#003 社長と呼ばないで
リン・フェスタは呆れ半分、感心半分だ。
「ホントに賞金首んなるなんて……」
組合事務所の掲示板に新たな手配書が張り出されている。
WANTED
Dead or Alive
The TsuChiGuMo(UGV WT-35)
REWARD OF 3,500 IoEsc
BY ORDER OF Ilion-City Bounty Hunter Cooperative
眼鏡を外して裸眼で見ても、かけ直して見ても、これは事実だった。
「さんぜんごひゃく……」
ラン・フェスタが、小さな喉をごくりと鳴らした。リンの妹には、昔からお金やお金儲けに過剰反応する悪癖がある。
誰かさんが喧伝したおかげで、例の無人兵器に三五〇〇イリオン・エスクードという、ちょっとした賞金が懸けられた。しかも、言い出しっぺだからなのか、ゴンベが勝手に命名した「ツチグモ」という名称で、である。
名前こそつけられたばっかりだが、交易商や行商人の間では既知の脅威であった。たびたび被害も出ている。今まで賞金首になっていなかったのは、東の街クンルンニシルとの貿易額が少なかったからに他ならない。
そもそも、東西南北どの交易路も大なり小なり同じような危険がてんこ盛りなのだ。
それにもかかわらず、独立商人や企業、当局をその気にさせて賞金を出資させてしまったのだから、リンも感心せざるを得ない。
「ここまでやれれば大したもんね、まったく」
「ゴンベさん、プレゼンとか得意なのかも?」
「そーねぇ……」
街に着くなり、なかなかの影響力を発揮したものである。丸腰でへらへらしてる人畜無害そうな風来坊――ゴンベにも何かの才能があるのだろうか。それとも単なる強運か。
だいたい、彼は何の目的でこのあたりを旅しているのだろう?
「おう、フェスタの。お前ら、コイツ狙ってるんだってな?」
顔見知りの組合長がばしんと背中を叩いた。
「ぶぇっほげほっ!」
さすがは元賞金稼ぎ。腕力は衰えていない。背中が痛い。
「……なんか、いつの間にかそういうことになっちゃいました」
「駆け出しの中小零細が狙うにゃあ、ちょいと大物だな」
「ですよねぇ……」
経験は浅いが、そこそこ頭の回るリン・フェスタだ。それはよくわかっている。明らかに実力が伴っていない。
だが、一方で、評判も大切だ。開業早々、三五〇〇エスクードの賞金首を討ち取ったとなれば、受注仕事も増えることだろう。凄腕のフリーランスや大手に一目置かれたりしたら、さぞかし気分もよかろう。
そんな思惑もありつつ、ゴンベが勝手に広げた風呂敷もありつつ、リンもランもあれよあれよという間にツチグモを討ち取る腹づもりになっていた。
「お前らって、まだふたりだけだよな?」
「そうなんです」
組合長の指摘はわかっている。
「なら、装備と人員の拡充。まずはそっからだな」
その通りである。
「装備と、人員かぁ……」
若き社長――リン・フェスタは思案した。
装備は早急に対戦車なんちゃらの類を用意する必要があるだろう。けして安いものではないが、ある程度ツケの効く行商人――ココロちゃんに頼ればなんとかなる。また二十世紀の骨董品を売りつけられるだろうけど、それは仕方がない。彼女のオススメ品は費用対効果がいいものばかりなのだ。
それより問題は人員である。
自分たちの生活費すら切り詰めての起業だったから、高給を提示できるはずもない。プロの傭兵を雇う資金があれば、今夜は久しぶりにお肉を食べたい。
「難しいとは思うけどよ、お前らはフェスタ夫妻――ケンとアンの忘れ形見だからな。俺としても期待しちまうのさ」
まだ現役だった頃の組合長と両親が一緒に仕事する姿をリンはよく覚えていた。葬儀も彼が取り仕切ってくれたのだ。
「悪くねぇ賞金額だからな。ヨソに越されちまわねぇよう気ぃつけな!」
「はーいっ」
期待の大きさを感じながら、リンとランは組合事務所を後にした。まだ日も高く、街は活気づいている。行動するにはいい頃合いだ。
「さって、人集め、しよっか?」
