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34 邪魔騎士



遠くにガチャガチャという金属音がした。それがずんずん近づいてくる。


「お嬢様! ブランチェスさまー!!」

「ほら来た! 行くわよ」


ブランチェスは、俺の指をぎゅっと鷲掴み。

ダンジョンの入り口である、廃坑へと突進、というより逃避した。





木漏れ日の射す森の畔から、暗いダンジョンへと突入するさなか。

デバフの影響なのか、脳は、どうでもいいことを勝手に深堀りしていく。


迷いの森と呼ばれる、森にある廃坑ダンジョン。

廃坑というからには、鉱山として機能した時代があって、そこでは貴金属とか石炭とか、もしかしたら岩塩なんかが採掘される。


そう誰もが考えるところだが、ここは違う。

かつてなにかの採掘トンネルだったことは一度もない。

語り継がれている昔から”廃坑”だったという妙ちくりんな遺坑。


そもそも、歩く人工国であるシタデルに鉱山などあるはずもなく。

平地の森を、潜るでもなく徒歩で進むダンジョンに山陰はどこにもない。

なんで廃坑があるのだろう。ツッコんではいけない何かの力が働いたのか。


すぐ後ろに、思考を打ち破る衝撃がおこった。

脳の、勝手な深堀は中断させられた。


「逃がしません!」


ガチャガチャ金属音が、背後まで迫り、ついに俺の腕をつかんできた。





真っ暗な洞窟。廃坑のようだが、ここはどこだ。

うーん。そうか。ダンジョンだ。迷いの森だっけ。出会ったブランチェスと協力して、攻略の最中だった……んだけど。また入口に戻ってるって。


あれ


「テルアキ!」

「おぅ。ブランか。俺たち脱出したんだよな。なんでまたここに??? あいてっ」


チョップされた。いきなり暴力女かよ。

赤く腰まである清楚な髪が泣くぞ。

こいつ見た目は、可愛いのに、ツンデレ比が惨いよな。

つーーーーーーーんでれ。みたいな。


「イテっ、何度も叩くな」

「なぜだか怒りが沸いたのよね。ほら、ドッグタグくらい用意してるんでしょう?」

「ドッグタグ? おーこれか。えーとる、る、ルミナス」


……俺はルミナス。思い出したぜ。ルミナス=グルームだ。


「頭は、しゃっきりした?」

「明瞭になった。しっかし怖いな。いちいち記憶がなくなるって。ブランはどうやったんだ? すぐに自分を思い出せたようだけど」

「訓練してますから。起きてからベッドに入るまで、なんどもなんども、ドッグタグを見てるの。毎日繰り返してると、無意識にタグに手がいくようになるわ」

「パブロフのブランか。なる。イテって!」

「侮辱された気がしたの。違っていたら謝るけど」


違ってない。スゲーカンしてるなこいつ。


パブロフの犬は、旧ソ連のパブロフさんが行った実験で、訓練や経験によって後天的に獲得される動物の反射行動のことだ。パブロフさんは犬だったが、その後、ゴキブリやアメフラシも反射行動したという。


「さ、さくさくいきますよー。時間もないし」

「ブランチェスお嬢様!」

「あー。ストライトいたんだ。」


騎士のような格好の女性が、いますよ、とブラウンの目を吊り上げた。

快活なショート髪もブラウンで、元がそうなのか、きっつい視線で見下ろしていくる。

ストライトっていうのか、カッコいい響きの名前だ。


「毎日毎日、私をふりきって、こんなところをぶらついていると思っていたら、下級貴族のお子様と逢引きですか」


ぽいっと、放り投げるように俺を離す。

腕を離されたことで、つかまれていたと思い出した。

ブランのほうへ、ツカツカ寄って、今度は彼女の腕に手を伸ばす。

ブランがそれをかわす。


「お忘れですか。奥さまから外に出るなと言い渡されていることを。帰りますよ」

「ということなのよ。テルアキ」

「難しい立場なのな。ところで”毎日”?」


逢引きは言いがかりだが、こいつって、ヒマなの?


