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ラタタッタ!(Rat-a-tat-tat or: Honky Tonk Whooper-Dooper!!)  作者: 嘉野 令
Chapter 1 ゴンベ・ザ・ネームレス(Gonbe the Nameless)
7/21

#005 土蜘蛛 ~大し眼は日月の光の如く輝けり~

 太陽と砂漠に熱せられた風が頬を撫でる。

 正午もだいぶ過ぎて、一層暑くなる中、リン・フェスタはじりじりと焦りと苛立ちを覚えていた。

 シアがせっかく用意してくれたサンドイッチと紅茶も味気ない。しゃきしゃきのレタスにほどよい塩気の生ハム、合成ではない本物の紅茶――普段の食生活を考えれば、口にした途端に飛び上がり、変なポーズしながらおいしさを表現してもいいほどの食事なのに。

 それというのも、前回遭遇した場所へ来ても八脚戦車ツチグモを見つけられずにいたからだ。しかも、暑い。

「どこ行っちゃったのよ、まったく」

 自然とため息も漏れる。

 索敵を始めてかれこれ二時間が経過していた。今も、フォルクスワーゲンのタイプ2――ウサギ号を中心に、メンバーが四方へ散ってツチグモを探している。

 短気でせっかちなリンはイライラしっぱなしだが、他はそうでもないらしい。

 ウサギ号の居残り組も――

「おなかすいた」

「カレンさん、さっきお昼食べたばっかりでしょ!」

 さっきっからこんな具合である。

 運転席のカレン・カレルが思い出したように呟き、ラン・フェスタがツッコミを入れる。なんとまぁ、のどかな光景だこと。

 そんなふたりを相手にせず、リンは屋根の上の銃架に着き、双眼鏡を周囲へ向けていた。

 あの日と変わらない、あたりの景色。

 青い空、白い雲、高い太陽。うんざりするような一面の砂漠に、まるで墓石のような旧文明の建物跡。

 ここで、アイツ――ゴンベに出会ったのはほんの数日前。

 この数日でいろんなことがあった。あれよあれよという間に、八脚戦車には賞金が懸けられツチグモと命名され、そいつとの対決を仕向けられた。そう、ゴンベによって仕向けられたのだ。もうこれは間違いないとリンは思う。

