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九話「十二月」

 十二月。

 街中が飾り付けられ一年で最も賑わう一ヶ月と言っていいだろう。


 クライム学園でもそれは例外ではなく、生徒達の会話や態度はいつもより賑やかさを増し、浮き足立っているのがよく分かる。


 そして一年生の教室ではある男が一つの提案をしていた。


「クリスマスパーティー? まぁ、構わんが」


 真っ先に答えたのは男と会話しているアンラ・マンユであった。

 続いてその周りに居る二人がほぼ同時に答える。


「おぉ! いいんじゃねぇか。肉食おうぜ!」

「僕はどちらでも構いませんよ」


 アマーシュマとアジ・ダハーカである。

 提案したのはいつも最初だけは勢いがいい田中太朗である。


「よっしゃ決まりな! いやー毎年一人で過ごしてるから楽しみだぜ!」

「あれ、太朗よ両親はどうした? 家族で過ごさないのか?」

「あーえとね、俺んとこの両親クリスマスイブの前の日から毎年二人で二泊三日の旅行に行くんだよ」

「……そうか」


 両親との仲が悪いのかそれとも育児放棄されてるのか、はたまた他の理由かは分からなかったが、どのみち何と言っていいのかも分からないのでアンラは相槌をうつことしか出来なかった。


「料理出来ないしクリスマスはカップラーメンで凌ぐイメージしかなかったけど今年は豪華になりそうだぜ」


 はははと軽快に笑う太朗だが、三人は太朗の境遇に心の中で涙した。


「オレ、日程に合わせて実家から肉貰っておくぜ。太朗、一杯食えよな」

「僕も何かパーティーグッズを用意しておきましょう」

「ふむ、ならば俺様は他にも人を呼んでおこう。賑やかな方がいいだろうからな」

「あ? お、おぉ……」


 太朗はいきなりやる気を出した三人にとまどいを覚えたが、とりあえず頷いた。

 世界広しといえここまで魔王に気遣われる人間は恐らく太朗一人であろう。

 まぁ、太朗も魔王なのだが。


 簡単に当日の事を話し合ったあとは最近の成績の話しへと移行する。


「あーそういえばさ、話変わるけどお前ら殺戮カウントどうなってんの?」

「俺様は二十八だな。年が変わるまでには終わらせる予定だ」

「アンラはそんな事考えてんのか? オレは二十ジャストだぜ!」

「僕は十八ですね。ここ二ヶ月は人体パズルにハマってて忘れていました」


 最後にちょっと気になる単語が出たが、太朗は気にしない方向で話を進めた。


「俺は九なんだよ。これさ、期限までに間に合うと思うか?」

「武器を手に入れたのは十一月の頭だったよな。一月と少しでそれなら驚異的な伸びだぞ? 間に合うんじゃないか?」

「そう思いたいんだがなぁ」


 アンラは素直にそう思って発言したのだが、太朗は少し眉をひそめる。


 最初に勇者を殺したビルは何度か使っていると目を付けられたのか見張りが立つようになってしまった。

 何度も場所や時間を変え少しずつ殺戮カウントを稼いでいるが、それでも最近は少しずつ殺せなくなってきていた。


 銃を持って遠くから狙撃する魔王なんて今まで居なかったのだが、既に対策を整えてきているあたり流石は勇者といったところだろう。


「まぁ、留年したくないし頑張るしかないんだけどな」


 そうだな、と魔族三人が頷いた所で丁度授業を知らせるチャイムが鳴ったので雑談はお開きとなった。



------



 十二月二十四日。

 今日はクリスマスイブである。

 先日クラスで話題に上がった通り太朗達はクリスマスパーティーをする事となっており、会場は両親不在の田中家である。

 その田中家に向かって歩く魔族達がいた。


「ねぇ、こっちだったっけ?」

「そうだ。前に皆で行ったろう。何故そんな自信なさげなんだ?」


 並んで歩いているのはアンラとその幼馴染であるジャヒーだ。

 彼等は寮から真っ直ぐ太朗の家に向かって歩いている。


「あの時は話しながら歩いてたから景色覚えてないんだよねぇ」


 キョロキョロと辺りを見回しながら口を動かすジャヒー。

 アンラも一度しか行ってないのだがこちらはしっかりと道を覚えているらしく歩く動作に迷いがない。


「むっ……」

「どうし……あっ」


 丁度角を曲がった二人は立ち止まる。

 二十メートル先には歳は同じくらいだろうか、四人組みの男女が同じように立ち止まっていた。

 男女は驚いたような表情をしたがすぐにそれを消しまるで事前に打ち合わせをしていたが如く素早く立ち位置を変えた。


「まさかイブの住宅街で魔王に遭遇するなんてね」


 先頭に立っていた勇者と思わしき少女が鋭い目付きを二人に向けながら言った。勇者達が驚いたのも無理はなく、この辺りは人間エリアとも呼ばれ、魔族はほとんど近寄らないのだ。故に太朗はこの辺りで殺される事も多く日々苦労している。


