20 高所跳び
「正しいのよね。こっちでいいのよね?」
「北21西16だ。ほれ行け、やれ行け」
座りこんで、息は整えものの、立ち上がるのがしんどい。
重力上げスキルがレベルアップし、男の子は軽くなったはずだが、あまり背負った重みに違いを感じない。想像以上に、疲労をため込んでるようだ。
「本当に大丈夫なよね? 魔物が集団で待ってるなんてことないのわよね? もし魔物でたら一人で相手してもらいますからね」
「そこは、ウソでも手伝うとか言えよ」
ブランはといえば、半歩先の未踏破域を前に、足がすくんでる。
早よ行けよとさっきから後ろで待ってるんだが、「押さないでよ」と足踏みするばかり。
これは……ああ。ふりか。ダチョウさん由来の。
その背中をどん、「ごめん気が付かつかなった」と押した。
「押すな――ぅあーあ…………!? いない。魔物がいないわ! やったあ!!」
一線を越えて一転、跳びはねることで、喜びを全身で表現する。
現金ですね。
「ふぅ、よかったよ。当たって」
「……なんだか、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど」
ぎぎぎぎ。ブランの首が真後ろを向いた。
「当たってよかったなあって」
「確信があるんじゃなかったの?」
「あったよ…………6割くらいの」
「………………ふっふっふ」
「や、や、やめれ」
チャきりん。剣を抜いて構えたブランチェス。
ひさびさに登場したなぁ剣が。いやほっこり懐かしんでる場合か!
テルアキは逃げた。
ブランがまわりこんだ、逃げられない!
テルアキは、翻って逆回りに逃げた。
ブランがまわりこんだ、逃げられない!
ブランが剣を振り下ろした!
「はぁはぁ。こ、殺してやるわ逃げるな」
「はぁはぁ。いいだろが。結果オーライ大丈夫だったんだから。アブねっ死ぬって!」
2畳の狭いスペースの中で、男の子を輪の中心に、ぐるぐる追いかけっこ。
無駄なエネルギー消費。これを浪費という。エコ文化はまだないらしい。
後にしたエリアは、とっくに林に埋まってる。
疲れてるっての、ウソだろ。
こっちは、死にそうに疲れてんだよ。ホントに。
前かがみでよたよた逃走。歩くよりずっと遅い逃走とはいったい。
やがて二人は、倒れこむようにへたり込んで、追いかけっこが終了。
残り少ない体力を、なんつー無駄なことに。
仰向けの大の字の俺は、ORZのブラン。
マジで死にそう。肩で息をしても酸素がぜんぜん間に合わない。
「はぁ、はぁ。も、問題は次のエリアだ。はぁ、はぁ」
北25西17は、ここから北に4つ西に1つだ。距離の開きすぎた桂馬だな。
西のはまぁ隣だといっても、北に3つはキツイ。
間にエリアが3つある。1.8メートル×3として、5.4メートルだ。
「いっそのこと突っ切ってみるか。モンスターハウスだけど」
「だめ。それだけは絶対にイヤ」
「さんざん、魔物を倒してるだろ。10や20増えたところで慣れっこ」
「わざわざ自分から跳びこむマネは、したくないの。ここまできたら生きて出たいわ」
「まぁ。そうだろうな」
5.4メートルというと、トラックの荷台がそれくらいだ。
数字的には、たいしたことないように思える。
けど平均的な4トントラックの荷台を、一回のジャンプで、跳び越える。
横じゃなくて縦方向に、タタミ1枚分の助走だけでぴょんと。
誰にできるってんだ。子供1人分の荷重を背負ってるのに。
「スキルだけど、ゲットしたのは何だっけ?」
「ハサミに、水魔法と土魔法ね。水魔法は粘性を変化させえられるわ。それと植物ね」
「ほ、豊作だな」
スキルって、こんなじゃんじゃん増えるのかよ。ゲームとかじゃ、経験値稼いで、ポイント重ねて、やっと一個ゲットなんだけど。
で。水魔法の粘性って、とろみでも付けられるのか。麻婆豆腐か。
粘性100%にしたら、氷とどう違うんだ。
興味が尽きないが、脱出に貢献しそうにねー。
「ま、そん中じゃ植物がよさげだ。蔓でバネを作れないか? くるくるでびょ~んっと」
「よくわからないけど、こうかしら? うわぁー!?」
四つん這いの右てをかざした。するとまだ地面につけてる左手のすぐ横から、植物が芽を吹きだした。
おおっ。驚いている間に、芽は急激に成長。ほんの10秒ほどで、樹木までになった。
樹木には違いないが、背丈がブランくらいの細い木。まっ直ぐな棒状の植物だった。
「バネ……には遠いな。記念植樹したてのアオダモみたいだ」。
札幌ドームの散歩コースにあった木を思い出す。
この木も将来は、立派なバットとなり、異世界に野球旋風を巻き起こすことだろう。
アオダモは成木まで10年はかかるという……餓死するわ。
気持ちが高ぶったのか、少し元気を取り戻したブランがどや顔で胸を張った。
「ほかにもできるわ。ほら、草をびしっと茂らせられるのよ」
今度は、芝の地面に軟らかい新芽がびっしり芽吹かせる。
寝ころんだら気持ちよさげだ。転げまわって昼寝したい……。