「うん!」
小さな副社長は小さな握り拳を作った。
「あたしは一応、シアのコネ頼ってみるつもりだけど――」
お金持ちの幼馴染みである。彼女の家に頼るみたいで気が進まないが、本人はいくらでも協力すると言ってくれている。今こそ頼ってみようとリンは思っていた。
「なら、私は以前から考えている、低賃金で腕っ節の強い社員を雇えるプランを実行に移してもよろしいでしょうか、社長」
何か策を用意していたらしい妹が急に、フェスタ・カンパニー副社長兼最高財務責任者という仰々しい肩書きに相応しい口調と態度を示した。まだ十二歳の女の子なのに。
そういえば、ランって昔から、おままごとの代わりに商談ごっことか仕手戦ごっことかM&Aごっこで遊んでいたっけ。
「ん、じゃあ、そっちは任せるから手分けしてやろっか」
「はい、社長」
まだ副社長モードを続ける妹に、リンはでこぴんひとつ。
「ひにゃう!」
「社長って呼ばないの」
さすがに、妹にまで社長扱いされるとちょっと気恥ずかしい。今まで通り「お姉ちゃん」でいいでしょうに。
「まったくもぉ」
その日の午後、リン・フェスタは幼馴染みのシア・クリスタラーを訪ねた。街の北、郊外にある大豪邸である。新大陸の荘園主のようなコロニアル風のお屋敷で、リンも幼い頃から遊びに来てはいるが、今なおその豪華さに圧倒されてしまう。
「あら、リンちゃん! いらっしゃい!」
ハウスメイドに取り次いでもらい、これまた豪華な応接室で待っていると、シア・クリスタラーが嬉しそうにやってきた。
シアは上質な生地――リンにはそれがなんという素材なのかもわからなかった――の白いワンピースをひらひらさせ、駆け寄ってきた。白い肌とまっすぐに伸ばした金髪が美しい。彼女は昔から、絵本の中から飛び出してきたお姫様みたいだった。
変わらぬ親友の姿にリンは自然と微笑んだ。
「シア、ひさしぶり」
クリスタラー家といえば、イリオンシティに知らぬ者なき名家である。最初期の入植者であり、ガス田を最も多く所有し、いくつもの企業を経営し、代々の領主とも懇意にしている。
そんなクリスタラー家の一人娘がなぜ、自分と同じ下町の学校に通っていたのか。リンは今なお不思議に思っている。何か事情があったら悪いと思って事情を訊いたことはない。
ともあれ、リンの知り合いのうち、最も豊かで最も顔の広いのがシア・クリスタラーであった。
「っていうわけでね、なるはやで、それもなるべく安く、人を集めたいわけなのよ」
と、リンは事情を説明した。
「あたしとランを入れて、せめて五人は欲しいとこなんだけど、傭兵は高いし、社員雇うにしても、実績ないからそんなにいっぱい給料払えないし」
「うーん」
話を聞いたシアは首を傾げ、人差し指を細い顎にあてた。考え事をするときの彼女の癖だった。
「社長さんも大変なのね」
「もぉ、シアまで社長扱いしないでよ」
「ごめんなさい、でも、あのリンちゃんが社長さんだなんてかっこいいから、つい」
うふふと笑うシアと、頬を膨らませるリン。他人を信じてはならないとされる絶望の時代にあって、昔からの変わらぬ関係。
「そういうことなら私からもお父様に相談してみるわね」
「ごめんねー、さっそく頼っちゃって」
「うふふ、リンちゃんとランちゃんがお仕事するって聞いて、私も何かお手伝いしたかったんだもの。正社員は無理だけど、たまにならお父様も許してくださると思うし、まずはこれで三人ね」
と、シアは笑顔でさらっと言ってのけた。
「えっ?」
あまりに自然なものだから、リンは聞き返すこともできなかった。
まさか、あの、イリオンシティ一のお金持ち――クリスタラー家のお嬢様が、暴力の支配する無法の荒野に乗り出すなんてことはないはずだ。さすがに、いくらなんでも、そんなことはあるはずがない。
「ばあや! いるかしら!」
リンが問いただせずにいると、シアは老齢のハウスキーパーを呼んだ。小柄ながらしっかりとした背筋で、足音もなく応接室に現れた。
