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81 テーブルマウンテン



レブンのマスタールーム。ヘッドセットをつけないで”艦長席”にいるアディラ=ビェズルは、全方位モニターに映し出される真北の山あいを、じっとみつめた。


「マスター・アディラ。オガサワラから入電。進路はよろしいかと」

「問題はないな。このまま北進と返信していい。全シタデルにも送伝だ。”シェトランド”にだけ別口で。陣形を保持しろと伝えろ」

「了解」


制御室(コントロールルーム)内部を囲むモニターの左。東にいるべきシタデルの距離が指示よりも遠い。崩れた陣形を修復させる。


「あれって、興味のまま動くシタデルですよね。モガーマイトさまが指導中でさえ、いうこと聞かないなんて」

「無駄口をたたくな」

「は。了解ですっ」

「このまま維持。オートパイロットに設定して2人が監視。残りは交代で休め」


ほおおっと、歓声ともいえない息を吐く声がコントロールルームを満たした。待機と監視を残した4人が思い思いに休息。食事を摂るもの。この階にある自家に帰って仮眠をとるもの。3時間づつの交代だ。


アディラはシートに身体を沈めて、凝った肩をリラックスさせる。この席は、艦でもないのに艦長席と呼ばれる。シタデル自体が、巨大な艦といえなくもないが、あの子の言い方が定着したのだ。


「結局、五感コントロールは身に付かなかった。ルミナスにバカにされる、かな」


席のアームレストをぽんとたたいて、寂しく微笑んだ。


マスターも議会の長も牛耳るオトメ。どこが議会制民主主義とツッコミみたくなる女帝。突然、オガサワラの実質的支配者から、申し入れがあったのは1月前。


決定権はマスターの長であるアディラにあるが、マスターの気の向くままにシタデルを歩かせていたのは、先代までのこと。総合的に判断するトップの意見は尊重され、無視はできない。テーブルマウンテンへの進路が決まった。


10年になる。ルミナスと別れて10年。オガサワラ弁の能天気オンナをはじめて憎悪した。いまさらあそこに、何を探すのか。骨でも拾って、古人を憐れむつもりか。


レブンから降ろしてしまったのは、地上に降りことがすべてだという彼の懇願に抗しきれなかったからだ。その常識外な探検への情熱はとてつもなく強かった。ダンジョンの攻略どころか、オガサワラの撃退さえも、道すがらの障害にすぎないと言い放ったのだ。


そこまで見下された王は説得の気力も失った。光を失くしたような目で聞き入れ、黙って地上に降ろすしかなかった。同行者を認めたのは、1パーセントもない生存率を、わずかでも高めるためだ。


”未踏の探検に挑む子供たち”は、聞こえがいい。歴史的な美談ともいえる。あの頃、レブンとオガサワラは戦後処理で余裕が無かったし、アディラもマスターの仕事を覚えるので手いっぱいであった。あいつならどこでも元気で暮らせるだろうよと、アディラも皆も、楽観視していた。


別の思いが首をもたげたのは、かなり後になってから。

彼らを見殺しにしてしまってのでないかという考えが浮かんできた。


能天気なようでいてどこか引きこもったような5歳児。

天才と呼ぶにはとっても人間くさい。アディラのやることを受け止めくれ、人をからかいつつ、適切なアドバイスをくれた。全てを知り尽くしたような万能人。これほど頼りにできる人物は後にも先にもいない。


