて絶対に嫌よ。あんな血生臭い仕事気が狂うわ」
死神家の家柄を使うと、神の称号さえ持っていれば神官になれる可能性は十分にあり得た。
しかしそれでも神官になれるのはほんの一握りの存在であり、出世街道を歩けなくなった者は死刑執行人という役職に就くしかなくなる。
その仕事は至って簡単なものだ、自分が処刑する人物の情報が載ったリストを当日に配られ、自分がその人物の首を刎ねれば仕事は終わる。
しかしそれは想像以上に精神が持っていかれる仕事であり長続きはしない、ましてや今まで殺してきた人間の幻聴が聞こえる羽目になり命を絶つ者だっていた。
「そう言えば、二人は今日年上の男の子に喧嘩を売ったんだって?良いねえ若いって~」
「え、ええ!?二人って私も!?」
今日の稽古でサリエルが起こした問題行動は既に家内の中で噂になっており、その際に伝言ゲームの要領でミアも年上の男子グループに喧嘩を売ったと思われていたのだ。
「はう……私ってそんなに威張り散らしてるように見えたのかな……」
「まあ良いじゃない、明日の真鎌勝負に私が勝ったら『年上男子に勝った共謀者』って立ち位置で注目の的になるだろうから」
「それって全然良くないよ!私とサリエルの実力が同等って勘違いされる!」
冗談にならない冗談を咬ましたサリエルにミアはムッとした表情を見せ頬を膨らませると、顔半分を湯に浸かりブクブクと息を吹きかけた。
「待って、明日って真鎌で対決するの?当主に許可は取った?」
「多分向こうが提案してきたので私は何もしなくていいと思います」
「言っておくけど、本来真鎌勝負ってのは神聖な行事なんだからね。下手したら命に関わるんだから絶対大人に立ち会ってもらうこと」
「分かってます、あいつ等もそこまで馬鹿ではないと思うので」
真鎌勝負は正式な試合でもあり、常に命が伴うリスクが生じる為に執り行なう際には必ず当主の承認と大人の立ち会いが必要なものだった。
もし無許可で勝負などした時はどんな処分が下るか分かったものではない、そのそも許可が下りるかどうかさえも怪しいので明日の真鎌勝負自体が成立するのかすら怪しかった。
「そこでミシェルさんに折り入って相談があるんですが……」
「何?立会人をしてくれってお願いはごめんだけど」
「いえ、実はですね__」
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辺りはもうすっかりと暗くなり、多くの入家者は就寝時間を過ぎていたので既に部屋で寝ていた。
しかしサリエルは違った、あれだけ稽古をしてすっかり体も疲れているはずなのに目が冴えている。
「……駄目だ、眠れないわ」
唐突にミシェルの発言を思い出すと、真鎌勝負の恐ろしさが身に染みて伝わってくる。
死神家の間で執り行なわれる神聖行事、ただそれらは建前の殺し合い、今の彼女が命を賭ける覚悟があるかと問われたらきっと返答を渋った。
「んん~どうしたのサリエル……?」
「ごめん、起こした?」
ルームメイトであるミアもサリエルとともに覚醒するが、問い質したところ自分意志で起きた事を聞き一安心する。
「やっぱり寝れないの?明日のことで……」
「うん、何て言うか不安でさ」
「無理もないよ、もし私がサリエルの立場なら今頃逃げ出してる……真鎌勝負なんて本当に命を賭ける時だけで満足だと思ってるし」
「ありがとう、少しだけ安心したかな」
ミアにすっかり励まされてしまったサリエルは返礼をすると、窓から僅かに光が灯る夜の空を何となく見つめ始める。
「空ってさ、本当に綺麗だよね」
「空?サリエルは空が好きなの?来る日も来る日も曇天の空が?」
「うん、だってロマンがあるじゃない。空の向こう側には本物の太陽もあって、夜には月と星が見える、そう考えるとこの世界にはまだまだ大きな可能性があるんだなって思うの」
生まれてこの方星などというものは見たことがなかったサリエルだが、今では殆どが空の本当の姿を知らない人達で溢れている。
だが確かに空の向こう側には星々が存在する事が分かった、それは天界連邦が成立する前の文献を見れば綺麗な空が存在する事が確かに記されていたからだ。
「……ふふ、サリエルって意外とロマンチストだったのね」
「それは違うわ、私が追求するのはあくまで理想じゃなくて理念。貫くは己の意志ってね」
「やっぱりサリエルは将来偉大な死神になるよ、偉人達は共通して理念主義者だったからね~」
少々談笑し過ぎて話の趣旨がズレてきたが、こうやって彼女と話しているだけでもサリエルの不安は徐々に消えていった。
「……はは」
「ん?どうかしたの?」
「いいや、こんな何でもない時間が一生続けばいいのになって」
「もう、何長年の夫婦みたいなこと……は!?それってもしかしてプロポーズ!?」
「いやいや飛躍し過ぎ、第一私達同姓でしょう……」
一体何故そこで赤面するのかサリエルはイマイチ理解出来なかったが、こうしてくだらない談笑を交わすこともまた至福のようにも思えた。
だからこそ、この言葉は伝えなければならないと思った。
「ミア、十年後は一緒に死神になろうね」
「――うん!」
夜が完全に深くなる中、二人は大人に同じ道を辿る事を約束し合うのだった――
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