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20/83

20 高所跳び



「正しいのよね。こっちでいいのよね?」

「北21西16だ。ほれ行け、やれ行け」


座りこんで、息は整えものの、立ち上がるのがしんどい。

重力上げスキルがレベルアップし、男の子は軽くなったはずだが、あまり背負った重みに違いを感じない。想像以上に、疲労をため込んでるようだ。


「本当に大丈夫なよね? 魔物が集団で待ってるなんてことないのわよね? もし魔物でたら一人で相手してもらいますからね」

「そこは、ウソでも手伝うとか言えよ」


ブランはといえば、半歩先の未踏破域を前に、足がすくんでる。

早よ行けよとさっきから後ろで待ってるんだが、「押さないでよ」と足踏みするばかり。


これは……ああ。ふりか。ダチョウさん由来の。

その背中をどん、「ごめん気が付かつかなった」と押した。


「押すな――ぅあーあ…………!? いない。魔物がいないわ! やったあ!!」


一線を越えて一転、跳びはねることで、喜びを全身で表現する。

現金ですね。


「ふぅ、よかったよ。当たって」

「……なんだか、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど」


ぎぎぎぎ。ブランの首が真後ろを向いた。


「当たってよかったなあって」

「確信があるんじゃなかったの?」

「あったよ…………6割くらいの」

「………………ふっふっふ」

「や、や、やめれ」


チャきりん。剣を抜いて構えたブランチェス。

ひさびさに登場したなぁ剣が。いやほっこり懐かしんでる場合か!


 テルアキは逃げた。

 ブランがまわりこんだ、逃げられない!


 テルアキは、翻って逆回りに逃げた。

 ブランがまわりこんだ、逃げられない!

 ブランが剣を振り下ろした!


