60 試練のダンジョン まだ3階
「楽しませてもらおう」
ウィゲリーリにしたがう側役の男が、ニヤニヤ顔でちょいと長めのブレードソードを抜いた。涙目なのは、こらえきれない愉悦のせい。殺害に先走った悔みなどではない。
「ま、待つです」
ウィゲリーリが制止するが、聞こえぬふりを決め込む。重い剣を一片の迷いもない素早く大上段に持ち上げると、グルームの子を右袈裟に斬り降ろす。
「はは、は、やりましたよ。み、見てくださいましたか?」
「ああー……殺ってしまったです。聞きたいことがあったですが」
斬った子供ごしに歓喜を告げる配下。
まあ仕方がないと、息を吐くウィゲリーリ。
「だあれを殺したってぇ?」
切ったはずの子供が笑った。
剣はよくみれば切り抜けてない、その肩、ほんの数センチで止まってる。
ほんのり色がついた、ガラス状の板が、剣の往く手を押しとめていたのだ。
「あぶねー1枚突破されてた。3枚重ねにしてよかった」
「小癪な、スキルにより壁か! だがッ」
剣は止まったが子供も動けない。好機と判断した男は、側役仲間に合図。剣を抜いた後ろの二人は、鼻の頭をかいてる子供を、左右から突き刺す。
「なに!」
「突けない!」
ガキン、ガキン。
「壁は、いつでもだせるんだなー」
剣はまたしても防がれる。何もないガラ空きの腹部を、出現したガラス板が防御した。
「うす気味悪いヤツ。だがそれが限度だろう。ウィゲリーリさま、後ろを!」
「やはりグルームは、容赦なく成敗です」
子供の背後にいたウィゲリーリ。握る鞭をふるうと、硬い床をたたき距離感をつかむ。
「ジャストフィットって限らないんだけど」
「な?」
「のああ?」
「剣が、押し戻される」
ガラス板が動く。子供の外方向へと広がったのだ。肩と左右の胴。抑え込んでる男たちが、力負け。押し込もうとする3つの剣は押し返されていく。
シッ――
ウィゲリーリの鞭が動く。無防備な背中を引き裂そうするが、接触寸前、ジャンプでかわされた。アクロバットに上がった足で天井を蹴り、体をひねり、【バット刀】をかかげる。敵意むき出しの少女の前面を着地点と睨んだ。
「ほいっと」
勢いを借り、気の抜けたかけ声で、鞭をもったウィゲリーリの手を強打した。
「あッ!」
「ウィゲリーリさま!」
笑顔を収めたニタニタ男と、仲間2人がすぐさまかけよる。入れ替わるようには身を引いた子供を警戒。冷たい床に剣をおいたニタニタ一が、華奢な手を優しくたしかめる。
「む、イタイ、です」
「これは、手首の骨が折れてますな。しばしお堪えを」
痛みに堪えるウィゲリーリを気遣いながら、男の触れたあたりが淡く光る。紫に腫れた色は元の肌の色に、甲の外傷はふさがっていく。バットを肩にのた子供が興味深げに見守るうち、傷はとうとう回復した。
「よそ見とは余裕かっ!」
二人が、ぼーっとする子供に、舐めるなとばかりに斬りかかる。が、腕に纏わるように出現したガラス板によって、剣先は、そっけなく弾き返された。
「いまいましい! たかがガキひとりに!」
「スキがない。あの透けた板は瞬間的に場所を選ばない。どうすれば殺れる……」
じり……じり……。攻めどころをみつけられず、男らは膠着状態に陥った。
「ラキスっ、そのままだっ!」
低く怒鳴ったのはウィゲリーリの傷を治し終えたニタニタ男。えっ? と頭だけふり返ったラキスのまた下を、スライディングで滑り抜けた。床をスレスレを速攻。子供の足もとまで接近すると、逆手に持った剣を上に斬りあげた。胴体一閃。
子供は斜めに切り上げられる。ニタニタは油断なく猛攻。体を通路の壁へと押しつつ、鍛えられた腕を細い首にあてた。力をこめ、冷たく頑健な壁へと、全体重で押しつける。
「……」