 最初はそれに抵抗も反発も不満も抱いたが、今となってはいいスタートにも思えた。おかげで、仲間も増えたわけだし。

 リンはインカムのスイッチを押した。

「あーあー、こちら、う、ウサギ号」

 やっぱり、もっとかっこいい名前にすべきだったと思いつつ、それはさておき。

「みんな、どーお? いそう? どーぞ」

 周囲へ散っている斥候たちに問う。見つかれば報告してくるのだから訊くまでもないことだが、せっかちなリンはこうして訊いてしまうのだった。

「こちらシアです。さきほど大きなキャラバンが通ったから、こちらにはいないのかも知れないです。どうぞ」

 北担当のシア・クリスタラーが報告した。ただ通りかかった人間――ゴンベすら補足されたのだから、大規模な車列を見逃してくれるはずもない。彼女の指摘はもっともだろう。

「あっしの方は動くもんすらねぇありさまですぜ、組長」

 南担当のゲン・オシノは無線越しにもかかわらず、名乗らずとも彼だとわかる。それはともかく、社長を組長と呼ぶのはそろそろやめてもらいたい。

「あ、あー。ははは、困ったな」

 続けて、東担当のゴンベが勝手にしゃべり始めた。

「ゴンベどしたの? どーぞ」

「メーデーメーデー」

「いーから、報告して!」

 すでにイライラしていたリンが怒鳴った。

 出会ったその日からそうだが、要領を得ない話をする男である。その一方で、講談のような流暢さを発揮することもあるのだから掴み所がない。

「ははは、いたよ。今ね、僕に砲塔向けてるよ」

 笑いながらメーデーメーデーなんて言ってる場合ではなかろうに。

「あ、撃ってきた!」

 通信と東、両方から爆音。

「大丈夫!?」

「ははは、今のは威嚇だよ。この間もそう――」

 笑っているからまだ生きている。またも長くなりそうな話を一方的に遮って、リンは叫びだした。まずは運転手に指示を出す。

「カレン! 出して!」

「どっち?」

「南! ゲン拾って!」

「わかったー」

 カレンのやる気のない返事と共に走り出すウサギ号。

「ゲン聞いてた? 途中で拾ってそのままゴンベんとこ行くから近くなったら発煙筒! わかった!?」

「へい、組長! がってん承知でぇ!」

 リンの知らない単語を織り交ぜて、ゲンが威勢良く応じた。

「シア、ごめん! そっちはダッシュで向かってくれる!?」

「リンちゃん任せて! ここからも煙見えてて場所はわかるから!」

 銃器を装備していないゲンをひとりで向かわせても意味がない。ここはシアに走ってもらうしかない。

「お願いね!」

 勢いよく走り出したウサギ号の屋根から顔を出しているリンの頬を、疾風が撫でる。今までの暑さもイライラも蜃気楼のように掻き消えた。

「さぁ、来た来たっ! みんな、気合入れてっ!」

 凛とした少女の掛け声が、砂漠に響き渡った。


 ゴンベは困ってしまっていた。

「いやぁ、ははは」

 にもかかわらず、笑顔で後頭部など掻いている。

「困ったなぁ、ははは」

 砂塵舞う荒野の真ん中で、ゴンベと機械は向かい合っていた。

 先日と同じように、ゴンベは無人兵器に睨み付けられている。今度の相手はあのときの親機――八脚戦車ツチグモだ。

 センサーカメラが目の前のヒューマンターゲットを捉え、IFFが敵か味方か一生懸命判断しようとしている。

 百年という長き歳月、メンテナンスを受けていないハードウェアは錆び付き、ソフトウェアはキャッシュでいっぱいだ。そのため、動きも判断も緩慢なのだが、センサーカメラに睨み付けられているということは、カメラと同軸の一二〇ミリ滑腔砲という巨砲にも睨み付けられているということになる。

