27 父・サンガリ
「わたしは、なにもしておりませんが。元気が出たのなら、お父上を見舞ってやってください」
「ちちうえを? 具合でも悪いのですか」
「塞ぎこんでおります。マルスさまがお亡くなりになったので」
そのとき、握った手を離さない母が、叫んだ。
「ルミナス、逝っちゃやだーーー!」
よっぽど大きな声だったんだろう。母が、自分の声で目を覚ました。
がばり、起き上がる。誰かを捜すように、視線を彷徨わせる。
俺を目が合って、瞳孔が拡大。眼球が落ちそうなほど、目を開けると、
千切れるほど強く、抱きしめてきた。
「ルミナス、ルミナス、どこにも、もうどこにも……ルミナス」
俺は、母親というものをあまり知らない。
母という人は、幼いころに、病気で亡くしてる。
5歳のときだったと、親父は言っていた。あまり母の話はしない。
玄関の写真立てに、近所の公園で撮った親子3人の写真。
垂れ気味の目。ほっこりさせる笑顔。
優しいひとだったのかなと、想像したものだ。
ちょうど5歳に転生してみれば、バカみたいに俺に執着する母があった。
偶然だろうが、ある種の運を感じなくもない。
「…………どこにも、いきませんよ」
バカだな。俺、ひとりで浮かれてたよ。
ここには家族がいる。貴族ゆえの領地があって、彼らへの責任もある。
長男じゃないが、その責任のいったんは、俺にもあるんじゃなかろうか?
いつか、シタデルを降ろすにしても、彼らのことも考えなきゃだ。
「うぅぅ――」
しがみついたまま唸っていた母の腕がゆるんだ。
すぅすぅ、頭の上から寝息がする。ようやく安心し、寝入ったらしい。
「寝かせてあげてください。3日というもの、一睡もしてませんので」
「一睡も。なんで?」
口ばしって、しまったと思った。
聞くまでもないだろうが。
「看病をなさってましたので。チネッタも手つだってました。休むよう申しつけたところです」
セバサに手伝ってもらい、母の腕をそっとほどいて、横に寝かせる。長い髪がさらりと頬に垂れる。シルバーグレイの髪。俺と同じ色の髪だ。
ベッドから降りる。ふらついたのをセバサが支えてくれた。
5歳の身体が少しだけ重く感じる。外に出る。昼のまぶしさに目がくらむ。
庭を見渡せば、早速父を発見。いつものように農作業。
側で、トマス、レリア、フレッドが、忙しく手伝ってる。
小麦のような作物を刈り取っていた。”ような”じゃなくて、小麦なんだろう。パンとオートミールが食事の定番だし。
トマスは父と並んで、刈り取りを。レリアはそれを受け取って、穂を外向きに重ねていく。天日干しだな。3人の間をちょこちょこ歩きまわって屈んでるのはフレッド。
あたりに散った落穂拾い。間に押し入って拾うから、仕事の邪魔になってた。
「父上!」
呼びかけると、サンガリはすぐ気づいた。
せっかく刈った小麦を、ほうり投げ出げた。
なんだと思えば、こっちにすげー勢いで走ってくる。
やべっ、轢かれる。すくなくとも弾き飛ばされるっ!
「目を覚ましたか! よかったよかった!」
70年代のテレビマンガみたいに、ホコリを巻き上げて急停車。
ほー……どっちにもならなかった。
俺の脇に手を入れると、軽るうく抱き上げた。
たかいたかーいは、よせ! 高いの怖いんだよ!
「お。おろしてください」
「おーわるい悪かった」
降ろされたが、こんどはしゃがみこんだ。
ぽんぽん、頭をたたいては、よかったよかったと、何度も繰り返す。
流れる涙を、ふこうともしない。純粋に喜んでくれてるのだ。
レリアとフレッドも加わって、よかったねルミナスと、パンパン叩いてくる。
「いたい! いたいです!」
生きて戻れて本当によかった、なんて、改めて実感する。
粗っぽい生還歓迎式? が落ち着くと、サンガリはポケットから何かを取り出す。
”ルミナス”と俺が掘った、ドッグタグだった。
「マルスが握っていたものだ。お前だけでも生きてくれてよかった。うっうっ」
「父上。男が泣くものではありませんよ」
「そーだぞ、なくな、ちちうえ」
トマスが、しかめっ面で、嗚咽モードに入ったサンガリに意見。
フレッドがぺちぺちと、頭をたたく。
「そう言うでない。嬉しいんだ」
父は4人を横一列に並べた。
「お前たちに言っておきたい。マルスのことだ」
トマスの目が暗く細まる。
レリアは口を押さえ、フレッドが直立不動。
「兄弟同士、競うのはかまわん。向上心は人を成長させる。競ってお互いのいいところを真似して習って、自分の足りないところを補っていく。また競う。そういことが真の競争だ。そう父は思ってる。憎しみあうのは違う」
深い息を吸って、吐きだす。
「マルスはローランの愛を望んでいた。特別なことではない。普通のどこにでもある母の愛だ。だがローランはあの通りで、いつもルミナスルミナス。ルミナスだけに愛をそそいでるかにみえる」
そうだよな。暖かいのはわかるが、俺的にはちょっと。
ん?みえる?
