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七話「十月」

 十月。

 少し冷たくなった朝の空気が秋を感じさせ、学園では衣替えが行われた。



 十月三十一日。

 午前十一時五分。


(完璧だ。今日こそ俺は脱・殺戮童貞するぜ!)


 ある男はジャスティス学園に居た。

 男は学園の敷地内にいて私服を着ているが周りの生徒達は一切その男に注目していない。

 何故か……答えは簡単である。


(くははは、文化祭に魔王が紛れ込んでいるとは思うまい)


 思わず笑みを浮かべてしまいそうになるが自制する。

 現在文化祭が行われているジャスティス学園に居るのは、クライム学園唯一の人間である田中太朗だ。この学園では十月三十日、三十一日の二日間が文化祭となる。ちなみに他のクラスメイトは連れてきておらず一人で行動している。


(うちの学園も文化祭だけど気にしなくていいだろう)


 体育祭で散々な思いをした太朗は既に母校のイベントに興味が無くなっていた。敵が居ないにも関わらず複数回死亡するイベントなどに魅力は欠片も感じられない。更に付け加えれば、文化祭なのに何故か綱引きと百メートル走の催しがあるのを知ったのも興味が無くなった要因の一つだ。


 盛り上がっているジャスティス学園の文化祭。太朗は何度か客引きに引っかかりそうになりながらも校舎内へと侵入し一度トイレへと向かう。そして個室に入り一息つく。


「ふぅ。ひとます最初のミッション『バレずに潜れ』の首尾は上々だな」


 額の文字を隠す為に被っていた帽子を取る。気温こそ少し低くなり過ごしやすくはなったがここは勇者の蠢く聖の領域。太朗は知らず知らずの内に汗をかいていた。

 トイレットペーパーをくるくると手に巻きつけ汗を拭く。そして次の作戦の事を考える。


「次のミッションは『追跡・不意打ち・一騎打ち』だな」


 徹夜で書いた自作の作戦メモをポケットから出して確認する。

 ちなみに作戦の詳細としては、周囲から外れた勇者を追跡し人影が居なくなったら後ろから殴りかかり、そのまま有利な状態を保ったまま殺害、という流れだ。

 もし手頃な勇者が居なければ例外ミッションというのもある。タイトルは『道を聞き、お礼はナイフを、心臓に』というものである。


「よし、慎重さを忘れずにいこう。ワンミスで死亡確定だ」


 まるでスペラ○カーの主人公になった気分だ、と思いながら太朗は個室を出る。

 段差に引っかかって死なない様、気をつけながら廊下へ出ると再びわいわいと楽しそうな声が聞こえる。


(くくく、この声が絶望へと変わるというのに呑気な奴らよ)


 心はいつでも一流魔王の太朗は既に成功を疑っていない。

 校舎の二階の階段付近で立ち止まり、観察を始める。背後には窓もついており外の様子も窺っていくスタイルだ。


(今日は赤飯を炊こう)


 入学から既に半年以上が経過しているにも関わらず殺戮カウントゼロの太朗だが実行前はいつもこんな感じで自信に溢れている。

 気分が盛り上がっている時は過去を振り返らないスタイルだ。



------



 午後十二時二十四分。


「あれ?」

「ん? 北条さんどうかした?」

「あぁ、いえ……」


 一方、ジャスティス学園に通っている北条卑弥呼、織田長信はパーティーで出し物をしていた。

 織田パーティーは飲食エリアの中庭で焼きそばを作っており、午前中は卑弥呼と長信の担当である。


(今の感じは……もしかして)


 卑弥呼は校舎の中を見てそう心の中で呟いた。

 窓から校舎内が見えるが少し距離もあり人物の判別までは出来ない。


「北条さん。お客さん来たよ」

「あ、ごめんなさい。いらっしゃいませ」



------



 午後十二時四十分。


(まずい!)


