神殿へ
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●城・夜明け
旧大聖堂の探検を終えた次の日。
夜明け前に俺は城の最上部に来ていた。勿論盗賊や暗殺者紛いの仕事をしにきたわけではない。
単に頭を冷やしにきただけだ。
ダルカからここで待っていて欲しいとの指示があった。他の人には内密に、とも言われている。
賢者にして王の右腕と言っても悪戯の可能性もあるから、単に頭を冷やしにきただけということにしておく。
何せネイ戦で戦いに参加しろというダルカやオレイルを放置してリリアとキスばかりしてたという前科があるからな。
復活は出来たものの一度は死んでいる。怨まれても仕方ない。
さて、今は屋上部分にいる。
人払いされているのだろうか。
衛兵はいない。【飛行】の魔法を使えるのなら誰でも侵入を許してしまいそうなのだが。
探査のスキルで周囲を探った。
敵はいない。近くには俺を呼んだ張本人が一人。名前が分かるので誰かはバレバレだ。
近くの椅子に腰掛けた。
石の冷たさ、夜の冷たさ、空気の冷たさ。
独りの冷たさ。
誰も連れてこなかったので余計に寒い。というかリリアが着いてこようとしたのだが、一人になりたいと言って遠慮してもらった。
満月が良く見える。空気が澄んでいるからだろうか。
そしてこの世界に来た時からずっと天に鎮座する、七色の星。
高台にある城、その頂上から地面を見下ろせば地上にも幾つもの星が灯っている。
千里眼を使えば細部まで見えるのだろうが、なんとなくしなかった。
「錬金術師様」
背中から呼ぶ声が聞こえた。女性の声だ。
この場で錬金術師と言われたら多分俺の事を差しているんだな、と思いつつも俺は振り返らなかった。
「呼んだ?」
吐く息が白い。長居すると風邪をひいてしまいそうだ。
「ええ。貴方以外に錬金術師はこの場に居りませんわ」
振り返った。分離を施した時は寝てたもんな。
「初めましてリンデーラ姫」
「初めまして錬金術師様」
ガルガン14世の娘にして退魔師、リンデーラ姫。手紙の差出人だ。長い毛皮のコートを羽織り、毛糸のマフラーに手袋と重装備だ。
「外は冷えるね」
「そうですね」
「でも、あの中はこんなものではありません」
あの中。旧大聖堂のことだろう。
「だな。あの中はひどかった。何より臭くて堪らない」
「まあ」
リンデーラ姫はクスッと笑った。
「臭いなんかを気にする程余裕があったんですね」
「いや、すごい腐臭だったと思うよ。ダルカが【清浄】の魔法を使ってくれなかったら、到底潜れっこない酷さだった」
それから少し会話が途切れた。
お互いに黙って、それから街の星を見詰めた。
「私、もう少しでこの国を滅ぼしてしまうところでした」
「そう」
「勇んで旧大聖堂まで踏み込んだまではいいものの、魔王妃ネイには返り討ちにされ、あまつさえ大司祭まで巻き込んでしまいました」
「あれは可哀そうだったな」
大司祭は姫の呪いを解こうとして呪いに感染した。
呪いはライフイーターの他に封界石を破壊せよというおまけまでついていた。
リンデーラ姫は意識を遮断して眠りにつくことが出来たが、大司祭には出来なかった。
結果は知っての通りだ。
正気に返った大司祭シェマを待っていたのはリンチと言う名の裁判だ。
間違えた。
裁判と言う名のリンチだ。
シェマは泣き崩れ、最後には立つことすら出来ず、衛兵に抱えられて法廷を後にした。
結果は大司祭の身分剥奪と国外追放。
「そう。私のせいで……」
リンデーラ姫が俯いた。
「ちゃんと反省しておけよ。俺は知らん」
イケメンなら慰めるんだろうが、俺の頭はまだ冷えてなかったらしい。
姫に八つ当たりしたって仕方がないのにな。
「そうなのです。私が悪いのです。私なんか生まれてこなければ……」
姫の空気がどんどん重くなっていく。
心が病み気味な姫様なのかもしれない。
思い詰めて投身自殺されても困るので少しはフォローしておくか。
