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32 ソウルフード



「このやろう!」


キレたサムロスが、なぐりかかってきた。


「やめんか、サムロス!」


アラモスが停めようと動くが、間に合わない。

粋な8歳の渾身のパンチが、俺にあたった。


ぱちん。


たいした威力じゃない。ネコパンチ程度か。

だが体格差はある。推された圧力で、俺は後ろ向きにひっくり返る。

天を仰ぐように倒れた上に、サムロスがとびかかって馬乗りに。

マウントポジションだ。


「バカっ サムロスっ!」


怒鳴って走り寄ってきたアラモスに、俺は片手をパーにして見せた。

”待って”のサイン。


「え?」


戸惑うアラモスに、うなづいてみせる。

不承不承。了承しかねるよう眉をよせるが、前傾姿勢でその場に留まる。よし。


サムロスが殴り始めた。

ぱちん。ぱちんぱちん。


「マルスは、強いんだ!」


ぱちん、ぱちん、ぱちん。ぱちん!

わめきながら俺のほっぺたを殴る。というより、たたくサムロス。


「森なんかぜんぜん平気で、魔物だって倒すんだ!」


ぱちん…ぱちん…。

最初の殴りかかった勢いは、たたくほど、どんどん弱まってきた。


「弱っちくなんか、ないんだぞ」


ぱち。

手がとうとう停まった。


「それなのに……なんで、あいつが」


サムロスが泣きだす。

俺に覆いかぶさって、襟のあたりを握りしめた。

しばらく、離してくれそうもない。


俺はじっとサムロスをみつめる……振りをして、視線の先にある【アーキテクチャ】を確認していく。注目は数字の変化だ。


HPについてずっと考えていた。

5歳児の体力なんか知れてる。俺より年長で体力が高いマルスが、魔物にやられてるのに、俺は死んでない。ダンジョンじゃ、腹が減ったし疲れたし、傷をつくったが、生き残った。


この違いはスキルの有無しか考えられない。

けど、スキルのどこにも、それっぽい項目がない。

おそらく、HPがゼロになると死ぬって感じなんだろうが、

MPにあたるのが回数だとしても、HPにあたるものがない。


はて?


どういうことだろうか。

思いいたったのが、スキルの消失だ。

俺には3つのスキルがある。


粘着糸(バンジーシルク)

土建設計(アーキテクチャ)

脚力増強(フットワーク)


けどもダンジョンにいたときは、別のスキルもあったんじゃなかったか?


【カーペンター】と【重力上げ(グラビカット)


カーペンターは記憶が怪しいが、重力上げ(グラビカット)はマルスを抱えるのに使ってる。

2つは、いったい、どこにいったのか?


HPの代りに消費されたと、俺は考えた。

ダメージを受けるたび、スキルの回数が減っていく。

HPが減少するのと同じ理屈だ。

回数がゼロになると、そのスキルがなくなる。

ダメージを受け、スキルがなくなっていき、全てのスキルが消えれば”死亡”。


そう考えたのだ。

考えたはいいが、検証する手段がない。

「俺を殴れ!」なんて、どこの青春ドラマだ。


剣の修行にかこつける方法もあったが、あの親父の攻撃は、魔物より強そうだし、木刀でも痛い。スキル露と消えるなんて下手はうてない。どうするか試すまえに、この状況が訪れた。


【アーキテクチャ】の数字をみていたが、殴られるたびに分子が減っていった。

総数の分母は変わらなかった。

俺の予想は正解だったようだ。

スキルの数字は、回数であり、MPでありHPでもある。


ありがとうサムロス。

君のゆるいパンチに乾杯だ!


最大の優しい目で、みつめ、静かに答えた。


「いったでしょ。自業自得って」

「なんだと」

「立ち向かったけど勝てなくて死んだんです。強い魔物でした」

「強い、魔物」

「そうです。自分が誰かもわからないのに、マルスは戦った。最期のときまで」

「さいご、まで?」

「戦ってました。傷だらけになるまで。カッコよかった」

「かっこよかった? マルスが」

「はい」

「そう……か」


握った拳がゆるむ。




すぐ後ろで構えていたアラモスのガマンが、限界を超えた。

サムロスの首根っこをつかまえる。

「ルミナスさま申し訳けございません」と言いながら、力任せに、地面へと押さえつけた。ガッという鈍い音。歯が折れたかもしれない。


「サムロスっ!! お前、なにをしたかわかってんのか!」


鬼の形相というものを、初めてみた。

恐怖と怒りは、同居できるんだと。穏やかな、ともすれば、抜けているようにみえるアラモスだけに変化の度合いがデカかった。


サムロスは顔半分が地面に埋まっており、息ができない状態だ。

窒息死させてしまいかねない勢いに、かなりビビる。


「ルミナスさま! この子を首を差し出します。なにとぞ、お家だけは、潰さないでくださいまし。この、わたしの首を添えてもかまいません。何卒!何卒!」

「いや、僕が停めたから」

「それはそれ! 罰は罰っス!」


目が血走ってる。マジにイッてる目だ。この人は本心で息子を殺そうとしてる。

家がどれほどのものか俺はしらないが、それを護ろうと真剣だ。

さっきまで軽い雑談をしてるアラモスではない。

貴族(グルーム)が下すであろう咎を、息子と自分の命を差し出し、押しとめようする家長の姿に、ビビるしかなかった。


軽々しく殴らせるんじゃなかった。

生殺与奪の階級社会を、甘く見てたな。

下級でも貴族は貴族。

権威って、そこまで恐れ多いのか。


この状況、いったいどうすりゃいいんだ?

アラモスの怒りを鎮め、四方丸く収めるには。


お、これじゃよこれ。

俺は威厳たっぷりに、七面倒くさい台詞を並べたてた。


「直属支配する貴族の子を殴るなんて。許せない行為である」

「は、ははー」


そこまで畏まらなくてもいいんだけど。

アラモスは、これ以上ないくらい下げた頭を、さらに下げた。

鼻が地面につきそうだ。早く終わらそ。


「だから罰を与える」

「お家だけは。温情っス! 代々続くお家だけは!」

「家を潰す? そんな生易しいことはしない」

「取り潰しよりも、惨い罰……いったいどんな」


俺は、ひっくり返って、土にまみれた物体を拾った。


「ジャガイモ、すか?」

「そう。コイツを食うのだ」

「それは……食うもんじゃありやせん。腹痛と吐き気で、し、死ぬと言われてるっス」

「だからこそ罰です」


ジャガイモには、ソラニンやチャコニンといった、グリコアルカロイド系の毒がある。

毒は衰弱、眠気、脱力など、意識障害を引き起こし、最悪、死にいたる。


「罰で殺すってんなら、一思いにやってほしいっス。毒で苦しむってのは」

「鍋で煮ましょう。停めなかったのも罪ですから僕も食べます」


毒はあるが、見分けるのはわかりやすく、素人にもできてしまう。

俺だって、彼女の料理を手伝ったくらいのほぼ素人だ。

まかったなーあのときのカレー。う、思い出してしまった。


「それは……いやとんでもねぇ。ルミナスさまにそんなこと」

「うるさい! 食うったら食うんだ」


本当に食べたくなってきたな。そういえばひさびさの味だ。

ジャガイモは、北海道のソウルフード。誰にも邪魔させん。




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