表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

お前のスキル、何の役に立つの?

新作だよ!!!!

焚き火が、ぱちりと爆ぜた。


その音さえも、俺は【記録】する。

火の粉が舞った角度、燃えた小枝の質量、炎の揺らぎが描いた軌跡。誰にも頼まれていないし、誰にも知られていない。それでも俺の中の"何か"は、勝手にそれを刻み続ける。

息をするように。瞬きをするように。


「――ノア」


低い声に呼ばれて、俺は顔を上げた。

焚き火の向こう、勇者アルフレッドが俺を見下ろしている。

銀の鎧は四天王との戦いで黒く焼け、けれどそれが逆に英雄らしい翳りを彼に与えていた。整った顔立ち、優しげな垂れ目。村娘たちが噂で頬を染める、絵に描いたような勇者の顔。


その目だけが、笑っていなかった。


「単刀直入に言うぞ」


アルフレッドは焚き火を回り込んで、俺の隣に腰を下ろした。馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。鎧越しでも、彼の体温が熱いほどに伝わってくる。戦いの興奮が、まだ抜けていないのだろう。


「お前、明日からパーティー抜けてくれ」


ぱちん。

焚き火が、また爆ぜた。


俺は数秒、その言葉の意味を【記録】の中で検索した。

"抜ける"――脱退。解雇。離脱。除籍。

あぁ、なるほど。追放、か。


「……理由を、伺っても?」

「理由?」


アルフレッドは鼻で笑った。

笑い声まで、彼は美しい。


「お前のスキル、何の役に立つの? 【記録】って。

見たものを覚えるだけだろ? それ、別に俺らじゃなくてもできるじゃん。日記でも書いてろよ」


そばで装備の手入れをしていた聖女ミレイユが、くすっと声を漏らした。

笑いを噛み殺すように口元を押さえている。長い金髪が焚き火に照らされて、聖女の象徴のように輝いている。


「ふふっ、ごめんなさい。でも、勇者様の言う通りかも……。ノアくんが頑張ってくれてるのは知ってるけど、四天王戦でも結局、後ろで震えてるだけだったし……」


震えていた、か。

俺は確かに前線には立たなかった。立てなかった。ステータスは確かに低い。けれど、震えていたつもりはない。

あの夜、俺はずっと、四天王ヴェルガの呼吸を【記録】していた。アルフレッドが踏み込んだ瞬間に肩が落ちる癖、ミレイユの聖光が地面の魔素を一瞬だけ濁らせること、シルフィの剣筋が左足の重心移動とコンマ三秒ずれること。