「いや、寝る場面じゃないから。そもそもここは森林。茂る草はあり余ってます。次行こう。土と水で、泥粘土をこねてみようか」
「いっちいち、注文がうるさいわね。泥粘土ですって? お皿でも造ってオママゴト?」
「造るのはでっかいすべり台だ。じゃなきゃ、あっちまで届く長い橋だな」
「むむむむ、泥粘土。滑り台――はいっ!」
直径50センチの、高さは2メートルほどの物体が誕生。
この場にそぐわない粘土製円柱を、俺たちは見上げた。
「……滑り台……の支柱ですね」
顔を掘し込んだら、立派なトーテムポールだ。
スキルに制限があって不可能なのか。それとも能力が足りてないのか。
複雑な造詣は無理っぽいようだ。
「だるくなってきたわ。朝も早かったし。このままここで寝むってしまいたい」
「寝るなよ。俺だってガマンしてんだ」
ブランの表情に疲労色が広がる。一時的に元気をだした皺寄せか。
「マナっていうのが、3になったって声がした。さっきまで20あったのに」
「マナ? 20が3? 数字が減るのが分かるのか?」
「声がするんだって……はぁ」
俺のスキルは回数だ。満タンでもゼロ近くでも、疲労には変化がない。
今のところ、ホントにゼロなったことはない。
回復方法が”レベルアップ”しかない現状、ゼロを試そうとは思わないけどな。
ブランの魔法っぽいスキルは、回数じゃなく体内を流れる魔素だとか?
酸素やビタミンなんちゃら的な物が魔素なら、枯渇は生存に関わってくる。
むやみに連発していいものじゃないな。
スキルは面白いが、いったいどういう現象なのか、エネルギー原も分かってないんだ。
遊び過ぎたつもりはないけど、余計な力を使わせてしまったかも。
ブランのスキルが当てにてきないとなると。あとは。
「あとはもう、飛んでいくくらいしか……なんて。まさかね」
俺はそれを考えなかった。ひとつだけある方法を。
いや、考えないようにしていたというほうが正しい。
できるならばそれは、避けて通りたかったんだ。
ちょっと考えただけで、心の奥底から恐怖心が沸き起こる。純粋な恐怖が。
立ち上がって腰に手をおく。大きなため息を吐きだした。
おもむろに空を見上げる。
空のほとんどは、生い茂る樹木でふさがれていた。
隙間から除いた色は青くなく、コンクリのような、ネズミ色。曇りか。
「俺を信じられるかブラン」
「なにをいまさら。信じるわ。もちろんじゃない」
「なら、任せてくれるか」
「どうするの?」
右手をゆっくり持ち上げた。
「こうするの」
迷いのダンジョン。洞窟ではじまるからか、廃坑ダンジョンと言われる森の中の迷路。踏み込んだ空間は平地になっていくから、開拓気分で突き進んできた。でもここは森。森だといことを忘れてはいけない。草樹木が前後左右上下、視界をさえぎる緑の閉鎖域だ。
「ふっしゅっと。そんで、せーのっ!」
力いっぱいふり降ろして粘着糸を発動した。
2回のレベルアップでバリエーションが増えており、長さは最大10メートル、糸の本数は20本まで、選択可能となっていた。
20本以上の糸を束ねれば、細いながらもロープになる。それを、ぶっとく育った巨木の枝に、しゅるるると飛ばした。
こいつは最後の手段。ほかの手段が思いつけなかった、追いつめられての悪あがき。
男の子を背に担ぎ、左腕をブランのお腹に回した。重力上げを発動し二人と軽くすると、一気にロープを手繰り寄せる。残る力で地を蹴った。
〔スキルを習得しました 脚力増強〕
「って、跳んでからかよ。怖わあああああ」
怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。
怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。
怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。怖い、怖い。 恐ろしい。
喉の奥から熱いものが込み上げてくる。
空腹じゃなけりゃ吐いてただろう。
気分が激しい悪くなったせいで、視界が狭まる。
本能が叫び狂う。目を閉じて逃避したいと。
意識がとびそうだが、そんなこと、言ってる場合じゃない。
本能の恐怖を、強烈な理性でもって抑えつける。
抗えない恐怖。超えなきゃいけない現実。
二つのはざまに、心が、分裂しそうになる。
そんな俺を、ブランチェスが睨んだ。
指定エリア以外への着地は、多数のオールモンスターが待ち受ける逃げばない牢獄。
魔素?の尽きかけてるブラン、疲労限界をとっくに超えてる俺。
生き延びるには相当な厳しさを強いられるだろう。
預かった命の重さを感じろ。
信じるといった彼女の言葉を。
たとえわずか一瞬だとしても視界を閉ざせば、待つのは……。
ミスなんか、するわけに、いくかよ。
「ああああああっ~~あーーーああぁぁぁあ~」
湧き上がる恐怖。それをあげる雄たけびでゴマカす。
密林王者の真似に見えるとしても、まったくの偶然だ。
狭まりかけた視界が、広がってくる。目の前に木が!