 暗い砲口がゴンベの目の前にある。

「ははは、僕、死んじゃうかも」

 まったくである。

 苦笑いなどしている場合ではないのだが、ゴンベなりに自分の役目を果たそうとしていた。すなわち、囮である。

 そこへ、砂塵を巻き上げウサギ号が到着した。

「おうおう! やっと見つけたぞ、ブリキ野郎」

 勢いよく扉を開き、ゲンが長ドスひっさげて飛び降りた。

「カラクリ風情が人間様に喧嘩売るたぁ上等でぇ」

 などと言いながら歩み寄る。ツチグモも新たな不明目標を見遣るため、砲塔をゲンへと向けた。

「あっ、バカ! 何してんの! 砲塔こっちに向けたら攻撃できないでしょ!」

 リンがゲンを叱責した。

 ツチグモはまだこちらを敵と認識していない。仕掛けるならそっぽを向いている間がベターなのに、わざわざ目立つヤツは馬鹿に違いない。こうなるとリンは容赦ない。

「へへっ、組長。こんなブリキ野郎はあっしの人斬り包丁で――」

「カタナでどうにかなる相手じゃないでしょ、バカ!」

 などと言い合っていると、運転席のカレンが呟いた。

「あ、こっち向いた」

「げっ!」

 ツチグモは砲口とカメラをウサギ号へと向けていた。ツチグモのCPUにしてみれば、敵歩兵の可能性よりも、敵車両の可能性をより優先的に処理したいところだろう。

「ねぇ、ゴンベさん」

 ウサギ号の車内から、ランが震えながら呼びかけた。何か怖いことにひとり気付いてしまった感じである。

 まるで、墓場でひとり、ひとだまを見つけてしまったかのような。

「なんだい、ランちゃん」

「私、兵器のこととかわかんないんだけど……」

 そんな前フリは、おそらく今は必要ない。

「ツチグモ、この車のこと、覚えてたり、するの、かな?」

 兵器が人の顔を覚えていることはないだろう。だから、ゴンベも撃たれずに済んだ。しかし、車両ならどうだろうか。

 我が妹ながらなかなかに鋭い。なんて感心してる場合じゃない。リンの脳内では警鐘ががんがん鳴っている。

「ははは、ほんの数日前のことだからね。最近接触した高脅威目標のリストと照合したらすぐに見つか――」

「カレン! 出して出して! 早く!」

「ほーい」

 空冷式水平対抗四気筒エンジンが呻り、ウサギ号が急発進。

 その直後に轟音と衝撃。

 ツチグモの放った装弾筒付翼安定徹甲弾という、つまりは強力な砲弾がウサギ号をかすめて砂漠に突き刺さり、大地を揺るがした。

 砲塔に近かったゴンベは発砲の衝撃で吹き飛ばされ、ウサギ号に近かったゲンは着弾の衝撃で吹き飛ばされた。

 砂塵が濛々と舞う。

「砲塔の回転は遅いみたいだから、それより早くまわり回って! 走り続けて!」

「わかったー」

 銃架のM2をぐいっとツチグモへ向けつつ、リンはカレンに指示。返事こそいつも通りのんびりとしたものだったが、カレンの判断力とドライビングテクニックはなかなかのもののようだ。

「あと、ランは隙見て降りて!」

「えっ? なんで?」

 ボディアーマーに包まれた妹が目を丸くした。

「ウサギ号が囮になってんだから、あんた降りるの当たり前でしょ!」

 姉としてはランをなるべく安全なところに置いておきたいのだ。

「でも!」

 否を認めるつもりはない。

 リンは銃架から車内に戻り、おろおろするランを前にして無線に怒鳴った。

「ゲン!? まだ生きてる!?」

 砂の上に突っ伏しているゲンを呼ぶ。よろよろと起き上がりながらも力強い答え。

「へ、へい! これっくらいなんともありやせん!」

「タイミング見てラン投げるから受け取って!」

「お姉ちゃん!?」

 驚きとも批難ともつかないランの叫び。しかし、大砲に追われている以上、停車はできない。また、大砲に狙われている以上、いつまでも乗せてはおけない。

 がばっとドアを開き、リンはランの肩を抱いた。

「ラン、気をつけて」

 そっと耳打ちすると――

「受け取って! ゲン!!」

「へい、組長!!」

 走り続けるウサギ号から妹を放った。

「かしらああああああああああああああああああああああぁ!!」

「ひにゃあああああああああああっぷふべ!!」

 ゲンが見事にキャッチ――したかに見えたが、ランを抱きかかえたまま尻餅をつき、そのまま後転。砂の上を転がった。

「無事!?」

 ウサギ号の窓から振り返るリン。その先には砂煙にまみれたふたり。

「げーっほごほごほっ」

「へ、へい、組長! カシラの御身は無事でございやす!」

 ゲンは自分自身のことを報告しなかったが、この調子なら平気だろう。

「オーケー! じゃあ、みんな、落ち着いてツチグモから距離取って! このままウサギ号を囮にして注意引きつけるけど、シアが合流したらMGで注意引いて! そしたら、今度はあたしがオフェンスになってRPGでヤツの側面をやるから! 戦車の正面装甲抜けるほどの火力はないし、一発しかないんだから、みんなうまくあわせて!」

 矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、リンは屋根の上の銃架に戻り、ツチグモに照準。牽制射撃をしようとトリガーに指をかけるも、新たな脅威が現れた。

「正面に子蜘蛛だよ」

 カレンの報告で進行方向を向くと例の四脚装甲車。子蜘蛛とはなかなかのネーミングセンスだ。ウサぴょん号なんて言ってたくせに。

 すでに親蜘蛛から情報を得ていた子蜘蛛はウサギ号目掛けて三五ミリ機関砲を連射してきた。すんでのところでカレンがハンドルを切り、勢いそのまま両者はすれ違う。

「カレン、ナイス!」

 銃架を回頭、四脚装甲車の背面へM2機関銃をぶっ放す。

「だぁもぉ!」

 走行中の揺れる車からの射撃。多少は命中するも倒しきれない。だが――

「えっ!?」

 明らかに命中弾が少なかったのに四脚装甲車は爆発四散した。まるで、戦車砲にでも撃たれたかのように。

 それは比喩ではなかった。

 ツチグモを見れば、砲口から煙が上がっている。ウサギ号を狙って撃った弾が味方の装甲車に当たったのだ。

 親蜘蛛が子蜘蛛を同士討ちとは酷い話だ。

 だが、これはフェスタ・カンパニーにとってラッキーだと思いきや、そうでもなかった。すぐ近くで四脚装甲車が木っ端微塵になったのだ。破片が爆風に乗って襲いかかり、後部タイヤがパンクした。

