交差する欲望
犇き合うほどの店の明かりは街が活性的な証拠であり、夜の時間帯になると噴水広場沿いに多くのカップルやいい感じの雰囲気を漂わせている友達以上恋人未満の関係だと推測できる人達もいる。
しかし噴水広場で一人タキシードを着て佇んでいる新介は少なくとも例外の内である、いや、どちらかというと先程から通行人に痛い目で見られているのは自覚済みだ。
「何だ、この心の底から湧き上がる気持ちは……」
今まで自分とは関係ないと思っていた、ましてやこの前まで好きな子と祭りデートをしていたはずの自分がそんな低俗な発言をするとは思いもよらなかった。
だが例外な事案続きの今は違う、全く立場が違うからこそこの言葉が言える。
「リア充爆発しろ……」
「そのリア充というのは何じゃ?」
「リアルに充実しているって意味だよ、人間界とは立場逆転してるから……な……」
ユピテルの声が聞こえたので横を振り向いて見ると、そこには大人姿のユピテルが華麗にもドレスを着こなしていた。
その老いた口調からは想像もできないくらいの若さが表れており、新介も思わず彼女の美しさに脳内の思考が一時停止を余儀なくされた。
「ふむ、わらわでは不服じゃったか?御主とではそのリア充とやらになれないのは残念じゃがなあ」
「そ、それはどういう意味で……」
ドレスは胸元の谷間が見えるほどに露出されており、何やら意味深な発言をするユピテルに思わず男後ごろがグラリと傾いた。
「先程から目を合わせておらんが、どこを見ておるのかのう?」
「あ、いや、違います違うんです。決していやらしい目で見ていたわけでは……」
「見ていたんじゃな」
だがそれは仕方のないことであった、男というのはそういう生き物のために開き直れば勝ちのようなものだ。
「てかお前、何で大人姿になってんだよ?」
「ちょっとした容姿変化の神技じゃ、認識阻害の神技も掛けてわらわが他人からバレることはない」
「それじゃあ俺も気付かないだろ」
「この神技は普段から顔を合わせている人間や神には効かない、新介やサリエルは常にわらわを意識している存在じゃからな」
要するに顔は知ってるが会ったことがない存在にはバレずに、何度も顔を合わせている存在には認識能力の差でバレてしまうのだという。
「話を逸らすな、それよりも御主がわらわの胸を見ていたことじゃろうが」
「それこそ本来の趣旨とかけ離れているだろうが!」
「いいや重要なところじゃ、いいか、そもそも女という生き物は男に胸を目視されたら100%気付く生き物じゃ」
「そりゃあ気付いた時にカウントされるんだからそうなるだろ」
「……まあ、そうじゃな」
ユピテルは手を叩くほどに納得して、新介の意見が完勝し話の幕は下りた。
そろそろ話が大きく脱線し始めたために、新介は本題に戻ろうと話しを目の前の円形の建物の話題に摩り替える。
「それよりあそこがパーティー会場だろ、さっさと行って終わらせるぞ」
「そうじゃな、それじゃあよろしく頼むぞ」
「……?」
ユピテルは新介に手を差し伸べて何かを待つように返しを待っていた。
「えっと、何だ?」
「何って、エスコートじゃ」
「ええ……そこまで合わせるか普通」
「当たり前じゃろうが、ほれ」
仕方なく新介はユピテルの手を取り人生初の女性のエスコートをこなそうとするが、彼女の潤った手は相変わらずその口調と比例しないことへの違和感がある。
「ユピテルって何歳だっけ?」
「な、何じゃいきなり、人の手を握って第一声がそれか?」
確かに捉え方にとっては失礼に思えるのかもしれないが、少なくとも新介は良い意味でそれを聞いたつもりでいた。
不釣合いな口調に、優美な佇まい、常人なら年齢不詳の壁を越えたくなるだろう。
「だって手とか無駄に綺麗だし、なのに喋り方が婆臭いってどういうことだ?」
「……四十五億と三千万年も生きていたら喋り方ぐらい老いてしまうものじゃ」
「へ?何それ、億?今億って言ったよね?」
聞き間違いではない、今さっきユピテルは確実に自分の年齢が『億』越えだということを告白した。
