決意表明
‐天界議事堂-
ここは言わば天界の国会議事堂であり、G7、神官達が職務をこなしている場所でもある。
「それで、単独行動をした挙句ユピテル様を逃がしたと言いたいのか?」
「あ、あはは、やっぱり幼体でも強かったよ」
天界を治める神神の席に座るディグスはマーベルを床に立たせて事の出来事を報告させていた。
マーベルの体は包帯で巻かれているところが多くて、誰が見ても痛々しい様子だった。
「まあいい、やはりユピテル様が生きていたことを知れたことは大きい、あの状態でお前を傷だらけにして返り討ちにしたんだからな」
「神技で治療してもらったけど、また傷口が開く可能性があるからこうやって包帯巻かせてもらってる訳ってこと」
「それは中々の深手だな、まさかとは思うが一般市民を巻き込んだりしてないよな?」
「ギクッ……」
不意に発せられた質問に、思わず核心を突かれたと勘違いしてしまいオーバーリアクションを取ってしまう。
「どうした、まさか巻き込んだのか?」
「し、してないしてない!するわけないじゃない!これでも一応G7の一人よ!?敵味方も区別が付かないようなら神は務まらないわよ!」
「……そうか」
何とか誤魔化せたが、バレてしまえば自分の地位が危ぶまれてしまう可能性があった為に冷や汗を掻きながら嘘をつき通す。
実際ユピテルが建物を爆発してくれたおかげで色々と有耶無耶になったわけで、マーベルからすれば敵ながら借りの一つを作ったと言える。
「ご苦労だったな、始末書はまとめておくように、お前はもうこの案件から外れろ」
「はい……ってええ!?」
マーベルが気に掛かったところ、それはディグスからのユピテルに関する案件を外れろということだった。
「は、外れろって、まさか手柄を横取りする気?」
「違う、この案件は天界政府による全面的な捜索の打ち切りをするということだ」
「……どういうこと?」
確かに幼体と化したユピテルは以前よりは弱くなったとはいえ侮ることは禁物の存在だった。
いくら今回のことで見す見す見逃したとはいえ、政府が本気を出せば捕らえられないことはないのだ。
「サクラスからの要請だ、ユピテル達には手を出すなと」
「げ、サクラスって……」
サクラス・キリスト、ディグスやマーベルと同じG7として仕える神であり、神の称号を与えられた際に授かる称号名は『聖神』という名を授かっている。
G7の中で序列を作るとなれば彼はディグスの次に腕が立つと言っても過言ではない、何故なら彼は三代目神神であるイエス・キリストの長男であるのだから。
「あの変態、また何か考えてるの……?」
マーベルがディグスに聞こえない程の小声で呟いたことは至って真実であり、サクラスは生まれつき宗教家で育っていた為に少し変わった人物だった。
例えば、彼の趣味を聞いた場合どんな返答が返ってくるかというと、それは神話が記された文書を読み漁ることである。
昔から趣味が一途で全く変わらなかった為に、恋愛物の神話のような恋をしたいなどという変態染みたこともたまに言ってくる。
「まあ、ここ数日大した動きは見られないことだし、政府によるユピテルの捜索は中止することにした」
「……本当にそれでいいの?念の為ってこともあるでしょう」
「今はそんなことよりやるべきことがある、今月の納金もそろそろ準備する必要があるしな」
「――あのことね、一体いつまで先延ばしにするつもりなの?」
二人の間の空気が重くなり、それが事の重大さを現してるかのような雰囲気だった。
「現段階では死人がたくさん出る可能性がある、こんなもので天民の命が買えるなら安い物だ」
「……そう、そうよね、これでいいんだよね」
いいはずなんてない、奴等を確実に仕留める方法を模索している間だけ要求に応じているだけ、もはやそれがお決まりの言い訳である。
現状政府と唯一敵対している組織に首元にナイフを突きつけられている状態だ、いつ根元を掻き切られるかの恐怖とギリギリの駆け引きに追われているの現状である。
「これは天民の為だ、大目に見ろ」
「……分かってるわ」
政府には現状、あの組織と戦う術がない、だからこそ延々と先延ばしにしていた。
彼らの要求、天界を攻めない代わりに納金をしろという要求を受け入れて____
