悪夢〜赤点ヲ回避セヨ〜
スカイダイビングからしばらく経つ。前回の悪夢退治メンバーが日付を変えようと、再び集まった時だった。
「おい、オレも行く」
和み屋に集まるアズキ達の背後から声が投げられる。
「え、急にどうしたの?」
「……」
イナホの問いかけに答えない。キクはマッチャの方を向いたまま、澄ました顔をしている。これで何度目だろうか。
まさか、ここでも無視?本当ウチ何かした?ちょっとくらい答えてくれたっていいじゃん。
気まずい空気が部屋を漂う。実際気まずいのは周りだけで、当の本人はその空気でさえどこ吹く風。
「えーと、どうして参加する気になったの?」
マッチャがイナホとキクを見比べながら尋ねる。
「…アケボノからもらった資金、もう無くなる」
「え、結構あったよね?」
「ああ、もう無い」
へぇ、マッチャとなら会話するんだ。ウチに対しては無視か、煩いって言うだけなのに。一人でなんとかするんじゃなかったの?別にキクは来なくてもよかったのに。
「それでは。皆さん揃いましたし、そろそろ仕事を始めましょう」
いつの間にか現れたアケボノをキクが睨む。
結局、アケボノとアズキはオレ達にあの日の話をしなかった。犠牲なしにクリア出来ないことを。オレ達が子どもだからか?
「ていうか、悪夢退治もするなら、電力自転車も漕いで欲しいんですけどー」
イナホが小声で呟く。嫌味のつもりらしい。
「ああ、これからはそうするつもりだ」
「えっ!」
ギョッとしたまま固まるイナホの横を通って、和み屋の中に入る。
「え、何かあったの?」
「まあまあ、いい事じゃん」
後ろでボソボソ話しているが、聞こえないふりをした。
「では、いってらっしゃい」
「…アケボノは行かないのか?」
「私のところにもそろそろ死神が来る事でしょう」
「あんた、そんな宗教じみた事言う人だっけ?」
キクが捻くれた笑みを浮かべる。
「やっぱり、今日は機嫌がいいのかな?」
「聞こえてるぞ」
マッチャに耳打ちしていたイナホがギクリと動きを止める。
「アケボノは行かないんだって」
「さて、みなさん、手を当てましょうか」
既に水晶の前に立つアズキが振り返る。
『赤点ヲ回避セヨ』
「は?オレ達が?」
「それなら、制服で良さそうだね。先生、お願い出来ますか?」
「はい。私は久々に教師服としますかね」
「教師服って…普通のスーツじゃん…」
「ふふ」
『デハ手ヲ離セ』
手を離せば、煙が覆い、次に晴れた時には廊下にいた。
「じ、地面だー」
イナホがホッと息を吐く。
「俺達の中学校ではないですね」
確かに制服も校舎も、桜ヶ丘中学校とは異なる。
「ここも中学みたいだし、九割以上は取れるだろ。とりあえず、テスト受けようぜ」
「げ、…」
イナホが顔をしかめている。
「何?」
「いや、えーと…何と言いますかー。ちょっと勉強タイムがほしいです…」
「……お前、成績は?」
「平均のなかの平均です」
「チッ…。多少勉強すれば上の下くらいいけるか」
「えーと、勉強して平均のなかの平均になります」
いや、憐れみの顔を向けないで!天才と比べられても困る。マ、マッチャは…いや、駄目だ。
「あんたの成績は?」
き、聞くな…。
「中の上ってところかな?」
「いえ、マッチャは、クラストップの成績ですよ」
「ふーん」
キクは満足そうな顔をする。
「じゃあ、問題はこいつだけだな」
へい、すみません。
「あれ?」
「イナホ、どうかした?」
「なんか、さっきと違う気がする」
廊下の景色に違和感を覚える。なんだろう、間違い探しをしているような。
「おい、あそこに水道なんかあったか?」
ウチらはほとんどこの場所から動いていないはずなのに、景色が少しずつ変わっている。
「な、なんか。ヤバくない?」
変化の度合いが大きくなっていく。物の輪郭が歪み、新たな形を作ろうとしてまた別のものになる。
「まずい、地面が!走れ!」
マッチャの掛け声で前へ進む。アズキはわざと転びそうになる事で、誰よりも早く、先陣をきっている。しばらく進むと景色が安定してきた。景色が安定する方へする方へと進むと、グラウンドに出た。
