82 ウェルカム
「……マンハッタン……」
ぽつり。アディラの口からこぼれた言葉は、全員の顔色を変えた。
「マンハッタン!……好戦狂か! ほかに5基も!」
マンハッタン。”好戦狂”の悪名をもつ超巨大シタデル。
共通である1000メートルの足高さに対し、目視した直径は1.5倍の1500メートルもある。
ヨチヨチ歩きの幼子か、シメジ足のシイタケ。指一本で転がりそうな危うい体型に、騙されてはいけない。墜としたシタデルは200を越える。階層が100なのは、歩行バランスを維持するためだ。吸収は100階層。情報通の”シェトランド”によれば世界最大。吸収しなかった100基はどうなったか。結末の連想はたやすい。
「後退ッ後退だ! 下がれ。四基の仲間にも通信! 進むのは危険すぎる」
戦闘など論外。
暢気に警戒を怠ったと、アディラは自分を叱り付けたくなった。
敵に動きはない。発見の素振りさえみせてない。
いまなら、逃げられる。
「はっ直ちに」
『全市民に警報。ただいまからレブンは急反転する すみやかな安全行動をとれ』
市中へ警戒を宣言したのを皮きりに、指揮室が慌ただしく動き出した。蜂の巣をつつくととはこのことだ。
オガサワラ、シェトランド、バミューダ、ソロモン。
傘下の4基から、直ちに反転する旨、通信が帰ってきた。
さきほどから、レブンはすでに反転にとりかかっていた。
が、歩行する巨大都市の挙動変更には、膨大なエネルギーが必要なのだ。
停止ひとつにも巨大な慣性が働く。人間の回れ右のような軽やかな瞬発性はない。
制動がはじまる。
「総員。シートベルト確認。立っているものはなにかにつかまれッ!」
「きゃあ」
「ぐぐ……む」
前方がまるで下方になったかのような横G。
アディラも、艦長席サイドにしがみついた。
体重が数倍にも感じられる。離れそうになるのを握った手を食い込ませてふんばる。
引っ張られた両足が床から浮きあがった。
制止による反動は、街のほうがシャレにならないくらい深刻だ。
大地震のような負担が都市にかかる。
いくつもの古い家屋が倒壊していき、それが周囲のモノをも巻き込んでいく。
地面が細かく区切られているのは横ずれ防止で、人口災害を少しでも緩和するため。歩く人は、自分で身を守らなければいけない。
子供を抱えて転げていく女性がモニターに大写しになる。
聞こえないはずの悲鳴と非難を拾い上げるようで、耳をふさぎたくなる。
レブンの歩速は、4基のうち最も遅いオガサワラに合わせて、時速25キロ。
121秒という、記録的超短時間で完全停止した。
「ふぅ……停止を……確認。180度回頭にはいります」
行動制御担当のマスターが苦渋の声を絞り出す。被害を示す映像から目をそらして。
艦長席にいる新人のヘッドセットから汗がしたたる。
彼には、まだ戦闘ではないので、制御権はもたせてない。
レブンを5感でを感じられるだけに、誰よりももどかしい思いだろう。
回頭にも時間がかかるが、レブンは、外環の動きが街に伝わらない構造のおかげで、円運動はスムーズに片付く。街への被害は考慮しないでいい。
アディラは回頭後の行動を脳裏に描いた。
ルートを後戻りしよう。
すくなくとも10キロ。
いや、10000メートルは退きたい。
安全な距離をとって、ハングライダー隊で様子を確かめて。
方針をトップ会議で決めることになるな。
テーブルマウンテンに降ろした仲間の安否を。どうやって確認するか。
その手段をだ。
「しかしなあ」
「は? なにかマスターアディラ」
「シタデルがテーブルマウンテンに集結。いったいなぜだろう」
「連合を組んでいるのは。こちらもそうですし」
「そんなところだろうな」
考えられることだ。共闘や同盟か。たしかにありうる。仲間となって情報交換したり、交易などができれば、襲ったり襲われたりする敵に身構えて歩き回ることも減るだろう。安住地をさだめ、ノンびりもできよう。