「ふんなぁあ!!!?」
「いゃああぁああ」
木を横蹴りに。衝突を直前で回避する。
勢いのまま、低木と草地のエリアをひとっ跳びに超える。
ブランの髪が風でなびいた。汗の香りが、甘い。
「お。覚えておきなさいよ。降りたらおもいっきりひっぱたいてあげるから!」
「ごめん。物覚えは悪いほうなんだ」
1回のロープ遊びが、たったの数秒の体感が、とんでも永く感じた。
そしてやっと、目的の地点に到達。こここそ北18西17だ。
一か八か、落下位置の見当をつけ、握るロープの手を緩め。都合よく神に祈った。
両足の裏が同時に着地、と、すぐに膝がそれに続く。まずい。
勢いのまま前倒しになれば、ブランが大怪我だ。
体の位置を仰向けに、クッションとなるよう強引に反転。
地面には背中からあたるように。
頭上の枝に粘着糸を飛ばし、巻きつけた。ブレーキになれ。
糸が、みんなの重みでピンと張った。
振り子の勢いのついた3人分の体重。
重さがカットされてるといっても、50ccスクーターくらいはある。
瞬間的負担の衝撃が、腕を駆けぬけた。
「んぐぐぐ……」
慣性は殺せた。
エリアからはみ出ることなく、俺たちは停止できた。
芝と表土をえぐった背中が痛んだ。力の抜けた腕が、だらりとブランを離した。
解放されたブランが、うぅっと、立ち上がろうと肘をついた。
怪我はしてないようだな。なによりだ。
ほっと、息をつきたい。息をついて成功を祝いたい。
そんな場面だが、まだだ。まだ、やるべきことが残ってる。それも早急に。
「約束よ、たたいてあげ……」
「この子を頼んだブラン!」
半ば放り投げるように、男の子をブランに押し付ける。
驚きが顔中に広がるブラン。「後でな」と手を振った。
「ええ? キミ、消えて……」
ブラン。そして押し付けた男の子の遺体のカラーが、薄くなっていく。
魔物を倒したときと違い、光の破片バラバラじゃない。
ゴールに到達したら俺たちは、どうやって外に出るか。ずっと考えていた。
こんな中心から、安全なダンジョンの外へ、どうやって放りだすのかを。
答えは二つ思いついた。帰り道が開ける、または、いきなり転移する。
半信半疑だったけど、消えていくってことは、答えは後者。転移だ。
「後でな、ブランチェス」
二人が完全にみえなくなったので、無事に脱出できたと確信する。
いかに理不尽なダンジョンでも、達成した者の安全は保証するはずだ。
ついてに、抱えた男の子も身体も一緒に。
ジンジン痛みの残る腕をさすりながら、踵を返す。
自分が行くべき地点を声にする。
「北23西16」
俺の3番目のエリアは、始まりの下側。
看板が2つ立ってたエリアのすぐ南だった。
最後が、スタートのすぐ南だなんて離れ過ぎにもほどがある。
ダンジョンの嫌味と悪意を感じる。
1.8×6で、9メートル。斜めだから、約10メートルほど。
遮二無二な勢いだけで到達できるような距離じゃない。
手持ちのスキルは、粘着糸。大工職人、設計者、重力上げ。そしてついさっき増えた脚力増強。
親父は小さな建築会社の社長。マンションや住宅の建築現場が、遊び場だった。
大工職人、設計者はそういうDNAが働いてのことだろうが、使い道がわからないし、実用性を感じない。
粘着糸は、多用なまた飛ぶかと思うだけで、手足の指先が縮みこむ。
のどが乾いた。ブランの水は飲めたかもしれない。魔法で、だしてもらえばよかったか。
いやだめだ。おそらく鼻水味。飲まなくて正解だ。
なんて。ブランが知ったらなんと言うか。「どういう意味なの?」。
口を尖らした顔が思い浮かび、笑いが込み上げる。
肩の力みがすっと抜けた。
今ならば、自然に跳び越えられるかもしれない。
「新規スキルを、試してみるか」
ぐぐぐっとしゃがみ込んで力を貯める。
思い切り息を吸い込んで吐き出す。そして。
脚力増強で、ジャンプした。