桁違いの解答に思わず困惑してしまうが、これ以上掘り起こすと埒が明かないので一度真摯に受け止める。
「まあいい、取りあえず中に入るぞ」
「そうじゃのう、あまりここで長居をしていたらオークションが始まってしまうしな」
新介はユピテルの手を引っ張りながら目の前の建物に向かい、スーツを着た屈強な男性二人が扉の前で佇んでいた。
「……招待状は?」
「ほら、ちょうど二枚だ」
「確かに、どうぞ中にお入りになってください」
招待状を確認すると中に続く扉を開けて新介とユピテルの二人に道を譲った。
そして二人も建物の内部に入ると、もう一つの扉があったのでさらに建物の内部に入って行く。
「……おお、凄いな」
そこには色彩豊かな色で装飾されたドレス、カシミアが材質として作られたであろう黒色のタキシードを着用していたので、一度見ただけでも貴族同士のパーティーだということは容易に想像がついた。
「あんまり無礼な作法をするでないぞ、わらわ達の目的はオークションじゃからな、それ以前に目立つことは避けたいつもりじゃ」
「無礼って言われてもな、こんな規模のパーティー向こうの世界でも参加した覚えないっての」
辺りには金持ちや成金がテーブルに置かれた料理を立ちながら摘んでいる状態であり、新介にとってはどの料理も真新しいものにしか見えなかった。
何よりも拠点で留守番をしているサリエルが一人でどうやって時間を潰しているのかが心の片隅で気になってはいたが、今の状況とは全く関係ないためにすぐさまその疑問を掻き消した。
「おや、こんなところに見かけない顔がいますね。どちら様ですか?」
「ん?」
ユピテルを見て普段見ない顔だと判断したということは、少なくとも目の前の彼はこのパーティーの常連だとすぐに察しがついた。
そしてユピテルはパーティーの参加者に疑われないためにも社交辞令をしなければならないと判断して、ドレスの裾を掴み会釈をする。
「お初にお目に掛かります、今回初めてパーティーに参加させてもらいましたジュピタという者です」
普段の口調とは一変して上品に様変わりをしていたが新介がそれを聞いた時、『ジュピタ』という名は偽名だと即座に分かり得たことだが、何故その名を告げたのかは理解に欠けていた。
「ジュピタ様ですか、お美しく華麗なあなたが今の今までこのようなパーティーに参加されなかったのはどうしてですか?」
「あまりパーティーに興味がなかったのもありますが、毎回招待状が送られてくるので一度だけでも行ってみようかと思った始末です」
「そうですか、ならば……」
常連だと思われる男は床に跪きユピテルの手にキスをして、多大なる歓迎の気持ちを示そうとする。
「私がご案内しますよ、美しい花こそ隅に置けない性格ですので」
「げ……」
男は立ち上がりユピテルの腰に手を回すように立ち位置を変えるが、いくら腰とはいえあまりにも際どいところを触れている彼に思わず新介が反応してしまう。
だがその一瞬の反応すらも彼は見逃さずに迷いなく新介の方を向いて睨みつけていた。
「お気遣いありがとうございます、でも結構ですので」
「っ……何かお気に召しませんでしたか?」
ユピテルは腰に手を添えた彼の腕を放すようにして、満面の笑みでパーティーの案内の誘いを断った。
「ええ、だって、あなたみたいな男性は好みじゃありませんが故に」
「な……!?」
その一言で完全に断ち切ったユピテルは驚き隠せてない男など相手にもせずにその場を立ち去り、新介も急いで彼女の元へと駆け寄った。
「お前エグイな、俺があいつの立場なら一生物のトラウマにでもなって女子と話せなくなるわ」
「汚らわしいものを汚らわしいと言って何が悪い、わらわはああいう男は嫌いじゃ」
「……まあ、確かにさっきのは際どかったな」
綺麗な物こそ清潔を保たなければならない、美織に対する恋情と同じように、ユピテルという華麗な存在を汚すようなことはあまり好ましく新介は思わなかった。
「何じゃ、もしかして嫉妬か?」