 べこべこぼへなどと言いながら急激にスピードダウンするウサギ号。

「やばい!」

 動き回って錆が落ちたのか、それともコツでも掴んだのか。砲塔の動きがだいぶ滑らかになったツチグモが、反対に歩みの遅くなったウサギ号へ狙いを定める。

「お姉ちゃん!!」

「組長!!」

 答える余裕はない。

「カレン! 降りて! 逃げて!」

 リンの悲痛な叫びに、カレンは掛け声というにはあまりにも間の抜けた何かを口にした。

「うーりゃー」

 目一杯アクセルを踏み込む。

 カレン・カレルはいつからそれに気付いていたのだろうか。周囲に気を配っていたはずのリンでさえ、その地面の特徴を見落としていた。

 文明崩壊前に街だか施設だかがあったのだろう。朽ち果てた壁が墓石のように並んでいる。そして、砂漠の砂の間に僅かだが、かつての床面や路面が残されていた。

 中には、砂に埋もれてはいるものの、大きな地下室への入口もあった。

 その穴が、カレンとリン――ウサギ号の目の前に迫る。

 がくん。

 ふっと重力のなくなる、落とし穴の感覚。または絞首台の床が落ちる感覚。幸いにも、リンはどちらの経験もなかったが、自分たちがちょっとした段差を落ちたのはわかった。

 一二〇ミリ砲の轟音と衝撃。

 一段低いところへ突っ込んだウサギ号の頭上を装弾筒付翼安定徹甲弾が駆け抜けた。またもや間一髪の紙一重。遥か遠くに着弾。

 全身を強く打ち、痛みに耐えつつ、リンはウサギ号から這い出た。

 改めて見ると、ウサギ号は頭から穴に突っ込んだ形になっている。例の海賊旗のウサギさんは鼻っ面をひどくぶつけたことだろう。

「カレン、大丈夫?」

「だいじょぶー」

 まだ運転席でハンドルにもたれかかっているカレンだったが、ひらひらと手を振っている。なかなかのファインプレーを褒めたいところだが、やはりそれどころではない。

 ツチグモが機械仕掛けの八本足をずしんずしん言わせてこちらへ向かっている。

 戦車による砲撃戦というのは本来、その長射程を活かして行われる。こんなに接近して大砲を撃つようにはできていない。

 それもあって、ツチグモが穴に落ちたウサギ号を撃つには、さらに近づき、前足を下げつつ後ろ足を上げ、俯角を取るという多脚車両らしい器用さを発揮せねばならない。

 人間であれば、塹壕に籠もる相手を見下ろし銃を向けるようなスタイルだろうか。

 ともあれ、射線を確保すべく、ツチグモはずしんずしんとこちらへ向かっている。リンは車内からRPGとその榴弾を取り出すも、敵は真正面。もっとも装甲の分厚いところである。今はまだ撃てない。