あんな願いなんか。無視すればよかった。

手足を踏みつぶして動けなくしてでも、自分の命を引き換えにしても、引き留めるべきだったのだ。


暗い気持ちは時がいくほどに根が深くはこびっていく。

みんなが。自分が、ルミナスを死地に追いやってしまったと。


人材としてなら、誰にも代わりない能力の損失。

どんな理由より、自分の心の失望感の深さに、自分自身が驚いた。

ひとを小ばかにした、それでいて魅力的な笑顔は、もう見られなくない。

これほど大きな心の痛みになろうとは、思いもしなかったのだ。


地図がナビゲートするのは、10年前に後にしたみたくもないテーブルマウンテン。

死ぬまで、訪ねることなどないはずの土地。

行動をともしたブランチェスに嫉妬を覚えた、天辺平らの広大な山。


訪問すべきとの意見は、何度となくあがった。すべてをもみ消してきた。

より重要な行動理由をみつけて、行かないようにしたり、

エサをまいたり弱みを握ったりして、発言者が撤回するよう仕かけた。

訪問が難しくなるよう、もとより、100キロ以内には寄らなかった。


計算がほころんだ原因は頭脳に長けたシェトランド・シタデルとの戦闘。

周到に準備された逃げ込み戦術にはまってしまい、予定していたルートとは真逆へ追いこまれたのだ。

戦闘そのものは圧勝だった。4基のシタデルで叩きつぶし、ほどなく傘下におさめた。

気がつけば、無理のない行動半径にテーブルマウンテンは収まっていたのだ。


思いついたようなオトメの発言に、王もオガサワラ議会も満場一致。

こうなると、その場しのぎに口実も、難くせも、思いをめぐらすだけ無駄だった。


ツラい記憶を蒸し返さないよう、ずっと、心に蓋をしていた。

ダンジョン攻略は苦しかったが、乗り越えたことで楽しい想い出に替わっていた。

記憶の蓋をあければ、大切な記憶が、不幸に塗りつぶされてしまうかも知れなかった。

ルミナスの死を知りたくなかった。


「マスターアディラ、”バミューダ”から入荷したコーヒーという飲み物です。一息つきませんか」

「ありがとう。う……ん苦いな」

「砂糖とミルクをどうぞ。割ると飲みやすくなりますよ。ストレートで飲む人は甘いお菓子を召し上がってます」

「砂糖とミルク……。ほう。まりやかで美味しくなった」

「お口にあったようでよかったです。マスターアディラ」


黒くて苦い妙な飲み物。苦くて不味いのだが、不思議と飲み込んだ後味が心地よく、次のひと口をつけたくなる。クセになる味わいだ。なにより香りが良い。殺伐としたマスタールームをかぐわしい匂いが満たす。


「ここでマスター呼びはやめてくれ。キミもみんなもマスターなんだから」

「そういうわけにはいきません! アディラさまは、レブンを窮地から救った救世主なのですから立場が違います! 後発組や私たちのような新米組とは一線も二線もひくべきなんですっ!」

「救世主か。ルミナスにしか当てはまらない賛辞なのだと、何度も言ってるのだが」

「いない人のことは知りません。というか物語の人物ですよねルミナス=グルームって」

「物語だと。誰がそんな」


私は目を見張って胸倉をつかむ勢いで迫った。新人マスターが涙目になる。


「わ、私たちの世代ではですが、都市伝説っていわれてます。レリアもフレッドも出来過ぎです。だいたいですね。グルーム男爵とう貴族家は、レブンにもオガサワラにもいないじゃないですか」


グルーム家はみな、いない。メイドと領地の住民を引き連れて、仲良く一緒にテーブルマウンテンだ。執事のセバサだけは残ったが、知識との卒なさを王に買われて城暮らし。この子のいう通りだ。


「語られて実在してるのは、マスターアディラと、リーデンタットさまと、モガーマイトさま。ガギロン=バーザダーは、噂だけで誰もみたことがありません。ガモルク家は実在してますけど、ウィゲリーリという人がいたことを否定してます」

「あの子はやりすぎたからな……非難をかわすため過去に葬ったのだ」


ウィゲリーリの父は、彼女がいなくなってせいせいしたことだろう。


ともかく、死者を量産した試練のダンジョンは、ルミナスが提供した攻略法のおかげで、安全なものとなった。


死をかけた挑戦は私たちが最期。だから生還者はみな英雄あつかいで、大げさな武勇伝は吟遊詩人の懐を潤わせた。

オガサワラがもつ印刷技術が普及し、ほどなく植物紙による書物が安く出回るようになると物語は脚色され、さらに人気は高まった。



一部の人間の都合により、私たちは”会える史実”として神格化されていったと、分かってはいたが。


「10年もたつとそうなるのか。キミは15歳だったな」


急に、老けた気分になった。


「はい。10年前におこった連合誕生戦はおぼろげながら記憶にあります。5歳だったんですよ。マスターアディラさまの活躍を父から聞かされて、マスターを目指すことに決めたんです」


10年前に5歳。ルミナスと同じ年だ。こんな子が、無数のスキルを操り、ウィゲリーリや自分たちを導いて、ガギロンを打倒した。肩を並べたものでもなければ、想像するのは難しい。


ため息がでた。


もしかするとルミナスは幻だったのかもと、疑いたくなる。あれはこうなればいいという妄想が作り上げた虚像だったのか。


いや彼は確かにいた。レリアやフレッドもいた。

手を握り、跳び、刃をかわし、盾をかまえて。ともに魔物を倒し、面倒なウィゲリーリ一味を相手どり、ガギロンに苦戦しつつも、難解な迷路をクリアしたのだ。あのときの血の味は忘れない。


