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54 試練のダンジョン 1階


真っ暗だ。完全な闇というほではないが、よく見えない。

通路があるということ以外は。

そこの、曲がり角らしい壁に何やら、文字らしきのが書いてあった。

光る文字、蛍光塗料か。見たことのない文字だ……。


俺は、スキル【土建設計(アーキテクチャ)】を使う。

どんな設計アプリケーションもそうだが、文字と線を描くツールという点は共通だ。

”土建”とあっても、土建に限定されるわけではない。

なんでも描けて、創作できる。形あるものなら万能に。

家でも食品でも、小物でも、オモチャでも、お菓子でも、だ。


タブレットのような操作感覚の半透明の画面が、宙の、見やすい高さに浮かび上がる。

5つの作成ファイルが、サムネイルとして並んでいる。

左上のトップが目についた。


倉地照明くらち てるあきはこれを読め”

昔あったサッポロの有名本屋に、そんなコーナーがあったな。

フェイルを開く。でかでかと書かれたトップの文字。

日本語で、”ルミナス=グルーム”とあった。


「……ふぅ、異世界転生完了ってか!」


名前と紐づけられた記憶が、蘇る。

インストールのような、付箋で隠された忘れた真実を読み返すような、

そんな感覚だ。


名前の思い出し。毎回毎回、入ダンの儀式。

誰かに教えてもらったり、ドッグタグに頼っていては何かあったとき対処できない。

対策として【土建設計(アーキテクチャ)】への書込んでおいたのだ。

今回の場合だと、ドッグタグは、ウィゲリーリにちぎりとられてる。

俺の、倉地照明くらち てるあきとしての人格が生きてる。


幸いにも【土建設計(アーキテクチャ)】は日本人名の記憶の中で取得。

偶然。だが、おかげで助かってる。

何はなくても、【土建設計(アーキテクチャ)】発動を習慣にしておけばいい。

問題なし。マスターを目指すだけだ。


「しかし、暗いなあ」


アリストダンジョン、試練の塔、その一階。

参加者は、一斉に入り込んだのだが、誰もいない。

別々の部屋に飛ばされたのか。


それとも、ネトゲにあるインスタンスようなものか。

同じイベントに、参加者が殺到被らないよう、プレイヤーごとに割り振るみたいな。

少女の子犬捜しを手伝うと、その親が鍛冶屋で、強い剣を造れる。そんなイベント。


子犬探しのプレイヤーで溢れ、同じ少女だらけになる。

そういう混乱を回避する術が、インスタンス導入だ。

スタンドアロン型をネットで再現してると思えばいい。


もしも、インスタンスだとすれば、非情にマズイ。

イベントがクリアできまで誰とも接触できなくなる。

レリアとフレッドが、自分の名前がわからず、泣いてるだろう。

二人を見つけ出さなきゃいけないのに。


【迷子の赤犬】を発動する。

チネッタのスキルだ。ちょこっと戻ったとき【窃盗(セフト)】で奪い、

牢屋で二人にマーキングしたのだ。


スキルオーブは、もちろんすぐに複写して彼女に返してる。

すごくレベルアップさせていたとしたら、申し訳なかったな。


「こっちとあっちか。離れてるなあ」


二人を発見できた。インスタンスではないようで、まずはよかった。

足にあたる通路の感じは、コンクリートかアスファルト。継ぎ目のない硬い道だ。

壁もそんな感じで、つるりとしてる。


土建設計(アーキテクチャ)】には、【世界マップ】というサブスキルがある。

歩いた場所をオートマッピング。行ったことがあれば、そこに転移できる。

便利だ。


優れものだが、ダンジョン内で働かない。

がっかりだ。

【迷子の赤犬】を貰ってきたのは、【世界マップ】じゃ、二人を捜せないから。

チネッタに、「返したから」とオーブを押し付けたとき、

彼女は、わけがわからなそうに、首をかしげていたっけ。

スキル直でゲットしてるだろうから、気持ち悪がって捨ててなきゃいいが。


浮遊付与(フロートバッファ)】で、体を持ち上げ、

脚力増強(フットワーク)】で、歩く速度を増せる。

スキルコンボだ。これで急いでかけつけられる。


正面に浮かぶ壁の蛍光文字は、無視。

レリア、フレッドを、みつけてから、戻ってやり直せばいい。

おそらくだけど、行った先には、また別の道順が表示されてるんじゃないかな。

迷いの森はそうだった。修正してくるのだ。


俺は左の通路を選んで、そっちへ進んだ。フレッドのいる方向だ。

あくまでも方向。道順までは、わからない。

2歩、3歩、角を曲がると、新しい分かれ道。

つぎも左。そっちが近そうだ。


行ってみると行き止まった。いきなりか。幸先悪いスタートだ。

とりあえず、壁に触らなくても、ちょっと向こうが見えるし進めるくらいには明るい。

暗さに目が慣れてきたのかもしれないけど。

しやーない。引き返して、右へ行くか。


ブゴッ


「ぬぁッイてッ」


何かが、腹にぶつかってきた。大人の枕サイズくらいの、もふっとした感触。

痛くはないが、いきなりだ。転んで、壁に頭をぶつけた。

マジ、イテテテテ。コブできてるじゃねーか。


「キキー」


鳴き声だ。げっ歯類。ウサギか。草食のウサギが人を襲うって。

慌てて立ち上がった。イテーなんてひっくりかえっちゃ、いい的だ。

ふらつく俺に、跳びついてきた。直線的。首を狙ってるとわかる。


横に避けた。背後は壁だ。

はっはっは、自滅しやがれ!

ウソ? 翻って壁を蹴りやがった。

リバウンドか。ゲームを制すのか!