「リンちゃん、逃げてー!」

 ようやく駆けつけたシアが丘の上から機関銃を掃射するも、ツチグモの気を引くことができない。

「やいやい、ブリキ野郎! こっち向きやがれ!」

 ゲンがツチグモの後ろから石など投げつけるも、やっぱり気を引くことはできない。

 正面から一発こっきりの対戦車榴弾をダメモトで撃ち込もうかとリンが悩んでいると、ウサギ号車内のカレンが何かを放ってきた。

「ほいっ」

「へっ?」

 あまりに唐突なものだから、リンはRPGを取り落とし、両手でその何かを受け取った。受け取ってしまった。

「ななななななにっ!? なんでっ!?」

 それはダイナマイトの束だった。

 それはココロ・ザ・ミゼットがおまけでくれた爆発物だった。

 それは導火線に火がつき、線香花火のようにぱちぱちしていた。

「床」

 ぽつりとカレンが呟くと、リンもその意味を理解した。

 今そこに、ウサギ号すら落ちる穴があったのだ。おそらくそれは昔の地下室か何かだ。地下街かも知れない。とにかく、それならば、この辺の地面の下には空洞があるはずだ。

 リン・フェスタは駆けだした。

 無人兵器ツチグモへ向かって。

 さすがのツチグモも突然走り出した少女を警戒したが時すでに遅し。リンはダイナマイトをツチグモの足元へと投げつけた。

 爆発。

 もちろん、装甲に覆われた兵器であるところのツチグモをダイナマイト程度では傷つけることはできない。

 だが、朽ちた建物の朽ちた床を崩すことはできた。

 ツチグモの足元が一気に崩れ、それこそ落とし穴に落ちるように、八脚戦車は地面に埋もれた。

 砂塵が濛々と舞う。

「やった!」

 誰かが叫んだ。

 落ち着いて考えてみると、それはリン自身の歓声だった。

 周囲へ散らばっていたパーティメンバーが駆け寄ると、ツチグモは砂漠の墓穴にすっぽりはまっていた。八脚をばたつかせても、砲塔を回しても抜け出すことができない。

「こうなると蜘蛛の妖怪も憐れだね、ははは」

 結局、案の定、何の役にも立たなかったゴンベが笑う。まったく、この男は。

「さって…トドメ、刺すからね」

 リンはRPG-7に対戦車榴弾を装填し、身動き取れないツチグモへと構えた。

 仲間たちが期待の眼差しを向けてくる。

 出会って間もない彼らだが、一緒に死線をくぐり抜けた仲間である。そんな仲間たちと一緒に背伸びをし、幸運にも恵まれ、いま三五〇〇エスクードの賞金首を討つ。

 ちょっとした感動で胸をいっぱいにしながら、リン・フェスタは瞳、眼鏡、照準器、ツチグモを一直線にし、トリガーに指をかけ――

 ずしんずしんずしんずしん。

「えっ?」

「あっ?」

「へっ?」

「はっ?」

「子蜘蛛、まだいた」

 まだ他にもいるだろうことはわかっていたのに。ツチグモを捉えたことで安心しきっていたのか。ツメが甘かった。

 丘の上から、四脚装甲車の三五ミリ機関砲塔がひょっこりと顔を出した。

 もちろん、その子蜘蛛は親蜘蛛と情報を共有している。

 すぐに発砲、連射。

 戦車の装甲すら切り裂く砲弾が雨霰のように、リンたちに襲いかかった。これはもう迷っている場合ではない。ウサギ号の機関銃も使える状態ではない。

 リンは一瞬で決断し、RPG-7を丘の上の四脚装甲車へと向けた。

 そして、たった一発しかない、ツチグモを唯一倒し得る対戦車榴弾を、親蜘蛛ならぬ子蜘蛛に発射した。

 発射の反動を打ち消す多量のガスを後方に撒き散らし、対戦車榴弾が飛び出した。空中に放たれた榴弾はロケットブースターを点火。燃焼ガスと曳光材を盛大に噴射し、子蜘蛛の砲塔に直撃。