シタデルの数は激減している。かつては1000とも言われたのが、10年前と比べても少ない。数がさらに減った理由は、さらなる共倒れか、静かに息を引き取ったと街では言われている。みかけることが少ないのは楽でいい。神経をすり減らさないのが、ありがたい。ぐっすり眠ることが当たり前になっている。
こんなバカげた戦いの末路にも、救いはあるものだ。
「だとしても。よりによってあそこでとは。発案者のオトメに報告だな」
テーブルマウンテン行きに乗り気でなかった。
が、行けない降りられないとなると、墓参りを拒絶されたような胸痛がある。
あそこに降りるなら、対策がいる。同盟への参加。対価を支払う。理由をつけて視察。
宣戦布告も視野にいれて……。また戦いか。
沈んでいく気分をもてあましかけたとき、衝撃が空気を震わせた。
「! なんだ」
「街……いや」
何か破裂した。アディラは囲むモニターをぐるり見回したが、街にはなにもない。
カメラは全てを映せてるわけじゃないが、重要度を判断して切替わっていく。目を凝らす。
前方のモニターにみつけた。いまも回頭中であるオガサワラ上空だ。
左肩30メートルの空中に、衝撃の残滓。ぽっかり浮く煙の塊が風に流されていく。
「オガサワラに……あれは」
「何かが光りました。攻撃かと」
ズ……ン
「うわっ」
「ぎゃっ。まぶし……」
なにがおこったと、悪い知らせの原因を推測しようとした矢先。
レブン上空に爆発と震動。それは、仲間である3基のシタデルにも同時発生。
アディラはほぞをかんだ。敵レベルを低く見積もっていた。常勝。それが自分たちは強いという驕りを生んでいた。目が曇っていたのかのかもしれない。
室内に、命令調の冷たい声がした。
『シタデルの艦隊! 直ちに停止するんだ!』
「取り付かれていた!?」
通信システムに割り込まれた。そんなことが可能なのか。聞いたことがない。
重ね重ね、自分の甘さが腹立たしいが、悔やむのは後。
しかしこの声は……?
「接敵! ただちに反撃だ!」
新人に攻撃の許可を与える。敵に剛腕をぶちかます許可だ。
だが、ヘッドセットの彼は、狼狽するだけで、腕を動かそうとしない。
「なにもみあたりません!」
「何もだと。なら”腕”をふりまわせ! みあたらなくても居れば当たる!」
「はいっ!」
やっと回頭が終わったばかりの不安定な態勢から、コロボックルの腕をふりまわす。最大まで延ばして。関節を曲げて水平に、5本の指はも開いてる。
『そんな届くとこいないから無駄だよー。それと、包囲は完成してるからねー』
「包囲してる、だと?」
「まやかし耳を貸すな!」
「は、はい」
声への疑問を棚上げにし、アディラは怒鳴り声で、仲間のためらいを上書きする。
動揺のほうが敵以上に危険。数秒の困惑が命取りになることもある。
外淵で警戒にあたる守備隊の動きを、モニターが捉えた。
【遠目】や【索敵】スキル所持者は、研ぎ澄ました視覚で、見えざる敵がいる空中を隈なく観察。
魔法スキル隊は合図待ちで、敵を撃ち落としてやるぞ熱が伝わってくる。
風の空へとハングライダー隊が飛びだしていく。
反撃手段は腕だけではないのだ。
『ムダなんだけどなー。もう。大人しく止まれって』
声は女。キンキンした声色は、幼い子供といっていいくらか。
いやむしろ、声変わりしてない男子かもしれない。
気合の抜けたやる気なさがアンバランス。
攻める理由が、アディラにはくみ取れない。
「発見! 3時の方向、仰角70度!」
「了解! 魔法スキル放てー!」
よしここからだと、グッと拳を握る。
守備隊は、ありったけの攻撃スキルを指示位置に叩きこんでいく。
「【火魔法】”紅蓮8段”」
「【風魔法】”拡散カマイタチ”!」
「【土魔法】”礫散弾”」
この10年で、スキルを持ちは激増。攻撃スキルをつ者も3倍を越える。
あのころ。誰もが貧困にあえぎ、口減らしにはしり、内政に力を注がなければ息絶えていたであろう、あのころとは国力が違う。防御にも攻撃にも、他を寄せ付けない底力を、連合は貯えてきたのだ。容赦のない攻撃が、目標空域はと注がれていく。