「そ、それは……いい天気だったし?」

「レブンはほとんど晴天だろ。雲のほうが下ってきいてるぞ」


空に浮かぶ雲には下層、中層、上層がある。

かみなり雲とも呼ばれる積乱雲は下層雲の仲間で、地上から13000メートルあたりまである。すじ雲と言われる巻雲は、下がなんと5000メートルからだ。


背の高さを活用して天気を調整してる風。雨は夜に降り、昼間はだいたい晴天だ。

俺の常識が通じる世界とも思えないが、いかにシタデルが高所にいるかがわかる。

できれば、考えたくない。想像しただけで、アレが縮みあがる。


「お嬢様!」

「もちろん帰るわよ? 攻略してから」

「攻略? 腕づくでも連れて帰ります」

「ストライト=シンプレッド」

「なんでしょうか」

「とっくにダンジョンの中にいるのだけど。気づいてないのかしら?」

「なんのご冗談を……え? 真っ暗? え? えええ?!」

「いったん足を踏み入れたら攻略するまで出られないのがダンジョン。前にそう教えてくれたわよね」

「あわわわ。護衛失格って奥さまに叱られるぅ」


ストライトの、きりりとした騎士様イメージが、俺の中で瓦解した瞬間だった。


「勝手よね。この前は無理に押し込んだくせに」


こいつら、なんかのコンビか。

”お昼寝”で誤魔化せるのは、1時間。よくもって、2時間が限界だろう。

この前の今日。俺がいないとなれば、騒ぎになるのは確実だ。

(ローラン)の半狂乱ぶりが目に浮かぶようだ。


こうなると知ってれば、ふつーに昼寝しとくんだった。

いいかげん付き合えん。


「攻略でもなんでも勝手にどうぞ。俺は行くぞ」

「待ってよ。スキルを磨いたのはこのためなんだから」


トンネルを抜けると、夜の底が白くなった。

いや、夜じゃないし白くもない。

いつものように森が開け、地面には刈られた緑の芝目が現れた。

いつものようにっていうには、なんだか。


「? 広くないか」

「広いわね。前にきたときの倍……ほどじゃないけど」


体感だが、一回りくらい広い気がする。

前回の1エリアが1.8×1.8mの1間だとすれば、

1辺が2m以上、2.5mくらいはありそうだ。


「お、お、お嬢様、私、ダンジョンで初めてなんですけど」


腑抜けた声にふり返った。

腰が抜けた年寄りみたいになったストライトが付いてきてる。

まさか、そのせいで?


「初めて? 腕を見込まれ若干16歳で叙任された騎士が、初ダンジョン?」

「ダンジョンは”アリストサイド”だけと、少し前まで教え込まれてました。志ある15歳が挑むのがダンジョンなので、騎士道にまい進してきた私には無縁の場所です」


またまた会話が始まった。

俺はずんずん突き進む。


「ドッグタグはもってないのよね?なぜ、記憶を失わないのかしら」

「研究家によれば、記憶デバフは不安定な子供だから有効なのだそうです。成人くらいになると名前と記憶は完全に定着します。ダンジョンの記憶デバフは無効になると」

「へぇ。記憶がなくなるのは若さの証ってことね」

「16歳はまだ”若い”に属してます」

「ならスキルは?」

「ありませんよ。地力で主を守るのが騎士道です」


気になるワードが多数登場してるが、今回は速攻勝負。聞く暇などない。

短時間で決めて、かつ、試してみたいことを検証するのが入りダンの目的。

時間を無駄にする気はない。


第1村人ならぬ。第一看板が出現した。


”左10まま左10まま左9まま左8”


「おいおい」


左左左に、ぐるっと内回りって。これ従ったら、森の密室だぞ。

出ることはできるが、無理に出れば、モンスターハウスが待つ。

さすがわダンジョン。底意地が悪い。

魔物倒して看板までもどれと。時間かかるぞ。


「難問だわね。でも二人で跳べばいいだけよね。私をかかえて」

「【重力上げ(グラビカット)】はなくなった。抱えられない」

「ええ? じゃ糸なら? 私も【植物】があるわよ」

「いいけど考えがある。ま、行ってみよう」


そういえば君と、低音で呼び止められる。

ブランではなくストライトだ。


「君はグルーム家の子ですよね。スプラード家のお嬢様に対して無礼なのでは!? それ以前に年上に対しての口ぶりが生意気です。立場というものを教えてさしあげましょう」


あーーそうだった。階級の社会だったよな。

ブランと一緒に潜ると変なことになるかもと、一人で入るつもりだったんだっけ。

でももう、一歩踏み出してしまったからなぁ。


「ブランさんや」

「なんざんしょ」


お。こんなノリがいいやつだったっけ。

意外と気があうかもしれない。


「この人も連れていくんだよな。静かにさせていいか?」


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