「なんで御座いましょう、お嬢様」
「お台所からティーセットを、納屋からマシンガンを取ってきてくださる?」
「畏まりました」
表情ひとつ変えず、ハウスキーパーは部屋を後にした。
「あの、さ……シア?」
沈黙の後、話の早さに取り残されたリンがやっと口を開いた。なにやら、お嬢様には似合わない物騒な単語を聞いた気がする。
「なあに、リンちゃん」
「一応、念のため、訊いておくんだけど……なんで、女中さんにあんなもの頼んだの?」
まさかとは思うが訊いてみた。
「あら? 要らなかったかしら?」
両手を胸の前でぽんと合わせると、シアは碧い瞳を丸くした。
「街から遠出するのよね? だから、皆さんにお茶を入れてさしあげようと思って。余計な気遣いだったかしら? 当日はお弁当も用意しようと思ったのだけど……」
言葉が通じていない。ズレている。
言うまでもないことだが、リンのいう「あんなもの」とはティーセットの方じゃない。納屋にしまってある方だ。
「あ、いや、そっちじゃなくて――」
説明しようかと思ったが、リンはすぐに諦めた。シア・クリスタラーは、ごくごく当たり前の当然のこととして、自分に同行してくれようというのだから。
とにもかくにも三人目。
少しズレた、幼馴染みのお嬢様。
翌日、クリスタラー家の紹介で入社志望者がさっそくやってきた。
フェスタ・カンパニーの社屋(兼ガレージ兼姉妹の自宅)に応接室なんて結構なものはない。寝室だって姉妹揃っての雑魚寝なのだから当然だ。
ガレージが多少広いのをいいことに、タイプ2の隣に机と椅子を並べてあるだけ。それがフェスタ・カンパニーの「オフィス」であった。
いま、そのオフィスで採用面接が行われている。社長のリンと志望者の一対一。ランは例のプランとやらで朝から出かけている。
数々の事業を展開する名家クリスタラーのことだから、こちらの懐事情を勘案せず、超一流の高給取りなどを紹介されるかもなんて心配は――どうやら無用だったようだ。
「カレン・カレルさん?」
「うんー」
返事からしてこれである。
丁寧とか無礼とか言葉遣いがどうこうとかいう以前に、やる気が感じられない。気が抜けている。
彼女――カレン・カレルは眠そうな顔に死んだような目をしていた。
シアから受け取った書類によると、年齢はリンよりひとつ年上の十九歳。イリオンシティの市民権を持っているわけではないようだが、出身地は空欄。流れ者というやつだろう。
人種もよくわからない。瞳は――眠たげに半開きだからよく見えないが、ラピスラズリのような深い青。
髪は黒く、短いながらもボリュームがある。おそらく、ナイフかなにかで適当に散髪しているのだろう。毛先はバラバラだ。前髪は長く、顔の一部を覆ってしまっている。そのおかげで、余計に眠そうに見える。
服装はTシャツにジーパン。さすがに足元はブーツだが、近所に買い物へ行くような格好である。とても賞金稼ぎを志しているようには見えない。それは、退学してもなお学生服のままの、妹にして副社長のランにも言えることではあるが。
「前は、キャラバンで働いてたのね?」
「そだよー」
それも書類に書いてある。
「そこ潰れちゃって」
交易商の隊商は儲けも大きいがリスクも大きい。ツチグモのような暴走無人兵器や盗賊にでも襲われれば、積荷どころか命も奪われてしまう。そのうえ、相場は水物だ。命懸けで遠路はるばる商品を輸送したのに、行った先で値崩れしていたなんて話はザラにある。
「で、うちに再就職したいわけね」
「うんー」
カレン・カレルは万事が万事この調子だ。正直、リンは断るべきかとも思ったが、えり好みできる立場でもない。
そのうえ――
「えっ、月給二〇〇エスクードでいいの!?」
書類を見てリンは素っ頓狂な声を出してしまった。この額はアルバイト時代のリンの給料より低い。
「うんー。お休みもいらないよー」
無欲、などというレベルではない。普通なら裏を疑うところだが、目の前のカレンを見て、リンは納得した。何か、無関心の権化のように思えたからだ。
