79 大地に
テーブルマウンテンを眼前にして、2つのシタデルが接岸していた。
シタデルは巨大な円盤の底辺から地上まで1000メートル。
レブンは直径もちょうど1000メートルなので、横からのシルエットは、縦横同じ長さのT字型か。でも街の外周に12本の柱と、中央15階層のダンジョン塔がそびえてる。デコレーションケーキか、灯篭のほうが近いかもだ。
オガサワラの外周は1200メートルでレブンより二回りほど広く、高さの30階層はほぼ2倍だ。うっそうと生えた木々と山の斜面伝いに並ぶ住居群と耕作地のおかげで、”歩く森”との風情がある。外から想像もできないのだが、内部は施設は牧歌的なレブンと大違いな近代都市があった。俺の知ってる範疇だと札幌の地下歩行空間が階層化されてるって感じ。商業と政治の中枢が秘密基っぽく隠されてるのだ。
毛色の違う二つの歩く都市が、原始な森の傍に並び立ってる光景は異様としか言いようがない。
3体のハングライダーが旋回してる。なんでも写真に収めるというのだが、カメラがあることに驚いた。そして、カメラを知ってることに逆に驚かれた。インスタにアップしたら、バズルこと間違いなし。いや、スーパーリアリズムかよって無視されるか。
転移陣に載った俺は、オガサワラ1階の広場に転移した。レブンでなくここに来たのは、外淵の一部が外に張り出しがあるからだ。遠方の監視、ハングライダーの飛びだし台、敵地への乗り込み台として、据え付けた5×5メートルの張り出し。平常時はデートスポットとしてしても人気があるそうだ。双眼鏡で監視する兵の横でフツーにいちゃつくカップル。自由すぎるオガサワラであった。
乗り込み用桟橋を架けるようにもできているが。テーブルマウンテンに渡るにはこれ以上の施設はない。今回は特別に人払いをしてもらってるので、関係者以外は誰もいない。
「まっとったで。おもろい童のルミナスはん。正気かどうかさておきの」
「よろしくです。みなさんも」
出迎えてくれたのは、顔の怖い戦闘リーダーと、彼を慕う部下たちだった。
ブランに迫って美しい泣き顔を引き出した男である。あれで我を失ったなんて誰にもいえない。
「イゾーさあは。かんべんのルミナス殿。うちのリーダーひとこと多いのが取柄やち」
イゾーは、つねに斜めにかまえているせいで、腹に一物隠してる雰囲気がある……と思ったいたのだが、ただのクセらしい。まわりにおる連中に言わせると「こんな考えなしはどこにもいん」だそうだ。そうですか。
彼らに手伝ってもらい、テーブルマウンテンに渡る手はずになってる。
……のだが。
「ところでずいぶんな人数ですが。見送り……ですか?」
関係者以外誰もいないずだったのだが、
そこにいたのは、イゾーたちだけではなかった。
「ルミィっ 私を置いていくなんてそんな哀しいこと言わないでほしいわ」
母上がぎゅうっと抱きついてきて、おおっと声があがった。
レリアとフレッドが羨ましいげに、父上が微笑ましそうに見つめる。
知った顔も、見知らぬ顔も。100人は越えてるだろう。
グルーム一家はセバサを除いた全員に、グルーム領の農民全員。
小さな俺に気遣ってか俺の姿を確認したいのか、横に2列で半円状に散らばってる。
アラモス・サムロスの親子が手をふる。グーネの横の巨漢は父親だろう。
全員がよくみえた。
お別れのあいさつ。なんだろうな。
一人で行こうと思っていたが、それくらいは仕方ないか。
お世話にもなったしな。
ローランの抱きつきはデフォ。なのでされるがままにしてる。
家族以外は若干ひいてる。俺だって嫌だが、5歳児よ五歳児。
よくある光景じゃないんですかね。
「テルアキ。親離れができてないとは驚いたわ」
「はは……」
ブランがジト目だ。
二度と遭うことはないと覚悟してたもんで、ひじょーに目を合わせにくい。
「リーリは、見極めるです」
「お前もかーしつこいなあ」
なんでかこいつはいつもいる。お供の3従者を連れてだ。
お前らマスター職を放り出したな。
レブンの知り合いが多数を占めてるが、オガサワラ側の人間もいる
男女6人づつの12人。夫婦か恋人同士か。くっ羨ましいぜ。
俺は、さっきから頭をなで回して離してれないローランの腕をよいしょとほどいて、居住まいをただした。【土魔法】スキルで台をつくる。上がって見渡すとみんなが注目。真剣そのものといった表情。
「地上に降りるのは俺の……心の問題で、自分の命のことさえ先行きわからないですが、死んでもいいと思ってます。お別れの言葉はいいません。みなさん元気で」