 太朗は危機を感じていた。

 廊下の奥から知っている人物が歩いてきていたのだ。

 周囲ではあちこちから声が上がっている為、二人の会話は全く聞こえない。ただ姿が確認出来ただけだ。


(えーと、確か臣豊と道草だったか? 変装しているとはいえ念の為だ。身を隠そう)


 帽子は被っているが、万が一という事もある。二人がこちらに来る前に足早に階段を降りる。

 二階から一階に行き、そのまま外へと移動し、人の少ない場所でようやく足を止める。


「知っている奴を見かけると何かドキッとするな」


 自身が出てきた場所を見ながらそう呟く。臣豊と道草の姿は見えないのでどこかの教室に入ったかもしくは階段を上に登ったかのどちらかだろう。

 そのまましばらく身を隠していたが何も起こらなかった。


「潜入から既に二時間。いい加減殺さなきゃ」


 時計を見ると十三時を回っていた。

 太朗はジャスティス学園に到着したのは十一時頃だったはず、と思い返す。


「その前に腹ごしらえするか。「食わぬ戦に勝利無し!」という格言を遥か太古のクロマニョン人が残していた、そんな気がする」


 太朗は入り口で受け取っていたパンフレットの存在を思い出し取り出す。そこには各エリアの特徴や何をしているか詳しい説明が書かれてある。


「えーと、食べ物は……中庭か」


 帽子を被りなおし太朗は食べ物を求めて歩き始めた。



------



 午後十三時二分。


 中庭には数々の食品系の出店が並んでいる。このエリアに入った者が最初に目に入るのはカレーを売っている「茶色いドロドロした物」という名の店であり、その隣には串に小さめのハンバーグをいくつか刺した「ハンバー串」という名の店がある。

 ネーミングセンスは絶望的だと評判のジャスティス学園だが、それを自覚している生徒達は普通の「たこ焼き屋」等といった無難な店名をチョイスしている。

 そこで太朗は再び危機を感じた。


(おいおい何てこった……)


 織田パーティーが全員揃っていて焼きそばを焼いているのを見たからだ。幸い中庭エリアはそこそこの広さがあり現在は相手から見えない位置の為、恐らくは大丈夫だっただろうと判断する。


(おちおち昼メシも食ってられんな)


 適当な店で食べ物を購入し、人の少ない場所でもしゃりもしゃりと口を動かしつつ昼からの予定について考える。


(観察していた限りでは一人で行動する奴はいても人気のない場所に行く奴は居なかったな)


 これまでの経過を振り返るとあまりいい流れではない。そしてその流れを変える為に例外ミッションを発動させる決意をする。

 まず会話から入らなければならないのが難点ではあるが気の弱そうな人物を選べばいいだろう。


(午後になったからな。役割を交代する奴も出てくるだろう)


 交代直後なら一人で居る事も多いだろうからな、と太朗は自身の完璧な作戦についほくそ笑んだ。


 影から見られているとも知らずに。



------



 午後十三時十七分。


(やはりアレは魔王君みたいですね)


 焼きそばを焼く係を交代した卑弥呼は中庭で太朗を発見した。

 先ほど感じたのはやはりこれだったかと納得する。


(あっ、あれは……!)


 驚いたのは太朗が昼食用に買った物だ。

 ジャスティス学園では毎年どこか一つはゲテモノ料理を出す店が出現するのだが、太朗がそこの料理を買っていたのだ。


(う……今年は「昆虫祭りキングムシ」って書いてありますね。何が入っているのでしょうか……)


 詳細を確かめる勇気は無く卑弥呼は店の前を通り過ぎる。

 太朗は人気の少ない場所に腰を落ち着けたのを見て、相手から見えにくいであろう場所へと移動する。


(正面の姿を見れるのはいいですが……)


 失敗したかもしれないと卑弥呼は思った。

 太朗が何かを食べているが中々直視出来ない。


(あぁ、口から羽のようなものが……)


 もう少し離れておけばよかったと後悔しながらもその場に留まる。

 学園に魔王が居る以上勇者の一員として見過ごせないからだ。

 ならば何故卑弥呼一人なのかという点になるがそれは彼女が基本的に人を信じるタイプの人間というのが関わってくる。悪さをしに来たのではないというのなら見逃そうと思っているのだ。


(あっ、立ち上がりまたね)


 昼食を食べてしばらくすると太朗がスッと立ち上がったので卑弥呼は急いで太朗の背後を取るように移動した。

 太朗は既に行く先を決めているのか足に迷いがない。

 そして一人の女子生徒に声を掛けている。


 太朗は爽やかな笑みを浮かべながら、そして声を掛けられた女子生徒もまんざらでもなさそうにしている。二人は二言三言話すと連れ立って歩き出した。


(ナ、ナンパ!? 魔王君……ダメだよ………勝手にそんな事しちゃあ……)


