25 夢の中で
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落ちていく。
走馬燈タイムっていうのか。
バンジージャンプの時間は、ウソみたいに永かった。
それはもう、じれったくて、とっとと片をつけてくれと叫びたくなるほど。
恐怖タイムは、短いほどいいのだ。楽に死なせてくれと願う。
これを神の悪戯というのか。落下する景色速度は、亀の散歩よりのろかった。
まるで時間が引き延ばされたかのように。
フラッシュバックする想い出は、俺の心を、もっていく。
過去の清算?
悪行の反省?
人生の最後にしての、この停滞は、なんの嫌がらせだ。
わかりきった終わりが待つだけだってのに。死ぬだけだっていうのに。
……見知らぬ神から恨まれるほど、悪辣な人間でなかった、
と思うんだけどなぁ。
まぁ、思い残すことがあるとすれば、あれだろう。
高所恐怖症。俺は高いところが苦手だった。
俺のは重症だった。レベルがとんでもなく高いのだ。
高所高所恐怖症PRGなんてのがあれば、最初の村で魔王を倒せる。
それほどまでの、絶対的信頼がある。
2階より上はだめ。
2階の高さであっても、狭いのもだめ。
外階段は、うーん ……ギリアウト?
一定の高さを超えると、眩暈がするのだ。
頭もガンガン痛み出す。
痛みの具合から、高度が想定できたほどだ。
人間高度計と、売り出したらどうかと考えた。
一品物だが。
高いのがダメだと、バスや鉄道もダメ。
なぜかって。川には渡るために橋が架けられる。
道路や鉄路は、ときとして高架橋が建造される。
バスや鉄道はその上を走るものだ。まともな神経でバスに乗る勇気がない。
知らなければ気にならないのだろうが、知ってる俺に、乗り物は無理だった。
症状を発してからは、歩道橋にさえ足をかけるの嫌った。
歩道橋の高さが気になって調べると、4.5メートル以上とあった。
車の高さ制限が通常で3.8メートル。高いに決まってる。
下限ですでに”俺限界”を超越だ。
俺だって、最初からこうじゃなかった。
むしろ高い場所は、人より大好きなほう。
建設会社の社長をしてるオヤジにくっついて、
ちょくちょく高層ビルの現場に、遊びに行くくらい好きだった。
鉄骨の足場に、打ちっぱなしのコンクリート。
窓もなけば壁もできてない。風が吹けば吹いたまま、通り抜ける。
見渡すかぎり、山の向こうのさらに彼方まで、どこまでも、見通せる。
まるで雲の一部になったような景色が、とても大好き。
コンクリートの臭いを嗅ぎながら、はしゃぎまわったものだ。
「照明、将来、父さんの後を継ぐか?」
「うん。高いとこだーい好きだもん!」
「そうかそうか」
「社長!これで安泰ですね。わが社は大会社になります」
「はっはっは。おだてるなよ君ぃ。帰りに焼肉でも食っていくか?」
「はっ ゴチになります!」
のんきな会話。
この直後に、俺は足を滑らせた。
俺は7歳。何階の出来事だったか、階層は覚えてない。
たぶん30階以上の高層ビルの真ん中くらいだったか。
とすれば、15階あたりになるが、いまさらどうでもいいことだ。
建築現場という場所は、安全に対してとても神経質な職場だ。
どの現場でも、全階層にセーフティネットが張られており、
万が一、落下しても下には落ちない工夫がそこかしこに施してある。
落下する物といえば、道具や工具、それに資材など。
俺のように、ドジな子供が落ちるのはまれなことだ。
というか普通、子供は立ち入り禁止だ。
滑って頭から転げ落ちた俺は、張られたネットにひっかかった。
そしてすぐ、オヤジに抱きあげられた。
「はっはっは。あんまり、はしゃくからだ」
落ちた。止まった。助け上げられた。
時間にすれば、10秒も無い。極めて迅速な救出劇。
たいしたことじゃない。完璧なセーフティがばっちり決まった。
だからオヤジは笑っていた。いつもと同じように笑っていた。
だが。
眼下の光景は、俺に焼き付いたまま離れない。恐怖を感じるに十分な高度。
落ちればもちろん死ぬ。命が助かったのは必然だが、宙の恐怖が心を潰した。
心臓は、バクバク。いつまでたっても、止まらない。
灰色の道路は、口を開けて待ち構える地獄への亀裂だった。
何気に急ぐ歩行者は、這いずり回る虫や亡者にみえた。
トラックは亡者に与えるエサを運び、
乗用車には、指令を与える鬼が乗る。
落ちるのは嫌だ。
落ちたら、頭をガリガリ食われてしまう。
亡者の仲間入りとして、餌食の落下をひたすら待つのだ。
蒼い顔で震える俺を見て、オヤジの笑いが引いていく。
同行する監督のすすめで119番。即、救急車に載せられた。
連れてきて悪かったと、オヤジは車の中で俺の手を握って何度も何度も謝った。
俺のなかで、高さにへの恐怖が芽生えた。
高所恐怖症にかかってしまったのだ。
そんな俺が、なにを好き好んで、バンジージャンプなんてのをしたがる?