「はぁはぁ。こ、殺してやるわ逃げるな」

「はぁはぁ。いいだろが。結果オーライ大丈夫だったんだから。アブねっ死ぬって!」


2畳の狭いスペースの中で、男の子を輪の中心に、ぐるぐる追いかけっこ。

無駄なエネルギー消費。これを浪費という。エコ文化はまだないらしい。

後にしたエリアは、とっくに林に埋まってる。


疲れてるっての、ウソだろ。

こっちは、死にそうに疲れてんだよ。ホントに。


前かがみでよたよた逃走。歩くよりずっと遅い逃走とはいったい。

やがて二人は、倒れこむようにへたり込んで、追いかけっこが終了。

残り少ない体力を、なんつー無駄なことに。

仰向けの大の字の俺は、ORZのブラン。

マジで死にそう。肩で息をしても酸素がぜんぜん間に合わない。


「はぁ、はぁ。も、問題は次のエリアだ。はぁ、はぁ」


北25西17は、ここから北に4つ西に1つだ。距離の開きすぎた桂馬だな。

西のはまぁ隣だといっても、北に3つはキツイ。

間にエリアが3つある。1.8メートル×3として、5.4メートルだ。


「いっそのこと突っ切ってみるか。モンスターハウスだけど」

「だめ。それだけは絶対にイヤ」

「さんざん、魔物を倒してるだろ。10や20増えたところで慣れっこ」

「わざわざ自分から跳びこむマネは、したくないの。ここまできたら生きて出たいわ」

「まぁ。そうだろうな」


5.4メートルというと、トラックの荷台がそれくらいだ。

数字的には、たいしたことないように思える。

けど平均的な4トントラックの荷台を、一回のジャンプで、跳び越える。

横じゃなくて縦方向に、タタミ1枚分の助走だけでぴょんと。

誰にできるってんだ。子供1人分の荷重を背負ってるのに。


「スキルだけど、ゲットしたのは何だっけ?」

「ハサミに、水魔法と土魔法ね。水魔法は粘性を変化させえられるわ。それと植物ね」

「ほ、豊作だな」


スキルって、こんなじゃんじゃん増えるのかよ。ゲームとかじゃ、経験値稼いで、ポイント重ねて、やっと一個ゲットなんだけど。


で。水魔法の粘性って、とろみでも付けられるのか。麻婆豆腐か。

粘性100%にしたら、氷とどう違うんだ。

興味が尽きないが、脱出に貢献しそうにねー。


「ま、そん中じゃ植物がよさげだ。蔓でバネを作れないか? くるくるでびょ~んっと」

「よくわからないけど、こうかしら? うわぁー!?」


四つん這いの右てをかざした。するとまだ地面につけてる左手のすぐ横から、植物が芽を吹きだした。

おおっ。驚いている間に、芽は急激に成長。ほんの10秒ほどで、樹木までになった。

樹木には違いないが、背丈がブランくらいの細い木。まっ直ぐな棒状の植物だった。


「バネ……には遠いな。記念植樹したてのアオダモみたいだ」。


札幌ドームの散歩コースにあった木を思い出す。

この木も将来は、立派なバットとなり、異世界に野球旋風を巻き起こすことだろう。

アオダモは成木まで10年はかかるという……餓死するわ。

気持ちが高ぶったのか、少し元気を取り戻したブランがどや顔で胸を張った。


「ほかにもできるわ。ほら、草をびしっと茂らせられるのよ」


今度は、芝の地面に軟らかい新芽がびっしり芽吹かせる。

寝ころんだら気持ちよさげだ。転げまわって昼寝したい……。


「いや、寝る場面じゃないから。そもそもここは森林。茂る草はあり余ってます。次行こう。土と水で、泥粘土をこねてみようか」

「いっちいち、注文がうるさいわね。泥粘土ですって? お皿でも造ってオママゴト?」

「造るのはでっかいすべり台だ。じゃなきゃ、あっちまで届く長い橋だな」

「むむむむ、泥粘土。滑り台――はいっ!」


直径50センチの、高さは2メートルほどの物体が誕生。

この場にそぐわない粘土製円柱を、俺たちは見上げた。


「……滑り台……の支柱ですね」


顔を掘し込んだら、立派なトーテムポールだ。

スキルに制限があって不可能なのか。それとも能力が足りてないのか。

複雑な造詣は無理っぽいようだ。


「だるくなってきたわ。朝も早かったし。このままここで寝むってしまいたい」

「寝るなよ。俺だってガマンしてんだ」


ブランの表情に疲労色が広がる。一時的に元気をだした皺寄せか。



「マナっていうのが、3になったって声がした。さっきまで20あったのに」

「マナ? 20が3? 数字が減るのが分かるのか?」

「声がするんだって……はぁ」


俺のスキルは回数だ。満タンでもゼロ近くでも、疲労には変化がない。

今のところ、ホントにゼロなったことはない。

回復方法が”レベルアップ”しかない現状、ゼロを試そうとは思わないけどな。


ブランの魔法っぽいスキルは、回数じゃなく体内を流れる魔素だとか?

酸素やビタミンなんちゃら的な物が魔素なら、枯渇は生存に関わってくる。

むやみに連発していいものじゃないな。


スキルは面白いが、いったいどういう現象なのか、エネルギー原も分かってないんだ。

遊び過ぎたつもりはないけど、余計な力を使わせてしまったかも。

ブランのスキルが当てにてきないとなると。あとは。


「あとはもう、飛んでいくくらいしか……なんて。まさかね」


俺はそれを考えなかった。ひとつだけある方法を。

いや、考えないようにしていたというほうが正しい。

できるならばそれは、避けて通りたかったんだ。


ちょっと考えただけで、心の奥底から恐怖心が沸き起こる。純粋な恐怖が。

立ち上がって腰に手をおく。大きなため息を吐きだした。

おもむろに空を見上げる。

空のほとんどは、生い茂る樹木でふさがれていた。

隙間から除いた色は青くなく、コンクリのような、ネズミ色。曇りか。


「俺を信じられるかブラン」

「なにをいまさら。信じるわ。もちろんじゃない」

「なら、任せてくれるか」

「どうするの?」


右手をゆっくり持ち上げた。


「こうするの」


迷いのダンジョン。洞窟ではじまるからか、廃坑ダンジョンと言われる森の中の迷路。踏み込んだ空間は平地になっていくから、開拓気分で突き進んできた。でもここは森。森だといことを忘れてはいけない。草樹木が前後左右上下、視界をさえぎる緑の閉鎖域だ。


「ふっしゅっと。そんで、せーのっ!」


力いっぱいふり降ろして粘着糸(バンジーシルク)を発動した。

2回のレベルアップでバリエーションが増えており、長さは最大10メートル、糸の本数は20本まで、選択可能となっていた。

20本以上の糸を束ねれば、細いながらもロープになる。それを、ぶっとく育った巨木の枝に、しゅるるると飛ばした。


こいつは最後の手段。ほかの手段が思いつけなかった、追いつめられての悪あがき。

男の子を背に担ぎ、左腕をブランのお腹に回した。重力上げを発動し二人と軽くすると、一気にロープを手繰り寄せる。残る力で地を蹴った。


〔スキルを習得しました 脚力増強(フットワーク)


「って、跳んでからかよ。(こわ)わあああああ」


怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。

怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。

怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。 恐ろしい。


喉の奥から熱いものが込み上げてくる。

空腹じゃなけりゃ吐いてただろう。

気分が激しい悪くなったせいで、視界が狭まる。

本能が叫び狂う。目を閉じて逃避したいと。

意識がとびそうだが、そんなこと、言ってる場合じゃない。


本能の恐怖を、強烈な理性でもって抑えつける。

抗えない恐怖。超えなきゃいけない現実。

二つのはざまに、心が、分裂しそうになる。


そんな俺を、ブランチェスが睨んだ。


指定エリア以外への着地は、多数のオールモンスターが待ち受ける逃げばない牢獄。

魔素?の尽きかけてるブラン、疲労限界をとっくに超えてる俺。

生き延びるには相当な厳しさを強いられるだろう。


預かった命(ブランチェス)の重さを感じろ。

信じるといった彼女の言葉を。

たとえわずか一瞬だとしても視界を閉ざせば、待つのは……。


ミスなんか、するわけに、いくかよ。


「ああああああっ~~あーーーああぁぁぁあ~」


湧き上がる恐怖。それをあげる雄たけびでゴマカす。

密林王者の真似に見えるとしても、まったくの偶然だ。

狭まりかけた視界が、広がってくる。目の前に木が!