「油断したな小僧め」
あっけない幕切れ。手ごたえというのが、いっさい感じられなかった。
妙に軽くなった体躯を離せば、それは、糸の切れた操り人形のようにずりずり壁づたいに崩れ落ちたいった。
「ふぅ…………終わったか。ホントにガキなんだな。こうしてみると」
「魔物をさえもて遊んだグルームの悪魔。それを切り伏せたのはさすがです」
治ったばかりの手をさすりながら、ウィゲリーリが、男たちの労をねぎらう。
魂の抜け落ちた亡骸そ、苦々しくニタニタ見下ろした。
「なにか問いただしかったことがあったのでは?」
「スキルの謎を吐かせたかったですが。もうどうでもいいです」
「……申し訳ありません」
「終わったことです。もとより聞き出せると思ってないです。それより、お前たち、どうやって名前を取り戻したです?」
「いまさら、それを聞きますか?」
剣を鞘にしまいながら、みためよりもずっと若い男は、寂し気に息をはいた。
「?」
「てっきりご存知のことかと。私たちはみな16か17歳。皆、昨年までに試練は終えております。こたびは護衛ゆえに同行したしだい。タグは保険。切られたところで名前を失念する歳ではありませぬ」
それから、「もっとも、みな戦い向きスキルを得られませんでしたが」と笑うと、ほかの二人も照れ隠しに頭をかいた。相好を年相応に崩して。
「そうだったです。思い出したです」
「ウィゲリーリさまこそ、よくぞ名前を憶えておいでで。すべてを忘れて、待ち合わせのこの場所で出会えないかもしれぬと、あせってましたぞ」
「このグルームが、バカ面でおしえてくれたです」
「こいつが? なんの思惑で?」
「知らないです。バカの考えることなどしりたくもないです」
「バカっていうやつがバカなんだぞー!」
予想もしない方向から声がした。イヤでも聞きなれてしまった子供の声だ。
「は?」
「なに?」
「まさか」
ダンジョンの奥から。そちらにふり返って驚く。いましがた殺した子供、ルミナス=グルームが、しゃがみ込み、つまらなそうに顎に手を当てる。
「カウント、減ったじゃないか。スキルの増殖は面倒なんだぞ」
あーあ、と、砂文字でもなぞる手つきで、空に指を走らせた。
「殺したはず! 不死?」
「そんな人間はいないです。死体があるです」
倒したはずのルミナスは、死体となって転がっていた。
「それね。俺に似せたぬいぐるみだ」
「ぬ、ぬいぐるみ?」
言われて、そういう目で見れば、はっきりと生物ではない。首が折れ曲がっているところまで精巧な造りだが、布と毛で作られたふかふかな、当の幼児を模した人形に違いなかった。
「よくできてるだろ? 空蝉の術ー! なんちて」
「うつせみ……?」
「消えた……」
人形が消える。ルミナスとしては、貴重な繊維素材を回収しただけのこと。ウィゲリーリと男たちは、変化していく状況を飲み込めきれない。
「ず、ズルいスキルです。あいつにまどわされないで いくのです!」
ウィゲリーリが、とにかく攻めろと、男たちの背中を押した。
はっとした一人が、大きなステップで跳びこんだ。とにかく攻めないことには、圧倒された状況を覆す足掛かりもつくれない。ルミナスまでは5メートルもない。鍛えた技を剣にこめて斬りかかった。
「そういうの、バカの一つ覚えだっていうんだよ」
何かにぶつかり男が急停止。片足を踏み出し剣をあげた格好で固まってしまった。
続こうとした仲間たちも、異常な現象に目を見張る。
「ど、どうした」
「壁に、閉じ込められた。動けん」
ルミナスを守った半透明の何か。それを同じ薄い板が、こんどは男を固縛していた。
「あ、あいつの得意スキルです。リーリも、やられました」
「あれですな。それで、と、解くには?」
