57 リーリ試練
「れ、レリア待ってください! フレッドも」
頭サイズの炎を創り出すレリア、棘の【盾】で突進しようとするフレッド。
ヤツはカエルに苦戦中だ、防ぎようがない。このままじゃ殺してしまう。
とっさに、俺は割ってはいった。準備もなんもない。まともにくらった。
「ルミナス なんで?」
「ぶつかるぅー」
飛び出した俺に驚いて、スキルを中断しようとするが、間に合うはずもない。
「あっち、あっち! いテテテー」
灼熱が服の半分を燃やし、熱で焦げる体を棘が貫いた。
手持ちのスキルが激減していく。
20個あった【土魔法】と【浮遊付与】は、
残り5個と1個まで削られた。
あってよかったスキル群。増やしておかなきゃな。
暑さも痛さも一瞬で回復。マジ、死んでたよ。
走馬燈の川底が、ひさびさに見えたぜ。
「どうしてとめたの。私たちを牢につないで、ルミナスを痛めつけた傷つけたのに!」
レリアが絶叫する。体の心配が先だろうと、心が叫んでます。
いいけどね。元気だし。そこんとこ、信用してるってわかってるし。
「やられるまえにやる、しょうこはのこさない」
物騒なフレッド。誰がこいつを育てた。
サンガリの影響かそれともローランか。意外とチネッタか。
「気持ちは俺もいっしょです。ほっといたら、グルーム家は取り潰されるでしょう」
「そうだよ! だからじゃましないの!」
レリアが、火を創り出しながら、右へと動いた。
ウィゲリーリをかばう俺に当てないだめだ。
その逆に、左に陣取るフレッド。俺の動きをけん制してるのだ。
通路は狭く子供でも3人ならべば壁につく。
攻撃はほぼ直線なので、こちらに分がある。
連携されると話が変わる。防げるのは左右どちらか。
戦闘中のヤツは、立ち位置が時々入れ替わる。俺の後ろで、右だったり左だったり。
それを気にしながら、前に気を配れって。
やるな。お前ら、本当に6歳と4歳か。
「も、死にそうなのです! た、助けてほしいのです! あ……」
ウィゲリーリ=ガモルクが懇願。その声が途切れた。ヤバい。
ふり向く。だがその前に【壁】スキルを展開。血気な姉弟の方向だ。
それから急いで視線を真後に切り替える。
銀髪・銀目、男児かとみまがうような短髪の長身の女が、
床に後ろ手を着いた格好で、カエルに殺されそうになる。
満身創痍。
HPがあるのだとすれば、残量1ダメージ。
しんでしまうとはなにごとだ
そう、王に叱られるゲームならマシだが、
ここは優しくない現実だ。
【基本家屋】で囲んでやって、カエルから保護する。
もはやぎゅっと目をつぶる気力さえないヤツは、しりをついたまま動けない。
そのカエルは【粘着糸】で縛りつけた。
俺の攻撃で、一撃できるのは、バット刀だけなんだよ。
前を抑えながらバットを振れる?