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神工的に造られた太陽が徐々に沈んでいき、辺りはすっかり夕方に近付く。
そんな中、ユピテルに要求を断られてしまい立ち止まってしまった新介が外で風に当っていた。
――「「嫌って、何でだよ!?」」
「「理由は二つある、一つ目はメリットがないから」」
「「メリットって、そんな話かよ!?」」
「「そんな話じゃ、お主の妹がいたから何じゃ、わらわとお主とで結んだ主従関係を忘れたとは言わせないぞ」」
「「俺はお前に今後も協力する、妹取り返したからって離れたりしねえよ!」」
新介は結を奪還しても服従関係を崩すことはないと主張するが、ユピテルの二の腕を組んだ態度は依然として直る気配はなかった。
「「それでも駄目じゃ」」
「「何でだ!?」」
「「二つ、お主の妹を助けたいという感情、それは本物か?」」
「「――!?」」
その言葉が特別胸中の核心をついた訳ではない、ただ自分自身への家族への思いがまるで偽物だったみたいに感じられて心を大きく惑わした。
「「な、何だよそれ……」」
「「本当にそう思っているのかと聞いておる、御主の感情はまるで全部がハリボテに見える」」
「「っ……」」
「「出直してくるのじゃ、この言葉の真意が分かったらまたわらわのところまで来るといい」」
まるで全てを見透かしているかのような表情で、自分の意識していない核心を突かれた気がした。
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それから感情的に気持ち悪くなってしまい、こうやって風に当っていれば少しは気持ちが和らいだ気分になれた。
「偽物なんかじゃない……」
自分が結に対しての助けたいという思いは偽者なんかじゃない、そう自負していたつもりだった。
だがしかし、ユピテルの断言された発言はまるで全てを言い当てられた気に晒されて、己という存在を尽く分からなくさせていた。
「偽物だよ、あなたの感情は何もかもが後付けでしかない……」
「っ……サリエル?」
塀に凭れ掛かって街の景色を見ていたところを黒髪で冷淡なサリエルが背後から近づいて来た。
「でも私にとっては偽物でも感情を示せるのが羨ましい……私はただの虚無だから……」
「……そうか」
感情が感じられない、サリエルの姿は昔の自分を模写したようなものだったことを思い出す。
――嬉しいから笑った、悲しいから泣いたんじゃない、周りの大人がそれを求めたから感情を抱いたんだ
妹への思いも、父親や母親がそれを求めたから感情を表に出したに過ぎない
自身の虚無を埋めようとして、継ぎ接ぎの感情を表に出してただけだった。
「作り笑顔は捨てて、真っ向から向き合えことかよ……」
「そういうことかもね……」
嘘偽りをしたつもりはなくても、ユピテルには全部お見通しだったことを知り自分自身と向き合うきっかけになってくれた。
これから偽物でなくすればいい、いつかは理想を抱いた本物になればいい。
だから、本当の気持ちを表に出せばいいだけの話__。
「――サリエル、聞いてくれるか?」
「何……」
「俺は結を助けたい、あいつのことを本心で心配したことなんてなかったけど、あいつを縛り付けている誰かがいるのは嫌だ!」
記憶を取り戻しかけた時に輝いた胸元の石、確かにあの石が結の記憶を阻害していたことに違いない。
きっと誰かにあの石を付けられて服従させられてるに決まっている、そう考えただけで肉親の立場としては放っておけなかった。
「シスコン」
「な、違う!!」
冷たい眼差しで蔑むかのように見つめるサリエルの目は、新介の精神的ダメージを尽く削っていった。
確かに少し愛情表現が行き過ぎたかもしれないが、初めて人の前で本心で言葉を言ってみると意外と恥ずかしくもあった。
「協力してくれるか?お前の力も必要なんだ」
新介はサリエルに手を差し伸べて、紛れもない本意を露にして彼女に懇願した。
偽りでも虚像でもない、意思が伴った言霊に、サリエルは僅かながらに表情を緩めた風にも覗える。
「私はユピテル様の命令しか聞かない、あの御方に死ねと言われたら文字通り命を絶つ、だけどあなたは違う……」
「……そうか」
「だけど、ユピテル様を説得する協力ならできる、その結果次第で私はあなたの思い通りに動いてやる……」
するとサリエルは手を斜め上に上げて新介の差し伸べた手を取る。
