六話「九月」
九月。
まだまだ残暑の残る日々ではあるが、夏休みは終わり再び学園に通う日々が始まった。
「とうとうこの日がやってきたぞぉぉぉぉおおお!」
腹の底から声を出しクラスメイト達に迷惑がられているのは太朗である。
しかしそれを気にする様子はない。
普段からバッドエンドオンリーの日々を過ごしている太朗はストレスが溜まっていた。
「それを! 今日! 発散する!」
デカい声はそのままに、一言一言区切りを入れ無駄に強調している。
周囲は更に迷惑そうにするが誰も太朗を止めようとしない。知っているのだ、ちょっと小突けば彼は死ぬと。故に表情は多少歪んではいるが飼っている犬がうるさい程度の感情しか湧かず放置しているのが大多数だ。
「太朗君うるさいですよ、あぁ僕は運動が苦手なのに……」
「前々から分かっていただろう? だから日ごろから体を動かせと俺様は言っていたんだ」
憂鬱なオーラを溢れさせているアジ・ダハーカとそれを説教するアンラ・マンユ。
彼等の言葉から分かるように今日はただ授業があるだけの日ではない。
年に一度ある体育祭の日である。
全学年の生徒が全員グラウンドへと出ている。
体育祭では一般人も見学可能ではあるが、ほとんど来ない。
ただの魔族は人間界に来ると力が激減する上そもそもやたら遠いので来ない。
ただの人間は魔王に近寄っても殺されるという未来しかないからとりあえず来ない。
そのような理由から毎年観客はゼロだ。
(えーっと、俺は……と、一番最初の競技から出番があるな)
競技プログラムを見て最初から自分の出場する種目があると分かった太郎は足早に出場選手待機所まで行く。
最初は学年別の百メートル走だ。
この種目に参加する魔族達が揃いスタート地点へ並ぶ。
(まずはぶっちぎりの一位を目指す! そして皆の士気を上げてやるぜ!)
そんな事を思いながら太朗は走る準備をする。
周りをチラりと見ても、全員が準備出来ているとばかりに前だけを見ている。
『On your mark!』
「は?」
合図をする役目の生徒がマイクを持って太朗に理解出来ない言葉で喋りだした。
そしてその生徒は右手に持っているスタートピストルを上に向ける。
『Get set!』
「え? なんだって?」
マイクを使っているのだから絶対聞こえているにも関わらず思わず難聴系主人公になる太朗。
『Go!』
パンッ!
発砲音が辺りに響いて生徒が一斉にスタートする。
「何で英語なんだよ! ふざけんなっ!」
完全に出遅れたが、それでも足を踏み出す。
すると……。
『一位、エロリータ、三秒。二位、リザードソ、二秒八一。三位――』
既に全員がゴールしていた。
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「なにこの体育際。糞糞アンド糞だわ」
「まぁまぁ。私達魔族とただの人間だとこうなるのも仕方ないよ」
「そうじゃの」
クラスの持ち場から離れ、体育座りをしながらぶつぶつとドベ太朗が呪詛を吐いていると、黄緑と紫がやってきた。
アンラ・マンユの幼馴染のジャヒーと八つ裂き橋のタローマティだ。
表情を見るに二人はこの結果が分かっていたのだろう。
「仕方なくないよおかしいだろ! 三秒で終わるのに何で百メートル走とかあるの!?」
「何でって言われても、人間の文化を真似してるからね」
「そうじゃの」
はぁ、とため息をつき平静を取り戻そうとするが明らかに納得がいかないという顔の太朗。
そこに次の競技の案内が放送される。
『次は一年生による障害落としです。参加する選手は入場口に集まって下さい』
(何だよ障害落としって……)
太朗がそんな突っ込みをしているとタローマティが表情を変える。
「おっと妾の出番じゃな。ちょいと行ってくるとするか。しっかり応援するんじゃぞ」
「あいよー」
「頑張ってねマティちゃん」