俺の頭の中には、あの戦闘の三十七分二十四秒が、全て一秒単位で残っている。

だから次に四天王と当たっても、おそらく俺一人でも――


いや。

そんなことを言っても、無駄だ。


「分かりました」


俺は静かに答えた。

自分でも驚くほど、声が凪いでいた。


「えっ」


聖女が、笑いを引っ込めた。

泣くと思っていたのだろう。縋ると思っていたのだろう。三年間、俺は彼らに対して一度も、声を荒げたことがなかったから。


「分かりました、と言いました。ご厄介になりました。荷物をまとめて、夜のうちに発ちます」

「……お、おい、ノア」


賢者グリモアが、本を閉じる音がした。

ローブの奥で、彼の瞳がじっと俺を見ている。

彼だけは、知っている。

俺の【記録】が、ただの記録ではないことを。

最初に俺をパーティーに引き入れたのは、他ならぬこの男だった。


「……アルフレッド、本当にいいのか」

「グリモア? 何だよ、お前まで」

「いや、なに。後悔しなければ良いがな、と」


グリモアはそれだけ言って、また本を開いた。

助け舟ではない。彼はいつだって、俺にも、勇者にも、平等に冷たい。

ただ、世界の摂理にだけ忠実な男だ。


そして――


「……」


剣姫シルフィが、立ち上がった。

無言で、俺の前にしゃがみ込む。

氷のように整った顔。前髪の隙間から覗く、灰色の瞳。


「これ」


差し出されたのは、小さな木彫りの笛だった。

俺が一週間前、暇つぶしに削っていた、なんの変哲もない笛。シルフィが「綺麗な音がするね」と言ってくれて、俺がそれを彼女にあげたものだった。


「返す」

「……いいのに」

「ううん」


シルフィは首を横に振った。

そして、ほんの一瞬、本当に一瞬だけ、唇を動かした。

声は出さなかった。けれど、【記録】はそれを逃さない。


『――ごめん』


俺は笑った。

たぶん、この三年間で一番、自然に笑えた気がした。


「ありがとう、シルフィ」


笛を受け取って、懐にしまった。

俺は立ち上がり、テントから自分の荷物を引きずり出した。

たいしたものはない。着替えと、薬草と、ノート。

ノートには、三年間で俺が【記録】しきれなかった分の"手書きの記録"がびっしりと詰まっていた。

仲間の好きな食べ物。苦手な天候。寝る前にぽつりとこぼした弱音。誕生日。

全部、いつか役に立つかと思って、書き留めていた。


馬鹿だな、俺。


焚き火の前を通り過ぎる時、アルフレッドがにやりと笑った。


「ノア。一応、餞別に言っといてやるよ」


俺は足を止めた。


「お前みたいな"記録するだけ"の雑魚はな。生きてる意味、ねぇから。

田舎帰って、畑でも耕してろ。それがお似合いだ」


聖女が、今度はもう、堪えなかった。

甲高い笑い声が、夜の森に響いた。

賢者は本に目を落としたまま、何も言わない。

剣姫だけが、背を向けて、震える肩をこちらに見せないようにしていた。


「……はい」


俺は深く頭を下げた。


「三年間、ありがとうございました。

――どうか、ご武運を」


そして、踵を返した。

夜の森に、一歩、踏み出す。


その瞬間。


【――記録権限を、"内部"から"外部"へ切替。】


頭の中で、聞いたことのない声が響いた。

俺自身の声でもない。誰かの声でもない。

強いて言うなら、世界そのものが俺に向かって囁いたような、そんな声。


【ホスト・ノア=クロウリーの登録を確認。同行対象から"勇者パーティー"を解除。】

【上書き権限、開放。】

【――"再生"、可能。】


足が、止まった。


なんだ。

今のは、なんだ。


振り返ろうとして、やめた。

振り返ったら、きっと俺はまだ、彼らに何かを期待してしまう。聖女の優しい嘘に、勇者の英雄じみた台詞に、賢者の沈黙に、剣姫の背中に。


だから俺は、振り返らずに、もう一歩、踏み出した。


森が、深くなる。

焚き火の灯りが、遠くなる。

仲間の笑い声が、闇に溶けていく。


その時だった。


頭の中で、ぱらり、と、見えないページが捲れた。

三年分の【記録】が、勝手に整列していく。

アルフレッドが酔って漏らした、王家への裏切りの計画。

ミレイユが教会の上層部と交わした、聖女詐称の取引。

グリモアが封じたはずの、"本当の魔王"の在処。

シルフィが俺にだけ見せた、たった一度の――涙の理由。


全部、ここにある。

俺の手のひらの中に、世界が、ある。


「……あぁ」


俺はぽつりと呟いた。

自分の声が、ずいぶん遠くから聞こえた。


「皆さん。

――もう、遅いですよ」


森の奥で、ふくろうが鳴いた。

夜風が、俺の前髪を撫でて吹き抜けた。

その風さえも、俺は【記録】した。


新しい人生の、最初の一秒として。



――その夜、北の辺境の村ハーゼンの外れで、ひとりの青年が銀髪の少女を拾うことになる。

記憶を失くした、裸足の、奇妙に整った顔立ちの少女。

彼女はノアの【記録】に触れて、ただひとつ、こう言った。


「やっと、見つけた」


そして微笑んだ。


「ねぇ、お兄ちゃん。

――"世界"、巻き戻してみない?」


第一話 / 了



【次回予告】

勇者パーティー、ノア追放から三日後。

四天王・第二席ザガンとの再戦。

切り札のはずだった"魔王の心臓"が、なぜか、起動しない。

「……どうして」

焦るアルフレッド。蒼ざめるミレイユ。

賢者グリモアだけが、ぽつりと呟いた。

「あぁ……あいつを切ったのか、お前ら」

同時刻、北の辺境。

銀髪の少女の隣で、ノアは静かにページを"再生"する。

「魔王の心臓、ですか。

――その起動鍵、三年前に俺が【記録】したまま、ずっと持ってるんですけど」


第二話「もう遅い、お前たちの切り札は、最初から俺の手の中にある」 / 続く

⭐︎をぽちっとお願い!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