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藤吉郎におまかせあれ  作者: ヤブ医者
信長包囲網編
35/35

大河内城の戦い1

 織田家 本陣


「申し訳ございませんでしたぁっ!」

 南伊勢の山中に設置された織田軍の本陣。

 暗闇を篝火で灯したその地に藤吉郎の凄まじい謝罪が素晴らしいフォルムの土下座と共に木霊した。

「猿っ!?」

 その土下座の行先は信長。

 そう、 藤吉郎は釣りより帰還したのだ。

 あぁ、 絶対キレてるよ。

 顔見れねぇ……。

「本当にすいませんでしたぁ!」

「猿っ! お前……」

「いや、 手ぶらで帰った訳ではありませんよ! ほらっ、 見てくださいあの大量の焼き魚を」

 藤吉郎はそう言うと顔を伏せたまま傍らに山ずみにされた焼き魚を指さした。

「こ、 これでなんとか……」

「猿……お前」

 声音がいつもより低い。

 やっぱりダメかぁ。

 死にたくないよ……。

 藤吉郎はついに自分の浅はかさに気がついた。

 そしてこれから起こる顛末を何となく予測した。

 だが、 今になっては何も意味がない。

 それなのに、 体の震えが止まらない。

「猿……」

 信長の声が槍のようだ。

 ジワジワと心を刺してくる。

 やるなら……一思いにやってくれぇ!

「お前、 居なくなってたのか?」

「は……?」

 あまりに予想していなかった返答に藤吉郎はようやく頭をあげた。

 視界に収めた信長の表情には別に怒気なんて物は無かった。

 素っ頓狂とした、 いや藤吉郎の見事な土下座に少し引いているような。

 ひとまず、 全ては藤吉郎の勘違いだったらしい。

 だが、 それから信長が口にした言葉は叱られるよりも心に深い傷を負わされるものだった。

「いやー、 気づかなかったわぁ!」

「え、えぇ?」

「正直、 猿の事なんかいちいち気にしてなって言うか?」

「…………」

「つか、 どうでもいい!」

 わざとなのか!?

 この人、 わざとこんな笑顔で楽しそうに言ってんのか!?

 だとしたらもう人としてクズなんてレベルじゃねーぞ!

