33 迷いの森に。内緒で
俺は、アラモスとサムロスの親子を連れて、レリアのいる台所へと押しかけた。
驚くレリアが、かき混ぜ中だったボウルを、がらんごろんと、落とす。
「せっかくのクッキーがあ」と、涙をためてる彼女に、もっと美味しいものをごちそうすると、なだめる。
すると今度はなぜか怒りだす。女心の意味不明さは、子供にも適用されるらしい。
やれやれと肩をすくめたのは、指南役を務めていたセバサだ。
コイツはお菓子作りもできるのか。万能だな。
ちょうど、かまどには火がはいっていた。
水を張った鍋にジャガイモを入れて、グツグツ茹でる。
熱が通って、ほどよく軟らかくなったジャガイモを皿にと移す。
塩をふれば完成だ。
「鍋を置いたぞサムロス」「水を張ったぜ父さん」「茹でるぞサムロス」
俺が何かやるたび、いちいち反応してくる親子が面白い。
どうやら本気で食べるつもりだぞ、とカチコチに固まってる。
さっき、アンタら、死ぬつもりだっただろうが。
「それでルミナスさま、これはなんですかな?」
湯気をたてる、できたて熱々の茹でジャガが5個。
目が釘付けになってる俺に代わり、アラモスが執事に返答。
「ジャガイモです」
「ジャガイモ? あの毒の?」
小さなヤツに串を挿してみる。
うっし、ちゃんと中まで火が通ってる。
毒身させようと企んだが、も、待ちきれん。
あつあつを、口の中に放り込んだ。
「あ、ルミナスさま!」
セバサが制止的行動をとったようだが、気にしない。
んんんまいっ!
「ほふっほふっー。ぶ、ぶあたーがあれば、ほふぁっはんらけど、ね」
バターがあれば良かったんだけど。
塩辛もいいなー。
「仰ってる言葉はわかりませんが。皮をむくと印象が激変しますね。どれ」
「執事さま!」
「ほふ、ほれ、ほれは……イケますな」
「わたしもわたしも。あちゅっ、おーいしいっ!」
「……マジかよ? ほむ……父さん……美味いぞ」
軽く塩をふっただけの、天然素材100%のジャガイモは、予想以上に美味かった。
臭い堆肥場から拾い上げてきなんて、どうでもいいこと。出自は問わない主義なのだ。
味は、危なっかしいレリアのお菓子よりも上。
「レリアさま、サムロスも……そうなのか…………おおおお!」
とうとう食したアラモスが、イモの味に奇声をあげる。
ジャガイモは、万能野菜だと思う。
煮る、焼く、炒める、蒸かす。シンプルゆえに深い。
カレーにシチューに肉じゃがに。ポテサラなんかも最高だ。
どんな料理にも合って他の食材との相席を嫌わない。
さらに、ポテチのようなお菓子にもなる。完璧である!
アラモスはサムロスともども、何回も頭を下げた。
ぜったいに作らねばと、種芋を捜しに、自身の畑へ帰っていく。
ほかのシタデル農民にも教えて、シタデル全土に広げてもらいたい。
味、量、栄養ともに抜群な、飢饉に強い食材なのだから。
少しでも食事情が、改善するといいな。
あと連作障害だけは、注意してね。
漏らしそうになるくらいビビったけど、まあるく治まったな。
「ルミナス坊ちゃん、これは、いったいどういうことですかな?」
どうと言われてもなぁ。
一言じゃ、説明できないんだよ。
「なんと言うか。ま。サムロスくんの功名です」
「ほう、サムロスの。そうなのですか」
疑わし気だな。でも実際サムロスの功績だ。
単に食べようとしたなら”毒が”と制止されていたと思うし。
サムロスパンチの、反動のおかげだ。
「ふぅ。眠くなりました。お昼寝します」
「そうですか。ごゆっくり」
幼児にとって昼寝は権利。レリアも時々寝てるし、フレッドなんか毎日だ。
俺が、寝るなんて言うのは珍しいが、寝落ちしたことは何度もある。
ドアノブに札を掛けた。
”お昼寝ちゅう、起こさないでね”