「目の前でリア充オーラ押し付けられたら誰だって嫌悪感を抱くものだ、俺はお前を妬いたんじゃないこの世界を妬いたんだ」
それに新介には現在進行形で思い人がいるために主人がキザなポエム男に絡まれたとしても大したことではなかった。
「さて、もうすぐオークションが始まるはずじゃが……」
ユピテルが些細な呟きをしていた時、不意に会場の明かりが消えて目の前のステージに全ての照明を集まらせていた。
そしてそれに続くように身の回りの資本家や成金達はステージに視線を集め、一人の司会者が彼等の視界の中心となるように立ち止まる。
「大変長らくお待たせしました、今回のメインイベントであるオークションを始めたいと思います!」
「――ついに始まりやがったか」
パーティーに参加している者達はステージ手前に集まっていたが、新介とユピテルは後方よりからオークションの様子を窺っていた。
「今回出品された商品はたった一品、商品を気に入られた際はお手持ちの番号札を提示してから金額を発言してください」
「たった一品だと!?そんなんじゃ楽しめないぞ!」
このオークションが楽しみで来た者にとっては一品しか用意できなかった運営側を批難するには十分な理由であった。
「ただし、今回は選りすぐりの商品をオークションに掛けたいと思います、その名も『不死身の人間』です」
「っ……!?」
賢者の石ではない、あの情報屋の情報はデマだったのかと疑いたくなるほどに商品の内容が違っている。
だが次に出てきた金具で拘束された人間を一目見て、ユピテルは全てを察したように運営側の意図を読んだ。
「どういうことだおい、賢者の石がオークションの商品じゃないのかよ?」
「ああ、確かに賢者の石はこの場にある。もっとも売り出す気は毛頭ないようじゃがな」
「……どういうことだよ」
「まあ見ておくのじゃな、真実はすぐにでも分かる」
ステージ上ではもう一人の男が剣を持ち、何やら金具で固定されている男の横で構えを取っている。
「んん……!!むう……!!」
拘束された男は声を掻き消すための布を口に巻かれており、碌に口も動かすことが許されないでいた。
「お、おい、何するつもりだ、何で剣なんて構えてる……!?」
「イッツ、ショータイム!!」
司会が道楽のようにそう唱えると、運営側の人間は剣を振り下ろし男の右腕を切断した。
ステージ上に飛沫する血飛沫に体を汚され同時に拘束された男は布越しに叫びを入れるが、パーティーの参加者達はまるでこの瞬間を待っていたように歓喜する。
ユピテルの言っていた貧困層の人間の末路とは、この場で金持ち達の道化師として歓喜をつくることに過ぎないことに新介は気付かされた。
「う……」
「御主には少々刺激が強すぎたみたいじゃな、こんな風に貧困層の人間はここで売られるか過激な実験のモルモットになるかしか生きる選択肢はない」
薄暗い赤色の断片、生臭い血の臭い、全てにおいてこれほどグロテスクな物を見たことがなかった新介にとってはかたはらいたい描写に過ぎない。
だがユピテルは違った、歓喜するわけでも目を逸らすわけでもなく彼女は至って冷静にステージを見つめていた。
「な、何で、何で平気何だよ……?」
「戦場を何度も経験しているからのう、これぐらいのこと何でもない」
「違う、俺が言いたいのは何でそんな平気な顔で見てられるのかって話だ……!神なら助けないのか……?」
「御主は人間界で普通に暮らしてて、人身売買や奴隷として買われた人間を助けたいと思ったことがあるのか?」
「っ……」
言葉に詰まるのも無理もない、何故ならそんなこと人生で一度も考えなくてもいい国で育ったからだ。
そしてこれからもそんなこと考える予定などなかった、だが今は目の前でそれが行われている、この状況でもただひたすらに偽善を演じ続けるしか新介はできなかった。
「そんなことを考えている奴は相当な馬鹿じゃ、じゃが御主は違う。ハリボテの偽善を演じる前によく見ておけ、これから起こることを」
