五話「八月」
八月。
学園に通う生徒達は夏休みを満喫している時期である。
クライム学園の生徒達はほとんどが実家のある魔界へと帰省中だ。
七月下旬にアンラ達を始めクラスメイトが電車で魔界へと帰っていくのを見送った太朗は、自身も旅行として付いていこうかと思っていたが、片道四千五百円かかると知り断念した。
そしてその太朗はというと――。
「あっぢぃ……」
自身の部屋のベッドでダラけていた。
Tシャツとパンツのみの格好がそれを最大限に表していると言っていいだろう。
「こう暑いとなーんもやる気が起きねぇな」
天井を見ながらそんな事を呟くが、夏休みが始まってから既に半月。外出したのは片道三分で到着するコンビニへ行った五回程だ。
「夏休みの宿題も無いしなぁ」
殺せばOKのクライム学園では「宿題」という概念が存在しない。
しかし国語、日本史、数学といったいわゆる普通の教科の授業もあり、テストというイベントも存在する。
だがそれらは進級には一切関係ない。
どんなにテストで満点を連発しようが殺害数が足りなければ留年であり、ではなぜそんな環境下で通常の授業が行われているのかというのはクライム学園の七不思議の一つとなっている。
「殺したいけどまともにやっても勝てないしなぁ」
ぼーっとしながら考えるのは勇者達との戦いの事だ。
現在の太朗の殺害カウントはゼロのままである。
クライム学園に入学して早五ヶ月目となっているが、未だに誰一人として殺せていない。そんな生徒は太朗だけなのだが、本人は「参ったなぁ」程度であまり危機感を抱いていない。
「それにちょっと体調も悪いしな。今は時期が悪い、うん」
言い訳がましく言ってはいるが、太朗はここ最近記憶があやふやになっている時がある。
しかしそれ以外の症状らしい症状はないので夏バテだと判断し放置している。
記憶が飛ぶ事がどうして夏バテに行き着くのかは太朗にも分かっていない。
「何かサルにでも出来る簡単な勇者殺害方法はないものか……」
ベッドに寝転んだまま太朗は五分程考えたが、いい案が出なかったので諦めた。
明日から本気出して考えようと心に決めた丁度その時、家のチャイムの音が太朗の耳に入る。
誰かが訪問してきたのだ。
面倒くさいな、と思いながらも無視する事が出来なかった太朗は玄関まで歩きドアを開ける。
そこには六人の人間……ではなく魔族が立っていた。
「よう! って何だそのだらしない格好は」
呆れたような声でそう発言したのは魔界に帰っているはずのアンラ・マンユであった。
その他にも手に何やら荷物を持っているアマーシュマ、アジ・ダハーカというお馴染みの魔族。更には同じクラスメイトではあるが女子であるジャヒー、タローマティ、ドゥルジの三人も居る。
大方実家がつまらなくて戻ってきたのだろうと太朗は思ったのだが、これは当たっている。
「あっくんズはともかく女子三人はどうして来たんだ?」
「何か微妙な顔してる。もしかして私達に来て欲しくなかった?」
肩までかかり少しくせっ毛の黄緑色をした髪を揺らしながらジャヒーが前に出る。
アマーシュマの幼馴染らしく太朗も会話ならば何度もしており、普段の喋り方や立ち振る舞いでは人間の女子高生と特に変わらないような印象を持っていた。しかしそれ程仲良くなった覚えは無く少しとまどっている。
赤色の瞳を見ると今のネガティブな発言は冗談で言っているのだろうと判断出来た。
「何と不届きな! 妾達がせっかく来てやったというのに!」
しかしそれを真に受け全身で怒りを表しているのはこの中で一番背の低いタローマティという魔族の少女である。
古めかしい言葉遣いをしており、紫色の長い髪が風になびいている。
紫の瞳はキッとつり上がり不機嫌な様子がハッキリと分かる。
「いや、別に来て欲しくないとかは思ってないぞ」
「そうだよね! ボクたち親友だもんね!」