「何か特技は?」
「ないよ」
「えっ? って、車の運転できるって書いてあるじゃん!」
即答されてさらにびっくりしたが、書類にはそう書いてある。文明崩壊以前のように教習所なんて便利なものはない。自動車の運転ができることは十分に特技なのだ。
現に今もフェスタ・カンパニーで運転できるのはリンだけだ。ランは幼く小柄でアクセルにもブレーキにも足が届かず、助っ人のシアは昔からお抱え運転手に任せっきりだ。
これはなかなかの掘り出し物かもしれない。
「わかった、採用します! よろしくね!」
せっかちなリンは決断も早い。カレン・カレルの採用を決めた。
「社長さん、よろしくー」
「社長って呼ばないで……リンでいいから」
「わかったー」
本当にわかっているのやら。
「ところで――」
リンはカレンにひとつだけ訊いておきたかった。実は、さっきっから気になって気になってしょうがなかったのだ。
「一応、念のため、訊いておくんだけど……あなた、やる気ある?」
「ないよ」
「あー、やっぱり」
またも即答されたが、今度は十分に予想できていた。
とにもかくにも四人目。
やる気ゼロ、掴み所のない失業者。
「ラン……あんた、さ?」
「なんでしょう、社長」
「仕事のためなら何してもいいと勘違いしてない?」
「いいえ、勘違いではありませんから」
まったくこの子は。
リン・フェスタは頭を抱えた。
カレン・カレルを正社員として採用した日の夕方のこと。ラン・フェスタ副社長は「低賃金で腕っ節の強い社員を雇えるプラン」とやらに基づき、荒事に耐えうる人材をひとり見つけたという。
確かに、リンとラン、シアにカレンの女の子四人では心許ない。リンも男手が欲しいとは思っていた。
道すがら、ランは例の副社長モードのまま説明した。
「ガレージに住まわせてくれるなら食事つき無給でいいって言ってます」
「いや、ガレージの方でいいなら住み込みもまぁなくはないけど、さすがに無給ってことはないでしょ」
ランがその人物とどんな交渉をしたか知らないが、いっぱしの社会人にあるまじき条件である。
そんなの部屋住みの若いヤクザみたいじゃない。と、リンはツッコもうと思ったが、ランは先手を打っていた。
「はい、そう思って食事はなし、ガレージの隅っこ貸与、月給一〇〇エスクードという条件をこちらから提示しておきました」
あのカレン・カレルの半額とはどういうことだろう。どうにも安い社員たちである。社長兼最高経営責任者でありながら、リンは無責任に呆れた。
「それで、その人はどこにいるの? カレルさんの面接終わったからうちに来てもらえばいいのに」
そう、なぜか、ランはリンの手を引いている。
「いいからいいから!」
どこへ連れて行こうというのか。ぐいぐいと、街の中心――役所前広場まで連れてこられてしまった。定時で仕事を終えた役人が夕日を背に続々と退庁している。
「えっ、ここ?」
そして、案内されたのが保安官事務所の留置場だった。
「ラン……あんた、さ?」
「なんでしょう、社長」
「仕事のためなら何してもいいと勘違いしてない?」
「いいえ、勘違いではありませんから」
ラン・フェスタは副社長モードでそう言い切った。
そもそも、賞金稼ぎと保安官はそれほど仲がよろしくない。法の番人からすれば、賞金首も賞金稼ぎも大差のないゴロツキという認識なのだろう。だからこそ、イリオンシティの賞金稼ぎたちは協同組合を運営しているのだ。
ともあれ、保安官事務所は鬼門である。幸い、顔見知りかつ苦手な保安官補は留守だった。密かにほっとするリン。
だが、それも束の間、ランは檻の前で歩みを止めた。
「こちらが入社志望のゲン・オシノさんです、社長」
「はぁ!?」
リンの声が狭い留置場に響き渡った。無言で見守る看守が嫌な顔をしているが、知ったこっちゃない。
なぜなら、ランが紹介した人物は檻の中に収監されていたのだから。
「なになに!? どういうこと!?」
あたしのかわいい妹はなに言ってくれちゃってるの!?