「たたけば壊れるです」
「どれくらいの強さで?」
「はじめ、お前が割ったよりも弱いくらいで」
救出タイム。囚われた仲間を助けようと、がつんがつん、剣でたたきだした。加減を誤れば、中の人間も傷つく。おっかなびっくり慎重に、適度な衝撃を試行し、砕いていく。その間ひとり警戒を最大まで高めるウィゲリーリ。グルームの悪魔が、タマゴサイズの銀色玉を手に載せてる。
「ん――……おーやっぱ回復だ。カウントは10。ありがとう!ありがとう!」
「なんの感謝ですか。気持ち悪いです」
「【窃盗】は、接触しなきゃいけないのがガンだな。ヤバいな俺、斬られる覚悟で奪うなんて、スキルコレクターになりつつある」
床にそっと置くと、玉はすぐに二つになった。3つになり、5つになり、まだまだ増える。命のかかる戦いの最中の行いにしては、暢気すぎる。見間違いかとウィゲリーリが目を凝らした。
「なに……してるです?」
数秒とかからないで玉は11個まで増えた。それをルミナスは小さい腕いっぱいに抱えた。頭の高さまで持ち上げて、放り投げるようにパッと手を離す。いきなり出現した小屋がウィゲリーリの視界をふさいだ。小屋?ダンジョンに? 目を凝らすより先に、小屋は無くなった。
「は?」
玉は二つだけになっていた。ほかはどこへ。やはり小屋があったのか。見間違い考えるののが自然だが、何かのスキルであると、ウィゲリーリは確信。
「何をしたか知りたいだろ。おしえなーい」
ルミナスはしまい込んだのだ。【窃盗】で奪ったスキルオーブを【複写】、実体化させ【ルーム】の”収納庫”に。ガルモグ家の地下牢で設計したのは、レリアたちを癒した快適なリビングだけでない。収納庫も一緒に、設計し準備していた。小さいながら1立米(m^3)、およそ一般的な住宅の階段下収納庫物置ほどのサイズ。
材料に、金属、木材、布、不燃土が必要とあったが、小さなサイズなら繊維素材で作成できるとわかった。編んだクモ糸だ。見た目は巨大なビーズインテリアな、異空間の収納部屋。レイヤーで不可視状態にしてあり顕現は自由。常時持ち運ぶには難アリ物件だが。正月に食べるミカン箱なら、20箱はいれられると、意味なく自負してた。
スキルはオーブ状態にあれば、複写でいくつでも増殖が可能。予備も一個で十分だが、ふいに使ってしまうかもしれない、と予備の予備の予備……でキープは10個。初めてみた貴重な回復スキル。二度とゲットできない心配を考えれば。用心にすぎることはない。
握った一個のスキルオーブが、ルミナスに吸収された。
捕縛された男だったが二人の仲間たちの手で解放された。ガラス板――【基本家屋】――は砕かれ、バラバラになった破片が、キラキラ光りながら消えていく。
「助かった。すまん。見返りは必ず」
肩をぶるんと回しながら礼を言う男。
「あとだ、グルームを始末する」
「始末ではなく”試練のダンジョンによる裁定”です」
「もう、行ってもいいか? 俺、姉弟と合流の約束があるんだけど」
玉。回復のスキルオーブをお手玉しながら、ルミナスがあくび。
「これだけコケにされて、誰が行かすか」
「行かさんし、生かさん! 元から死なすつもりよ!」
「グルームはレブンの害悪。成敗こそが正義です」
「悪か俺は……」
がっくり肩を落とした5歳児。体ができておらず、落とせるほどの明確な骨格じゃないが、ニュアンス的に肩を落とてる。
「あ~~~あ……はぁ。もういいよ。ちなみに、お前らの誰かが傷ついても、傷を治すことはできないからな。んじゃ悪的実験の被験者になってもらおうかな。いくつか、思いついたことがあるんで。あ。被験者といってもバイト代はでないよ?」
「人を食った態度。貴様、本当に5歳か」
「どこまでもバカにするですか!」