「だから、さっさと説得しに行きましょう……」
「……お前って、絶対良い奴だよな」
「そう、そう思うなら構わないわよ。他人からの印象なんて興味ないから……」
相変わらずクールな風貌で無反応さを醸し出しているが、新介にとってのサリエルの印象は飛躍して上がる様子であった。
「それじゃあ、早速ユピテルのところに行くか」
「行くなら早く行きましょう、私の気が変わらないうちに……」
二人は夜が深くなる空を後にして、現在身を隠しているボロ屋敷に足を運ぶのだった。
過去の自分、自分に必要な決意を確かに意識して、新介は再度ユピテルの元へ協力を依頼するのだった。
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「それで、わらわに協力して欲しいと」
相変わらず埃臭い部屋でソファに座り本を読んでいたユピテルは、本を閉まって新介の目を見据えた。
すると何かの違いに気付いたのか、今までとは違い真剣な趣きで言葉を選び何かを説得しようとする。
「私からもお願いします、新介の気持ちは本物です……」
「サリエル……」
サリエルの後押しもあり、ユピテルは何かが吹っ切れたように新介に語りかけた。
「確かに思いは本物じゃな、だが条件はもう一つあることを忘れては困る。わらわが協力してメリットはあるのか?」
「結を助けるついでに盗賊軍団倒せばきっと金銀財宝が手に入るぞ、今まで一般市民から溜め込んだ盗品で俺達の生活水準も上がりまくりってもんだろ」
「盗品で暮らすかは置いといて、盗賊を倒すのはいいアイデアかもしれないな」
具体的な意図こそは違ったが、ユピテルは何かを思いついたように顎に手を当ててニヤリと笑った。
その表情だけでは未だに彼女がどちらに転ぶかなど分からなかった、それ以上に何を思いついたのかが気になり始める。
「盗賊を倒せばわらわの手柄が立つ、ある意味政府に一泡吹かせるようなものじゃ」
「それって、今まで盗賊を捕らえなれなかった政府に変わって捕らえることで、政府の無力さを知らしめるってことか?」
「まあそんなもんじゃな、わらわにとって盗賊を倒すことで得られる利益とはそれぐらいじゃ」
「だ、駄目なのか……?」
するとユピテルは困り果てた表情でこちらを見つめる新介を見て、酷く項垂れるように溜め息を漏らす。
「わらわも鬼ではない、提示した条件は満たしているみたいだし御主の妹とやらを助けてやっても構わない」
「ほ、本当か!?」
意思が込められた言葉が初めて彼女に認められた瞬間であった。
無邪気に喜ぶ新介に間を挟むように、ユピテルは一つの条件を付け足しての承諾だということを確認しようとする。
「ただし、わらわは今別のことで動いておる。その後で構わないなら協力してやってよかろう」
「じゃあ俺も手伝うよ、多数でやったほうがすぐ終わるだろ?」
「安心せい、御主は既に協力してる」
「ん?一体何のことだ?」
相変わらずユピテルが何を考えているのかも、何を見越して能動的に行動をしているのかも分かり得ないことだったが、結局のところ政府に対する報復措置に辿り着くことだけは推測できた。
「おっと、悪いが二人共少しだけ席を外してくれないか?」
「何かあったのか?」
「今テレパシーでの通信があった。わらわが依頼していたことだと思う」
「いいから、行くわよ……」
「あ、おい!」
サリエルに手を引っ張られ外に連れて行かれるが、彼女の体もユピテルと同じく幼体のはずなのに引っ張る手の力が尋常ではなかった。
今思えばこの体で自分の身長ぐらいの長さを持つ鎌を振り回してるのだ、握力自体だと新介では足元にも及ばないだろう。
ガタン――。
ドアが閉まり、サリエルは何処に行くというのもなくただただ玄関前で利口な犬のように突っ立っていた。
新介も最初は黙って壁に持たれていたが、次第にサリエルがもたらす虚無のような空気感耐え切れなくなり思い切ってトークに挑戦する。
「あのさ、サリエルって実年齢何歳なの?」
「……」
「あの、無視はきついんですが……」
「別に無理して話す必要はないわ、私のこと気遣って話しても面白くないでしょうし……」
相変わらず接し難い存在であり、人間界の用語で例えるならデレがないツンデレと言うが、あえて名を与えるとしたら常時ツンツン系女子と言った所だろう、と、心の中で爽やかな解説を入れながら新介は彼女の存在位置を形付けた。