 心なしか目が据わり始めている卑弥呼。

 だが周囲に人が居ない為それに気付く者は居なかった。


 一方、太朗は後ろから卑弥呼が付いてきているとは露知らず捕まえた女子生徒を校舎裏へと連れていく。

 校舎の窓から大切な物を落としてしまった、一緒に探して欲しいと声を掛けると基本的に善良なる心の持ち主の勇者はあっさりと承諾してくれた。


「落としたのはこの辺りなの?」

「あー、いや、もうちょっと奥かな、うん」


 そうして完全に人気が無くなったところで服の下に隠しておいたナイフに手を掛ける。

 この瞬間、僅かに殺気が漏れるが女子生徒は気付いていない。戦闘を意識している状況なら彼女も気付いただろうが、現在は勇者がたくさんいる場所で祭りをしている。

 彼女は太朗をただの一般人だと思い込んでしまっていた。


 しかし後方に潜む者はそれを感じ取った。


(殺気ですね……これ以上は見過ごせません!)


 卑弥呼はそう判断すると口を開く。


「魔王君『止めなさい』」


 物陰に隠れており、距離もそこそこある為太朗にその声は届かない。

 しかし――。


「――――うっ」


 太朗はビクンと体を震わせ動きを止める。


「さぁ、『そのまま帰ってもらいなさい』」


 続けて卑弥呼が言葉を紡ぐと太朗は目から光を失いぎこちなく動き始めた。


「あノ、ミツかりましタ。あリがとウござイましタ」

「もう見つかったの? 良かったわね、それじゃ私は行くから」


 お互いに手を振って太郎と女子生徒は別れる。

 しばらく突っ立っていた太朗だが、ふと動き出す。その動きに先ほどのぎこちなさは見られない。


「……ん? あ、勇者が消え……いや、俺が帰したんだったか。でも何故?」

「魔王君、悪い事しちゃダメですよ」


 太朗が頭を捻っていると、後ろから声が掛かる。

 まさか自分以外に誰か居るとは思っていなかった太朗は勢い良く振り返ってしまう。そして振り返ってから自身の失敗に気付き、同時に作戦の失敗を理解する。

 自身を呼んだのは知っている顔だったからだ。


「お前は……えーっと、ナントカナントカ子」

「まさか一文字しか覚えて貰えていなかったとは流石に悲しいです」


 そう言った卑弥呼は悲しそうに振舞ってはいるが、太郎にはしらじらしい演技にしか見えなかった。今まで何度も見てきた勝者の余裕というものがこの人間からも感じ取れたからだ。

 絶望しかけた太朗だが、ふと思う。


(こいつ、僧侶だったよな?)


 それなら自分一人でも殺せるんじゃないだろうか、いや、殺せるはずだと太朗は考える。クラスメイトと話す中で勇者との戦いの流れを何度も聞いてきた。

 そのほとんどが「僧侶は攻撃に参加しない」というものだったのだ。最初から後方に位置取り、補助呪文(バフ)をかけたり傷ついた仲間を回復したりというのが基本的な僧侶の流れとのことだった。


 殺せるはずだと確信した太朗は思わず口を歪めゲヒ、と声を漏らす。そしてさりげなく周囲を窺い誰も居ない事を確認するとこれ以上邪魔が入らない内にと卑弥呼に向かって駆け出した。