「あの後ダルカと話をしたんだが。国外追放さえなんとかしてくれたら、シェマは俺のパーティーで引き取ってもいい」
部屋での会話を思い出す。
ダルカの激昂をなんとか諌めたら、シェマをなんとか出来ないかと相談したのだ。
「錬金術師様のパーティーですか。いいなぁ」
何を勘違いしているのか知らないが、変なものを想像してないといいんだが。
今の王女の表情は夢見る乙女そのものだ。
「入れないからな」
予め釘を刺しておく。
退魔師の姫様だったら戦力的にもハーレム要員的にも美味しい。
しかし、俺のスキルが王家にバレると身動きが取りづらくなるかもしれないし、王様の目があるからな。
ここではリスクは取らない事にする。
「わかってます」
王女は頬を膨らませて剥れてしまった。
「それで、シェマの件ですがあてはあるのですか? 一度決まった裁判の結果を覆すのは並大抵の行動では出来ませんよ」
「それは考えてある。とりあえずは陪審員の籠絡だ」
そうまでして得るだけの価値がシェマにはあると思っている。
ネイが姫には及ばないものの、魔王妃の肉体として及第点とまで言っているからな。潜在的な才能はあるはずだ。
ふう、と王女が溜息を吐いた。
「わかりました。もう一度裁判をやり直すつもりなのですね」
「そういうことです。お願いします」
ダルカの計画はこうだ。
計画は二つの柱からなる。
一つ目。まずは裁判をやり直すこと。
これは裁判所に対して王族のみがやり直しを一度だけ請求出来る特権を使えばいい。
ただし一人の王族が行使出来るのは一年に一度のみだ。しかも王族が事件にかかわっている事を要件とする。
ガルガン14世は特権を三か月前に使ってしまったから、特権を使えるのは王女であるリンデーラ姫のみだ。
二つ目。陪審員を抱き込むこと。
13人の陪審員のうち、過半数の7人以上を自陣営に引き込めばいい。
貴族の連中におもねるのは癪ではあるけれど。
「いいでしょう。特権を使用する為の条件も満足しています。それくらい、お安いご用です」
王女は着膨れした胸を張って答えた。
「ありがとう。必ず成功させる」
「いいえ。シェマの処分はあんまりだと思います。彼女は私を呪いから解放しようとしただけなのですから。従って、これくらいは当然です」
そういってリンデーラ姫が頷いた。
それから何か思い出したようにぱん、と手を叩いた。
「そうだ。私ったらお礼の一つもしておりません。どうぞ、これを」
姫は手袋を脱いで指輪を外すと俺の右手をとって握らせた。
掌を開くと、闇夜の中でも白く輝く指輪がある。軽くて硬いが、王女の温もりが残っていて冷たくはない。
「ミスリル製のラドルの指輪です。お礼に見合うような品がこれくらいしかないのですが……すみません」
おお。すげー。流石王女。
ミスリルを間近で見るのは初めてだ。
「ミスリルは魔力の導体としてはオリハルコンや軽銀、銀を凌ぐ最高の金属です。錬金術師様ならきっと役立てる事が出来るでしょう」
指輪を検査してみる。
ラドルの指輪:
能力:魔力結界(弱)
魔力結界の説明を見ると、自分の魔力を消費して攻撃から身を守る起動スキルらしい。
それはいいんだが、この(弱)ってなんだ。(弱)って。
弱があるなら強もあるのか。
ダルカから複製させてもらったのは魔術結界。
こっちは魔法オンリーの防御のかわりに常在スキル。紛らわしい。
まあ指輪の代わりにこっちも少しくらいサービスしていいだろう。
俺は俺の生命のパラメーター600を姫にコピーして、客間に戻った。
●神殿へ
朝の食事もそこそこに、作戦会議を開く。パーティーの会議なのでダルカやオレイルは締めだした。
ダルカが残りたそうな顔をしていたが知らん。
そもそも俺のパーティーに男は不要である。
弱くても鍛えりゃいいしな。
「今日の予定なんだけど、皆は何をしたいか一応聞かせてくれ」
「武器屋か? 防具屋か? 訓練か? それとも狩りか?」