「で、 その魚食って良いのか?」

 信長はもう藤吉郎の話題を放棄している。

 その変わり身の速さが藤吉郎の心を更に抉る。

 もう……いいよ。

 俺なんかどうせ……。

 そんな調子で陣のど真ん中で負のオーラ満載の体育座りをキメこんだ。

 そんな、 様子を知ってか知らずか信長は再び声をかける。

「猿、 お前に仕事だ」

「…………」

「阿坂城を落とせ」

「そんなの他にやらせればいいじゃないですか!」

「そう拗ねるな。 阿坂城は堅牢な城だ、 故にお前の頭脳が欲しい」

「俺の……頭脳」

「そうだ、 俺の見立てではお前は織田家一のキレ者と見てる」

「俺が……!」

「そうだ、 織田家一の切り込み隊長!」

 藤吉郎の表情は見る見る内に高揚していく。

 そして、 それが最高潮に達するとガバッと立ち上がり。

「やりましょう! 織田家一の切り込み隊長である俺が見事、 阿坂城を落として見せます!」

「良し、 行けっ!」

「はいっ!」

 そう力強く頷くとズカズカと自信満々で陣を出ていった。

 藤吉郎が出ていった後の陣。

 突然静かになった中で信長は呟く様に言った。

「あいつ……バカだな」


 阿坂城 藤吉郎軍本陣


 地平線から太陽が頭を覗かせ辺りを薄白く照らしている。

 朝特有の清々しい冷気が藤吉郎達の頬を撫でる。

 夜の信長の司令から藤吉郎は直ぐに兵を5000程連れて出立し阿坂城の近くに本陣を立てた。

 そして現在、 策の立案に頭を悩ませている。

「それじゃ、 策を立てて行こう!」

 藤吉郎のハキハキした声が響く。

 それに家臣達は頷いた。

「殿、 この阿坂城いささか落とすのは困難かと」

「ん、 何でだ半兵衛」

「この阿坂城、 形が少々希少です。 北郭と南郭という二つの城を繋いだ造りそして、 周辺には多数の出城が」

「確かにそうだな、 これじゃどちらか片方を落とそうとすればもう片方から反撃を受ける……」

 確かにこの城には隙がない。

 おそらく築城者が相当優秀だったんだろう。

 これは骨が折れるぞ。

「殿、 どうするんですかい?」

「どうにかするさ、 蜂須賀さん」

「だったら良いけどよう」

 とはいえ、 どうするか。

 一つを攻めればもう一つから攻められる……。

 じゃあ。

「二つ同時に攻めましょう」

「やっぱ、 そうなるよな半兵衛」

 にしてもこいついつも冷静だよなぁ。

「はい、 一つずつがダメなら二つ一気にやれば良いのです」

「確かにそれが一番いいだろう。 それじゃあ南郭を頼めるか半兵衛」

「はっ、 お任せ下さい」

 うしっ、 そんじゃやりますか!