「つ、疲れたー」
「は?これくらいで?」
「まあまあ、ここまで来ればもう大丈夫みたいだな。何だったんだ?さっきのは?」
「あー、つーかーれーたー!」
四人が驚いて背後を振り返る。野球部のようだ。キャッチボールをしていたらしい。
「おいおい、明日テストだぜ?そろそろ帰ろうぜ。亮、お前、勉強しなくていいのかよ?」
「あー………考えたくねぇ」
「ったく、部活もほどほどにして勉強しろよ。勉強を。俺は先上がるぜ」
「おう、おつかれー」
「な、なんか。今の会話、周りと違ったよね?何がかはわからないけど」
「うん。イナホ、よく気づいたね。推測ではあるけれど、周囲の人達より、声がはっきり通っている気がするね。周りはモブって感じ。よく見れば外見も似通っているしね」
「ふーん…。つまり、そいつを赤点回避させろってことか」
「ん?…ん?どういう事?」
イナホがマッチャとキクに視線を行き来させる。
「先程、景色が歪になっていったのを覚えていますか?」
「は、はい」
「それはきっと、この亮という主人公から離れたからでしょう。サクラゲームも必要のない部分には行けないようになっています。ここも同じでしょう。サクラゲームより範囲は狭く、主人公の周りしか必要ないという事ですね」
「え、でも、前回はそんな人居なかったよ?」
「夢には六つの種類がある」
「え?」
「前回は夢の主が全体を眺めているものだった。だから悪夢を俺達が回避しなければいけなかった。今回は、夢の主が回避をしなければならない。この『回避』によって、悪夢は退治されるって事だろうね」
「…つまり?」
「今回は、亮ってやつを赤取らせないようにするんだよ。よかったな、お前じゃなくて」
「…返す言葉もございません」
「それより、作成立てるぞ」
「うす」
「思ったより、時間がないな」
「夢の中だからね」
結局、作戦を立てて程なくして、グラウンドから景色が一辺した。亮という学生の私室へと。彼はぐっすりと眠っている。
「はあ、勉強はしてませんってことか」
キクが勝手に机を漁る。中からは十点二十点のテストが出てくる出てくる。無論、百点満点中だ。
「内容は中三、明日のテストの教科は……全教科。チッ。夢ってのは自由だな」
時間も場所も好き放題。の癖して悪夢とはタチが悪い。どうせなら、良い夢で好き放題したいものだ。まぁ、オレにとっての悪夢ではない。あくまで、こいつ、亮にとっての悪夢だ。
「えぇー、中三の内容とか出来るの?私達二年生だよ?」
「あんた、さっきの作戦、ちゃんと聞いてたか?」
「いや、聞いてたけど。というか、こんなカンニング紛いの方法でいいの?」
「夢だろ?結果良ければ全て良しだろ」
「うーん…。それもそっか」
「じゃあ黙って。今は時間が惜しい。いつまでこいつが寝ている場面が続くかわからないからな」
ひぃ。見ているこっちがハラハラする。もうすぐテストが始まる。亮って人はクラス中央に座っており、側にマッチャとキクが近づいていく。
キクの能力により、二人の音を消し、マッチャの声を亮にだけ聞こえるようにしている。距離と人数がキクの集中力によって調整できる事は、夜のうちに実験済みだ。あとはマッチャが夜のうちパラパラ流し読みした教科書の内容を伝えていくだけだ。
念の為、アズキが試験監督と称して教室の後ろから見守っている。どうやって短時間で目の前の教師を言いくるめたのか。いや、今はそれどころじゃない。姿を消している二人がバレないかと心臓がバクバク言っている。因みに、ウチは掃除道具入れに隠れている。出番なしだ。まあ、出番があっても困る。
「おい、起きろ」
ありえない。この亮ってやつ、テスト開始五分で寝やがった。教科は音楽だ。パッと見る限り、マッチャの能力を使わずとも簡単なものばかりだ。
声をかけられた亮は、瞬時に突っ伏していた顔を上げ、周囲を伺おうとする。
「動くな。カンニングになるぞ。赤点を取りたくなければ、オレ達の声に従え」