不敵な笑みを見せるラフラが口火を切る。
「狩りって、旧大聖堂?」
やる気を見せる悠香が引き継ぐ。
「待って待って。私達、冒険者なんだからギルドに顔を出すべきじゃない?」
と言うのは鶫。言われてみればその通りだ。合成か融合で稼ぐクエストもあるだろう。
スキル石も大量に仕舞ったままだ。
防毒のスキル石や有毒のスキル石を卸せる場所を探さないといけない。オレイルやダルカに引き取らせてもいいが。
オークションにも顔を出して見たい。どこでやっているのかは知らないけど。
「ええと。転職神殿に行きたいです」
リリアがおずおずと手を挙げた。そうだな。俺も狩人の職業はそろそろ止めて別の職業にしたいと思っていた。
いろいろ行っておきたい所があるようだ。
どこもパーティー全員で一度は顔を出したい場所だ。
「じゃあまず転職神殿だ。どこにあるかわからないけど、オレイルやダルカにでも聞けば知っているだろう。職業が定まらないうちに武器屋にいっても仕方ないしな」
「神殿の場所なら私知ってるけど、まあいいや。そっちの方が楽だし。その次はギルドでいいんじゃないの?」
ノジュが欠伸をしながら言った。
「そうね。冒険者ギルドに行って依頼の内容を見てから今後の方針を決めるってことでいいんじゃないの?」
悠香の声に全員が頷いた。
部屋の外で律儀に待っていたオレイルに転職神殿に案内してもらう。
「転職神殿か。行くのは2年振りくらいだな」
オレイルが呟いた。
「転職のシステムってどうなっているんだ?」
「お前も知っているだろうが、最初は基礎職から始まる。接武器を使って戦えば戦士か兵士、遠距離武器を使って攻撃すれば狩人、魔法を使えば魔法使いといった感じだ」
「その4つしかないのか?」
「馬鹿を言え。お前は錬金術師だろう。始まりはアイテム鑑定士のはずだ。アイテム鑑定士の上級職の一つが錬金術師だからな」
そうだった。俺は対外的には錬金術師ということになっていたのだ。
実際に錬金術師の奥義と言われている融合・分離のスキルを持っているのだし。
「そういえばそうだな。オレイルの職歴を教えてもらってもいいか?」
「俺の今の職業は聖剣士だ。基礎職の兵士から剣士、剣士から聖剣士といった具合に転職を繰り返した」
オレイルの聖剣技は名前からしてかっこいいもんな。
聖剣技・破魔の剣、聖剣技・破邪の剣、聖剣技・天罰の剣。聖剣技・浄化の剣。聖剣技・希望の剣。聖剣技・祝福の剣。
破魔の剣は魔法を斬るスキル、破邪の剣は魔物に対して攻撃力アップ、天罰の剣は盗賊・暗殺者などの職業を持つ敵に対して攻撃力アップ。
浄化の剣は不浄の敵、つまりアンデッドに対しての攻撃力大幅アップ、希望の剣は敵に攻撃を加える毎にランダムでパラメーターを一時的に強化。祝福の剣は敵に攻撃を加える毎にスキルや魔法を一時的に封印するスキルだ。
という常在スキルだ。美味しい。
特に浄化の剣は旧大聖堂に潜るなら一押しのスキルと言っていいだろう。
そういうわけだからノジュ以外の全員に聖剣技スキルと霊体攻撃、霊視、霊聴のスキルをコピーしておいた。
次は旧大聖堂を攻略、というかそこに行かないとラフラや悠香が腹を立てそうで怖いからな。
人目を盗んでキスをするというのは主に女性陣の抵抗という意味で意外に大変だったが、まあいい経験だったということにしておく。
頬が真っ赤になったのは男の勲章である。ちなみに実行犯は鶫だ。
「よし、着いたぞ。ここが転職神殿だ」
王城から東に2キロ程進んだ所にそれはあった。なかなか立派な神殿のようだ。入っていく人も出る人も多く、賑わっている。
「転職が流行っているのか?」
「転職が流行るというよりは神殿そのものだな。元々は魔王軍が作った転職神殿をこうして利用しているので地下の深部を探る学者もいるし、中では屋台が立ち並ぶのでそれを目当てに来る人もいる」
神殿で屋台という感覚が良くわからない。祭りがあるときの神社のような感じなのか?