その言葉はまるでこれから起こる出来事から目を逸らすなと言わんばかりの迫力で言われて、新介もまた逸らした目線を再度血塗られたステージに向ける。
グチャ――グジュ――。
「……!?」
次の瞬間、あまりの衝撃的な映像にただただ唖然とするしかできなかった。
「せ、切断された右腕が……」
「生え変わっておるな、斬られた断面から」
だがユピテルの注目したのはそこではない、腕が再生している際に司会者の男が何やら怪しい動きをしていたところを見逃さなかった。
「やはりな、不死身の人間とはよく言ったものじゃ」
「何か分かったのか?」
「ああ、ステージ幕上の死界に術式が発動しているのが見える、あそこから再生の神技を発動してあたかも不死身の人間のように見せてるだけじゃ」
どうやら不死身の人間というのは単なる捏ち上げで、運営側が再生の神技を掛けてそう見せていただけだったようだ。
しかしユピテルは推測を続けてとある結論を導き出す。
「切断された腕を再生するほどの神技、かなりの高等神技じゃな、やはり神の称号を持ってない者が発動するには不自然な術じゃ」
「神の称号ってそんなに偉いのか?」
「ああ、天界の中でも最高レベルの称号といっても過言ではない、だがここの運営側にそれほどの術者がいるとも考えられない……」
「……てことは、賢者の石を使ってるってことか?」
賢者の石で術者の技術を何十倍にも増幅して神技を発動した、そう考えれば自然と全ての出来事が上手く繋がりを見せてくれた。
「このように、ここにいる不死身の男は運営側が100回殺しても死ななかった人間です!開始価格は100万ヘヴンドから始めたいと思います」
「よく言うぜ、こんなの立派な詐欺だろ」
「言い訳ならいくらでもできる、百回死ななかったとしてもその後は死なないとは言ってないからのう」
よく商人が一万年生きる亀を売りつけると、その亀は一日で死に購入者は商人に怒鳴り込みに行く話がある。
だが商人は『昨日がその9999年364日目だったんですよ』といい購入者は泣き寝入りするしかなかったらしい。
この場合間違いなく商人の作戦勝ちだろう、屁理屈でも相手を納得させれば契約上売買は成立したことになるのだから。
「さて、さっさと薄汚い商売に使っている賢者の石をあの司会者から奪うかの」
「どうやって奪う?」
「あの司会者が背後に隠し持ってる賢者の石とそこらで拾った石ころを交換する、神技でな」
ユピテルは石を床に転がして神技の構えを取ろうとする。
そして新介は浮かび上がる術式を少しでも隠そうとユピテルを背後で隠すのだった。
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‐オークション会場前‐
「おいそこの男、ここから先は招待状がなければ入れないぞ」
「__けよ」
男は低い声で何かを言っていたが、警備員の男はそれが全くと言っていいほど聞き取れなかった。
「退けっつってんだろ!」
「……!?」
男は体に巻きつけていた大量の爆弾を見せ付けて、起爆装置と思われるスイッチを迷わず押してしまう。
それと同時に会場前の通りは大きく照らされて、それとほぼ同時に爆音が鳴り響いた。
__!!
「な、何だ……!?」
自爆した男の爆発により建物内部にまで爆音が響き、先程までオークションを楽しんでいた金持ち達は今まで見せなかった余裕がない表情を始めて露にする。
「これは一体……」
「新介、どうやら緊急事態のようじゃ」
爆音が止んだその直後、オークション会場の扉が勢いよく開き武装集団が続々と中に侵入する。
そしてその中には以前新介と相対した人物の姿も見受けられた。
「セントラル盗賊団ルナ・シャドウ、これより賢者の石を頂戴する」
「ゆ、結……!?」
扉をこじ上げた集団の中心に立つのは見覚えのある仮面を被った女――間違いなく結だ。
望まぬ仮面の姿での再会を果たし、再び相対する結果となってしまったことに困惑を隠せないでいた。
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