26 引きこもり予備軍ルミナス
揺れる、揺れる。地面が揺れる。地震じゃない揺れ。
レブンシタデルが、機動している揺れだ。
がたがた震えて、ベッドにしがみつく。
胃の中なんか、とっくに空っぽなのに、むかむかする。
「うぇぇぇ」
ありったけの気力で動員して弱りに弱った体をずらし、ベッドから顔を出す。
手を引っ張られる感触を無視し、込み上げる酸っぱい液体を、おえぇぇと吐きだす。
床にまき散らして、あとの掃除が大変だと、頭のうっすら考えるてると、
そこには、タライを抱えたチネッタが待ち構えていた。
「気になさらないで」
濡れタオルで俺の口をぬぐうと、捨ててきますねと言って、退出した。
俺はだらりと、ベッドの淵に垂れ下がる。元の真ん中に戻る体力が回復するまで、動きたくない。
誰かに腕を引っ張って、ベッド中央に戻してくれた。
そのまま、柔らかい体で、後ろから俺を抱きかかえてくる。
「ルミナス……ルミナス。もう、どこにも行かないで、ルミナス」
この声。ぐすんと、すすり泣いたのは、母のローラン。
だが、それきりだ。何もしゃべらず、規則正しい寝息だけがする。涙で、耳のあたりが冷たい。寝言だったようだ。
ベッドから落ちそうな俺を無意識で、抱えたのか。
うっとうしい人だと思ってたが、温かさは本物だ。
ドアが開き、誰かが入ってきた。チネッタが戻ってきたのか。
「お目覚めになられましたか?」
ああ、執事の。
よくあるに似た、紛らわしい名前の人だ。
トレーに載せてるのは、ティーセットと、おかゆのようなもの。
オートミールとわかって、吐きそうになるが、堪えた。
「寝むれ、ない」
迷いの森から脱出して、俺はすぐ、意識を失ったんだろう。
夢の中で再確認したのは、過去の終焉だ。
そんで目覚めが最悪。
もう、疑ったりはしない。
ここが現実。
異世界転生。
ルミナスとしてやり直してる。
唯一の、現実なんだ。
地面が揺れても地震と同じで逃げ場がない。
地震で揺れるのは地面だが、シタデルは、空中だ。
逃走し、跳び下りる勇気があった――無いけど――としても、待つは落下死。
高所恐怖症者が、バンジージャンプでというのは、最悪の逝き方だろう。
世の中には、いろんな死際があると思う。落下死だけは金輪際ごめんだ。
「窓を閉めれば、眠れそうですかな」
窓をみると、射す陽が、大屋根の弧を描いていた。あの窓蔀戸だったよな。持ち上げて金具にひっかけるタイプ。平安時代からある窓で、内側の障子で明かりを取る仕組みに関心したもんだ。知恩院が有名だったっけ、どうでもいいけど。
目の前のは、日本のよりもはるかに軽量で実用的。屋内から紐で開閉できるようになってる。
その窓が全開で、光がまぶしい。
けど、どうせ眠れない。部屋は、暗いより明るいほうが、恐怖を投影しなくていい。
気を紛わらせようと、背中にローランの温もりを感じながら、セバサに訊ねた。
「シタデルって、いったい、なんです」
地上を行く、摩訶不思議な立体建造物。そいつがなにかなんて、住んでる人間にとっては、難しい問いだろう。
地球が球形だ、と、ギリシャのピタゴラスが推測したのは紀元前6世紀だ。ホモ・サピエンス種が登場して、20万-180万年前もかかってる。
人間の頭脳ってのは思いのほか優れてるが、地球に住みながら地球を認識するってのはかバカか、とんでもない知恵者。
「なんですと問われましても。シタデルはシタデルですので」
済まなそうなセバサ。いや、別に謝らなくていいよ。
答えなんて、どうでもいいんだ。本気で。
短い時間でも、気分の悪さが、少しでもまぎれるなら、なんでもよかった。
バス酔いを、おしゃべりして、忘れたい小学生みたいに。
「大絶滅での人類死滅を回避するため建造された避難所、ですかな」
「はぁ??????」
予想もすらしていなかった回答。
俺は、かなりの時間、目を丸くしていたに違いない。
俺は身を起こしていた。
「お茶が冷めてしまいましたな。淹れなおしてきましょう」
「いまなんと? リプレイプリーズ!」
「りぷれい? 大絶滅と申し上げましたが?」
おいおい。それって、俺が知ってる範囲だと、20世紀のほとんど終わりころに提唱された意見だ。発掘技術が進んで、DNA解析や、地質年代の進歩に伴って、21世紀になってやっと、事実関係がわかり始めたという、地球史最大の謎にして、生命の根源に迫る最新科学。
大絶滅。
地球が誕生して46億年。数多くの絶滅の危機に瀕している。中でも大絶滅と言われる、生命がほぼ死滅した危機が5回あった。
最近の絶滅は白亜紀末の、約6600万年前だ。恐竜時代の終焉と言ったほうがわかりやすいだろう。突如おこったらしい。地質年代で”突如”というのは気が長い場合が多い。なにせ46億年を測ってるんだ。1万年から100万年は誤差の範疇。
「おやおや。元気が出ましたかな。お茶を」
「そんなのいい! 話を」
地面に興味を持った人間の性。食いつかずにいられようか。
ちなみに、俺がいた完新世の時代は、第6の大量絶滅期の最中と言われてた。
「なんでも、ぜんきゅうとうけつ だか、ちょうおんだんかだかで、大地に住めなくなりましてな」
全球凍結だか超温暖化?