近寄って神殿の外観を見上げた。
世界史の資料集で神殿の写真を見た事があるが、あれと良く似ている。石柱が立ち並び、良くわからない石像が立ち並んでいる。こっちの世界の神話の石像だろうか。
「あれらはこの世界を作った神だという。最高神プリストンがあの椅子に座っている御方だ」
「最高神?」
「お前は基礎教養がないようだ。あれが最高神、横が生命の神、その隣が太陽の神で……」
オレイルの説明をそっちのけで今聞いた単語を反芻した。
プリストン。
俺達に送り付けられたメールに確かその単語があったはずだ。
「最高神について詳しく教えてほしいんだが」
「詳しくも何も、我らの世界を創造したのが最高神だ。まあ今は崇める奴もいないがな」
オレイルはそう言ってハッハッハッと笑った。
なるほど。読めてきた。俺達のクラスをこの異世界に連れ込んだのはこの世界の最高神。
しかし今崇められていないということは何か事情があるはずだ。
その辺りにクリア条件が隠されていてもおかしくはない。
あまりプリストンについての話を聞くと怪しまれるので、ひとまずこの場は切り上げよう。
神殿の階段を昇る。
階段に使われている石はところどころヒビが入っているが、補修が何度もされたのだろう。
灰色の石に交じって白い所や黒い所、赤く塗られた所が目に付く。
通り過ぎる人たちが持っているのは、魚だったり瓶だったり剣だったりいろいろだ。
中はどうなっているのだろう。想像がつかない。
神殿の内部に入った。
「わあ」
鶫が声を上げた。神殿は天井までがとても高い30メートル以上あるのではないか。
吹き抜けの構造で、あちらこちらに扉が見える。
「こっちだ」
オレイルが先導する。
「おお。これはシェリアの首飾りだ」
ラフラが声を上げた。何だろうと思って振り返る。
「お嬢ちゃん魔族かい? お目が高いね。その通りシェリアの首飾り。ダラーの都から輸入してきた逸品だよっ!」
「後だ」
店主とラフラをオレイルが睨みつける。
良く見ると、金物屋、武器屋、防具屋、宝石店、食事所、宿屋、鍵屋いろいろな店がある。
王城に続く王都の大通り程ではないが、かなり流行っているといっても過言ではない。
「わかっている」
ラフラがしぶしぶといった風情で名残惜しそうに店屋を後にした。
どんどん廊下を進むと、パッと視界が開けた。露店がなくなり、ピリッとした空気になる。
「ここから先が大神官様の領域だ。私語は慎め……っと、オレイル様ではありませんか。失礼いたしましたっ!」
衛兵と思しき兵士に敬礼されるオレイル。
「さあ。ここからはお前らだけで進め。まっすぐいけば着く」
オレイルは先頭を俺に譲り、軽く背中を押した。
まだ俺はどんな職業になるか決めてさえいないのだが、とりあえず狩人はあってないから転職はする。
でも一番最後がいいな。
「私はまだ魔剣士で結構だ。転職はしなくていい」
ラフラがここで待っている、と柱にもたれ掛かった。
「私は……狩人のままで大丈夫ですけど、どんな職業になれるか知りたい気がします」
そういうリリアは前向きだ。
鶫、悠香、リリア、ノジュ、俺の順に整列した。
「何で私が一番前なの……」
嫌そうな顔をする鶫。チキンな俺を許してくれ。
目の前の黒い階段を上っていくと、一人のおっさんが居た。傍には一人のマントを羽織り金色の鎧を着込んだ剣士が跪いている。
おっさんの方は神主から烏帽子を除いた格好をしている。金髪じゃなければ日本から迷い込んだのかと錯覚したかもしれない。
「よし。お主に殲滅剣士のジョブを授けようぞ」
剣士は更に頭を垂れた。おっさんの掌から白い光が出て、それを剣士の頭においた。剣士が光を吸収して立ち上がる。
「うむ。次」
剣士はありがとうございます、と一礼して俺達と擦れ違った。その際凄い目つきで睨まれたのは気のせいか。
おっさんが俺達をしばらく見つめてニヤリと笑った。
「ほっほっほっ。なかなか見所がありそうなガキどもが来たな」
口は悪いようだ。
鶫が手を挙げて、
「はい、私が一番です! お願いします!」
「ええよええよ。うんうん」
そういって鶫をジロジロ見つめるおっさん。俺の鶫をあんまりじろじろ見るんじゃねえよ。
「ふむ。お前さんが就ける職は戦士、狩人、魔法使い。剣士。斧士。槍士。それから……魔法剣士?」
おやおや。と言いながら再度鶫をジロジロと見るおっさん。
「珍しい事に魔法剣士への転職条件を満たしておるようじゃ。不思議なことじゃ」
おっさんはしげしげと鶫を見つめた。
「何がええ? 儂としては魔法剣士おススメ。魔法使いと剣士のいいとこどり」
軽いなこのジジィ。
「じ、じゃあ……魔法剣士でお願いします」
「素直じゃな。ええなぁ」