今度も、狙いは首。身をかわすスキがない。

真後ろへ転んで受け身、【浮遊付与(フロートバッファ)】だから痛くない。

そのまま、足をふり捻って立ち上がる。

立ちながら、【バット刀】を取り出す。

いつの間にか、メイン装備になってるバットだ。


ウサギは、着地するなりジャンプ。またしても首狙い。

さすが3回目となれば、軌道は知れる。フルスイングで叩き潰してやった。


キキ。


短く鳴きながら、硬直。

1秒ほどのタイムラグを経て、破片と砕け散った。

《ジャンプラビットを倒した SP1》

空中に、文字が現れた。

読み落としできないくらいに、1文字1文字がデカい。

おわんくらいある。


「ふぅーーーすぅ~」


息を深く吐いて吸った。倒した。

ジャンプラビットって言うんだな。そのまんまや。

たいして強い魔物じゃないけど、手間取ってしまった。

油断があった。


ダンジョンには魔物がつきもの。

それが、ぽっかりうっかり、抜け落ちてたわ。

気をひきしめていかなきゃ。


記憶を回復し、自在にスキルを使う俺でも、これだ。

レリア、フレッドは、危ないどころじゃない。急がないと。

時々現れるジャンプラビットを倒し、ジグザク曲がりながら、フレッドへと急いだ。



何分かが過ぎた。何匹か魔物を葬りながら。



とっくに接触してもいいはずだけど、いまだに出会えてない。

塔の直径は60mくらい。計ったわけじゃないが、そう見た。

だから、ダンジョンの直径も60m。当たり前だ。内径だからもっと小さい。

俺の歩幅を一歩あたり30センチとして、20歩で6m。

200歩あれば、端から端まで行ける計算。


マーチ(軍隊曲)なら1秒いいから2歩で100秒。

つまり2分とかからず到着だ。

5分は歩いてる。いや走ってる。なのに、いない。

マーキングはすぐ傍を示してるのに、だ。


フレッドを負っていたが、レリアもいつのまにか、近くなってた。

すぐそこ。この場にいるといっても過言じゃない接近ぶり。

なのに、どっちもいない。


「なんなんだ、この迷路」


何かルールがあるのか?テーマみたいな。

スキルを解除し足を止める。足が床についた。


壁で道が折れ折れ。数メートル刻みで曲がり、直進なんかほとんどなかった。

それでいて、ほどほど距離は稼いでいる。

10人以上が、一斉スタートのレースなんだから、

レリアやフレッドじゃなくても、一人くらい、接触しててもいいよな。


音がしないか。耳を澄ませる。すると、聞き覚えある声が聞こえた気がした。


「………………」


気のせいだったか。

いや、接触してないのがおかしい。

誰とも出会わないのが、不思議なんだ。

壁でも破壊できればいいんだが、手段がない。


壁は土の仲間。そう踏んで、ブランから盗った【土魔法】を試した。

ひとつかみの土が出た。それだけ。レベルが足りないのか。

壁が動いた。右に左に、ゆく手を阻んでるとしか思えない。


もしかしたら。


浮遊付与(フロートバッファ)】と【脚力増強(フットワーク)】を開始。

もう”くっ付いてんじゃね?”と疑えるほどべったりなマーキングに、さらに向かう。


ジャンプラビットが現れた。瞬殺。

また、ジャンプラビットが現れた。瞬殺。

またまた、ジャンプラビットが、ジャンプラビット、ジャンプラビットぉ!!!

瞬殺。瞬殺。瞬殺。瞬殺。瞬殺。瞬殺。瞬殺。瞬殺。瞬殺。


ガンガン増えたSP。

スキルに割り振ってレベルアップするそうだが、

いくつで、レベルアップするんだ。そこは大事。


まぁ、じっくり検討してるヒマなどなし。

かといって、戦いを有利にすすめられるチャンスも逃したくない。

SP全部を【バット刀】にふってみた。


いいね。レベルアップして、【バット刀 2】になった。

ヨシとする。詳しくどうなったかは、後からチェック。

俺の狙いは、追いつめること。


どうやら、ここじゃ、個々人が接触できなくされてる。

これだけ迫って出会えないなんて、いくらなんでも変だからな。

このダンジョン全域か、それとも1階だけなのか。

後者だと思うが、触れあい不可になってる。


だから、追いつめた。

壁が変化していくのを逆手にとって、攻めに攻めた。

2つの点が、ひとつになりそうなくらい。空間の隅へと。

この階の端へと。


リソースは、これだけ魔物を倒せば余るまい。

レリアフレッド側の空間にリポップさせない、

そんな覚悟で、瞬殺し、俺へ引き寄せたのだ。


ダンジョン(ヤツ)が、俺の猛攻に押し負けた結果を、マーキングが示す。

行き場がないくらいくっついた二人。

もう、身動きもできないくらいに。

攻撃の手は緩めない。ジャンピングラビッドを倒す。

なおも、動く壁を迂回しつつ。


そしてついに、マーキングが消えた。


「…………成功……なのか」


二人が無事かどうは、次の階にいってみるまでわからない。

うまく行ったと思いたい。俺に押し負けたダンジョンが、

二人を2階へと、押し込んだものと。


俺もいかないと。急いでな。

案内の書いてある壁まで戻らないと。

速足で引き返しながら、後回しにしていた件を確認する。


「スキルか。どれどれ……んん……うん?」


2つのサブスキルが使えるようになっていた。

それはいい。それ自体はいいんだが、名前がオカシイ。


「一本足打法に、振り子打法?」


なんだこれ。いったいなんすか?

一本足打法で、世界のホームラン王になれと?

振り子打法で、日米通算4367本安打しろと?


「こいつ…………ダンジョンのヤツは絶対に、日本人だ」



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