「はい、ゲン・オシノさんは保釈金の立て替え、ならびにひとつだけ約束してくれれば、先の条件にて当社で一生働きたいとのことです、社長」
「一生ってあんた……」
リンはまたも頭を抱えた。
先ほど、ヤクザみたいなんて思ったが、つまり、本当にヤクザだったのだ。檻の中のゲン・オシノなる人物はサラシに雪駄――如何にもヤクザで御座いといった格好である。
そんな人物がなんでまたうちの会社に?
「話くらい……してみる、か」
リンも少し興味を覚えた。なにより、妹の提案だ。無下にはできない。
「あのー? フェスタ・カンパニーの社長リン・フェスタです。はじめまして」
牢の奥から、男は進み出た。
「ブタ箱までご足労いただきやして、痛み入りやす」
「あなたが、ゲン・オシノさん?」
「へい」
みすぼらしい風体に反してしっかりした声。大声でもないのにしっかりと耳に届く。
歳はふたつみっつ上だろうか。黒髪、黒目、黄色い肌の典型的な東洋人。おそらく不精で伸ばしたらしい髪を、後ろでひっつめにしてる。それから逃れた前髪が顔に陰を作っていた。
身長はリンと同じくらいで、男としては小柄。ひどく痩せていて骨ばっている。
「こんなこと訊いていいかわかんないんですけど――」
そう前置きしたが、社長としてリンは訊かねばならない。
「何して捕まっちゃったんですか?」
これからリンやランは賞金稼ぎとして無法者とも戦っていくのだ。犯罪者を雇う前に、こればっかりはしっかり確かめておかなければ。
ゲン・オシノはゆっくりと答えた。
「いえ、なに、虎の威を借りて威張り散らしてやがったチンピラ連中を懲らしめてやっただけでさぁ」
隣で黙っているランがちらりと数日前の新聞記事を見せた。どうやら、この男ひとりで十数人のチンピラを病院送りにしたらしい。腕は立つようだ。
とはいえ、いくら経営が厳しいからといって単なる無頼漢を雇うわけにもいかない。
「それってオヤブンの命令かなんかですか?」
大した教育を受けていない割りにそこそこ物知りなリン・フェスタだったが、裏社会について詳しいわけでもない。
質問はなんとなくのイメージである。
「あっしは親も子もねぇ流れモンでござんす」
なるほど、だから今も保釈されていないのだ。市内のどこぞの組織であれば、手柄をあげた鉄砲ダマをすでに引き受けに来ているであろう。
「それでも渡世人の端くれ。一宿一飯の恩義あるカタギの娘さんから、親御さんの仇討ちをお願いされやしてね。その仇の居所を知ってるってぇ話だから、そいつらを痛めつけて聞き出した次第で」
とんだ浪花節である。
今どき、他人――彼に言わせれば一宿一飯の恩人なのだろうが――の仇討ちにそこまで熱心になれる人間がいるとは。お人好しにも程がある。
ランがすかさずメモを差し出す。「事実←確認済み」などと書かれている。まったく、仕事のできる副社長である。
「もし、こっから出してもらって仇討ちの続きをさせていただけるってぇ話なら、今後一生あっしは姐さん方のタマヨケ勤めさせていただきやす。どうか、どうかご一考くだせぇ」
リンは別に義理人情だとか任侠だとか好きなわけではない。むしろ、無法者全般が好きではない。
だが、彼女が賞金稼ぎを志したのも、元はと言えば両親の仇を討ちたいと思ったからだ。今も下手人はわかっていないものの、この稼業を続けていけば、いつか辿り着けるはずだ。
そう思うと、この男も第一印象ほど悪人ではない気がしてきた。
「それで、そこまでして討ちたい仇って誰なの?」
「へい、ボーンヘッズの若頭ビッグ・ウィリーってぇ野郎です」
その名にリンも聞き覚えがあった。思い出すまでもなく、壁に貼られた手配書をランがずびしっと指し示す。