うるせえよ。さっさとしろよ。
さっきの剣士と同じように鶫を跪かせ、ちょっと青みがかかった光を鶫の頭に吸収させた。
暇だしジジィの検査をしてみるか。
パラメーター。普通だ。
魔法欄。ダルカとあんまりかわらない。
スキル。一つずつ確認していくと教導というスキルがある。他には観察眼というスキルも。コピーさせて貰おう。
複製と念じる。教導を選択しようとすると、『固有スキルなので選択できません』というメッセージが出る。
観察眼はコピー出来た。
教導というスキルは他者の職業を変動させる起動スキルらしい。観察眼は本来の才能と現在の能力を見極める常在スキルらしい。
観察眼も魔眼の一種だろう。
問題は『固有スキル』というメッセージだ。
そういえば俺も蘇生や魔眼をパーティーメンバーにコピーしようとして出来なかったな。
あの時はエラーの原因が分からなかったが、もしかしたらこの『固有スキル』という概念が邪魔をしていたせいなのかもしれないな。
全部のスキルをコピー出来るようなそんな上手い話ではなかったらしい。
まあ現状で十分強いし、コピー出来ないスキルがあってもなんら問題はない。
そんな事をしている間にリリアと悠香の転職が終わってしまった。
リリアは狩人、魔法使い、魔物使いという職業になれるようだった。私は狩人のままでいいですということらしい。
悠香は戦士、剣士の二つしか成れないようだった。迷うことなく剣士を選択した。
今度はノジュの番だ。
「相変わらずええお尻じゃなノジュちゃん。触っていいか?」
「エロジジィ。お師匠様に言いつけるよ」
「ノジュちゃんに罵られて儂幸せ」
大神官は紛うことなき変態だった。
「やれやれ。真面目にするかのぅ。……おや、才能が増えているようだ。これは一体」
才能が増えるってどういうことだ。
俺も観察眼を装備して、ノジュを見た。
ノジュ 女 18
剣:F 魔法:A+ 適性職業:魔法使い 魔道士 賢者 炎術士 氷術士 地術士 風術士 神官 司祭
なれる職業が一杯あるな。
「以前は魔法の才能がBだったと思うんじゃが……それに職種も7つも増えているし……。ま、いいか。ノジュちゃんが強くなっても儂困らんし」
一人おっさんが頷いた。
「さて。ノジュ。就ける職業は魔法使い 魔道士 賢者 炎術士 氷術士 地術士 風術士 神官 司祭 じゃ。儂としては神官おススメ」
「炎術士にしよっかなー。風術士にしよっかなー」
「しくしく。儂悲しい」
「風術士にしとく。イオス様お願い」
儂の後継者がーとかいうおっさんを無視してノジュが跪く。
それから一連の動作をして終わった後ノジュがう~ん、と伸びをした。
「あー、なんか旧大聖堂の後からなんか強くなったような気がするんだよね」
魔王妃ネイの魔法4つコピーしているもんな。そりゃ強くもなるわ。
「次はリーダーの番だよっ」
そういってノジュが俺の肩を叩いた。
ドキドキしながら大神官の前に立った。
「別に男はいらないんじゃがのう」
見るからに嫌そうなおっさん。奇遇だな。俺も同じこと考えてたよ。
「ま、仕方ない。手早くやるか。お主のなれる職業は……狩人。盗賊。暗殺者。……お前さん、一体どういう生活をしてきたんだ。幾らなんでも酷過ぎじゃ」
こっちを蔑むように見るおっさん。そんな目で見るな。
しかし、ここ辺りがないこともない。しょっちゅう他人のスキルをコピーしているから盗賊の職業があるのは妥当だ。
また抹消を使ってネイを消滅させた事を思えば暗殺者のジョブがあるのも納得出来なくもない。
なるほど。
泣けてきた。
「まあ盗賊でも暗殺者でもいいがな。さっさと決めてくれ」
わかったよ。
そんなに言うなら盗賊になってやるよっ!
ちょっと自棄気味になって盗賊を選択する。
「本当に盗賊を選びおった。お主、馬鹿じゃろう」
しみじみと言わないでほしい。傷つくから。
「うるせえよ。盗賊でいい。さっさとしてくれ」
「望んで盗賊とは……わかったわかった。お主、本当はもう一つなれる職業がある。それなら盗賊・暗殺者よりはマシだ。それにしたらどうだ。というか今から強制的にそれにする」
泣きべそかきそうな俺に対しておっさんが真面目な顔をしてこっちを見つめた。
「但し、苦労することになるぞ。今以上に、な」
「何でもいいからお願いするわ」
不貞腐れて座り込んだ俺の頭に掌を乗せた。
「お主の職業は今から……勇者じゃ!」
そういって。膨大な光が俺を包んだ。
●緊急会議
ちょっと頭が追いつかないので、ありのまま今言われた事を話そう。
最初は盗賊か暗殺者になれと言われたと思った。
でもなったのは何故か勇者だった。
何言ってるかわからないが、そういうことなので仕方ないと思う。
ハーレム目指している奴が勇者?
