第36話 「昇格と制限、そして仕組まれた戦場」
朝の光は、静かすぎるほどだった。
風が通るたびに、焼けた匂いがわずかに舞い上がる。
崩れた外壁。
抉れた地面。
壊れた罠の残骸。
昨日まで拠点だった場所は、もうただの“戦場跡”だった。
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リリアが瓦礫を蹴る。
「……これ、もう無理でしょ。住むとかじゃないよね」
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リックは一度だけ全体を見渡す。
「使わない」
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即断だった。
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セレスティアが静かに動く。
「まず怪我を見ますね」
光が広がる。
柔らかく、だが確実に傷を塞いでいく。
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ルナは無言で座る。
エレノアは外を見たまま動かない。
シルヴィアはすでに瓶の中身を確認している。
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「敵は適応しています」
エレノアが言う。
「罠は回避、薬は軽減。さらに指揮個体あり」
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リリアがため息をつく。
「つまりさ、もう“普通に守る”のは無理ってことでしょ」
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「はい」
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短い肯定。
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少しの沈黙。
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リックが言う。
「守る必要はない」
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リリアが顔を上げる。
「……どういう意味?」
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「使う」
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それだけだった。
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説明はない。
だが、その一言で方向は決まった。
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「ギルドへ行く」
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全員で町へ向かう。
歩いているだけで、視線が集まる。
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「……見られてるね」
リリアが小声で言う。
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「当然です」
エレノアは気にしていない。
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ギルドの扉を開けた瞬間、空気が変わった。
ざわめきが一瞬止まる。
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受付に立つ女性が、すぐに視線を向ける。
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「お帰りなさい。報告ですね」
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落ち着いた声。
無駄がない。
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リリアが小さく呟く。
「……誰?」
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「受付のセレナです」
エレノアが即答する。
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セレナは軽く一礼した。
「今回の件、概要は共有されています。詳細をお願いします」
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リックが言う。
「拠点が襲撃された」
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エレノアが続ける。
「防衛は成功。ただし持続不可」
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シルヴィア。
「……強化個体、複数。薬耐性あり」
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ルナ。
「……突破された」
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セレスティア。
「被害も軽くありません」
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セレナのペンが止まる。
一瞬だけ、目が細くなる。
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「……段階移行、確定ですね」
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「少々お待ちください」
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奥へ消える。
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戻ってきたとき――
空気が変わった。
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奥の扉が開く。
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重い足音。
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「……話は聞いた」
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現れた男は、静かだった。
だが、場の全員が意識を向ける。
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リリアが小声で言う。
「え、誰あれ」
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エレノア。
「……ギルド長です」
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ギルド長はゆっくりと視線を巡らせる。
一人ずつ、確かめるように。
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「拠点防衛、見事だ」
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短く、それだけ。
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だが続く言葉は重かった。
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「だが、お前たちだけでは足りない」
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「本丸は――戦争になる」
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空気が一段、重くなる。
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リックは答える。
「問題ない」
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即答。
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ギルド長の目がわずかに細まる。
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「……迷いがないな」
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「必要だからやる」
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沈黙。
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「いい」
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ギルド長が言う。
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「そういう奴が生き残る」
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一歩前に出る。
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「本丸討伐は許可する」
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「ただし――」
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「単独は禁止だ」
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リリアが思わず声を上げる。
「またそれ!?」
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「他パーティーと組め」
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「規模が違う」
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リックは短く頷く。
「了解」
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ギルド長はセレナに視線を送る。
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セレナが一歩前に出る。
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「正式に通達します」
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「あなた方は――Aランクへ昇格です」
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ざわめきが爆発する。
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リリアが固まる。
「え、ちょっと待って……マジで?」
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リックは変わらない。
「受理する」
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報酬が渡される。
重い袋。
だがそれ以上に、空気が変わっていた。
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セレナが静かに言う。
「今後は特別案件として扱われます」
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一瞬だけ、表情が緩む。
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「……無事でいてください」
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小さな声だった。
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ギルドを出る。
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そのままザクトの店へ。
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「……やはり、そこまで来ましたか」
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地図が広げられる。
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「輸送はここに集中しています」
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一点。
魔力の集まる場所。
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「中枢です」
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ザクトが視線を上げる。
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「拠点はどうします?」
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リックは答える。
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「問題ない」
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それだけ。
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店を出る。
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少し歩いたところで、リリアが振り返る。
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「……で、本当は?」
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リックが止まる。
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「拠点は二つにする」
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全員が見る。
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「旧拠点は残す」
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「え?」
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「住んでるように見せる」
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エレノア。
「……陽動」
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「本拠点は別に作る」
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ルナ。
「……隠す」
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リックが続ける。
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「旧拠点は――」
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一瞬。
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「最大の罠にする」
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空気が変わる。
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リリアが笑う。
「それ最高じゃん」
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「転移を使う」
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全員が理解する。
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「出入りは見せない」
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「だが、存在は見せる」
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エレノア。
「……情報操作ですね」
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リック。
「知られている場所に価値はない」
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その日から動きが変わる。
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旧拠点。
火を残す。
足跡をつける。
生活の痕跡をわざと残す。
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ゴーレムが立つ。
動く。
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“まだそこにいる”
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そう見せる。
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新拠点。
狭い。
無駄がない。
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リリアが寝転がる。
「ほんとに秘密基地じゃん」
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エレノア。
「戦闘拠点です」
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シルヴィア。
「……準備、進めます」
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ルナ。
「……守れる」
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セレスティアが静かに笑う。
「帰る場所があるのは安心です」
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リックが外を見る。
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遠く。
旧拠点。
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「来る」
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夜。
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旧拠点。
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影が動く。
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「……まだいる」
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罠は、すでに完成していた。