「キク…脅迫になってるよ」
「…。従うならまず名前を書け。従わないならそのまま寝てろ」
亮はシャーペンを握ると、丁寧に名前を書いていく。
「ト音記号」
亮の手は動かない。
「最初の答え、ト音記号。書けよ」
文字が恐る恐る書かれていく。
「違う。『ト』はカタカナ。おい、『号』の漢字が間違ってる」
そうこうしている内に、テスト終了五分前となった。撤収の時間だ。チャイムが鳴れば、通路に立つ二人はあっという間にバレてしまう。音や姿が消えようとも、触れられればアウトだ。
「オレ達の事は誰にも話すな。話さなければ、次のテストも助言してやる」
「…2問目は『をかし』だね。そうそう、3問目はそれで合ってる。流石だね」
「…いや、だから平仮名で書くな。かねへんに…」
「…陽イオンは『イ』と『ハ』かな。で、陰イオンは…」
凄く順調だ。途中、時間がバグり、ずっとテストを受け続けている。流石夢だ。テストが始まると終わるまでぶっ通しだ。
マッチャとキクの二人は、テスト開始とともに亮の側にいき、終了五分前に撤退を繰り返している。そして、残りの教科は数学と美術を残すだけとなった。この二つは厄介だ。
記憶だけでは乗り越えられない数学と、テストを受ける本人だけが描ける美術。二人はどう乗り切るのか。あ、亮も入れたら三人か。
結論を言えば、問題なかった。
「2x+3yだね。次は、えーと、3(x―7)(y―6)かな」
まだ、三年生の内容は習ってないはずなのに、マッチャは難なく答えていく。教科書を丸暗記しようが、数学は計算が出来なければ意味がない。解き方を理解しなければ答えを導き出せないのだ。その上、暗算ときた。マッチャの将来は有望だ。
「とりあえず、一旦目の前のビー玉から描いてみろ」
「…光が当たってるのはどっち側だ?…なら、影はもう少し手前側につけた方がいい。それからビー玉の右上は消しゴムで薄くぼかして…」
美術も、キクの的確なアドバイスによって、問題なさそうだ。完成した答案用紙を見て、亮が嬉しそうだ。心なしか、キクの表情も柔らかい気がする。
すると、亮の隣の席の人が消しゴムを落とす。転がるそれは、マッチャとキクの間で止まった。
テスト監督の先生が気づき、近づいていく。二人が立つ通路は狭く、急いで動けば周りの机にぶつかってしまう。
動けずにいる二人。プレイヤー達に緊張がはしる。
監督の先生が近づき、あと数歩というところで、
「はい、どうぞ」
反対側からアズキの手が伸びて、消しゴムを元の持ち主の机へと置く。二人の目前に迫っていた監督の先生はアズキに軽く会釈をすると、教卓へと戻っていった。
「お、終わった〜」
美術のテストも終わり、廊下の隅でプレイヤー四人は集まる。もちろん、姿も音も周囲から消して。
「いや、あんたは何もしてないだろ」
「そ、そうだけど、心配で心配で」
「案ずるより産むが易しって事ですね」
「はぁ?全然易くなかったんだけど?疲れたんだけど?」
「ああ、キクの能力がなければこの作戦は出来なかったからね。ありがとう」
「うん、お疲れ」
キクは一瞬表情が固まったあと、そっぽを向いてしまった。
「え、照れてる?」
「は?な訳ないだろ」
「イナホとキク、一気に仲良くなったね」
「「なってない」」
二人の声が重なる。
「息ぴったりじゃん」
「いや、でも確かに陰から見守ってたら、他人事とは思えなくなってたんだよね」
「母親かよ」
「あ、遠慮します」
「頼んでねぇよ!」
その瞬間、和み屋に戻った。
「おぉ」
「ね、急に悪夢から追い出されると驚くよね」
「いや、別に驚いてない……というか、それ何?」
「ん?ああ、報酬だよ。帰ってきたら、何故か水晶の横に置いてあるんだよね」
「これで明日は太陽が昇るね」
「ウチらが太陽動かしてるって考えたら凄くない⁈」
「あんた、何もしてないだろ…」
「そういえば、アケボノが見当たりませんね?」
「確かに。前回はお見送りも出迎えもしてくれたよね?」
「ま、まさか…」