返事はおざなりであったが、いつまでもふてくされる太朗ではない。
いつも通り「まぁいいか」と考る事を放棄し最前列へと戻る。
「おや。お早いお帰りで。ボクに会いたくなったの?」
「いや違う。次の競技始まるだろうから応援しに戻った」
「次はオレが出たかったぜ! あみだくじの女神さえオレに味方すれば……!」
太朗を迎えたのはポニテのドゥルジと大男のアマーシュマだ。
言葉の最後辺りで太朗に寄り添うドゥルジだったが、その振る舞いにはすっかり慣れているので動じた様子は全く見られない。
むしろアマーシュマの発言が気になっていた。
「なんだ? アマーシュマが出たかったって事は高燃費系のビュンビュン系なのか?」
「そらもう高燃費? 系の? あれ、高燃費ってどういう意味だ? おっ、始まるぜ!」
勝手に混乱し勝手に解除したアマーシュマと言葉一つで相手を陥れるワードマジシャン・ザ・太朗がグラウンドへ目を向けると、いつの間に用意したのか直径四、五メートルはあろう丸太で出来た一本橋が用意されていた。更にその丸太の周りには溶岩が流れている。
(落ちたら間違いなく死ぬな)
プログラムの説明を読むと丸太の上のみがフィールドとなっているらしい。
赤チームと青チームに分かれ、一対一形式で両側から開始、丸太の端にある相手の旗を取れば勝ち、と書いてある。
(障害落としの「障害」って相手人物の事かよ……)
ちょっと引きながらも再びグラウンドに目を向ける。
『では……はじめぇぇぇ!』
俺の時は英語だったくせにあの糞司会者死ね、あ、汚い言葉使っちゃったでも死ねと心の中で唱える太朗。
唱え終わる頃には既に丸太の上で激しいバトルが始まっていた。
初戦はタローマティは出場していないらしく男子生徒同士の戦いとなっている。 控えの選手は太朗の位置からは確認出来ず、タローマティがどちらのチームに属しているのかは把握出来ない。
「グギャギャギャギャ! 身を焦がし、灰となり土に還れ! 『灼熱の首飾り』!」
この競技は着ている物の色で判別するのだろう、赤色の羽織を着ている男子が呪文を唱えると小さなオレンジ色の炎がいくつも出現した。数は十を優に超えている。
その男子が小さく口を動かし「行け」と命じると炎は弾丸のように対戦相手へと向かっていく。
「ゲーハハハハハ! 虚ろとなり、腐敗と共に冥界へ落ちよ! 『這いずる腐りし者』」
対する青色の羽織を着た男子が魔法を唱えると、足元に魔法陣が出現しその中から灰色の何かが出てきた。人型をとっており頭部らしき部分や手の指などは目視出来るが、人間らしい動きは一切取っていない。
腕は捻れ、足はドロドロと溶けているかのように形を保っておらず地べたを這っている。
しかし炎の弾丸が迫ってくるや否や飛び上がるようにしてそれに覆いかぶさった。灰色の何かは弾け飛ぶように辺りに飛び散るが同時に炎の弾丸も消えうせた。相打ちといったところだろう。
お互い魔法を主体として戦うのかフィールド上には多種多様な光景が繰り広げられている。
五分程戦ったのち、青色の羽織を着た生徒が勝利した。
「割と迫力あったな」
「だろだろ!? いやーやっぱオレも出たかったぜ!」
アマーシュマとそんな会話をしつつ太朗は思う。
魔王VS魔王って俺たち以外が見て面白いんだろうか、と。幸い観客は居ないのでそこに頭を悩ます必要はないが。
そして次に出てきたのは見覚えのある少女だった。
その少女は赤い羽織を着てその長い紫の髪を靡かせながらフィールドへと立つ。
(相手は……うげっ、あやつか)
ポーカーフェイスが出来ない少女は嫌そうな表情を浮かべながら相手を見る。その相手は少女の反応とは対照的にニヤリと笑い艶かしい声を発する。
「あぁら、誰かと思えばオチビさんじゃないの」
「誰がチビじゃ! アミナよ、お主ブチ殺すぞ!」
少女――タローマティが怒りを露にして物騒な事を言うが相手の態度に変化はない。