「腕がなるぜ!」

「暴れすぎないでね蜂須賀さん」

「んなっ! 何でだよ!?」

「あんたが暴れると少なからず味方にも被害が出るんだよぅ!」

「そん……な」

 いやいや、 そんな絶望しなくても。

 そんなこんなで藤吉郎の阿坂城攻めが始まるのだった。


 藤吉郎軍 本陣


「兄上、 やりましたな」

「何がだ、 重矩?」

 軍議が終わった直後、 竹中重治とその弟、 重矩が二人きりで何やら怪しげに話し始めた。

 周りに人は無く、 寂しげな空気が漂っている。

「軍を二つに分ける事でございます。 兄上は何やら藤吉郎を屠りたいご様子。 今ならばそれが叶いますよ?」

「敵に寝返り、 藤吉郎の背を討てと?」

「その通りにございます」

 自信満々の重矩に重治は乾いた笑みを返した。

「お主は馬鹿か? わしは単に藤吉郎を屠りたいのではない。 奴の全てが欲しいのだ」

「藤吉郎の……全て?」

「左様、 奴が築いた全てを、 奴が頂きに立ったその時にわしが横槍を入れて奪い尽くす……!」

「あ、 兄上……」

 重治の表情は笑っていた。

 だが、 その笑顔は引きつっていて不気味の一言に尽きる。

 それは、 弟である重矩ですら恐怖を覚える程の。

「くふっ……ははは、 ふふははは!」

「兄上……!」

「俺達はぁ、 戦国武将。 ならぁ、 分かるよなぁ? この世は平成とは違う、 裏切り下剋上は当然。 人を信じるなんてバカのやる事なんだよぉ!」

 陣に重治の不気味な高笑いが響いた。


 阿坂城


 日が完全に登った。

 まだ、 肌寒いが太陽がジリジリと地を焦がしている。

 藤吉郎は策略通り軍を二つに分けて阿坂城を包囲した。

 藤吉郎達が攻めるのは二つある郭の一つの

 北郭。

 郭と言えども造りは城さながら、 そもそも阿坂城は二つの小規模の城を一つに繋げた造りなのだ。

 故に油断は出来ない。

 兵力もカツカツだ。

 その為、 この戦は策が重要になってくる。

 無論、 藤吉郎が何も用意していない訳がない。

 それにここは後の天下人、 豊臣秀吉の家臣団。

 優秀な人材揃いだ。

 その一人が蜂須賀正勝。

 現在、 藤吉郎の隣に迫力満点で騎馬に跨っている厳つい男だ。

 藤吉郎は彼の率いる鉄砲隊をこの戦の初めの要としている。

 なぜなら。

「蜂須賀さん、 頼むよ」

「あいよ、 酒奢れよ」

「戦に勝ったらな」

「ははっ、 そりゃそうだ」

 正勝は藤吉郎との軽い会話を早々に打ち切ると真剣な眼差しで阿坂城を睨んだ。

 体中から殺気が溢れ、 戦闘態勢に移った事を表している。

 勝正は拳を振り上げると、

「鉄砲隊っ! 突撃ぃっ!」

 叫びながら振り下ろした。

 それと同時に騎馬を駆り先陣を切る。

『うぉーっ!』

 勝正の後ろから騎馬に乗った鉄砲隊が後を追う。

 通称、 鉄砲騎馬隊。

 鉄砲の機動運用を目的とされた兵科。

 その凄まじい機動力と火力で敵を蹂躙する。

 だが、 正勝が率いるそれにはもう一つ優れた点が存在する。

「鉄砲ー、 構えっ!」

 正勝の叫び、 後続の兵達はそれを復唱しながら鉄砲を構える。

 そして、 いつの間にかバラバラに駆け出した騎馬が綺麗な三列の長方形の横陣へと姿を変えていた。

 この規律の良さと戦闘能力は訓練の賜物だろう。

 阿坂城が近づく、 駆ける正勝そして兵達の気も自ずと引き締まる。

 その時、

「天〜に代わりて不〜義を討つ〜♪」

 正勝が突如、 野太い声で歌い出した。

 その歌声に釣られる様に後ろを走る兵達も歌い始める。

『忠勇無双〜の我が兵は〜歓呼の声に送られて〜♪』

 その曲は旧日本陸軍の軍歌。

 その内の1節、『出征』。

 正勝が兵達に無理やり覚えさせた歌だ。

 まぁ、 無理やりと言っても職業軍人なので不思議と性に合ったらしい。

 兵達も気に入っている。

 その証拠に歌い始めた兵達の顔が生き生きとしはじめた。

 ここが死地であるのが嘘の様に清々しい顔をしている。

 死地にただひたすらに爽やかな歌声が響く。

「勝たずば生きて〜還らじと〜♪」

『誓う心の〜勇ましさ〜♪』

「誓う心の〜勇ましさ〜♪」

 最後は正勝の勇ましいソロでキメると彼は叫んだ。

「撃てェっ!」

 ズドンっ! ズドンっ!

 それと同時に響く銃声。

 軍歌を歌い切った鉄砲隊は駆けながら鉄砲を放った。

 放たれた銃弾は城目掛けて飛翔していく。

 いや、 もっと言うならば城で鉄砲を構えている敵守備兵目掛けて飛翔していく。

 綺麗に正確に確実に。

 これが蜂須賀鉄砲隊にしかない優れた能力。

『狙撃』

 そもそも射程が短い火縄銃は止まっていても狙撃する事は容易ではない。

 だが、 彼らはそれを騎馬の上から駆けながらこなしてみせる。

 しかも相当な精度で。

 今回も放たれた銃弾の殆どが敵守備兵に命中した。

 弾丸を食らった者は無惨に散っていく。

 これも正勝の血の滲むような努力と研究の賜物だ。

 仕事を終えた鉄騎隊はそそくさと横に進路を変えて戦線を離脱する。

 その表情はもう兵士のそれでは無かった。

 一人の父、 息子、 兄弟、 友としての優しげでどこか人間らしい安心する表情だった。

 戦線を離脱する正勝隊の後ろから姿を現したのは藤吉郎が率いる本隊だ。

 彼らは狙撃によりもぬけの殻となった阿坂城へと騎馬を駆ける。

 心情は人それぞれだろう。

 だが、 目的は皆同じだ。

 土埃の中、 藤吉郎は叫ぶ。

「敵を一人でも多く殺せ! そして自分は生き残れ!」

 ガッシャーン!

 阿坂城の城門は案外呆気なく破壊された。

 開かれた突破口より、 藤吉郎隊が次々と城内に侵入していく。

『殺せーっ!』

 その場は一瞬で殺戮の場とかした。

「皆、 押し上げろーっ!」

 藤吉郎も一心不乱に刀を振るう。

 もともと、 数の利がこちらにあるのだ。

 敵は一瞬にして押し込まれていく。

 こうして、 戦いは序盤にしてほぼ決したのだった。


 阿坂城内


「城内にいる人間を一人残らず殺せ!」

 藤吉郎軍は既にあらかた敵を倒し、 残存兵の掃討へと移行していた。

 太陽が中天に登りつめた頃だ。

「敵の指揮官が見つかりました!」

「どこだ!」

「そ、 それが……っ!」

 突如、 目の前にいた伝令が血を吹いて倒れた。

「なっ!」

 ガキンッ!