手が4本になるスキルでもなきゃムリムリ。
「たのんます、アディラっち」
「誰がアディラっちだ つぎ言ったら殺す」
照れ隠しか。通路をダッシュするアディラ=ビェズル。
槍を小脇に、俺のわきを駆け抜け、あっけない一突きでカエルを仕留める。
スキル無しでこの強さか。最初のガラクタぶりはどこへやらだ。
記憶で失くすものは、知識だけじゃないってことだな。
「うー丸投げしたっ」
「ずるぅー」
「なんとでもいいなはれ」
人が死ぬより1000倍マシ。
そして、二人を殺人者にするより10000倍マシだ。
「どなたか存じませんが、ありがとうなのです」
尻もちを正座に直して、頭を下げるウィゲリーリ。
囲んでる半透明の空間に、心配そうに銀目が曇る。
中から推せば解放されるとでもいうように、ペタペタ触ったりこんこん叩く。
【基本家屋】は、まだ解除しない。
「礼を言うのは早い」
「それはどういう」
ウィゲリーリは、理解のない無垢な目で首をかしげる。
「キミは忘れているだろうが。問題だらけの人だからだ。ここはまかせてもらえないか」
言い放った、アディラっち。
薄い黒の肌に、瞳も黒。
真っすぐ見つめてくるそれは、ダンジョンなのに月光を映すように輝いてる。
企みある目にはみえない。
つーか、彼女いた歴がじつは勘違いだった俺に、女性の本音が読めるはずがない。
この女に困らされてるのはグルームだけじゃないと、いうことはわかる。
問題だらけ。まかせてもらえないか。
任せる。それもいいな。いいんだけど。
「ノーだ」
断乎そう答えるなり、捕らえた女に、告げた。
「あんたの名前は、ウィゲリーリ。ウィゲリーリ=ガモルクだ」
「なっ!」
「ルミナス、どうして」
「きはたしかー?」
異口同音に反発する3人に、俺は向き合う。
「いいたいことはわかりますが、名前をかくしたとして、それからどうするんです?」
「決まってる。囲いの鳥のまま5階で解放すればよかったのだ」
「よくわかりませんね」
「スキルを確実に取得できるのは5、10、15の出口。取得と交換で外に出られる。私の例をみろ。記憶のない人間は無力で、逃げれば死。力ある者に、我々にすがるしかなくなるはずだったのだ。名前をしった以上、こいつは戦うことができよう。何をしでかすか知れたものではない」
ははぁ。力を奪って監視下におくってことね。
言葉をそのまま受け取るならばだが。
「定常的に取得できるのは10階からだ。5階10階では弱いスキルとダンジョン内での記憶亡失と引き換えに、安全に脱出できる。命をとろうと言うのではない、私の野望を邪魔だてされたくないだけだ」
ウィゲリーリに対し、なにをしたいかなんて、自分でもよくわからない。
とりあえず命を救ってはみた。名前もおしえた。
その理由は単純。嫌なだけだ。誰かが死ぬも殺すのも、見たくない。
「でも言っちゃっいましたからー」
「”言っちゃいました”じゃない! わたしのときとえらく違う待遇がじゃないか」
「アディラっちは、おもしろそうだったから。でもコイツは」
感情が入りすぎる。打たれた鞭音は耳にまだ残ってる。
これといって思いつかないが、仕返しはしたい。
すがられたら、いい気になって、なんかしてしまいそうだ。
気の良いレリアやフレッドでさえ、ああなってる。
恨みが消えたわけじゃないが、恨みは人を変える。それが怖い。
確認したいこともあるし。いてッ
「また、アディラっちって言ったな!」
石突で叩かれた。油断した。
槍でなくてよかったよ。
「りーりは思い出しました!!!」
光が戻った銀目が、かっと見開らく。
男児かとみまがうような短く切り揃えた銀髪が、天に伸びるように逆立つ。
西洋人男子なら平均なのか、天井を見上げるような長身が立ちあがった。
鞭使いのウィゲリーリが、自慢の武器をしなやかに奮った。
「ズルいグルーム家は抹殺です! あげげぐっ」
奮ったが、楽しい呻きをあげて、【基本家屋】に腕をひっかける。
解除を見送ったのはこんな場面を想定してたからだ。えっへん。
「どうせニセのからくりです。まやかしなんか騙されません! うでぁ! いでで」
「痛いんだよ、あれ」
痛みをおして鞭をあげてぶつける姿に、アディラっちが共感。
スリムに仕切られた空間。ほとんど体は動かせない。
段ボール箱は踏みつぶせるが、閉じ込められれば動けない。
はるかに頑丈【基本家屋】。破壊できるものじゃない。
「出すのです! りーりをどうするつもりですか」
「どうするのだ? 結局は殺すのか。安心させてから殺すのか」
「そうなの? 上げて落とすの?」
「しにんにくちなし?」