簡単なあいさつ。ここで別れても、いつか逢える可能性はある。シタデルは自由に歩きままわる都市で、戦いで負けて吸収されない限り、のっそり立ち寄ってくることもあるかもしれない。ゼロではない。それまで俺が生きていればだけどな。
ブランが一歩踏み出した。代表の答辞か。
知っていれば、ハンカチを持ってきてたのに。ウソでも涙をふく準備だ。
台の上でブランを待ち構えると、爆弾言葉をはきだした。
「この場の全員、みんなシタデルを降りるの」
「は?」
こいつ。いま、なんて言った。
「地上に降りるテルアキに同行するのよ。レブンからとオガサワラから。新天地の探検ね。楽しみで楽しみで、昨夜は眠れなかったわ」
「…………」
「なんじゃ。ハトが豆鉄砲食らった顔しとんの。聞かされとらんかったんか。だから重い荷物もて来たがじゃ。どいつもこいつも行く気満々。アホな連中ち。わしもじゃが」
「後先考えんとこ、さすがリーダーじゃ」
「アホ、おまんもじゃろが」
「せやの。ほにほに」
イゾーは肩をゆすって笑うが、俺は面白くない。
「面白い冗談ですが。レブン王が許可をくれるはずないでしょ。オガサワラにとっても大問題では。議会が承認するはずがないでしょう」
封建社会では王の言うことは絶対だ。命令一下。上から下へかかった号令がすべてに優先する。命を散らせる命令もある。反面、勝手に死ぬもの重大な命令違反。オガサワラの法を取り込んだとはいえ、封建社会のレブンじゃ慣例のない行動は死罪に値する。
もちろん俺は別だ。明らかに負けていた戦いを逆転勝利させたから。功労者として特別許してもらったわがまま。それが、レブンから降りる件なのだ。
「もらったわよ承諾。テルアキを支えたいて言ったらあっさりとね」
ブランが、少し照れながら応えた。
「こっちも議会に承認させとる。ルミナスはん。スピーカーでどでかく宣言したやろ。あれお聞いとった議員らが面そうやいうたんや。予算もつけてくれたで」
ポンと、開いた真新しいハングライダーをうっとりみつめるイゾーを、より生暖かい目で仲間たちが見つめる。
「バカですかっ 命の保証はできないんですよっ」
「食糧はたんまり、最新のハングライダーにテント。サバイバル道具もばっちりや。半年は生きれるで」
腹がたった。腹がたって腹がたって。
とにかく、どうしようもなく腹がたった。
「そういうことじゃねーんだっ!」
地面に降りる、降りたいというのは、俺のわがままだ。
俺はやはり、空中の世界には馴染めそうもない。高所恐怖症もある程度克服できてるとはいえ、地上に。地面に足をつけて生きていきたいと、心底願った。
地面に降りられるなら、死んでもいい。本気で思ったんだ。
「あんたらっお前らっ。みんなここで育ったんじゃねーか。シタデルで生まれてシタデルで子供の時期を過ごして、大人になって。繰りかえした歴史のの中で生きてきたんだろ。朝おきて飯食って仕事したり遊んだして、暗くなれば飯食って寝る。大事な年月を暮らして積み上げてきたきたんだろ。代々ずっと。しみついた仲間とか。切っても切れない血縁とか。見知れぬ人でも、なにも言わなくてもわかってくれる文化っつーの? 目に見えないど重み空気ってのがあったはずだ。捨てられんのかよっ!」
我ながら意味不明にしゃべってる。
なにを言ってんだが。
何を言いたいんだか。
生きた街を離れるのは、軽いものじゃないはずだ。
だから言葉を殴りつける。
「思いとどまれよっ!」
ブランが一瞬不思議そうに首をかしげた。
「そ、それならテルアキだって同じではないかしら」
おそるおそるとう風に、俺を抱きしめようとしてきた。
興奮を鎮めようとしてくれるのか。勢い、俺はその手をふり払う。
気持ちを傷つけたかも。でもそれがどうした。俺のなにを知ってる。
「違うんだ俺は。故郷なんかとっくに何もない! 過ごした家も、友達も、親も、会社の気の良い社員たちも……とっくに俺にはないんだ」
そうだよ。
俺は独りぼっちだよ。
異世界だか、未来だか知らんけど。
分岐世界か並行世界か、はるかなる過去かわからんけど。
俺がいるのは、触ることも見ることもできない彼方。
身体をおいてけぼりにした、俺の、この魂だけ放り出された孤独の高所。
気づいたんだ。
自分で自分がそうしようもないくらい、狂おしくあの世界に帰りたがっていることを。
チート? 俺TUEEEE?