「あっはー。あれじゃ粉々だぜ。肉片が残っても、風に舞ってばみつけられないしー」
あはははと、小さな笑い声がいくつもおこる。
敵の部隊規模を確認できないのは痛手だが、しょうがない。
あそらくだが、偵察と陽動だったのだろう。ならばせいぜい数人規模。
「いっけえ!」
留めとばかりに、新人の”腕”が空に斬り込む。
マスタールームに、小気味いい震動がおこる。
あれでは塵も残さない。口角があがる。
アディラは、ほんの少だけ緊張を解くことにした。
「時間はじゅうぶん稼げたな。癪ではあるが退避する。全シタデル逃げるぞ!」
『だーかーらぁ』
同じ子供の声で、さきほどと変わりない通信がはいった。
部屋の温度が3度ほど下がったような気がした。
「倒してない? なっ!? あれは……」
見たこともない影が浮いていた。ハングライダーといっていいのか、形は三角のそれだが、大きさは2まわりほども大きい。素材は見当もつかない不気味な黒色。滑空するでも旋回するでもなく、だたそこに浮いていた。
「損傷の形跡がないだと。あれだけの攻撃に耐えた……それどころか、傷ひとつも効いてないというのか」
『包囲は完成してるっていったよねー?』
「あれだけの数をスキルで隠ぺいしていたのか。こちらの索敵はなにをしていた!」
そこかしこに、敵ハングライダーが出現していく。100や200どころではない。見渡す限りの視界を黒で埋め尽くしているのだ。背景のテーブルマウンテンが見なくなっていく。
通信がはいる。こんどは仲間のシタデルからだ。
暮らす多くの命運を預かる、それぞれのマスターが、感情をあらわにする。
『オガサワラだ! 囲まれている。ハングライダー隊は跳びだす暇もなかった』
『こちらバミューダ、オガサワラも? 敵だらけで身動きとれません。レブン? 救援を乞う』
『……なにもできん。敵はあまりに多くて強い。損害がでるまえに降伏する』
垂れ流しの悲報が、重くのしかかる。8つのシート埋める歴戦のマスター達の、操作の手が止まった。逃げきれる期待に安堵し、気が緩んだぶんだけ。振り子の返しは大きい。
「あ、お、終わりだ……こんな敵、勝てっこない」
「ルミナスの聖地だって? こんなとこ、こなきけれりゃよかったんだ」
新人君が上目で、アディラをみつめる。
「……マスターアディラ? 何か策は」
控えめな探るような、頼りにしてますと訴える。
あなたが長でしょう、と。
全員が私に注目する。なんとかしてくれるんでしょう、と。
マスターアディラ、と。
こうも行き詰ってしまえば、できることなどない、というのに。
フンと鼻息で、吐きだしたいため息を押さえつけた。
首を鳴らし奥にあるリフレッシュスペースの、3人掛けソファにどかりと胡坐をかく。
追いかけてくる視線をかき集めて、静かに言い放った。
「抵抗するなと全シタデルに通信。待とうか。敵の出方を」
本当にそれしかできない。万策尽きた。情けないことだ。
「て、敵が動きます」
敵のハングライダーに新たな動きがおこる。
集まりだしたり、離れたり。直線になった数機。曲線になる数機。集中砲火か。
新たな攻撃の陣形を組んでいく。
交渉の機会すらも与えられず、一方的な蹂躙がはじまる……
「は? なんだこれ」
だが、陣形はやがて別の意味をもつ形へと整いはじめる。
なんと空中に、文字が現れたのだ。
「……うそ」
アディラの脳裏が、え? となった。
間違いでなければ、文字はこう読めるのだ。
―― ようこそ テーブルマウンテンへ てへべろ ――
直後、通信をジャックした何者かに、別の人物が小言を吐く。
絶望に暮れるレブン連合。それを置き去りにしたマイペースな会話。
懐かしい声であった。大人になってはいるが、間違えようもない。
『ふざけるの終わり。フレッド。レブンのみんな困ってるよ』
『気づいてくれないんだもん。10キロ前から、ここにいるのにさ。花火あげて歓迎したのに攻撃してくるし……もう帰るお腹すいた』




