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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
独立編
14/329

第十一話「最嘉と黄金の時」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第十一話「最嘉(さいか)と黄金の時」改訂版


 臨海(りんかい)市から二百キロほど北東に天都原(あまつはら)州都である斑鳩(いかるが)市があった。


 「週明け、世界が切り替わり次第に直ぐ出陣だ!宮郷(みやざと)よ、貴公の宮郷(みやごう)軍も即刻合流して貰うぞ!」


 「……無理ね……こちらにも準備というものがあるわ……」


 横柄な物言いで命令する男に対して、立派な応接セットに足を組んで座った女が気怠そうに返答した。


 「ほう、先の日乃(ひの)防衛戦で散々失態を晒した宮郷(みやごう)の領主代理とは思えない発言だな……」


 「……」


 続けて侮蔑的な言葉を重ねる男にも、変わらぬ無気力な表情の女は、静かに(まぶた)を閉じる。


 「黙りか……ふん、日乃防衛戦(あれ)の時、指揮を執った臨海(りんかい)の鈴原は離反した疑いがある……解っていると思うが、実際は疑いと言っても限りなく黒に近い……で、同戦に参戦した日限(ひぎり)熊谷(くまがや)は召集をかけても無視。これでは同じ戦に出陣した宮郷(みやごう)も結託していると疑われるのは当然とは思わないか?え?宮郷(みやごう)宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)領主代理殿?」


 チクチクと相手の痛いところを突く、高級スーツ姿の男は、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)


 この天都原(あまつはら)州の代表である藤桐(ふじきり)家の御曹司で、二十七歳にして大企業、藤桐(ふじきり)グループ主力会社”F&Kコーポレイション”代表取締役でもある。


 「……私は知らないわ……関係無い、現にこうやって天都原(あまつはら)の召集に応じているでしょう?」


 無礼極まりない態度をとられてもなお、特に憤慨する様子も焦る様子も無い、相変わらず気怠そうな女の方は、宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)


 天都原(あまつはら)州の南部、宮郷(みやごう)市の代表の娘だ。


 天都原(あまつはら)州の市の一つといっても、宮郷(みやごう)市は天都原(あまつはら)中央政府の直轄では無い。


 それは、宮郷(みやごう)市だけではなく臨海(りんかい)市や日限(ひぎり)市も同様で、独立した行政と経済を持つ、れっきとした独立国だ。


 そもそも向こうの世界では、小国とはいえ名目上は同盟国である。


 また各国の当主はこちらでは管轄地の代表であり、その他の人間も似通った感じで相応の身分であることが殆どだ。


 つまり、こちらの世界と向こうの世界は、文化や文明レベルに相違があるとはいえ、密接に関係しており、捉え方によってはほぼ同じと言っても良いだろう。


 大きく違う点は、向こうは野心と謀略が(はばか)られること無く渦巻く戦国時代。

 こちらは表面上は各国代表による合議の下、平和な自治が維持されている近代国家。


 とはいえ、二つの世界は密接に連動しているのも事実であることから、向こうでの勢力図の塗り替えはこちらにも直ちに影響されてくるし、向こうの戦での生死はこちらの生死でもある。


 戦国世界(むこう)での死亡はこちらでの死亡を意味するのだ。


 では、その逆、近代国家世界(こちら)での死亡は?


 ――それは……


 「ほう?あくまでも白を切ると……」


 光友(みつとも)は元々鋭い眼を爛爛と光らせて弥代(やしろ)を睨んでいた。


 「もういいわ、この案件は一旦保留としましょう」


 同じ室内、二人のやり取りを暫く傍観していた少女が会話に割り込んだ。


 腰まで届く降ろされた緑の黒髪はゆるやかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な(あで)やかな紅い唇が呆れたように結ばれている。


 ――京極(きょうごく) 陽子(はるこ)


 目の前で、呼び出した相手を勢い込んで追求中の天都原(あまつはら)当主の子息、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)従妹(いとこ)で、学生でありながらも、大企業、藤桐(ふじきり)グループ本社で幹部を務める才女だ。


 「……っ!」


 尊大な態度をとっていた傍若無人な男、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)でさえ、とっさに思わず姿勢を正す。


 ほんの僅かの間であったが、それでも長年見知った従妹の瞳には彼でさえ心を奪われる。


 「ちっ!」


 そんな自分に対してか、光友(みつとも)は小さく舌打ちをすると視線を()らせた。


 そう、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)のまことに希なる美貌の極めつけは、漆黒の双瞳(ひとみ)だった。


 対峙する物を(ことごと)く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差しでありながら、それは一言で言うなら”純粋なる闇”


 恐ろしいまでに他人(ひと)を惹きつける……”奈落”の双瞳(ひとみ)だ。


 「……」


 宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)は座ったままチラリと、高級でシックな装いではあるが、頭から足先まで暗黒色コーデの美少女を一瞥した後、軽く溜息を()いていた。


 「ここで確たる証拠も無しに宮郷(みやごう)を糾弾しても仕方の無いことでしょう?結局は当事者の鈴原 最嘉(さいか)に問い糾すのが一番早いと言う事よ」


 ()()まで一歩退いていた陽子(はるこ)は、壁際から従兄(いとこ)に意見する。


 お嬢様らしく華奢な線の少女にしては、意外と豊かな膨らみの前で腕を組んだ彼女は、暴走気味の従兄(いとこ)にうんざりしている表情だ。


 「出来るのか?」


 「……ええ」


 そんな彼女の表情を察することも無い光友(みつとも)の問い。


 「なら、直ぐに呼び出せ!」


 「時期が来たらそうするわ、それよりも今は南阿(なんあ)が最優先……臨海(りんかい)ごとき小国の対処はどうとでもなるわ、だから光友(みつとも)殿下には北の”七峰(しちほう)”への備えを……」


