49 退屈王の執務室
王家執務室。執務の補助をしながら、王を観察する側近。
現王のリハード=レブンは、大きさと頑丈さだけが取柄の机上にバラり広がった羊皮紙の書類をみつめ、大きくあくびしている。執務というより退屈しのぎで、見飽きた書類を見るとはなしに眺めていた。
どれもこれも急がない書類ばかりで、5日前から有様に変化はなく、うち半分は2月も前から微動だにしてない。埃をかぶってないのは、1ミリも動かさないで仕事をするハウスキーパーの賜物だ。半日あれば片が付くのにそれをしない理由は、すっきり無くなるのは淋しいこと。王の職務は閑職なのだ、と、いまさらながら認めたくないこという、二つの子供じみた理由からだ。決済の期限は、より直近でも10日先。王のあくびとハウスキーパーの苦労はしばらく続く。
「王陛下。示しがつきません。そうダラケた態度をなさるものではありません」
「だってヒマなんだよ。そうだ、いいアイデアが」
「お断りします」
「まだ言ってないじゃないか」
「俺の代わりに王をやれ。そういう戯言でございましょう。丁重にお断り申し上げます」
レブンの王家に固定した血筋はない。上級貴族が合意のうえ、有能な若者が王になる仕組みだ。王とは象徴。主な務めは、マスターと連携を計ること公共式典で名誉を与えること。側近にもその資格があった。
「ちぇっ……ふぁあああ~。ふぐッ」
幼少から、悪戯と勉強、恋にケンカに、共に過ごした関係だ。気安さと容赦ない態度で、この男の右に出るものは無い。側近がわりと本気でにらまれた王は、今度はあくびをかみ殺した。
「ふぅ。王などやるもんじゃないぞ。仕事は憂うつ。重要なものでも、メッセンジャーとイベントのあいさつ係。やりがいあるぶん、下級貴族や商人のほうが、マシというものだ。そう思わんかい?」
暮らす人々から税を集め、直に運営するのが領主。その領主をまとめ、レブンの行政を司る領主長は、直接的に民に力をおよぼすトップだ。現在はギガーマイト=ゲマインナーがその地位にある。
「やりがいのある重要な御勤めだと、私は思ってますが」
自分で言っておいてなんだが側近にもわかる。王は飾りだ。
「なら代わればいいだろう。任期がきたらすぐにも辞めてやる。そのときはお前を推薦するからな。持てるすべての権力を注いで」
「在任最短記録を打ち建てるわけですね。権力の使いどころを間違ってませんか」
「奪うのも権力なら、放り出すのも権力だ。んなははははーーー」
支離滅裂な理屈をこねたリハードは、壊れかけた人形のように笑う。
平和の続く40年。言い換えるなら、マスタ-が逃走に明け暮れた40年。歴代、もっとも刺激のない時代に王についた。専任王からの、唯一重要な申し送りにあったのが、マスターからの伝言は少ないということ。
その通りだった。執務室にある通信モニターの向こう側にマスターが座るのは、三日に1度もあれば良いほうで、その言葉も敵が近寄りそうだから逃げとの事後報告か、農園にカボチャが生ったなど、つまらない日常語りだ。
初めのころは、都度、会議を開いて、一言一句余さず伝えていたがやめた。レブン評議会と銘打つ会議の主な顔ぶれは年寄りで、子供に爵位を譲り引退した上級貴族ばかり。体調不良や急な用事とやらで空席が多く、集まった奴らも、薄い内容で呼び出されて迷惑だといわんばかり。やる気ない陰気くさい空気のなか、気乗りしない報告を読み上げる。これほどつまらない会議はない。
はた目には怠慢王と映るのも仕方ない。そしりを受けるのが当然の帰結。歴代の王で、ある意味、もっとも”象徴”にふさわしい存在となり果てていた。とはいうものの、王は王である。レブンシタデルでは、マスターに告ぐ序列2番目の地位。権威だけは抜群に高いを王の地位を望む希望者は、いくらでもいる。
それなのに……いまでも疑問が頭をあげる。ナゼ俺なんだ。
リハードの出身であるブンバーン家は伯爵。追随を許さぬ才能をどれほど示そうと、玉座に届く爵位ではなかった。ゲマインナー家による強い推薦がなければ。上級貴族の地位に満足しており、のんびり味わう生涯を歩むつもりだったリハードには青天の霹靂。リハード=ブンバーンは”リハード=レブン”へ押し上げられてしまった。
望まないシンデレラボーイ。ありえない最高位に据えられた迷惑。それらを全部、ゲマインナーにぶちかまして罵倒する衝動に駆られるが、それさえもできない。
ブンバーン家の、親兄弟が、当人の代りとばかりに、ありもしない職権をあちこちで乱用。舞い上がって羽目を外しまわってるのだ。リハードが、ゲマインナーにしぶしぶ頭が上がらないのは、狂喜乱舞の尻ぬぐいをしてもらってる事情がった。