アミナと呼ばれた少女は余裕の表情を保ったままフィールドへ足を進める。女子生徒全体を見ても背は高い方に分類されるであろう。更に体の凹凸が激しく、出ている所は激しく出ており男子の視線を集める容貌だと言える。
輝く様な金色の髪も彼女を目立たせる要因の一つと断定出来る程に美しい。
「そうやってすぐに怒るから見た目だけじゃなくて心もお子ちゃまって言われるのよぉ?」
「うるさいわいっ! そもそもそこまで言うのはお主だけじゃ!」
『えー……始めてもよろしいでしょうか?』
二人が言い争いをしていると司会者から声が上がる。
タローマティは怒りを引っ込めて相手と戦う算段を組み立てていく。
(ふんっ! 見ておれ、瞬殺してくれるわ)
両者が向かいあい司会者の声が響き渡る。
『それでは……はっじめぇぇぇぇえ!』
そう告げられた瞬間、地を蹴り飛び出したのはタローマティだ。
瞬時に相手へと肉薄しその小さな体を反時計回りに捻り回し蹴りを放つ。
当たると思ったその瞬間、半透明の障壁が出現し防がれた。
「せっかちねぇ。これ、最近覚えた『絶対防御の壁』なの。どう?」
「知らんわっ! 死ねっ!」
防御ごと破壊するかの如く攻撃を浴びせ続ける。
衝撃でヒビが入るがその直後修復されてしまう。だが、攻撃を全て防いでいるはずのアミナの顔色が少しずつ悪くなっていく。
「あらぁ? 前戦った時より強くなってない? 魔力が切れちゃうわぁ」
アミナは一度退避しようと試みるがタローマティの攻撃が終わらず身動きが取れない。
魔法を解除すればその瞬間に攻撃が直撃し、発動し続けながらの移動は未だ習得していないからだ。
「少し前までは拮抗しておったというのに。遊びすぎじゃな」
幼い頃よりの知り合いであるアミナとこれまで何度も戦ってきたが、一年前まではほぼ互角であった。
しかし男漁りに明け暮れたアミナは自然と戦闘能力の伸びがなくなり、タローマティが優位となる。
「全くその通りねぇ」
最初の頃の余裕さは既に消えうせ、防御で手一杯なのが観客にも理解出来る程にアミナは追い詰められていた。
そして――。
「そろそろ終いにするかの。無感情なる者の食事にその身を捧げよ『虫喰い」
魔法が唱えられると漆黒の煙のようなものがタローマティの周囲に漂い始めた。
殴る時は手に、蹴る時は足にとそれはあちこちに移動する。
「ここまでかしらねぇ……」
諦めたように呟いたアミナの防御呪文は穴だらけになっていた。
最初は魔力を注いで回復させようとしたが、完全に消滅しており魔力をただ浪費したに終わった。
そしてほんの数秒でアミナの展開した半透明の壁が消えて無くなった。
「終いじゃと言ったろう? ほれ死ね」
黒を纏った小さな握りこぶしがアミナの頭に迫り、当たったその瞬間、アミナの頭は消滅する。
体は少しだけ痙攣し、溢れ出る血液と共に倒れるように丸太の外へと躍り出た後、下の溶岩へと落ちた。
『勝者、タローマティ!』
「おいおい凄かったな! 圧倒的じゃねぇか」
「ふふん、当然じゃろう」
タローマティが戻ると太朗が興奮したように話しかけた。
感情を隠す事のない少女は誇らしげな顔をしている。
「最後の煙みたいなやつは何だったんだ?」
「ん? あれは煙ではないぞ。虫じゃ虫」
「え……?」
「だから小さな虫じゃ。妾の意志に応じて一緒に攻撃してくれてるだけじゃ」
「じゃあ何で防御の魔法とか頭とかが消えたんだ?」
「虫が食ってるだけじゃ」
「何それ怖い」
その後も競技の最中真の姿に変身し驚異的な攻撃と共に会場と太朗を壊してしまうアンラや、借り物競争で人間の心臓を引き当てたジャヒーに「ちょっと貸ーして」と勝手に心臓を持っていかれたりとアクシデントはあったが、無事体育祭は終了し皆は寮へと帰っていった。
『いや無事じゃねーよ! 誰か生き返らせろよ!』
魂の叫びが夕焼けの無人の学校に響き渡った。