ゲームでは世界を救っちゃう人だぞ、勇者って。
頭湧いてんじゃねーの?
俺もそう思う。
しかし事実は事実だ。
俺のステータスにしっかりと刻み込まれているのは、勇者の二文字だ。
職業:勇者
説明を見てみる。
勇者:
勇気 希望 人望 団結
勇気。パーティー士気大上昇
希望。パーティー攻撃力大上昇
団結。パーティー防御力大上昇
人望。パーティー加入規模者が増えます
というボーナスが得られるらしい。
どう考えてもリーダー用の職業だ。俺はリーダーに向いていないコミュ障なんだが。
戦闘員Aとかの方がいいんだけど。
勇気とか人望とか見ると気分が重苦しくなるんだけど、どうしたらいいの。
「あははは! ホントアンタってば面白いね! 似合わねーっ!」
ゲラゲラ笑って肩をバンバン叩いているのはノジュだ。
苦しいっ死ぬっとか言って腹を抱えている。死ね。
「ふーん、ま、いいんじゃないの?」
それとなく嬉しそうなのが悠香だ。
「勇者なんて大変だね。同情するよ……。私だったら耐えられないかも」
鶫に慰められた。
ゴホン、という咳払いに一同がおっさんの方へ振り返る。
「あー、何じゃ。勇者パーティー、誕生おめでとう。ひとまず城に向かい、王へ報告するといい」
そういっておっさんは頭を掻いた。
そうだな。考えてみれば狩人、盗賊、暗殺者でいるよりはパーティーは強くなったはずだ。
それを考えれば落ち込んでばかりいるのも良くないな。
●城の広間で
ラフラとオレイルを回収して城へ転移した。
大神官のおっさんに言われた通り、王様に報告しに。
嫌だなぁ。悪い事はしていないはずなんだが。
「なんと。錬金術師殿。お主勇者になったと申すかっ!」
王様が驚く程には珍事だったらしい。
「今日は宴ぞ! 我が国待望の勇者じゃーっ!」
あれよあれよと言う間にいつの間にか夕方になっていて、俺は女中さんに上等なタキシードを着せられていた。
「えっと、もうその辺で」
「いけません!」
怒られた。
「一国の勇者といえども、近隣の貴族全員が集まるパーティーで不埒な格好が出来るはずがないでしょう!」
いや、別に俺はそれでも構わないんだが。
髪を梳かされたり、風呂に叩きこまれたりしなくても別に良いいんじゃないですかと控えめに抗議したらまた怒られた。
「ご主人さまーっ。準備出来ました―」
リリアが扉の前で待っているようだ。
「すぐいくー」
「すぐになんて終わりません。もうっ! 大人しくしてくださいっ!」
また怒られた。何でこんなに怒られないといけないの。理不尽だと思うんだが。
「勇者様。そろそろお時間ですよ」
トントン、とノックされた。リンデーラ姫もいるのか。
なんだか逃げ出したくなってきた。俺はコミュ障だからあんまり目立つ事はしたくない。
人前に出るのが一番嫌いなのだ。でも俺がいかなきゃ姫や王様が恥をかく。
「仕方ないですね、まだ足りないくらいなのですが……」
やっと女中のドリーさんから解放された。姫様ありがとう。
姫様の横にはリリアを始め、俺のパーティーが勢揃いしていた。
リリアは緑、ノジュは黄、ラフラは黒、鶫は白、悠香は赤のドレスをそれぞれしっかりと身に着けていた。
勿論王女様は更に豪奢なドレスにティアラを身につけている。流石に今回は厚着して着膨れしてはいないようだ。
王女の胸元や指を見ると、高級そうな装飾品が光り輝いている。
こんなことになるなら首飾りや指輪を揃えてやればよかったかな。
気がつかない俺の馬鹿。
「ご主人さま、早く早く」
リリアに左腕を取られた。
「なら私は右か」
鶫があ、っと言った時にはラフラが俺の右腕を取っていた。
ぷにぷにしたものが俺の両腕に押し付けられて、俺の股間が自己主張を始めそうでやばい。
「……私の場所」
鶫が悔しそうな顔をしてリリアとラフラを睨んだ。
「早い者勝ちだ」
そういってラフラがウインクした。
悠香は我関せずといった感じで端を歩き、リンデーラ姫は苦笑しながらリリアの横、ノジュはニヤニヤ笑いながら、会場の広間に向かった。
まずリンデーラ姫が入場する。当然だ。王女様だもんな。
それから俺。
両腕をリリア、ラフラに拘束されて逃げられない。
俺が足を踏み入れた途端、広間からは耳が痛くなるほどの万雷の拍手を受け取った。
それから入り口で待ち構えられていたオレイルに誘導されて、主賓席に着席した。鶫、悠香、ノジュだけでなくリリアやラフラの席も用意されていた。
「諸君! 急遽お集まり頂いたのは外でもない! 我が王国は新たなる英雄を迎えるに至った! 我が娘リンデーラを救い、魔王妃ネイの姦計を潰し滅ぼした英雄! 錬金術の秘奥に通じもする彼の名は」