「ふん。貴様等には関係のないことだろう。どけ」

「うわー、勇者かぁ。素通り出来ないのかな?」


 威圧感たっぷりに返答するアンラと面倒くさそうな声を出すジャヒー。


「我らが魔王を見過ごす訳がなかろう!」

「うぃっく……そうだぁそうだぁ!」


 戦士らしき少年が声を上げると残りの仲間達、と何故か通りすがりの明らかに酔っ払っているオッサンが賛同する。少しお腹が出ていて頭は少し薄っすらとしている。


「うぃっく……てやんでぇ!」


 オッサンは近くに居た魔法使いの少年に寄りかかるようにしてアンラ達に向かって罵声を浴びせる。


「ちょっと、オッサン邪魔なんだけど……おい寄りかかるな腕を絡ませるな!」


 本気で嫌がる魔法使いだが、目の前に魔王が居るこの状況で助ける仲間は居なかった。

 そしてそれを待つ程魔王は優しい存在ではない。


「俺様達には目的があるのでな。とっとと死ね勇者共!」


 そう声を荒げるとアンラの体が膨れ上がりだす。

 多くの魔王が持つ「真の姿」を解放し、アンラは肉食型の恐竜ティラノサウルスに酷似した姿となっている。


「面倒な……ドラゴンタイプの魔王か」


 勇者である少女が忌々しげに吐き捨てる。姿を見ればその魔王の力量がある程度分かるのだが、今回の場合は彼女達にとって最悪に近いケースとなっていた。


「勇者奥義『光の道(ルーチェヴェーク)』!」


 しかし素早く意識を切り替え魔力を込めた剣をアンラに向かって振るう。

 光の奔流がアンラへと向かっていく。


「なっ……すり抜けた……?」


 渾身の一撃といっていいその一振りは目の前に居る魔王に掠り傷すらつける事すら出来なかった。


「残念だったな。俺様のこの姿は真の姿であって真の姿にあらず」

「なに? どういう事だっ!」

「実体が存在しないだけだ。お前達の目に映っているのは虚像というやつだな」

「それなら……一体どうやって……」

「答える訳がなかろう。では終わりだ」


 圧倒的な力が勇者達とオッサンを喰らい尽くした。



------



「どこだここ?」

「さぁ? 僕にもさっぱりです」


 両手に肉を持った大男とメガネを掛けた男が並んで歩いている。


「前に行ったから覚えてると思ったんだがなぁ」

「人間の住む家はどれも似ていてよく分かりませんね」


 大男はメガネの男――アマーシュマとアジ・ダハーカはのんびりと住宅街を歩いていた。

 実家から肉が届いたと言ってかなり早めにアマーシュマがアジ・ダハーカを誘って出発したのだが、既に四時間は歩きっぱなしとなっている。


「太朗に早く肉を食わせてやらねーといけねーってのに」

「そうですね。僕のパーティーグッズと合わせて今年のクリスマスは楽しんでもらいましょう」


 友達思いの二人がそんな事を言いながら既に三十二回目となった同じ道を歩く。

 普通気付きそうなものなのだが、二人共人間の済む空間には興味がないといった感じで目印などをつけずにいるため中々目的地に辿り着かない。