バンジーどころじゃない。ジェットコースター、
いや、空飛ぶゾウさんさえ、乗ったことがない。
若かりし7歳以前なら乗ったかもだが、覚えてないから例外だ。
フリーフォール? あれは、空人の乗り物だ。
じゃあなんで、こんな無茶な企画を立てたのか。
答えはひとつ。
どうしても、なんとしても、こんなくだらない恐怖症を克服したかったのだ。
高所恐怖症を直すため、数々の処方箋を打ち出した。
その最終試験として選んだのが、バンジージャンプだったというわけだ。
ホップステップジャンプ。
無理なく、積年の難点を乗り越え、クリアする。
そうなるはずだったのだ。
オレには、大好きな先輩がいる。女性だ。もちろん。
先輩と呼んでいるが、脳内においてはとっくに彼女。
妄想は迷惑をかけない。
その彼女が手紙に書いてきたのだ。
こっちでデートしよう、と。
こっちというのは、近所にある月寒公園のこと、じゃない。
ぜんぜん違う。
東京のことだ。日本の首都。
就職した彼女が住んでいる、南西方向にある大都会。
そこのスカイツリーまで会いに来てと、手紙にあったのだ。
俺がいるのは、北の果て。
雪降る北海道の主要都市。
東京は遠い。とんでもなく遠い。
行ったことがないが、遠い。
そこに、逢いたいから来て、という。
俺が高所恐怖症というのは彼女も知ってる。
その彼女が来いと言ってるのだ。
スカイツリー、だとよ。
なんの嫌がらせだと、理性は警告を鳴らすが、
手紙は、こんな言葉で締めくくられていた。
「来れたなら、本当の彼女になってあげる」と。
本能が抗った。強烈に苛烈に、理性に抗った。
新しい罠だ。彼女になってあげる詐欺。
穴の毛まで抜かれるぞ。
そう告げる理性を、俺が蹴り飛ばす。
「ぬおぉぉぉ!!」
こ、これは、新たなる開眼の兆し
個人的文明開化の夜明けだ。きっとそうに違いない。
むふふが、アレで、息子の花火がはじける夜が待ってる。
い、行くくしかないだろうがああっ!!!
「むっはっはぁあああーーー!!!」
そうはいっても、はるか遠い場所である。
心理的には宇宙と大差ない。
飛行機で830キロ。車なら1103キロ。
対して宇宙は、上空100キロ以上をいう。
難関をいくつも乗り越えなくては、生きつけない。
俺はすぐさまプランを立てると、その日から、本気で恐怖症攻略を実践していった。
大きな橋、陸橋、歩道橋、5階建てマンションの屋上。
世界大会に挑むアスリートもびっくりの難関だった。
スカイツリーの彼女が俺の彼女になろうと、待っていてくれるのだ。
これが、がんばらずにいられようか?
そして、いよいよ迫ったDデイ。
満を持して準備。この地を飛びだす期限が間近となる。
総仕上げにして最終関門が、バンジージャンプだった。
オヤジを誑かし……たわけではないが、
平穏な社員旅行にバンジージャンプというイベントをねじ込んだ。
驚いたオヤジだったが、恐怖症克服には大賛成。
社員さんたちにも頭を下げ、取引銀行の接待を兼ねた旅行が実現した。
――――のだが。
さきほど彼女からのメールが届いた。
ジャンプ大会が幕を開けた直後のことだ。
空を飛ぶから電波も忌避してる。メールそのものが珍しい。
メールには、写真が添付されていた。
「展望デッキで待ちました。22時まで待ちました。来なかったのね。意気地なし。さよなら」
…………昨夜? なんで?
青くなった。
急いで、肌身離さず持ち歩いてる手紙を取り出し、デートの日付を見直す。
俺が記憶違いをしてたかと思ったのだが、
これまで何度もみた日付は、来週の日時に間違いなかった。
安心すると、笑いがこみあげてきた。
彼女は昔から、そそっかしいところがある。
予定日を1週間。勘違いしているだけのことだった。
”間違ってるよー(草)”と返信しようと思いながら、写真を開いた。
「誰だ?」
彼女のとなりに、知らない男。
仲良く腕を組み、幸せそうに頭をくっけて。
こいつはいったい。いったい、ねぇ?
どういうことですか?
真っ白になったが。冷静になれば、わかること。
スカイツリーで、夜のデート相手だぞ。
考えるまでもないことだ。
彼女は。
この女は。
最初から俺をハメるつもりだったのだ!
高所恐怖症の人間に、甘い誘惑で無理難題を押し付け、
必死になって克服する姿を想像して、笑っていたのだろう。
純情な俺を。そして、俺の息子心をもてあそびやがって。
心の中、理性が「ほらみろ!」と高笑いした。
長い長い走馬燈が、ようやく終わった。
谷間の景色が動き出す。
日付を勘違いされてよかったと、思っておくか。
直に見せつけられるよりは、髪の毛一本ほどはマシだと思っておこう。
俺の死を知った彼女は、どう感じるだろう。
せいぜい苦悩し、一生後悔すればいい、
なんて思ってしまうのは、俺の負け犬根性か。
どうにも言い知れない感情が奥深いところに渦巻いている。
岩はすぐそこ。それが死だ。暗転した。
真っ暗だ。
すべて思い出した。俺はルミナスグルーム。
グルーム男爵の三男に転生し、数ヶ月を過ごしていたこと。
姉や弟、二人の兄がいること。
なにやら、文字の学習に貴族制約のあること。
信じられないが、思い出した。
そして、下の兄マルスに強引に連れられて、シタデルを……
「うあああ」
ブクマ・評価のまだの人。
下記からできますよーー?