WANTED
Dead or Alive
Big Willie the Hard-Puncher(Bone-Heads)
REWARD OF 5,000 IoEsc
BY ORDER OF Ilion-City Bounty Hunter Cooperative
「盗賊団ボーンヘッズの幹部、豪腕のビッグ・ウィリー――五〇〇〇エスクードの賞金首です、社長」
我が妹ながらとんだ策士である。
「はいはいはいはい、わかったから社長って呼ぶのよしなさいよ」
つまりは、こういうことだ。
薄給の社員が雇え、社屋には用心棒、ツチグモ退治の即戦力にもなり、仇討ちとやらを後押しすればその賞金にもありつける。
一石二鳥どころかサンチョーにもヨンチョーにもなっている。ラン・フェスタ副社長の手腕はなかなかのもののようだ。
リンにとってはいつまでたっても可愛く幼い妹なのだが。
「一応、念のため、訊いておくんだけど……保釈金っていくら?」
「さぁ? あっしは銭金の勘定にとんと疎くて――」
「三百エスクードです」
給料の安さを考えれば安い投資だ。とはいえ、本当に賞金を得るまで経営も家計も厳しいことになる。
「これはもう後には引けなくなった……ってこと、か」
逆境は嫌いじゃない。リンは心の中でそう強がった。
「ふぅ……ラン、保釈金払ってきてくれる?」
「やった♪ ありがと、お姉ちゃん!」
副社長モードをオフにしたランは満面の笑顔で駆けて行った。
「ありがとうございやす!」
「お礼ならあの子に言って」
看守が鉄格子を開くまでフェスタ・カンパニー新入社員――ゲン・オシノはしきりに頭を下げていた。
とにもかくにも五人目。
義理堅い、牢の中のヤクザ者。
ランに急かされた看守が牢を開くも、ゲン・オシノはすぐに出てこない。
「どしたの?」
リンが振り返ると、ゲンは中腰になり右の掌を前に突き出していた。
「お控えなすってぇ!」
「はぁ?」
リンにもランにも看守にも、その異文化の儀式がさっぱりわからない。そもそも、オヒカエナスッテーの意味すらすぐには理解できなかった。
だが、それが恩義に対する渡世人としてのケジメ。彼の業界では、仁義を切るのは礼節であり義務でもあるのだ。
「早速のお控え痛み入りやす。手前、粗忽者ゆえ前後間違いましたる節は、まっぴらご容赦願いやす。斯様な処で御免なさんせ。ご当家の姐さん方、打ち揃いやしたところで御免蒙りやす。手前、生国と発しますはこのあたりは南の果てサウザンヘヴンに御座いやす。姓はオシノ、名はゲン。命さずかりましてこのかた、サウザンヘヴン、クンルンニシル、イリオンシティと、ひとり旅の流れ者にござんす。御賢察の通り、親も子もねぇ、稼業未熟のしがなき者にござんす。賞金稼ぎさんとは稼業違いではござんすが、向後お見知りおかれまして、万事万端、宜しくお頼み申し上げやす」
ゲン・オシノは朗々とした力強い調子で、実に見事かつ立派な仁義を切ってみせた。どこぞの組事務所なら親分にでも一目置かれたことだろう。
しかし、仁義を切られた相手はリンとラン――賞金稼ぎといってもまだ十代の少女である。ふたりとも返答に困ってしまう。
「……えーっと、なんて、こう、返事? なんて返せばいいの?」
それが仁義であることに気付いても、リンには応じ方がわからない。今日から彼の上司なのだから、何か返事でもしてあげたいところなのだが。
「手前の勝手なケジメにござんす。組長もカシラもお構いなく」
リンとラン、今度はふたりとも返答に困ることはなかった。
「社長って呼びなさい」
「副社長って呼びなさい」
さすが姉妹。見事にハモった。
※誤字を修正しました。