だというのに彼は何も残さずに、行ってしまった。

グルーム家の人々を知る人は少なくない、とはいえ、ほとんどはサンガリやローラン、家令のセバサの友人だったり、貴族の関係者だ。


付き合いの濃かった者たちは100名に名を連ねてる。グルーム領の住人、懇意にしていた子爵や男爵家とその家族、領地の農民。ルミナス兄姉弟を知る者たちは、その中だ。


彼の活躍した時間はあまりにも短くて限定的。

雄姿を知るものとなれれば、さらに少ない。

私とガギロンだけ。忘れられたのも、道理といえる。


証拠がほしくなった。彼の存在を示す物的な(あかし)を。

人の記憶は薄れるもので例外はない。

確とした”触れる痕跡”があればいつでも思い出せるし、後世に伝えていけもしよう。


「それを見つけるのは、私の使命かもしれないな」

「はい?」

「探してやる。証拠をみせればいいのだろう?」

「あ、いえ。そんな、おそれおおい覚悟で言ったわけでは」

「いいや。ルミナスがいた証拠をみつける。キミにみせて説伏せる」


前方モニターを監視役が、声をあげた。


「山影を確認。距離3800!」

「よし居る者だけ席につけ。次の交代要員を呼び戻せ。準マスターにも連絡。働いてもらうかもしれない」

「”腕”はいかがしますかマスターアディラ」


”腕”とは、長さ50メートル直径10メートルほどの装備のこと。ルミナスがオガサワラを下したときに設計実装した腕部だ。モコっと単純なフォルムは子供に与えるヌイグルミ。ほっこり和みそうなものだが、暴力的な巨大さは、いつみても恐ろしさを駆り立てられる。


「腕だって、ルミナスが残したものだぞ」

「そう聞いてますが。ますます信じられません」


”腕”は指が開いたり閉じたりする。棒にみたてた大木を持たせて叩いたり、巨岩を投げてけん制したこともある。「決戦兵器は隠してなんぼ」とは、ハンペイの言葉だ。”腕”は普段、光偏向スキルで隠ぺいしてる。完璧ではないが、遠くからは、うかがい知れない。


私は柔らかな席から腰をあげ、新人に座るようにうながす。


「5感ヘッドセットを装着しとけ。出番はないだろうが一応な」


彼には、私にできないシタデルの直接操作ができる。

喜びを隠さずポスんと座って、席サイドにあるヘッドセットを被った。すこしばかりうらやましく睨んだ私は、正面のモニターに映る、霞む山を見据えた。


あそこにいけば、生きていた証拠があるかもしれない。

いや違う。みつけなければいないのだ。あの地に行って、この足で降りて。

それが、ルミナスと試練を潜り抜けた自分の責務だとすれば。


シタデルの歩みは遅い。それでも人の足よりも早く歩ける。時速は時速15キロから30キロ。レブンの速度はさらに速く最大50キロを越える。艦長席の小型モニターに目を落とし、ブレ動く映像の隅に目を細め、表示された距離計をみつめる。2800……2700……距離がさらに迫る。


「カメラ最大ズームします。そろそろ肉眼でも目視できそうです」

「あれが噂にきいたテーブルマウンテン……か? 山? っつーか人工的じゃね」


よくしゃべる男が、場違いな表現を披露する。人工的だと。たしかに、あれだけ真平らなら、山として不自然だろう。高高度の見事な滝は、自然な造形として出来過ぎるレベルでキレイだ。とはいえ人工的では。


私は、顔をルームモニターに戻して驚愕した。

人工的な物体が、テーブルマウンテンから延びている。


張り出し(オーバーハング)……いや違う。橋だ」


オガサワラが敵に取り付くとき、先端に据え付ける張り出し(オーバーハング)に似ているが、もっともっと大規模で、幅も長さも段違いの橋が2本。用途も、敵陣にツッコむためではなく、双方が安全に渡るために架けるためにしかみえない。


「そこじゃありません!」


そう。問題は、それが見知らぬシタデルに架かっていること。


「テーブルマウンテンにシタデルが隣接してる。それもひとつじゃなく複数! 戦闘中か?」

「ばかいえ戦ってる敵にわざわざ橋など架けるものか」

「橋が2基。ほかにもシタデルが1,2……」

「影になってて見えないな。3,4,5……」

「6基……全部で6基! どんな集団なんだ」


いつもなら、しゃべり男に相槌をうつだけの寡黙な女性も頬を紅葉させて、数を合唱。

マスターがみな浮足立ってる。6基のシタデルは敵なら脅威だ。こちらのように連合なのか。


「まてまて! 数もそうだが脅威はそれだけでない。ひとつ、とんでもなくでかいヤツがいる。階層がバミューダの倍はある!」

「……マンハッタン……」


ぽつり。私の口からこぼれでると。全員の顔色が変わる。


「”好戦狂”マンハッタン!」

「後退! 直ちに下がれと4基に通信! 進むのは危険だ」




穏便な装具となるはずが。。。

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