「お前らは左右からだ、俺は上からの攻撃を警戒する。いくぞ」
ルミナスが前に手を延ばした。なにやら呪文めいた言葉をぶやく。
「させるかっー ぬん?」
剣を突き右と左から、駆けだした騎士たち。そんな二人の前にそれぞれ、白い物がぱっと現れた。反射的に剣をふる。一閃。羊皮紙のように、いや獣皮で厚い羊皮紙より、カンタンに斬れる。薄く手ごたえもなく、突いた切れ目からぱらりと二つにキレイに切断。ふわりと床に別れ落ちた。2枚の薄い物の大きさは、縦横、1mほどか。切られたいまは4枚。床面積を占領する。
「? こけおどしか」
「被験者だっていったろ?」
隙なく身構える前衛に、再度、白い物体が出現したが、それもなんなく切り伏せる。再再度、再々再度……。
「な、なんのつもりだ?」
「わからん。目隠しか」
なんども、なんども、白い物体は途切れなく出現する。切る、落ちる。現れる、切る、落ちる。現れる、切る……。10度、20度、30度……までは数えていたが、いつしか飽きて、数えるのもイヤになってくる。
「キリがないな。うっく……」
「ああ……なんか、込み上げるものが」
斬った白い物で、真っ白埋まっていく床。塵も積もればのたとえ通り、わずかづつ積み上がって、小さな段がいくつもできあがって注意しないとつま先がすくわれる。白い物体は止まない。切っても切っても、次から次へ現れ、果てがみえない。
「あいつのスキルは、いつ終わるんだ……」
「し、しょせん子供だ。ガンバレ、気力体力はこちらが上……」
グルームのスキルが跡絶えるまで粘る。励ましあい、歯を食いしばる。時々、めまいで足がふらつく。距離の感覚がなくなり、前後も、上も下もわけがわからなくなってくる。
「退くな! 押し込まれてるぞ……うぅ」
「き、気持ち悪くなってきました。グルームの、魔術です」
戦闘ともいえない、シンプルすぎる持久戦。後衛としてうかがっていたウィゲリーリともう一人も、白だらけの視界に、ぼんやりした不快感を覚えていく。
「名付けてホワイトアウト戦術。ふらつくまで204枚って、費用対効果が微妙……うぷ……諸刃か」
終息の気配がない白紙攻撃。その奥から、ぶつぶつ、子供のひとり言だけが奇妙に届く。
「むむむ、焦れ焦れです! もう、ツッコみます!!!」
「あ、お待ちくださいっ!」
精神的ガマンの限界を迎えたウィゲリーリが、男の制止をふりきって先走る。そのとき、横並びまで後退してした前衛組が切った紙の端が、少女の整った肌をスッとかすめた。ツーと頬を伝う赤い血。傷に気づいたニヤニヤ男は、肩をつかみ、往く手を阻んだ。
「ウィゲリーリさま……、おい替われっ」
慌てて、切り役を代わってもらう。守護すべきお嬢を抱えて後衛へ退避。
「頬が……まったく、お綺麗なお顔が台無しではありませぬか」
「大丈夫です。これくらい」
「回復スキルで傷を消します」
回復スキルをかけようとする。だが。
「……なぜだ? 回復スキルが」
「言ったろ。傷は治せないって」
見計らったように、ぽんと、銀色の玉が放り投げられた。
「あんたの回復だ返すよ。再ゲットはレベル1になるけどな」
「なに?」
「スキルオーブだよ。って、あー見たことないか。ゲットは普通、いつの間にか体内に芽生えてるからな。そいつがスキルなんだ」
ルミナスはからかうように告げた。
意味を飲み込んだのか、男がスキルオーブを手に取る。体に吸収されていくのを驚きで受け止める。
「……施しのつもりか……グルームなど、我がガルモグ家の足元に及ばないです」
「そればっか。さっきから全く全然、1ミリも、歯が立ってて気づかない? 俺はあと2回変身を残してる」
「……」
「そこは、ツッコんでもらいたかった」