 「……ふん、まあいい、俺は俺のやりたいようにするだけだ」


 「……」


 無意味なやり取りに呆れたのか、形の良い(あか)い唇を結んで黙る陽子(はるこ)


 理解してはいたが、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)という自己中心的な男には道理も理屈も無意味のようだ。


 「南阿(なんあ)の”純白の連なる刃(ホーリーブレイド)”だろうと、弱小国の鈴原 最嘉(さいか)だろうと、神聖不可侵な我が天都原(あまつはら)領土を侵した罪は重い!……先ずは鈴原の臨海(りんかい)領、その後は奪われた日乃(ひの)領……反逆者共と南阿(なんあ)の野蛮人、その兵全ての血と肉、命をもって償わせるだけだ!」



 こうして天都原(あまつはら)州都、斑鳩(いかるが)市で行われた藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)主導の極めて個人的な査問は終了し、宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)は帰路についた。


 そして、当の藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)はというと、”忙しくなる”と、どこか嬉々たる表情を浮かべながら姿を消した。


 結局のところ、事態は藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)を放置するしかない状況で進んでいく。


 ーー

 ー



 「良いのですか?」


 二人が去った応接室で、一人ソファーに腰をかける陽子(はるこ)に、彼女お付きの老家臣、岩倉が声をかける。


 「王位継承権第一位、次期当主たる藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)殿下を第六位の私に止める術は無いでしょう?」


 「それは……」


 困り顔の老人を余所に、テーブル上で湯気をたてるカップをそっと手に取る少女。


 「……まぁ、ある程度、手は打ってあるわ……効果の程は分からないけど……」


 「え?」


 手は打ってある?こんなイレギュラーな事態に?

 老人は驚いた顔で主君の顔を見る。


 「考え無しのああいう手合いは、背後を突っついてやるしかないわね……」


 その時、彼女付きの老家臣、岩倉が確認したのは……


 彼自身が入れたロイヤルミルクティーをいつも通りの澄まし顔で口に運ぶ、類い希なる美少女の姿だった。


 「……」


 少女の静かな”奈落の双瞳(ひとみ)”は、一体この先に何を()ているのだろうか?


 「うん、合格」


 彼女の瑞々しい紅い唇が一瞬だけ年相応の少女の綻びを見せるが、それは直ぐに横に結ばれた。


 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)としては、今回のこの状況は不本意このうえないが……


 それはそれ、この時、彼女の比類無き頭脳は、既に策の修正に向けて動いていた。


 ーー

 ー



 日乃(ひの)領南部一帯を治める拠点、那知(なち)城。

 領主、亀成(かめなり) 弾正(だんじょう)がここを任せていたのは草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)という元々土着の豪族だった。


 「那知(なち)城主の草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)か……力のある者に従う、解りやすい戦国人(いくさびと)のはずだが……」


 俺達の軍を前に、那知(なち)城主、草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)は籠城による徹底抗戦を選んだ。


 「領都にある堂上(どのうえ)城が陥落し、その周辺が制圧されたとはいえ、自城前に展開した我が軍……いえ、南阿(なんあ)白閃隊(びゃくせんたい)の兵数をみてとって抗戦に一見の価値ありと判断したのでしょうか?」


 俺の隣に控える副官、宗三(むねみつ) (いち)が見解を述べる。


 なるほど、那知(なち)城主、草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)は計算高い男だという。


 敵がそれほど大軍では無いとみて一応の抗戦を試み、上手くすれば時を稼いで本国、天都原(あまつはら)の援軍を待つ……一戦して適わないと見れば改めて降伏する……


 一見ご都合主義のどっちつかず、敵味方どちらにも評価されない下策にみえるが、その実、上手くいけば天都原(あまつはら)本国からの評価は上がるだろう、仮に戦いに負けたとしても……


 俺達は那知(なち)の物資と人民、兵士、なにより此処(ここ)いら一帯を押さえる強固な城を必要としているから、城主でありここの地方豪族である草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)の協力が不可欠だ。


 そういう事情を見越して、敗残の将だといって雑には扱われないだろうという目論見の上でのこの方針だろう。


 ”蟹甲楼(かいこうろう)”を押さえられ、現状は本拠地に戻ることも、支篤(しとく)の援軍を受けることもままならない南阿(なんあ)軍、”白閃隊(びゃくせんたい)


 その足下を見た(ロー)リスク(ハイ)リターンの戦略と言える。


 ――なるほど噂に(たが)わぬ計算高い人物のようだ……


 「戦わずして勝つ……懐柔は不可能のようですね」


 (いち)の言葉に、俺は軽く頭を振った。


 「俺はそもそも戦わずして勝とうとは考えていない。これっぽっちの兵力で震え上がる輩に城主なんてものが務まるわけが無いしな」


 「……しかし、この城の守り……一筋縄ではいかないようですね」


 なるほどと、(いち)は頷いた後で攻略目標を見て呟く。


 「……今回は、時間は向こうの味方だ、こっちは天都原(あまつはら)は勿論、ともすれば南阿(なんあ)という障害が控えている以上、時間は黄金よりも貴重だ」


 そう言いながらも俺の脳裏には、臨海(りんかい)領の守備に残した真琴(まこと)の姿が浮かんでいた。


 ――焦るな……

 ――焦るな……

 ――あせるな俺……焦りは全ての終焉の始まりだ……


 俺は隣に控える(いち)には気づかれないように、下唇をキュッと強めに噛んで気持ちを引き締める。


 「ゆくぞ!(いち)、最短で片付ける!」


 第十一話「最嘉(さいか)と黄金の時」改訂版 END

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