 魔族の長所は身体能力が優れている事だが、優れすぎてこの程度では疲れない為このような現象が起きている。


「お、ありゃ勇者じゃねーか。丁度いい、道聞こうぜ」

「そうですね。彼等にも道案内くらいは出来る知能があるでしょう」


 前方に少年四人歩いており、その人間からはいわゆる「普通」ではない力が感じ取れた。故に二人は彼らを勇者だと断定できたのだ。


「おい」

「ん? なっ……お前達はっ!」


 アマーシュマが声を掛けると少年達は一斉に振り返り驚きの声を上げた。しかし次の瞬間ニヤリと笑みをこぼした。


「丁度いい。憂さ晴らしさせてもらうぜ!」

「なんだ? オレ達は道を――」

「黙れ黙れっ! ナンパに失敗した俺達のこの思い! 勇者の力に変えて貴様達魔王を討つ!」


 八つ当たりですか、とアジ・ダハーカが声を出したが聞こえたはずの勇者達はそれを聞こえない振りで流した。

 勇者達が戦う姿勢を見せ、それに喜んだ反応を示したのはアマーシュマだった。両手の荷物を放り出して今にも駆け出したそうにしている。


「いいぜぇ! パーティーの前に軽く――」

「待って下さい。貴方は大量の肉を抱えてるでしょう?」

「アジ・ダハーカが持っててくれよ」

「嫌ですよ。貴方が僕のパーティーグッズを持ってて下さい」


 こっちの方が軽いんですから、と更に追撃を放ち自身の荷物を預けるアジ・ダハーカ。


「お前が俺達と戦うのか? 二人同時でもいいんだぜ?」


 勇者達が挑発するが、アジ・ダハーカはそれを意に介さずに返答する。


「ククク、我はあらゆる悪の根源アジ・ダハーカ。矮小なる愚かな勇者共よ、失望、悲観、絶望を感じ死に逝くがいいっ!」


 そう言うとアジ・ダハーカの首が伸びていき頭が三つに分かれ始める。

 一瞬の間があき次に胴体が変化する。


「いきなり真の姿か……」

「ヒュ……ヒュドラだと!」


 落ち着いた態度を装ってはいるが声が震える勇者と驚きを隠せない仲間達。

 アジ・ダハーカの変化は既に止まっており、彼等の目の前には大きな大蛇が道をふさいでいるように見えていた。


 そして、ヒュッと風切り音が勇者の耳に入る。


「えっ……」


 目の前を何かが通り過ぎたのは分かった。だが、それだけであった。

 一拍おくれて左右を確認した勇者が理解したのは、仲間の死。


「う……嘘だろ……?」


 事態をすぐに飲み込む事が出来ず思わずそんな言葉が零れた。


 次にドサッ、と音がしたのが耳に入る。

 目を地面に向けると、自分の他に三人居た仲間達の頭が食いちぎられた状態で横たわっていた。

 足元を赤が汚していく。


「ひっ!」


 情けない声を上げたのはたまたま通りがかったオッサンだった。少しお腹が出ていて頭は少し薄っすらとしている。更に詳しく言えばオッサンは二人いる。


 しかしそんな事は関係なしにと大蛇の頭が三つとも動く。


 今度は風切り音は聞こえなかった。


 何故なら頭はもう、ないのだから……。

 