いつの間にか太朗の横に来て肩を組んでいる橙色の髪をポニーテールにしている女の子はドゥルジという名のボクっ子だ。空を映したような青色の瞳をしているドゥルジはいつも明るくどんな魔族とでも仲良く出来るクラスのムードメーカー的存在だ。
「いつ親友になったんだ? いや、そんな事より何でお前らが居るんだ?」
「太朗君は酷いなぁ。せっかくボクたちが遊びの誘いに来たってのに」
「遊び?」
「そうじゃ! 妾達はこれからばーべきゅうをするのじゃ! お主もついてまいれ」
肩を組んだままそう言うドゥルジと腰に手を当てて偉そうに命令するタローマティ。
夏にBBQするのは定番だが、夏属性に弱い太朗はこのくそ暑い中わざわざ外で肉焼くのかとげんなりする。
せめてお前らだけでやってくれと言おうと思いアマーシュマとアジ・ダハーカを見る。
「何やってんだ? オレたちゃここで待ってるから早く着替えてこいよ!」
「あぁ、僕達で既に食材は用意してあります。心配しなくていいですよ」
「いや、そんな心配はしてないんだが……」
いつもはクールぶっていて機嫌が良いのか悪いのか分からないアジ・ダハーカまで乗り気だった為、断るのも気が引けた太朗は大人しく着替える事にした。
「お待ちどうさん。んで、どこでやるんだ?」
「川原だ。俺様が案内してやる。付いて来い」
アンラはそう言いながら歩き出す。
正直ずっとこの地域に住んでいる太朗は川原と聞いて既に行く場所が分かったが大人しく付いて行く。
「せっかくの夏だってのに辛気臭い顔してるねー」
ドゥルジが再び太朗の絡みつく。ただでさえ暑いのは苦手なのにこうも密着されると余計げんなりする太朗。
それを見てタローマティが憤慨する。
「さっきからお主たちくっつきすぎじゃ! もうちょっと離れんか!」
「おやおやぁ。もしかしてマティちゃん嫉妬かなー?」
「ちちっ違うわい! いきなり何を言いおるか!」
「ホントに違うのかなぁ?」
「えぇいうるさいうるさい! お主のその首引っこ抜いてくれようか!」
「あははは。ごめんごめん」
太朗を挟みギャーギャーと騒がしい二人。
(これも久々だな)
夏休みが始まるまではこんな事も日常茶飯事だったなぁと太朗は思う。
タローマティが太郎に絡みその後ドゥルジが割り込んでくる。割り込むといっても太朗にべたべたすればそれを見たタローマティが憤慨、結果太朗は置いてけぼりで二人が仲良くケンカするという流れであった。
「おい、あんまり暴れるな。そっちはじゃれてるつもりでもこっちは死ぬんだぞ」
「おっとごめんごめん。そういえば前にボクが抱きしめた時も頭パーンって破裂して死んでたよね。ボクは人間の頭があんなに柔らかいなんてあの時初めて知ったよ」
「確かにのぅ。あれは勇者の刻印によって肉体がかなり強化されているといういい証明になっておったな」
「何か軽いな。クラスメイトの命を何だと思ってるんだお前ら」
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「おい、着いたぞ! どうだ太朗。俺様のチョイスは素晴らしかろう」
「そうだな」
太朗の家を出発してから三十分程歩き、到着したのは太朗の予想通り「アルス川」という名前が付いている綺麗な川原だった。
大昔この地で勇者アルスと魔王サタンが戦い、見事勇者アルスが勝利しその栄誉を称えてその名が付けられた。魔族からすれば面白くない場所のはずだがそれを気にしている様子は誰一人として見受けられない。
「ここアルス川だぞ? 歴史的なアレは気にしないのか?」
「うん? 私達は私達、負けた魔王なんてそいつが弱かっただけだよ」
「その通りだ! もしオレが戦ってたらオレが勝ってたな! ガッハッハ」
太朗の質問に返事をしたのはジャヒーとアローマティだが、他のメンツも似たような気持ちなのだろう。特に反応はない。
「よし、それぞれ手分けして準備をするとしよう」
アンラの声に皆が集まる。