 戦車の正面装甲は破れないものの、装甲車なら楽勝だった。

 親蜘蛛のピンチに駆けつけた四脚装甲車は、成形炸薬の直撃を受けて爆発炎上。暗くなり始めた砂漠にのろしをあげた。

 間一髪で助かったわけだが、これを喜んではいけない。みんなもうわかっていた。

「ねぇ、これ、どうやって、ツチグモ、止めればいい、の?」

 トリガーを引いた張本人――リン・フェスタが仲間に訊いた。

 今もなお、親蜘蛛は穴の中でうごうごしている。そいつを止めることのできる武器は使ってしまった。替えはない。

 それに、おそらく、きっと、確実に、他にも子蜘蛛がいるだろう。

「え、えっと……」

「組長、ここは潔くハラキリ――」

「リンちゃんは悪くないからね?」

「ははは、これは困った困った」

 みんなして口々に何やら言うが、解決策は出てこない。

 ずしん。

 ずしんずしん。

 ずしんずしんずしん。

 ずしんずしんずしんずしん。

 あっちこっちから例の機械の足音。

 日中の暑さに反して、砂漠の夜はとても冷える。日が陰ってきたからか、ひやりとする風が六人の間に吹き、それぞれの頬を撫でた。

 四方八方から現れた子蜘蛛も、穴の中の親蜘蛛――ツチグモも薄暮を感知し、彼らは一斉にライトを点灯した。

 蜘蛛たちの光る目がフェスタ・カンパニーを睨み付ける。


 そもそも、土蜘蛛という言葉は妖怪を意味するものではなかった。

 古代、極東の島国にあって、中央の朝廷にまつろわぬ諸勢力を土蜘蛛と称したのだ。別段、蜘蛛という虫とも関係はない。土というのも土豪や土人の「土」なのだろう。

 だが、その名のせいか、またはまつろわぬ民の逸話を伝承に取り入れたのか、いつしか大きな蜘蛛の妖怪として知られるようになる。

 中世に記された『土蜘蛛草紙』という書物では、イラスト付きで蜘蛛の妖怪として描かれ、鬼退治伝説で有名な武士に討ち取られたとされている(もちろん、これは中世らしいフィクションのひとつだ)。