「ローランはな。お前たちの母は不器用なのだ。別にほかの兄弟たちを蔑ろにしたいわけではい。育った環境がそうさせ、愛の注ぎ方はいびつだ。まぁいろいろあってな。グルーム家に来たとき、母にとって過去の繋がりは、ルミナスしかなかった。もちろん子供のお前たちに、そんなこと解ろうはずもない。足りないところを埋めるのは父の役割なのだが、力およばずで、あんなことに」
「父上のせいではありません。あ、なにをします」
サンガリが、俺をにらむトマスの頭をわしづかみにし、がしがし撫でまわした。
「マルスが迷いの森へ特攻したのは、証明したかったのだろう? 文字を学ぶだけのひ弱なルミナスより、年かさで力もある自分のほうが、より優れてるいると。で、それを後押しした人間もいる」
トマスの肩がびくりと震えた。顔色が豆腐のように白くなってうつむいた。
ああ。彼も一枚かんでるようなこと、マルスも言ってたな。
「…………終わったことだ。いまさら責めん」
力およばずか。サンガリは、悔しいのかもしれないな。
「だが、これだけは言っておきたい」
とうとう、トマスの目から涙がこぼれる。
レリアは、なんで泣くのと、むっとしながらうなずく。話が見えてないけど、おいけてぼりにされてる気がして、いじけてる。そんなところだ。
『ルミナス、お前は違う。お前だけは母上と前の夫との子供、連れ子だ。ひ、ひとりだけ可愛がられて、お、オレは何一つ認めてもらえねーのに。なのにおまえは、てめぇは……剣だ文字だと。大人しくしてればいいのに。気に入らねぇっーたら、気にくわねぇ!』
サンガリの話を耳を傾けてると、あのときの、壁の上で唸るように叫んたマルスの姿が蘇ってきた。本当はあの言葉、母に言いたかったんだろうな。俺にじゃなくて。
「母上、みてみて、こっちをみて。ルミナスじゃなくて、ねぇ母上!」
トマスのすすり泣きをBGMに、サンガリの言葉を傾聴する兄弟たちを、みつめていく。
どこかで思っていた。血のつながりは設定のひとつにすぎないと。攻撃力〇〇、魔力〇〇みたいな、ゲーム要素として”兄弟”があるのだと。
転生した俺はそう思ってた。
うーん、違うな。べつに転生したからってわけじゃない。
一人っ子の俺には、横並びに育つ肉親という存在が、理解できない。兄弟姉妹は、”設定”として考えることくらいしかできなかった。友達の兄弟は俺にとって、メインじゃない。だからサブキャラもっといえばモブ。自分に兄弟がいなかったから、”設定”という認識しかできなった。
けどそんなことは、ありえない。誰もが主人公で、自我をもって、互いの関係の中で生きているんだ。そんな、当たり前のことがようやく、分かった気がした。
単純な子供の感情は、むき出しで邪念がない。
苦しんだあげく、俺を連れて迷いの森に特攻したマルス。
せめて、答えをみつけてから逝ったんだと、思いたい。
『なんかよ…………気に入らねぇツラ、してんな』
難しいな兄弟って。
フレッドが「ちちうえ、なくな」と、肩をぽんぽんたたいた。
うなだれるサンガリは、それでも話を続ける。
「世界は、シタデルは生きるに厳しい。せめて、お前たちだけは、互いに蹴落としあってくれるな。競うってのは、乗りこえることであると、父は思う。自分の足りないとこを相手に認めて己を磨くことこそ本当の競争だ。決して、足をひっぱることではない。もう、肉親の争いで、悲しみたくはないのだ」