こういう時はリーダーシップを発揮するアンラに誰も異論を唱えない。特定の者を贔屓するという事はなく、全員を平等に扱う事の出来る人物だとクラスでも評判だ。
率先して一番面倒な事をアンラ自身がやるので彼と居れば楽が出来るという事実も彼が人気の理由の一つである。
太朗はタローマティと二人で薪を拾う係となり、現在適当に歩き回っている。
「た、太朗よ。実はの、魔界からの、その、土産を買ってきてあるんじゃ。今度、その……」
周りに人が居ない為いつもより太朗を意識してもじもじとしてしまうタローマティ。
顔は俯き紫色の長い髪を指でクルクルと回し歯切れが悪く言いよどんでしまう。
太朗はその態度に疑問に思ったが、何が言いたいのか文脈から考えすぐさま一つの答えに到達する。
「もしてして俺に土産くれるのか?」
「そそ、そうじゃ! 数日後に持っていくので心待ちにしておれ!」
予想は当たっていたようで、タローマティは笑顔になる。
「ありがとな。そりゃ楽しみにしてるよ」
ぐしぐしとタローマティの頭を撫でる。
「うわっぷ。またお主は勝手に妾の頭で撫でる……」
「いいじゃないか。感謝の表現だ」
「まぁ……よいが。お主くらいじゃぞ? 妾にここまで気軽に触るのは」
今でこそドゥルジがよくボディタッチをしているのを見かけるが、どちらかといえば魔界基準で言えば彼女が変わり者なのである。太朗は知らないがタローマティは魔界では名のある家の生まれで厳しい父に育てられてきた。
クラスメイトのほとんどが知っており、中にはタローマティに敬語で話す者もいるくらいだ。
そんな事を気にしていない太朗はこれまで何度も似たような事をしているのだが、自分だけを見て判断してくれるという事がタローマティには嬉しかった。
しばらく撫でていた太朗がふとタローマティに質問する。
「ところでにタローマティの地元ってどこなんだ?」
「ギョートじゃ」
「京都?」
「それは日本の都道府県の一つで清水焼や京扇子、他にも漬物等で有名な京都じゃろうが」
「お、おぉ……」
「ギョートとはの、五万年の歴史を持つ魔界でもそりゃあ有名な場所での――」
無駄に丁寧な説明に太朗は思わず聞き入りそうになったが、話しを戻す為に質問をしてみる事にした。
「ところで土産って何を買ってきてくれたんだ?」
「八つ裂き橋」
「ワロタ」
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「こっち焼けたぞ。食え食え」
「あれ? これまだ生じゃねーか。別にいいけどよ」
「おぉ、やはりこの内臓は美味しいですね! 僕はこれを楽しみにしていたんですよ!」
皆が網の上に次々と肉を置いては喰らっていく。珍しくアジ・ダハーカの機嫌が良かったのは目当ての肉があったからのようだ。
あんな笑顔は初めて見た気がすると思いながら太朗も周りに負けじと次々肉を口に放り込んでいく。
噛めば噛む程その味が口に広がっていくその感覚は今までに味わった事のないと言っても過言ではない、そう思い近くに居たアマーシュマに話しかける太朗。
「美味いな。ところでコレ何の肉なんだ?」
「そりゃ魔界でウロチョロしてた下衆鼠だな。だいたい古びた便所とかに居るんだが、来る途中にオレが捕まえたんだ!」
「…………ヴォエェェェ!」
「うぉっ、きたねーな」
そんなもん捕まえてくるなよと言いたかった太朗だが、吐き出すのに忙しく悪態をつく事すらままならない。
それからも、
「太朗よ、お主が焼いた方が美味い! 早よう妾に肉を焼け」
「おやおやぁ。それは太朗君にあーんしてほしいって事かなぁ?」
「ちちち違うわい! お主は何を言うておるかっ!」
「あ、タローマティさんや。腕掴んだまま興奮するのはやめて下さい! 俺の腕が折れる、折れるぅぅぅううう!」
等と皆との時間を楽しむ太朗。
そんなこんなで夏休みはあっという間に過ぎていった。
気が付けば、遊びまわるだけで太朗は結局勇者を殺せずに夏休みを終えていた。