【Ⅺ】
──ひと振り。
たったそれだけで戦意は喪失しかける。
〝悪を燃やす慈悲の炎剣〟と名付けられた刀身が赤いロングソードは空気すら燃やし、息を吸えば灰が焦げる気すらする。
正面から受け止めてはいけない。
ミィは回避に全力を尽くす。
ミシャンドラは阻害するため幻覚系の魔法を連発するが、戦闘センスの塊であるベルカーラには何の意味もない様な気がする。
世界一高度な宝石アダマンタイトの防具だろうと魔王の領域に到達したミィの魔法であるならダメージはそれなりにある。
……あるはずなのに、獣の突進のような勢いで斬りかかってくる。
いったいなんだ、公爵令嬢ベルカーラ・ウエストリンド。
確かに魔力量は多いが、人間種にしてはだ。
対して淫魔と言えど魔族のミィがこうも苦戦している。
(上位悪魔の召喚。──だめ。今、魔力消費を回避以外に使えば確実にやられる)
赤く、鋭い目。
まるで肉食獣のそれ。
素早く、凛々しく、迷いがない剣。
対してミィはどうだろうか。
確実に心は折れている。
身体(特に胸)は重いし、布地は少ないし、こんな卑猥な姿を野外で晒しているのに羞恥心が全くないのが逆に怖い。
避けたロングソードの刀身が鏡のようにミィを映し出す。
こいつは誰だ、と思った。
いかがわしくて、哀れで、今にも泣き崩れそうで、男が、まぐわいが、愛が欲しくて仕方がない。
──まさに、世界一憎んでいる存在そのものだった。
「違う! 私は違う!」
「なにが違うのですか?」
まるで正義そのもののようなベルカーラの一言。
言葉に詰まった。
瞳に映る自分はやはり淫魔だったから。
いづれ夜な夜な男を漁り、身ごもれば顔色変えず子供を捨てる。
生んでやっただけありがたく思えとでも吐き捨てて。
自分もそうなるのだろうか。
──それは嫌だ。
普通に生きたい。
普通に親に抱きしめて欲しいし、普通に恋がしたい。
手を握るだけで頬を赤らめてしまうような、そんな子供っぽい恋がしたい。
「この世から淫魔を消す、ミーの願いはそれだけ。なんで邪魔するの」
人間にとってもそれは良い事のはずだ。
淫魔達の魔力吸収によって死ぬ者は少なくない。
奴等は愉快犯だ。
自分たちが楽しめれば他がどうなろうと構わない。
「知りません」
「へ?」
「アルバートに貴女を任された。ただそれだけのことです」
「……それだけって、そんな理由でミーの野望を打ち壊すわけ?」
「ええ。木っ端みじんに」
「このヒロインやっぱ怖いって、ちょっと脚本家かキャラデザイナー。今からでもぷりちぃきゅーとなヒロインに変えられない? 無自覚えっち展開でも輝ける娘に。あ、ちょうどいい所にうちの事務所の看板娘が只今お仕事探してまして。どっすか、新ヒロインに」
ミシャンドラの言葉は未だにさっぱりだが、『怖い』という意見は激しく同意だった。
おそらくベルカーラはミィの対極にいる。
些細な動機で突き進めるベルカーラ、そして胸の内の怒りに従って世界を滅茶苦茶にしたいが迷いがあるミィ。
その迷いが透けて見えたのか、間合いに入られ胸元にロングソードを向けられる。
「降参しなさい。そうすれば命までは取りません」
「あ、ホント? いやぁそいつは助かる。するする。『いのちだいじに』がうちの家訓なものでね。死ななければ何度だってやり直せる。次はもっと上手くやるさ」
「悪魔召喚書の方は燃やします」
「なんでさ!?」
「当たり前でしょう。ただでさえ処分対象である悪魔召喚書。それが話をするとなれば……不吉な物に違いありません」
「正確にはオレは悪魔召喚書じゃあない。読んだ者に膨大な知識を与える魔本ミシャンドラだ。対価はいただきません。親友になるだけで入会金無料。ただ解約は出来ませんのであしからず」
負けた。
──いや、おそらくずっと前から負けていた。
相変わらずミシャンドラはよくしゃべる。
【崩壊の種。世界にあってはいけない呪いの書。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。抹消せよ。悪魔ミシャンドラを抹消せよ】
頭の中で声が聞こえた。
脳をかき回すような、耳をえぐるような。
ミィはうずくまり、嘔吐する。
ベルカーラですら膝を付いた。
「──これは、一体」
空間がひび割れた。
ガラスのように、ぱりんっと。
現れたのは羽の生えた、真っ白な、ブリキのおもちゃのような見た目をした、なにか。
生物的要素はなく、ただひと目に見てあれが『天使』ということだけは理解出来た。
「おっとどうやらお迎えがきちまったようだ。世界の異物を取り除くために現れた神の使い。……いいや、ここは〝機械仕掛けの神〟とでも呼ぼうか。いいね。取っ散らかってる。軌道修正出来なくなるまであと少しじゃないかい?」
逃げなければ。
ここから逃げなければ。
ミィの頭にはそればかりである。
辛うじて、足が動いた。
考えるよりも先に走り出す。
ミシャンドラに共有していた魔力が返されたからだろう。
「走れ親友。3日後の日暮れになっても帰ってこなくていいぜ。キミが生きててくれりゃあ、オレの勝ちなんだからさ」
その最後の言葉すら聞こえないくらい惨めたらしく逃げていた。