異世界ストーリーの主人公たちはなんであんなに楽天的でいられるんだ。
帰りたくないのか。あの故郷を忘れてしまったのか?
「……ついて来ることなんかない。みんな、シタデルで暮らしていけばいい」
地上に足をつけたいってのは、せめてもの慰み。代替え品だ。
1ミリでも馴染みの空間に寄り添っていたい。それだけのことだ。
地上に憧れがないわけじゃないが、いまさら高所恐怖から逃げたいということじゃない。
ここが星であるのならより近くに。俺がかつて住んでいた場所に、立っていたい。
ただ、それだけのことなんだ。
でもここに住む人々にとっては違う。
地上は、長年足を踏み入れることを許されない異界だ。
なにがおこるかわからないし、まして住める保証などどこにもない。
俺についてくる? 愚の骨頂だ。地獄に行くほうがまだ現実的。
「俺はひとりで」
「ルミナス――――ッ!」
でかい拳骨が殴りかかってきた。とっさに除けはしたが、続く風圧に押されて、尻もちをついてしまう。サンガリだった。その拳骨は俺の足の間に落ちる。公園の硬い地面にくぼみができた。なんという力だ。
いや力だけではない怒りだ。
「ルミナス! ただの子供ではないお前だ。
私らにも言えぬ痛みを抱えているであろう!
何に悩み苦しんでいるのか、父の私にも分からぬっ」
「……」
「わからぬから、苦悩を取り除いてやることはどうやら、できそうはない!」
すぐに「だけどな」と続ける。
「親というのは子供を育てるものだ。
時に叱りときにあやし。助ける。それが私の思うところの親だ。
マルスを失ったとき。そう自分に誓っておいたのだ。
子供たちが成長するまでは見守ると。ローランとともにな。
トマスもレリアもフレッドも、お前と一緒に行きたいと言ったのだぞ。
ならば私たちがいかない理由はどこにもない。そうだろう?」
ローランが横でうなずいた。
「やがて旅立っていく背中を見送ること。親の本望なのよ」
不安顔でさがっていたトマスの口元が上がった。レリアはぱっと笑顔になると、フレッドがお腹が空いたとぼやく。そんな3人の肩にそっとローランの手が置かれた。ハッと驚いたレリアは、かみしめるように目をつぶった。
転んだかっこうの俺にサンガリが手を伸ばす。大きいその手を握ると、ひょいと持ち上げて立ち上がらせてくれた。その力は強く、とても温かかった。
「……なんてな……狭いグルーム領に閉じこもってるくらいなら、めまいがするくらい広い地面と切り開くほうがよっぽどやりがいがいある。つまり、ついていくと決めたのは俺たち自身なのだ。そのこと、ルミナスは気に病まむことない」
父上が、はっはっはっと笑った。
肩の荷を軽くしてくれる心遣いはありがたい。
それでも、俺は納得しない。
「故郷を離れるなんて……バカのすることだよ」
「そうね。私たちみんなバカなのよ。なぜだと思う」
ブランが、しゃがんで俺の目をのぞき込んできた。
いまさっき腕をふりはらったこと。気を悪くしてるだろうに、欠片もみせない。
「さあね」
俺が知るか。
「あなたのせいね」
「は? 俺の?」
「そうよ。あなたの枠にはまらない行動力と、知恵。ときどき見ていられなくなるほどの、無茶。すくなくとも私は、あなたに魅了されたわ。そばにいて、いつでもその無茶に付き合いたいって。あなたがいないと禁断症状がでるくらいだわ」
俺は違法ドラッグか。「ははは」と、つい笑った。
意味のわかってないはずのブランが、釣られたのか「ぷっ」と噴き出す。
それが伝染する。
「わっはっはっは」みんなが笑いだした。
「なんや。おんし笑えんじゃないか」
「ぷぷ。笑えんちゃなんやリーダー」
一周回って俺もまた笑う。止まらなくなる。
笑いが笑いを呼んで、よくわからんけど笑う。腹がイタイ。
いつぶりか、ずいぶん久しぶりに腹の底から笑った。
「ふー……もうなんでもいいです。死んでもしりませんよ。勝手にしてください」
「はっはっ。私は勝手に見守らせてもらう。覚悟はよいな」
「じゃテーブルマウンテンに降りましょう。イゾーさん、よろしくお願いします」
「おうあっちや。準備はできとうで」
行こうとする俺の襟を誰かに摘ままれた。
なにかとふり向く。ぷいと横をむいたブランが、ぽつりとつぶやいた。
「禁断症状の責任……とりなさいよ」