俺をなんだと思ってるんだ。
とんでもなく物騒な仲間たちである。
「だせー! 出すのです! こ、こんなものっ う、ぶぶっ、出さないと!」
殺すと聞かされた女がさらに暴れる。
ヒジやヒザの最大稼働範囲で、叩き突き、推しまくるが、
ヒビのひとつも、はいりはしない。
硬質ガラスの弾力さながら、ほんのわずか彎曲するだけ。
「ぐぞ、ぐぞ、りーりは上級、きぞく、グルームなんて、ぐ、ぐ……」
汗、涙、鼻水で、内面が濡れまくる。
わめき散らした、吐しゃ物が混じり、頑固な汚れがこびりつく。
そんな悪あがきがしばらく続いた。
やがて力つき、膝から崩れて落ちた。
無力にやっと気づいたらしい。
「ハア、ハア……」
「上目で睨むな。怖いから」
「……」
「なあ。【風】のスキル使いに覚えはないか?」
聞きたかったことを聞いてみた。
ダンジョン入口で、ドッグタグというドッグタグを、切り落とした【風】スキル。
持ち主が誰かなのか、知っておきたいと思ったのだ。
「アディラっちは?」
「言うな! はあ、もういい。ステージに居た連中のなかでってことだろうが。【風】スキルについては知らないな」
「そうですか。で、あんたは?」
俺たち以外にもスキル持ちがいる。
試練に挑み、新たなスキルを得ようだなんて、
そんな尊敬できる理由のはずがない。
絶対、嬉しくない思惑があるはずだ。
15歳以下なら、どこかでゲットしたけで、
15を超えてるなら、別の事情を抱えている。
試練を受けられるのは15歳から。
文字を広めたくない上級貴族でさえ、かたくなに守ってる掟だ。
もしも、やすやすと破ってる相手なら、危険な敵と考えていい。
「……グルームが」
「一点張りだな。いいかげんに」
「曾祖父はおっしゃってたです。グルームはドロボウだと。グルームが幸せを奪ったと。グルームがいなければ、ガルモグ家はもっともっと、平穏で楽しいファミリーを築けていたと。グルームが、未来を奪ったと! 曾祖父はグルームだけは許さないと、おっしゃってたです。だから、リーリは恨むです。グルームは悪です! 死ねばいいんです。滅びればいいんです! 塵になればいいんです! グルームなんて、グルームなんて、この世から消えて無くなれえええええぇぇぇええええ!!!」
鼻水女、ブランに勝るとも劣らない、顔面垂れ流しなありさまだ。
これほどの悪意、一生がい、恨みを持続させる。
しかも、そいつを子供、孫、さらに曾孫まで伝授してしまうとは。
こいつの爺さんすげー。熱意が尊敬できる。
別方面に活かせばよかったのにってな。
「だからなんでもやっていいの? りょうちが減ったって。母上が困ってた。ルミナスを鞭で打って血だらけにしちゃうのも、こんなダンジョンに入れたりして。なにをやっていいってこと? だったらわたしたちだって…… むぐぐ」
「この人、ぼくたちをしまつするき。ここで、かえりうちして ……むぐぐ」
「【粘着糸】 ふたりとも、頭を冷やして」
クモの糸で口を縛る。血が頭に昇りすぎだ。
「それをやればガルモグ家と同じになる。いいんですか?」
ウィゲリーリを長めながら、少しだけ考える。
ふたりはそれから、むぐむぐと、首を振った。
糸をほどいてやる。幼児たちの頭をアディラっちがナデナデする。
いい子たちだ。
「因縁いや妄執か。あんたにも俺たちにも、関係ない今昔物語だろうに。怖いもんだな」
生まれからずっと、近しい肉親から吹き込まれ続けたら。
まぁ、信じるだろう。疑問なんか持ちよようがない。
家訓にされればなおさら脈々と云い繋がれる。
白人至上主義者が、肌の色の違いを目の敵にするようなもの。
意味なんかないのに。吹き込まれた差別とは恐ろしい。
こういうことに接したときだけは、日本に生まれてよかったと思うよ。
胸深くに刻み込まれた言い分。
あんたは間違ってる、とか。正しいことは正しい。
なんてほざくことはできるけど、怨念じみた信念を覆する自信なんて、俺にはない。
時間も、責任も。なによりやる気がない。
「話を戻そう。言わなきゃ放置する。その窮屈な空間も消す。半日くらい後でいいか?」
かまってるヒマはない。だから相手に選ばせる。
死にたいか、生きたいか。それだけだ。
恨みとか、グルーム家とガルモグ家がどうとか。
知ったこっちゃない。
「グルームの、くせ、に……」
握られる拳の爪が、皮膚をやぶり、血がにじみだす。
飛び出す寸前まで、眼球を見開かれ、潰れそうになるまで強く瞑ると。
それまで逆立っていた毛髪が、重力の言うことを聞きわけて萎びる。
「う、ウワサでの話なら……」
 




