第55話:幕間・剣聖の休息と、静かに迫る影
中立国の宿場町。夕暮れ時のにぎわいの中、一人の男が茶屋の軒先で静かに腰を下ろしていた。
端正な顔立ちに、腰に差した一振りの刀。周囲の喧騒から浮き上がっているかのような、凛とした静寂を纏う男。誠十郎である。
「ふん。この街の団子、少々甘みが足りんな」
誠十郎は手元の串を眺め、独り言ちた。彼の手元には、つい先ほど飛龍便で届いたばかりの金貨50枚の袋が置かれている。大翔たちが死に物狂いで稼ぎ、送ってきたものだ。
「誠十郎さん、本当にあの若者たちから、あんな大金をふんだくって良かったんですか?」
茶屋の店主がおそるおそる尋ねる。誠十郎の圧倒的な威圧感を知る者にとって、彼は畏怖の対象でしかない。
「情けは人のためならず、と言うだろう。金がなくなれば、俺の弟子たちとて嫌でも剣を振るう。食うために、生きるために磨かれた刃こそが、真の『理』に届くのだ」
誠十郎は最後の一玉を口に運ぶと、ふと、遠く北の空を見上げた。そこには、大翔たちが向かったクヌギ村がある。
【師匠の直感:弟子の成長と、不快な気配】
「ほう。大翔のやつ、ようやく『木の枝』の本当の使い方に気づき始めたか」
誠十郎の唇が、わずかに弧を描いた。何百キロも離れた場所で、大翔が【木の枝(必中)】を放ち、結界を砕いたその微かな振動を、誠十郎の五感は捉えていた。
だが、直後に彼の眉間に険しい筋が走る。
「だが、この気配⋯帝国の手の者か⋯」
誠十郎の手が、自然と刀の柄に伸びる。その瞬間、茶屋の周囲の空気が凍りついた。通行人たちが足を止め、本能的な恐怖に身を震わせる。
「……いや、まだだな。大翔たちなら、あの程度の雑魚に後れは取ることはないだろう」
誠十郎はふっと殺気を霧散させると、代金の銅貨を机に置いた。
【その頃:クヌギ村・勝利の宴】
一方、クヌギ村の広場。大翔たちは、村人から提供された山盛りの焼きキノコと少しの猪肉を囲んでいた。
「はぁ! 誠十郎様が見守ってくださっていると思うと、この猪の脂身すら聖なる味がいたしますわ!」
マリアが信仰MAXモードを維持したまま、猪肉を豪快に噛みちぎる。
「マリアさん、それはさすがに言い過ぎだって。でも、確かにこのお肉、美味しいね! 大翔、頑張って良かったね!」
ユフィがいつもの元気な笑顔で、大翔に肉の一切れを差し出す。
「ああ。でも、カスミ。さっきの教団の文書、気になるな。俺たちが誠十郎さんの弟子だってこと、もうバレてるんだろ?」
「先輩。心配しなくても大丈夫ですよ。私が既に、村の周囲に逆探知の符を仕掛けておきました。近づくネズミは、一匹残らず私の火符で焼いてあげますから」
カスミが真っ赤な巫女装束を揺らし、上目遣いで不敵に微笑む。その仕草には、彼女特有の計算高さが見え隠れしていた。
【闇夜の刺客】
だが、宴の喧騒から離れた森の闇。一人の男が、大翔たちの様子を木々の上から監視していた。その背中には、巨大な鎌。教団から放たれた刺客、影使いの暗殺者だ。
「ククク。お気楽な連中だ。師匠がいない今、お前たちはただの餌に過ぎない」
暗殺者が影に溶け込み、大翔の背後へと音もなく滑り出す。だが、その瞬間。
(――……)
暗殺者の脳裏に、直接「気」が響いた。冷たく、鋭く、魂を直接斬り裂くような、あの男の殺気が。
『――一歩でも近づいてみろ。その影ごと、貴様の存在をこの世から抹消してやる』
「っ!? 誰だ! どこにいる!!」
暗殺者が周囲を見渡すが、そこには月明かりに照らされた静かな森があるだけだ。誠十郎は何百キロも離れた場所から、ただ意識を向けただけで、プロの暗殺者を恐怖で硬直させたのだ。
「バカな。この距離から、視線だけでこれほどの……!」
暗殺者は、震える膝を必死に抑え、そのまま夜の闇へと逃げ去っていった。
「ふん。逃げ足だけは速いな。さて、口直しに別の団子屋でも探すか」
誠十郎は何事もなかったかのように立ち上がると、夜の街へと消えていった。
弟子の成長を促すため、手は貸さない。だが、その安眠を妨げる無粋な輩は、気配一つで排除する。それが最強の師匠・誠十郎の、不器用な「慈愛」であった。
(第55話・完)
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