------



 二つの髪が揺れている。

 片方は長い髪が流れるように、もう片方は尻尾のようにゆらゆらと。


「少しばかり遅くなったかのぅ?」

「うーん、大丈夫じゃない?」


 不安げに隣にいる人物に問いかけるも適当な返事が返ってくる。

 その事が僅かに腹立たしいと思ってしまう。


「お主はいつも楽観視しすぎじゃ」

「えーそんなことないと思うよー?」


 注意するもさらりと流される。

 遅くなったのもそもそもはこのマイペースな相方が原因なのだが、本人にそれを気にした様子は一切見受けられなかった。


「太朗は毎年一人ぼっちなのじゃぞ? 今日は妾達で元気付けてやらねば!」

「いや、太朗君両親にほったらかしにされても全然堪えてなさそうだったけど……」


 両手を握りやる気を表す少女、タローマティ。

 そしていつも通りの態度の少女、ドゥルジ。


 二人はお菓子担当として買い物をしてから太朗の家に向かっている。 

 ドゥルジがあれこれと目移りをしたので当初の予定時間より遅れ気味である。


「強がっておるだけやもしれんぞ?」

「それはマティちゃんが寂しがりの強がりだから自分なら、でしょ?」

「わ、わわ妾はそそそんなんと違うわい!」

「またまたー。図星なんで――おやぁ? 隠れてないで出ておいでよ」


 そんなやり取りをしているとドゥルジが何かに気付き、妖しく口を歪めた。

 タローマティもほぼ同時に気付いたようでいつもの表情豊かな様子を消し無表情で前を見ている。


「ふんっ! そこそこやるようね」

「もう気付かれちゃったかぁ。雑魚なら良かったのになぁ」


 そんな声が聞こえ、次に建物や電柱の影からその声の正体が姿を現す。

 四人の少女達。

 男女比率で言えば男子生徒が多いジャスティス学園では珍しく全員女性で構成されているパーティーだった。


「勇者……か」

「流石人間の住宅街。エンカウント率は高いねぇ」


 呟くように言ったタローマティと普段の口調を崩さないドゥルジ。


「先に言っておくけど、見逃さないからね」

「それは妾達のセリフじゃ」


 上から目線の勇者に反発するように言い返すタローマティ。

 しばらく言い争う内にヒートアップし、勇者の口から思わぬセリフが飛び出す。


「ちょっと! 私がこのチビとやるわ! 手を出さないでね!」

「誰がチビじゃっ! ブチ殺すぞお主!」


 仲間に向かってそう言うと少女はタローマティと共に離れていった。


「うーん、先に挑発しておいて怒るとか中々面白いねぇキミ達のリーダーは」

「いつもなんですよ。本当に困ったものです」


 ドゥルジが残った三人の少女に声を掛け、その中の一人が返答する。手には薙刀を持っており、仲間を守るように前に出る。

 その立ち振る舞いから戦士科所属だと窺えた。


「三人でボクと戦うつもり?」

「えぇ」


 薙刀を持った戦士の少女は短くそう答えると同時に地を蹴った。

 ただの人間とは別格の素早さでドゥルジに迫り一瞬で間合いを詰めた。


「流心薙刀術『五月雨』」


 高速で繰り出される攻撃にドゥルジは後退する事で回避する。


「っとと、危ない危ない」

「愚者の空間、奪うものは熱、自由、そして命『氷の檻(アイスザルク)』」


 予め示し合わせたかのようにドゥルジが回避した場所に魔法が放たれた。

 これを回避する事は出来ず閉じ込められる。

 手で檻を軽く叩くと、かなりの魔力が込められているのか非常に強度があるのだと理解出来た。


「ただでさえ寒かったのにこの中は更に寒いねぇ」

「檻の中はマイナス三十度よ。そういう魔法だし」


 ドゥルジの後ろにふわりと地面に着地した魔法使いの少女。

 これほどの魔法を使ったにも関わらず涼しい顔をしている辺りそこそこ力量のある人物だと判断出来る。


「ふーん」


 軽くそう返事を返したドゥルジはそろそろ終わらせようと決める。何故なら時間を掛けると恐らく小さな同級生がまた怒ると予想できたからだ。


「えっ! なにこれ!?」


 突如驚きの声が上がる。驚いたのは一人だけではなく、三人共だ。


「あーそれはボクの魔法だよ。魔王専用のね」

「あっ……あんたその姿……」

「うん、これがボクの真の姿だよ」


 口調はいつも通りだが、ドゥルジの背中には蝶のような羽、そして頭には触覚が生えていた。


「キミ達の足元にあるのは群がる蟲(プレストゥケーファー)。死の穢れを司るボクの真骨頂だと思ってくれていいよ」

「くっ……」

「死の匂いを嗅ぎ取った蟲がまるで甘い蜜に夢中になるようにキミ達を貪る。こうなったらキミ達の運命は決まったと思っていい」


 戦士、魔法使い、僧侶の三人の少女は既に全身を蟲に覆われている。

 ブゥゥンと羽の音、カサカサと這いずる音、ゴリゴリと噛み砕く音が辺りを支配する。


「ひぎっ……がっ……」

「見……えない……目が……私の目がぁぁぁぁぁああ!」

「…………」


 苦痛に耐える者、大切な物を失い悲観する者、既に体内に入り込まれ声すら出せない者と状況は様々であるが共通している点もある。


「――死――という運命にね」


 いつもの笑顔を称えた魔王の顔を見る者は誰も居ない。


 しばらくするとタローマティがドゥルジの元へやってきた。


「ふむ、もう終わっておったか」

「ついさっき終わった所だよー。そっちも無事終わったみたいで何よりだよ」

「うむ。何故か途中小太りのハゲた中年が乱入してきたがな」


 そして二人は再び歩き出した。



------



「全員コップ持ったな? んじゃかんぱぁぁぁい!」


 太朗の声に全員が声を上げる。


「いやーこんなに豪華になるとは思ってなかったぜ」

「ガッハッハ! 肉食え肉!」

「太朗よ、妾が買ってきたお菓子もあるぞ」


 楽しそうに笑う太朗に他のメンバーも自然と笑顔になる。


「お、なんだこの箱?」

「僕の持ってきた魔界のパーティーグッズですよ」

「へぇ! 一体どんな――」


 最後まで言葉を紡ぐ事無く太朗は死んだ。



 イブの夜は更けていく――。

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