 勇者の刻印によって能力が上がっているのは分かっていたが一対一ならどうにかなるはずだと自分に言い聞かせる。


 卑弥呼はそんな太朗を見て「やっぱり」と思う程度であった。

 迫り来る魔王という存在に対し落ち着いた口調で話しかけるように言葉を零す。


「はい、『止まって』」

「――――うっ!」

「警戒されてると流石に意識はあるままなんですね」

「なんだこれ! 動けない……どういう事だ?」


 卑弥呼は微笑みながら太朗に近づく。


「魔王君、夏頃から記憶が飛んだりしてませんか?」

「……何故それをお前が知っているんだ?」

「それわたしの魔法の効果なんです。正確には副作用ですけど」


 太朗は訳が分からず混乱する。

 確かに記憶が飛ぶようにはなっていたが、ここ最近はそれもなく忘れかけていた。

 魔法の副作用というのにも心当たりは無かった。少なくとも太朗の記憶の中には卑弥呼から魔法で干渉されたという過去は一切存在しない。


「どういう事だっ!」

「以前一緒にミダノでハンバーガーを食べたのは覚えてますか?」

「はっ? あぁ、覚えてるけどそれが何だよ」

「あの時魔王君は自分の刻印がデメリットしかなくて放心しましたよね?」


 ショックを受けた記憶はあるが、放心はしたっけか? と思った太朗だが、無言で頷く。

 困った時はだいたいこれでいい感じに流れに乗れるのだ。


「その時ですよ」

「その時……?」

「はいっ、その時に洗脳魔法を魔王君に掛けておきました」


 思春期の男子が見れば思わず見惚れてしまうような笑顔でえげつない事を言う卑弥呼。

 太朗は口を大きく開けて固まってしまった。

 そんな太朗をよそに卑弥呼は機嫌良さそうに喋り続けた。


 洗脳魔法を掛けた際、本来なら魂が防衛するのだが太朗に関しては一瞬の防衛を感じ取ったが、すぐにするすると受け入れたという事。


「魔王君口癖が『まぁいいか』ですもんね。きっと魂もそんな感じでわたしの魔法を受け入れたんだと思いますよ」


 本来洗脳魔法は時間が経つか死亡するかで解除されますし、と卑弥呼は続ける。


「するってぇとアレかい? 俺は洗脳されている状態が一生続くってぇことかい?」

「喋り方変わってますよ? まぁ、そういう事ですね」


 バカな……と太朗は絶望の声を漏らす。

 そしてまだ疑問が残っている事に気付く。


「意識を失って、その間の記憶が無いってのが洗脳魔法の副作用なら、今は何故意識を保ってるんだ?」

「あぁ、今までは無防備な時に後ろから声を掛けてましたからね。魔王君自身洗脳されているという自覚もありませんでしたし。今日は警戒している状態ですし、説明もしましたからこれからは記憶が飛ぶ事は無くなると思いますよ」


 多分ですけどね、と卑弥呼は付け加える。

 卑弥呼にとっても今回のケースは誰にも聞いた事がなかったし、本にも記載されていなかった。

 だから何度か太朗の洗脳を発動させつつ色々と実験していたのだ。


「よし、最後の質問だ。お前を殺せばコレは解けたりするのか?」

「どうでしょう? でも可能性は低いと思いますよ?」


 万事休すという言葉が太朗の頭の中に浮かび上がった。


「さ、魔王君『こっちに来て下さい』」

「うっ……!」

「はい『お手』」


 自分の意識とは裏腹に足が動き近づいていき、犬のように卑弥呼に向かってお手をする太郎。


「よく出来ました」


 よしよし、と太朗の頭を撫でる卑弥呼。

 そのまま手を頬へと移動させる。


「あんまりおいたしちゃダメですよ?」

「…………」

「魔王君はもうわたしの()ですからね?」


 再びとびきりの笑顔で卑弥呼はそう言った。

 この時太朗は卑弥呼の目を見た。

 そして恐怖を感じた。


(コイツはヤバイ! 目が据わってやがる! 知り合った事が間違いだった! 今すぐ一話の俺に逃げろと言いたい!)


 勇者の覇気がこんなにも凄まじいものだったとは、と少し勘違いをしながらも太朗は顔を青ざめた。


「初めて見た時から欲しいなぁって思ってたんですよ」

「……」

「魔王君がジャスティス学園に入っていたらこんな関係にはなれなかったでしょうね」

「…………」

「だから魔王君がクライム学園に入ってわたしと出会ったのは運命だと思いませんか? 思いますよね? 『「はい」って言って下さい』」

「はイ」


 操られながらも太朗は考えた。もし、このまま「一生勇者を殺すな」と言われれば自身の進級の道は閉ざされてしまうと。


「あの、北条さん」

「何ですか?」

「きょ、今日のところはそろそろ帰ってもいいですかね? そろそろあの、あれ、歯医者の時間なんで……へへ」

「……」


 沈黙が訪れる。

 卑弥呼から離れたい、その感情があからさまに出ているがそれを気にする余裕が太朗には無かった。

 本来なら相手の逆鱗に触れても仕方ない場面であったのだが、そうはならなかった。

 

「そうですね。わたしもお店の様子を見ておきたいですし」

「へへっ。やったぜ!」

「何か言いましたか?」

「いえ! 何も言っていません!」 



 こうして太朗は生きてジャスティス学園を去る事が出来たのだが、その心は深く沈んでいた。


(状況が悪い……絶望的に悪い)


 ただでさえ低スペックな自分なのに更に洗脳までされているとは思ってもいなかった。


「くそっ、俺はここまでなの……いや待てよ」


 進級を諦めかけたその時、太朗に天啓が閃いた。



「そうだ……諦めるのはまだ早いっ! 俺の戦いはこれからだっ!」

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