ごくり、と聴衆が唾を飲んで俺を見つめた。
「シュン! 国内最高の錬金術師にして勇者! ネイすら退けるその実力! 正に勇者を名乗るに相応しいと思わんか!」
そしてまた広間を埋め尽くすような拍手が鳴り響く。
「さて、本来ならば勇者シュンに一言貰うところなのであるが」
そう言ってチラリとこちらを見るガルガン14世。
「どうだ? 勇者殿」
くそ、一番嫌なパターンだ。
王様に勇者になったなんていわなきゃよかった。
でも考えようによってはいいかもしれない。
だって皆の前で話す大義名分が出来たんだから。
後は、俺が腹を決めるだけだ。
今までにないくらい緊張している。リリアや鶫が不安そうな顔でこっちを見ている。二人とも俺が人前で話す事が苦手なのを知っているからな。
悠香に小声でがんば、と声を掛けられた。
よし、やるか。
重い腰をやっとあげる。
「初めまして。今日から勇者になったシュンです」
聴衆が期待と不安とそれから好奇心をもった無遠慮な視線でこっちを見つめている。
何百もの視線。
駄目だ!
怖い!怖い!怖い!
心が挫けそうだ。泣きたい。逃げたい。隠れたい。俺を見ないでくれ!
見られれば見られる程声が出ない。
注目されればされる程心臓が早鐘を打つ。
顔中に血液が集まった気がした。
自分でも紅潮していくのがわかる。
そこから次の声が出ない。
声が出ない。
やべえ。
泣きたい。
どうして俺がこんな目にあうんだ。
聴衆がざわざわとしだした。
指さされて大丈夫なんですかね、なんていう声すら聞こえてくるようだ。
勇者なのに、勇気なんかこれっぽっちもない。
今にも目から汁が出てきそうだった。
我慢の限界に達しそうな時、俺の手に何か当たった。
鶫がそっと俺の左手を握った。
わたしもいるから。がんばって。
そう言われている気がして、俺はグッと堪えて前を向いた。
俺の恥は俺だけの恥じゃない。
鶫、悠香、ラフラ、リリア、ノジュ全員が嘲笑われてしまう。
俺はともかく、パーティーの皆まで笑われてなるもんか!
「俺は旧大聖堂に踏み入りました」
おお、とどよめく聴衆。貴族連中が動揺したのがよくわかる。
「賢者ダルカ、聖剣士オレイルと勇敢な神官。それから俺のパーティーでネイの復活を阻止してきました」
流石勇者殿だ、という声が聞こえた。
「俺は……勇者となった今、皆さんに一つの約束をします」
王様すら固唾を呑んでこっちを見ていた。リンデーラ姫に至っては祈るような面持ちで凝視している。
「旧大聖堂を亡霊共の手から解放します」
おおおお! と歓声が響き渡る。
「俺なら、完全に魔王や魔王妃の魂を消滅させる事が出来る。皆がいつ破れるかわからない封印に怯えなくてもいいように!」
一旦言葉を切った。よし、これなら切り出せそうだ。リンデーラ姫に目配せをする。ハッとした表情で頷き返す。
「その為にはシェマ、今牢獄に繋がれている元大司祭シェマの力が必要です! その為にご助力をお願いしたい!」
貴族連中が苦い顔をした。何故なら彼らがシェマを獄中に繋がせた原因だからだ。
「勇者様の意志、確かに受け取りました!」
リンデーラ姫が声を上げる。
「王室権限第35条を使用します! 大司祭シェマの処罰についての再審を要求します!」
強権だ! という野次が聞こえる。俺はそっちの方を睨みつけた。
好機と見たダルカが繋ぐ。
「ささ、裁判長。法廷ではありませんが、この場で決めましょう。何しろ国王陛下の御前です。陪審員たる貴族も13人以上参集しておりますゆえ臨時法廷条項を使えます」
そういってダルカがふくよかな男性を担ぎ出す。彼が裁判長なのだろう。
「開廷宣言! 被告人シェマをここに!」
オレイルが目配せすると、衛兵たちがたちまちシェマを連れて、というか担いでやってくる。
シェマは何が起こっているかわからずおろおろしていた。
「裁判長。確かに旧大聖堂に侵入し、ネイの封界石を破壊したのは重罪です! しかし彼女はネイに操られ心神喪失の状態にあったのです……。私リンデーラはシェマの無罪を主張します!」
ざわざわと広間の空気が揺れた。貴族たちも動揺しているようだ。無罪主張とは大きく出たな。
「異議あり!」
そう申し出たのはマントを羽織った険しい目つきの男だ。今日殲滅剣士のジョブに転職した男性だ。流石に金色の鎧は着込んでいないようだが。
「彼女が行った行為は国の一大事! 勇者殿がおられなかったら、国は滅んでおります! 外患誘致の適用で死罪ですら生温い!」
死罪で生温いってどんな罪状だ。
まあ俺が居た国でも外患誘致じゃないの、って奴はいるんだろうけどな!