それ真逆だろう……むむ?……繋がってるんだっけ。
温室効果ガスの厚い雲がすっぽり地表を覆えば、一時的には気温があがる。
けど、太陽光が遮られて、大地では植物が枯れて光合成によるCO2が減少。
火山活動も停滞してCO2がさらに、激減。負のスパイラルだな。
やっぱどっちかだよな。
「そこ、重要! どっちです」
火山活動が、そんなタイミングよく停止するとも思えない。
「うーむ?」
「うーむって……」
「そんなことから」
「”そんなことから”って もう終わり?」
はしょりすぎだろうがよ。
「そんなことから、鳥のように、雲より高い空に新天地を求めたのだとか」
鳥のように、ね。
シタデルは飛んじゃいないと思うんだが。
住めないから空に届く都市を建造っていうが、カンタンに造れるなら世話ねぇ。
そのころの文明は地球より優れていたってことか。知りたい。
「技術的なところをもっと!」
「えー。女神が、毒で住めなくなった大地をさまよう人々を哀み、歩く国を与えた。といった伝承もありますな」
「神話! 科学っぽいことを言っておいて、神話?」
「国は、1000ありました」
「1000も!?」
「いまは、20とも、30とも」
「そこまで減った! なにがあったんです」
「うーむ?」
「うーむって……」
「強いて推測するならば」
「推測するなら?」
「奪い合い、ですかな。人間は業の深い生きものです。いまも昔も」
セバサは、お茶を淹れなおしてきますと、ティーセットのトレーを優雅に支えて行った。
ざっくり分かったことを整理しよう。
ここは高度な文明をもつ、あるいは持っていた惑星である。
地球にもあったような、大絶滅を繰り返してる。
セバサの話にはなかったが、大絶滅は繰り返す。それは地球の歴史が証明してる。
人類のような高度生命体が誕生するには、何度も何度も絶滅する。
70%以上の死滅を潜り抜けた、細胞は、簡単に死なない構造を模索する。
最初は、単純な命が結びついたたけだが、やがては、複雑で多種な生命が誕生。
数えきれない種が存在してるのは、生き延びるための策略だ。
生物はどれも生きることに利己的だが、全体としてみれば、したたかでしぶとい、地上に救うアメーバに過ぎない。
話がそれたな。
この星でも大絶滅があった。まだ、進行の最中かもしれないが。
文明を極めた人々は、難を逃れようと、シタデルを建造し、
影響の及ばない、または、影響の少ない空中へ活路を見出した。
シタデルは歩く都市。歩くっていうからには、足がついてんだろう。
どれくらい高い。強制的なマルス下見んときは、地上が見えなかったが。
またしても、背中の鳥肌が、はばたきそうになった。
この回想、ストぉっ―――ぷ!
「はぁはぁ」
「元気がでましたかな」
「かえって、疲れた気分です」
「冗談を返せるなら、もう大丈夫ですかな」
冗談ではない、と言おうとするが、セバサがなにやら指を動かす。
指の先を目で追う。ベッドの、母の位置。それと俺が腰掛てる位置。
「……おぅ?」
もう寝そべってなんかないんだよと、言いたいらしい。
いつの間にか身を起こして、セバサと正面から話をしてたのだ。
また、地面が揺れる。今度は、めまいも吐き気もしなかった。
なんだろう。これはなんの変化だ。セバサと話をしただけなのに。
覚醒?ルミナスとして生きる実感が出てきた、とか。
倉地 照明ではなくて。
それ、あるかもな。
シタデルの謎が分かった安心感、とか。
ナゾの正体が判明して、宙に浮いてた疑問が払拭された。
それで、不安がかき消えたのか?
事態はなにも変わってない。
高所への恐怖は相変わらずだ。
だが心境は激変したかもしれない。
少なくとも、視点は変わった。
それだけといえば、それだけのこと。
直径1キロの揺れる地面。逃げ場のない、空中の牢獄。
どこへも行けない事情は、動いてないないってのに。
ああ。そうか……
「ルミナス様はときどき大人のように自制しなさる」
「自制してません。覚悟が決まっただけです」
歩く建造物。建造物なら、人口物体。
人が作ったものなら、動かす手段はあるはずだ。
動かせるとすれば、地上に降ろすことが、できないこともない。
レブンシタデルを、地面に降ろす。
下がどうなっていようが、かまいやしない。
落下で死ぬより、温暖化で死んでやる。
犠牲があっても――マズイか―― ま、それはそんときに考えよう。
俺が自制だって?
知るかよ。そんな余裕はない。
自制なんか、糸に巻いて捨ててやる。
とにかく、地上だ。
目指せ足のつく大地。
そいつが、俺の目的だ!!!
俺は、中年の紳士に感謝しなければいけない。
あやうく、引きこもりになるとこを、救ってくれたのだから。
「ありがとうございます。セバサ」