 ともあれ、その『土蜘蛛草紙』は妖怪「土蜘蛛」について、このように描写、記述している。

 大し眼は日月の光の如く輝けり、と。


 蜘蛛の群れの光る瞳に照らされて、六人はぱっとツチグモと同じ穴に飛び込んだ。頭上をあっちこっちから放たれた機関砲弾が飛び交う。

「あぁんもぉ! なんでこんなことになるのよぉ!」

 特に忍耐強くもないリンが砲声に負けないくらいの大きな泣き言をぶちまけた。

「そんなこと言ったって、お姉ちゃんが一発しかないの撃っちゃうからぁ!」

「なにそれあたしが悪いって言うの!?」

 リンとランの仲良し姉妹が言い合いを始めてしまった。

「でも、あのときは撃たないとダメだったのよ、ランちゃん」

 リンを弁護しつつ、塹壕代わりの穴からグロスフスの機関銃を乱射して、敵を牽制するシア。

「でもでも、お姉ちゃんっていつだってせっかちで、ちょっとトリガーハッピーなとこあって――」

「うーるさぁい! このっこのっ!」

 トリガーハッピーという妹の指摘は正しいようだ。東洋製の機関拳銃モールチャンを周囲に撃ちまくっている。装甲目標相手に効果がないのは本人も重々承知のうえだろう。

 たぶん、単なる八つ当たりか何かだ。

「手前ェ、この野郎! ブリキの脳みそ引き摺りだしてやらぁ!」

「てーい。うりゃー。とりゃー」

 ゲンはドスで、カレンはバールで、ツチグモ本体を解体しようとがんばっているが、こちらも相手は装甲目標。着眼点はいいがどうにかなるものでもない。

「ははは、これは困ったねぇ」

 そんなフェスタ・カンパニーの面々を見て、丸腰のゴンベには手伝うことなどない。ないように思われていることだろう。

 今も誰ひとりゴンベには注目していない。

「さってっと……」

 気の抜けた掛け声と共に、ゴンベはストールの影から両手を出した。

 あの日のあの時も、リンとランの助けがなければ、ゴンベはこうするつもりだったのだ。

 思考からナノマシンを介し、インターフェースを起動する。

 デバイスは使い慣れた仮想キーボードを選択。

 すぐさま淡く輝くキーボードが空中に現れた。

 踊るような手つきで次々とコマンドを入力。

 共同連合軍GHQシステムに最先任将校としてログイン。

 リンクするトランスオクシアナ共同体のネットワークへ介入。

 該当する小隊無人誘導システムを見つけてアクセス。

 軍務および軍役からの解放ならびに全活動の停止を下命。

「みんな、おつかれさま」

 最後のエンターキーを押し、仮想キーボードを消し去った瞬間――

「ゴンベ! あんたも何かしなさ、い……?」

 リン・フェスタに見られてしまっただろうか? いや、見られていたとしても、彼女たちには魔法やまじないのようにしか見えないだろう。

「なに、してんの?」

「ははは、なんでもないよ」

 ゴンベは笑ってごまかした。

 直後に起こる天恵のおかげで、これ以上は追求されることなどないだろう。

「あら? 子蜘蛛さんたち……止まっちゃいました?」

「え?」

 シア・クリスタラーが撃つのを止め、リンが周囲を見わたした。

「おっと、親蜘蛛の野郎が……ぴくりとも動かねぇ」

「え?」

 ゲン・オシノが手を止め、ランがドスとツチグモを交互に見た。

 しばしの沈黙。

 銃声も砲声もない。

 機械の足音もない。

 夜風が砂塵を巻き上げる音だけが荒野を支配する。

「えっ、つまり、どういう、こと? もしかして――」

 リンの呟きをカレン・カレルが引き継いだ。

「やっつけた」

 突然の幕引きに、彼女たちはあっけにとられていた。


「はいっ! みんな、気合いれて……せーのっ!」

 リンの号令一下、全員でロープを引っ張る。しかし、みんなもうへとへとだ。力など出ようはずもない。

 穴にはまったウサギ号を引っ張り出すには力不足だった。

「あぁんもぉ!」

 リンが苛立ち、砂を蹴り上げる。

「……しょーがない。組合に連絡入れてみるわ。こんな醜態、同業者にバカにされるんだろーなーもー」

 ぶつくさ言いながらリンは傾いたウサギ号の車内に入り込み、無線機を操作する。

「でもでも、私たち、三五〇〇エスクードの賞金首討ち取ったんだよね!」

 重かったボディアーマーを脱ぎ捨て体の軽くなったランが、ツインテールをぴょこぴょこさせながら嬉しそうに飛び跳ねている。

「三五〇〇エスクード! 三五〇〇イリオン・エスクードですよ、社長!」

「はいはい、わかったわかった」

 嬉しさのあまり副社長モードになった妹にリンは生返事。

「へへっ、うちの組も若ぇのにてぇしたもんだ」

 結局、その長ドスがモノを言わなかったゲンも嬉しそうだ。

「ゲンさん、我が社はヤクザではありませんよ」

「こいつぁ失礼いたしやした、カシラ」

 リンが通信している間に、ランとゲンがそんなコントを繰り広げている。この男はあくまでもヤクザであり続けるつもりらしい。社長は組長じゃないし、副社長は若頭じゃないというのに。

 イリオンシティの組合事務所との通信を終えたリンが仲間に向き直った。

「あー、救助来てくれるけど、明日の朝になるって」

「じゃあ、今夜はここで野宿ね!」

 誰かが不満を口にするより早く、シアが両手を胸の前で合わせ、瞳を輝かせた。

「なんで嬉しそうなのよ」

 リンの呆れ声に、シアとカレン以外は笑いあった。シアはみんなと野宿することが、冗談ではなく本気で嬉しかったのだろう。

 なんともまぁ、のどかな光景である。

「ははは、今夜くらい野宿もいいんじゃないかな」

 ゴンベが天を仰ぐ。

「ほら、ご覧よ」

「何を?」

「星があんなにも綺麗だよ」

 促されるまま、みんなしてあんぐり口を開けて星を見た。

 文明崩壊から百年。

 人類は地表の灯りの多くを失った。

 その代わり、たくさんの星を見ることができる。

 一同が夜の砂漠でぼーっと星空を見上げていると、相も変わらず眠そうなカレンがぽつりと一言。

「おなかすいた」

 すでに日も暮れ、お昼のサンドイッチの味も思い出せない。緊張と興奮から解放され、リンもおなかぺこぺこであった。

「そーね……あたしも、おなかすいた」


 こうして、フェスタ・カンパニーは旗揚げ早々賞金首を討ち取るという快挙を打ち立てた。自力で帰れず組合に助けてもらうという恥ずかしい思いをしながら。

 ともあれ、ここに、ひとつの伝説が始まった。

※「土人」という表現を使用していますが、ご覧のように差別的意図はありません。

※誤字を修正しました。

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