どうみても怪しい”古の書物”を買いあさったりとか、目立ちたいだけの大道芸人を重鎮に取り立て、コンサルまがいのことをさせて散在したり、自称芸術家の作品を高値で買いこんだり、夜の街で毎夜騒ぎ歩いて要らぬ敵を造ったり。自由家風の波が度を越えて堰を切り氾濫が止まらない。
「酒はないのか? もう飲んでもいいよな、ヒマだし」
「おやめください。まだ昼前ですよ」
奮うべき才を封印されたリハードは、いつものように侍女が整えてくた髪をくしゃくしゃに乱して、鬱屈をぶつけるなにかを探ろうとする。
「じゃせめて、面白い話を聞かせてくれ。演習の時のすったもんだはどうなった? 捨てられたスプラードの小娘やグルームの子倅は。ガモルクは首を突っ込んできたか?」
幼少時を知る側近は、ため息をつき、変わらぬ洞察のリハードに舌を巻く。投げやり風を装いながら、わずかな風聞から情勢を読みぬく推測力。ガモルクのことなど、一言だって報告してないのに、このとおりだ。
本人は気づいてないようだが、ギガーマイト=ゲマインナーが、王という額縁に彼を押し込めた理由が、この洞察力だ。世間に漂わせていればいつか、わが身が脅かされる。政治のトップがそれを恐れたのだ。
側近は、高価な羊皮紙に惜しみなく書き連ねられた厚い資料の束を、次々めくる。王が興味をもちそうな話題をあらかじめ部下に探らせておいた情報だ。職務に関わりそうな政治向きネタが一番上。次いで市井の話題、貴族の話題と続く。巷に噂が絶えないのが件の拉致。面白さにおいてはトップだが、時世への影響度は低いと部下は見積ったらしい。最下位にみつけた。
「あまりの耳の早さに、驚愕を通り越して……」
「あきれたか? ははは。妄想を膨らますことぐらいしかすることがないのだ」
すぐ後に「ヒマだからな」と加えた目が笑ってない。まるでその場に居合わせ目撃したかのような的中を”妄想”と片付けてしまうのが怖い。
報告事項がまたひとつ増えたな、と、シワを寄せる領主長を思い浮かべてると、じっと見つめる王と視線がぶつかる。どこまでお見通しなのか怖く、楽しくもある。側近の口角が持ち上がる。
「いいことがあったような笑顔だな。君は。だから俺と付き合える。で?」
「ゴホン。続報が思わぬところに飛び火――油を注いだというべきでしょうか。少々、世間が騒がしいことになっております」
びっしり、細かい字で数枚にまたがる、事件のあらまし。自分が見聞きした新報と照らし合わせる。だが語り告げる先に、結果が披露される。
「ほう? 罪をでっちあげて牢に連れ込んだか。それでローラン=グルームが騒いでいる? ローランの実家は商業貴族ベクブラーム家。これは借金まみれのブンバーン家も巻き込まれるな。続けろ」
側近は、上目でこれ見よがしのため息をついた。
「……これ。近況報告が必要でしたか? わたしが言わずとも」
「必要だよ、もちろん。答え合わせしないと背中がムズムズ落ち着かないんだ。だろ?」
「だろって……正解ですから」
「自明だな……事をしでかしたのはウィゲリーリか。ガモルク家は、娘のせいで窮地に立たせられたな。ならば、大勢の前で潔白を晴らすほか、事態の解決は計れない」
起こった事件のその先の、着地点と言うべきものを予測する王。もちろん。羊皮紙に書かれてないことだ。未来を告げる報告書などありはしないのだから。資料を置いた側近は、無作法にも王の机に手をついて、前のりに顔を近づけた。
「潔白? どこの? グルーム家ですか?」
「キミとは思えない愚かな問いだな。ガモルク家にきまってる」
「ガモルク家……? イテッ」
王は、側近の鼻先を弾いて、はははと笑った。
「ひる日向の子供を拉致した? 表向きの理由はどうあれ、そんな大義は通用しない。よほど強引な罪を着せないとガモルク家は苦境に……何日たってる?」
「え? ああ。拉致の日からならば、3日になります」
「3日? そんなに? あははは。公開処分に訴えるだろうな。というかそれしかない。幼児をダンジョンに追いやって、神の名において裁きを受けさせるわけだ。”万が一にも生き残れれば神が許したおもうた”とかなんとか言って。もちろん、毛ほども生かす気は無い。ダンジョンで行方知れずなんてのは、耳タコすぎる災難、死んで当たり前だ。それなら、ガモルク家への非難を躱せて、グルームの子を葬れる。合理的だな」
「!? まさかそんな見え透いた茶番を。ガモルク家とてバカではないはず」
「だからこそねらい目だ。茶番しかできないよう追いこんだヤツ。仕向けたヤツがいる」
「仕向けたですって? いったい誰が…」
それには答えず、ただ王は笑った。
「明日だったな今年の試練は。俺も出陣式で祝辞を述べる予定だ。初めてだな。舞台挨拶が待ち遠しいのは」