 驚く間もなく槍が突き立てられる。

 藤吉郎はギリギリの所でそれを防いだが。

「これ……は!」

 彼の目の前に広がったのは生を諦め死を選んだ敵の残存兵達。

 数は30程しかなく、 さらに皆どこかしらに怪我を負っている。

 対するこちらは心身ともに健康な兵士が150程。

 正直、 無謀だ。

 同情すら湧いてくる。

 だが、 戦場において生を諦めた者程危険な存在はない。

 彼らは死を覚悟して突き進んでくる、 そしてちょっとやそっとじゃ止まらない。

 故にこちらも徹底的に潰さなければならない。

「陣を整えろ! 取り囲んで槍を突き立てろ!」

 藤吉郎は痛む心を無理やり沈めながら叫んだ。

 藤吉郎の兵達はその声に洗練された動きで答え、 瞬く間に敵を取り囲み蹂躙を始めた。

 敵が一人、 また一人と倒れていく。

 だが、 止まることはない反狂乱で突き進んでくる。

 その勢いは圧倒的有利にあるこちらが怯え怯む程だった。

 だが、 いくら怯えようとこちらが囲みを解く事は無く、 敵の数は確実に減っていった。

 そして、 敵の中心から指揮官らしき男が。

 片手に矢を握りしめてこちらを睨んでいる。

 その弱々しい肢体に藤吉郎は見覚えがあった。

 いや、 つい昨日会っている。

 共に釣りを楽しみ世を憂いあった存在。

 初対面にして素直に心を開けた存在。

 そう、

「おじい……さん!」

 あの釣り師だ。

 彼は藤吉郎を見つけると物凄い形相で矢を構えた。

 矢尻はもちろんこちらを向いている。

「ど、 どうして……! なんで貴方が!」

「…………」

 彼は答えない、 矢をつがえる腕に力を込めるのみ。

「戦場は憎むべき物だと言ってたじゃないか!」

「…………」

「なぜ何も言わないんだ!」

「これがわしだ……!」

「え……!」

 今、 藤吉郎はどんな顔をしているだろう。

 きっと絶望に打ちひしがれているに違いない。

 それに対して老人はひたすらにこちらを睨んできている。

 先ほどと何も変わらない。

「戦は忌むべきものだが……わしはそこで生きてきた!」

「じゃあ、 どうしてあんな事を!?」

「ただの戯れよ……!」

「……えっ!」

 バシュッ!

 次の瞬間、 矢尻は藤吉郎に向けて飛翔していた。

 二人の間に遮蔽物はない。

 止めるものは何も無い。

 矢尻はただ藤吉郎に向けて飛翔するのみ。

 そして、

「ぐあっ……くっ!」

 左の大腿に突き刺さった。

「藤吉郎っ!」

 事態に気がついた正勝が駆け寄ってくる。

 それに呼応して、 他の兵達も藤吉郎と老人の間に入る。

 もちろん老人も逃げねばならない。

 彼は踵を返し駆け出した。

「くそっ……! 待てよぉっ!」

「藤吉郎と言ったな……良い将だ」

 逃走の足を一時止め老人は呟く。

「どうして……?」

「……ふっ、 わしの名は大宮入道含忍斎! この世の古きを守る者なり!」

 そう高らかに叫ぶと再び逃走していくのだった。

「おい待てっ!」

 くそっ、 信じてたのに……。

 嬉しかったのに……。

「くそっ、 くあぁぁぁっ!」

 絶望と後悔の入り交じった涙と発狂が辺りに木霊した。

 その声は老人にも届いた事だろう。

 こうして藤吉郎は負傷しながらも阿坂城を陥落させたのだった。


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