ベッドにゴロリ。【アーキテクチャ】で部屋を魔改造にもどす。落ち着くなぁ。
HPの謎についても解けたと思う。これもサムロスのおかげだ。
でもやっぱ、検証はやっておかないとだな。
6歳の掟か。なあにバレなきゃいいのよ。
行った場所をマッピングし表示する”マップ”は【アーキテクチャ】の子スキル。
”ルミナス”のドッグタグを首にかけて、転移する。
この前は、家ごと転移して驚いた。
マップで位置を換えるだけだから、物体じゃない人だって瞬間移動できるのだ。
つーか、質量が小さいから、そっちのほうが断然省エネ。
ダンジョンのど真ん中に転移できるといいんだが、ダンジョンの内部は”行った場所”なのに表示できない。転移不可エリアってことだ。
一瞬後、迷いの森の”廃坑ダンジョン”入口に俺はいた。
「この芳しい香り、まさにダンジョンの匂いだな!」
右手は腰。左手でまぶしい光を遮り、ひさびさ――数日ぶりだが――の帰還にうきうきが止まらない。
「遅かったじゃないの、テ・ル・ア・キ」
「は、は、は、はなみずブラン、どほっ」
その声はブランチェス……なのはマップでわかっていた。
ふり返ろうとした脇腹に、彼女の右ひざが命中。会心の一撃!
い、息がうまく、つけない。
「ヴィェ……★◎てぁじゃねーか! この、ぶぉー力女が!」
「美女水よ! 相変わらず生意気な幼児ね。目を覚ましてあげる」
そう言うなり、冷水をびしゃびしゃかけてきやがった。
水魔法かよ。使い方が適切じゃねー。
「なにが”てるあき”よ。あなたグルーム家の子だったんじゃないの」
「それがダンジョンデバフだろうが。忘れてたんだよ」
言えるはずがない。ホントは転生者で元の名前の記憶が明瞭だったなんて。
「忘れてた、ねぇ」
「ルミナスになって日が浅いんだよ」
本気とも冗談ともとれそうな台詞を吐いて煙に巻いとく。
「……まぁいいわ。さっそく攻略といきましょうか」
「なんで? 一人でいくつもりだが」
「ふーん。ガラにもなく照れているのかな? 時間がもったいないわ。アタックゴーよ」
いやいや。照れてないから。
「ブランって公爵の娘だよな? 俺みたいな下級貴族が同行するのはどうだよ」
アラモスの振る舞いが頭にこびりついて離れない。
身分制度は侮れないと知らされた。
彼は農民長という立場もあって、グルーム家に出入りの多い人物。
鍵もつけない門とはいえ、しょっちゅう訪問し、領主と近い関係を築いてる。
俺ら子供らにすれば近所の楽しいオッサン、てなポジション。
そんなアラモスでさえ、子供のケンカで、死ぬの殺すのと命をかけるのだ。
平均的な令和人の俺は、狂気じみた真剣さにひいてしまう。
支配階級である男爵と、非支配階級である領民の長。
ブランチェスと俺にも、この関係は、あてはまりそうだ。
前にあった、素の時とは、状況が違ってしまってる。
貴族同士ってどう付き合ってんだろ。とくに、上級と下級は。
挨拶ひとつ、俺は知らん。無礼打ちもありそうな気がする。
まぁ、俺のほうはともかく、下級貴族と二人でダンジョンへ潜ることで、ブランが咎めを受けるってのは、ツラいし忍びない。
正直言えば、どう接したらいいのかわからん!
腕を組み、うんうん小首を左右にひねり回す俺。
「らしくないわね。要らないことを考えるなんて」
「そう言うけど。一人のほうが安全だ。面倒ごとを背負いこむ危険がない」
面倒ごとその人に、ズビバっと、人差し指を突きつけた。
遠くでガチャガチャという金属音がして、それがずんずん近づいてきた。
「お嬢様! ブランチェスさまー!!」
「ほら来た! 行くわよ」
ブランチェスは、俺の指をぎゅっと鷲掴み。
ダンジョンの入り口である、廃坑へと突進、というより逃避した。