「ふんなぁあ!!!?」

「いゃああぁああ」


木を横蹴りに。衝突を直前で回避する。

勢いのまま、低木と草地のエリアをひとっ跳びに超える。

ブランの髪が風でなびいた。汗の香りが、甘い。


「お。覚えておきなさいよ。降りたらおもいっきりひっぱたいてあげるから!」

「ごめん。物覚えは悪いほうなんだ」


1回のロープ遊びが、たったの数秒の体感が、とんでも永く感じた。

そしてやっと、目的の地点に到達。こここそ北18西17だ。

一か八か、落下位置の見当をつけ、握るロープの手を緩め。都合よく神に祈った。


両足の裏が同時に着地、と、すぐに膝がそれに続く。まずい。

勢いのまま前倒しになれば、ブランが大怪我だ。

体の位置を仰向けに、クッションとなるよう強引に反転。

地面には背中からあたるように。


頭上の枝に粘着糸を飛ばし、巻きつけた。ブレーキになれ。

糸が、みんなの重みでピンと張った。

振り子の勢いのついた3人分の体重。

重さがカットされてるといっても、50ccスクーターくらいはある。

瞬間的負担の衝撃が、腕を駆けぬけた。


「んぐぐぐ……」


慣性は殺せた。

エリアからはみ出ることなく、俺たちは停止できた。

芝と表土をえぐった背中が痛んだ。力の抜けた腕が、だらりとブランを離した。


解放されたブランが、うぅっと、立ち上がろうと肘をついた。

怪我はしてないようだな。なによりだ。

ほっと、息をつきたい。息をついて成功を祝いたい。

そんな場面だが、まだだ。まだ、やるべきことが残ってる。それも早急に。


「約束よ、たたいてあげ……」

「この子を頼んだブラン!」


半ば放り投げるように、男の子をブランに押し付ける。

驚きが顔中に広がるブラン。「後でな」と手を振った。


「ええ? キミ、消えて……」


ブラン。そして押し付けた男の子の遺体のカラーが、薄くなっていく。

魔物を倒したときと違い、光の破片バラバラじゃない。


ゴールに到達したら俺たちは、どうやって外に出るか。ずっと考えていた。

こんな中心から、安全なダンジョンの外へ、どうやって放りだすのかを。

答えは二つ思いついた。帰り道が開ける、または、いきなり転移する。

半信半疑だったけど、消えていくってことは、答えは後者。転移だ。


「後でな、ブランチェス」


二人が完全にみえなくなったので、無事に脱出できたと確信する。

いかに理不尽なダンジョンでも、達成した者の安全は保証するはずだ。

ついてに、抱えた男の子も身体も一緒に。

ジンジン痛みの残る腕をさすりながら、踵を返す。

自分が行くべき地点を声にする。


「北23西16」


俺の3番目のエリアは、始まりの下側。

看板が2つ立ってたエリアのすぐ南だった。

最後が、スタートのすぐ南だなんて離れ過ぎにもほどがある。

ダンジョンの嫌味と悪意を感じる。


1.8×6で、9メートル。斜めだから、約10メートルほど。

遮二無二な勢いだけで到達できるような距離じゃない。


手持ちのスキルは、粘着糸(バンジーシルク)大工職人(カーペンター)設計者(アーキテクチャ)重力上げ(グラビカット)。そしてついさっき増えた脚力増強(フットワーク)


親父は小さな建築会社の社長。マンションや住宅の建築現場が、遊び場だった。

大工職人(カーペンター)設計者(アーキテクチャ)はそういうDNAが働いてのことだろうが、使い道がわからないし、実用性を感じない。


粘着糸(バンジーシルク)は、多用なまた飛ぶかと思うだけで、手足の指先が縮みこむ。


のどが乾いた。ブランの水は飲めたかもしれない。魔法で、だしてもらえばよかったか。

いやだめだ。おそらく鼻水味。飲まなくて正解だ。


なんて。ブランが知ったらなんと言うか。「どういう意味なの?」。

口を尖らした顔が思い浮かび、笑いが込み上げる。


肩の力みがすっと抜けた。

今ならば、自然に跳び越えられるかもしれない。


「新規スキルを、試してみるか」


ぐぐぐっとしゃがみ込んで力を貯める。

思い切り息を吸い込んで吐き出す。そして。


脚力増強(フットワーク)で、ジャンプした。



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