「異議あり! シェマはそもそも私の呪いを解呪しようとしただけなのです。そこに悪意はありません」
リンデーラは悲痛な表情で訴えた。厳しいか。国が滅ぶ滅ばないの一大事だったのだから。
「ふむ……。リンデーラ殿下。その議論は既に尽くされております……」
と、裁判長は残念そうに語った。じゃあ俺の出番か。
「裁判長。俺の意見を述べさせて貰えますか」
「勇者殿なら問題あるまい。どうぞ」
「シェマの助力が得られないなら、旧大聖堂攻略は難しい。国の未来を憂えるなら、旧大聖堂の存在こそが問題であるのは明らかだ」
異議なし、とどこからか聞こえた。
「無罪が納得いかないのもわかる。しかし、シェマが国外追放されたら困るのはこの国だ。そんな事になったらシェマについて俺もこの国を出る」
どよめきが広がった。
「そ、そんな価値がシェマにあるというのですか」
先程の貴族が呻いた。
「俺はあると思っている」
「静粛に! 静粛に!」
裁判長が怒鳴った。
「弁護側の主張は無罪。貴族側の主張は死罪」
全体を見渡し、静かになったところで続ける。
「このままでは平行線だ。前回の結論は国外追放と身分剥奪であった。陪審員の判決や如何に?」
貴族の13人がそれぞれの主張を述べる。
無罪3 死罪3 国外追放+身分剥奪2 身分剥奪5
という結論を得る。
この国では意見が割れた時、一番支持の低い意見を消し、残された意見の中から選んでいく方式となっている。
無罪3 死罪4 身分剥奪6
死罪4 身分剥奪9
三回目で結論が出る。
っていうかシェマが必要って言ってるのに死罪や国外追放を叫ぶ連中は何なんだ。
まあこれでシェマを俺のパーティーに入れるお膳立てが整った。
後はパーティーを楽しく過ごそう。
宴で盛り上がっている中、ラフラが抜け出してバルコニーに向かうのが見えた。
浮かない顔をしていたので気になって声を掛けた。
「どうしたラフラ。気分でも悪いのか?」
「ご主人様。もし、私が敵になったら斬れるか?」
柱に寄りかかったラフラは、不敵に笑った。
「……お前は俺の物だっていっただろ」
「そう言えばそうだった。あれは酷いやりとりだったよ」
ラフラがワイングラスを転がした。
「安心してくれご主人様。私は強い奴が好きだ。それはもう、魔族の本能といっていい」
魔族は強い奴が好き。つまり俺がラフラより弱くなったら嫌われるってことだろうか。
「そんな私が何故実家を飛び出したかというと。私の婚約者はな……」
そう言ってワインを口に含むと、俺に口移しで呑ませた。
「げほ、げほ! 馬鹿、お前俺が酒が苦手なの知ってるだろ」
ふ、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「魔王だよ。それも知略謀略が大好きないけすかない野郎さ。一番嫌いなタイプだ」
俺にしがみつくラフラ。黒いドレス揺れる。
「今日のパーティーにそいつに似た奴がいてね。思い出したら腹が立ってきた」
上目遣いで俺を見ると、
「私を斬るのが嫌なら、私が貴方の物だというのなら。勇者様……私を……守ってくれ」
ラフラは再度俺に口づけした。
 