「歳は正確には憶えてないけど、大体百歳ぐらいかな……」
「……おいおい、大人をからかうもんじゃねえぞ、まあ子供の冗談にしてはありがちだから四十点ってところだな……」
「その採点方式は全く持って何の意味があるのか分からないけど、それじゃあ私も一つだけ質問させて……」
珍しく自分に興味を向けてくれたサリエルに何だか嬉しくなり、今の自分なら何でも答えられそうというよく分からない自身を身につけていた。
「おう、俺に聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ!」
「それじゃあ、あなたとあなたの妹以外に召喚に巻き込まれた可能性がある人って、あなたにとってどんな人だったの……?」
「え、ああ、何て言うかな……」
言えないことはなかった、ただ言うのは何だか恥ずかしく気が引けてしまう。
ただ何でも答えると言った以上答えなければサリエルに対する信頼はだだ下がりだろう、これから仲間として行動していく以上それは望ましくない選択だった。
「好きな人……だったかな、うん、好きな人だ、彼女になら本物の気持ちをぶつけてもいいと思った人だ」
「その気持ちは、伝えられたの……?」
「いいや、あと少しのところで届かなかった。俺は今でもそのことを悔いている」
あと一秒、あと0.1秒伝える時間が早かったらと思うと、こうやって伝えたくても伝えられない気持ちをずっと耐えねばならなくなったことに悔しさだけが残った。
「それじゃあもう一つだけ質問……」
「おう、一つじゃなくて二つでも三つでもいいぞ」
「その好きな人と妹だったら、どっちが好きなの……?」
「その質問なんかやめてくれないかな!?まるで俺がシスコン前提みたいになるから!!」
「え、違うの……?」
「よおし分かった、お前は取りあえず俺の印象がシスコンってことになってんだな、そこの脳内プロフィールにノーマルって書き直しておけ!」
まるで侮蔑するような目で人を変態扱いするサリエルは完全に新介に対してのSに目覚めてしまい、彼自身は災いの標的となってしまう。
「てかお前、笑ったりとかしねえのかよ?」
「笑う……?」
その目はあまりにも虚無で、次の瞬間に放たれた言葉に思わずゾッとしてしまう――。
「笑うって、何だったっけ……?」
「――!?」
笑わない、泣かない、怒らないのではない、それを知らないのだ。
この時初めて核心が持てた、彼女には感情という概念がないということが。
彼女の虚無は、新介が思うより深く深淵に続きそうな程に黒かった。
「やっぱ何でもない、忘れてくれ」
サリエルに返せる言葉を見つけることができず、結局発言を取り消して全て無かったことにしたかった。何となく彼女の境遇に触れるのを臆したからだ、短い人生で培った自身の直感がそう呼びかけたのだ。
「待たせたな二人共、ちと連絡が長引いてしまった」
「長過ぎるよ、仕方ないからサリエルとくっちゃべってたところだ」
新介はユピテルの服装を見ると、外出する際に姿を見えにくくするマントを着ており何処かに出かける様子だった。
「まあそれにしても、お主はこの短時間で随分とサリエルと仲良くなったみたいじゃのう?」
「そうか?俺は普通のことしか聞いてねえぞ、向こうは俺のことシスコンという名の変態としか思ってないみたいだけどな」
「当っているではないか、妹が他の男と乳繰り合っているのを見過ごせないでいて挙句の果てに関わった男達を弄り倒そうとするおっかない兄弟愛じゃ」
「俺の目的は結を助けることだけで、後はお前達の目的だろ!」
このまま話を派生し続けても論点がずれるだけなので、新介は本題に戻ろうと会話の軌道点を合わせようとする。
「それで、一体誰と連絡交わしてたんだ?」
「何でも屋に連絡していてな、わらわが依頼していた物が用意できたと聞いたところじゃ」
「その物っていうのは、一体全体何の代物だ?」
新介はあくまでも興味本意で聞いた、だがその答えがただならぬ嫌な気配を感じて今すぐに聞くのをやめたかったが、残念ながら発言停止を告げる前にユピテルの口から言葉は発されていた。
「狂乱の宴へのチケットじゃ――」
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