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    ◆


(……やってしまった)

 付喪神奉行所の地下牢の中。桜麟は膝を抱えて落ち込んでいた。

 道具の分際で言いたい放題言ってしまった。絶対に反抗的な付喪神だと思われたに違いない。

 ひと月と言わず、明日にも帰されてしまうかもしれない。

 ちなみに、買った付喪神が気に入らなかった場合、十日までは返品が可能となっている。その後の付喪神がどうなったか……桜麟は考えないようにしていた。徳次郎の屋敷でもそんな付喪神がいたが、二度とその姿を見ることはなかったのだから。

(短い命だったなぁ……)

 膝の間に顔を埋めて目を閉じる。

 付喪神に『成って』から二年の時間が、走馬灯のように頭に流れる。厳しく躾けられた思い出しかないが、まだ見ぬ主を思っていた時期が一番幸せだったかもしれない。

 この先の運命を考えると滅茶苦茶に暴れたい。だが、鈴の霊力はとても破れないし、牢屋も強力な結界に包まれている。今の桜麟は、無力な人間の少女と同じだった。

「――桜麟~……って、うわー、落ち込んでるねー」

 ふと聞こえた声に顔を上げると、蝋燭を持った玄亀が階段を下りてくるところだった。桜麟は目を閉じてため息を吐く。

「何をしに来たのですか。放っておいてください。どうせお払い箱なのですから」

「あはは。これは重症だね」

 乾いた笑いとともに、ガチャリ、と鍵の開く音。桜麟は再び顔を上げた。牢屋の扉を開いて玄亀が入ってくる。どういう風の吹き回しだろうと、桜麟は警戒した。

「僕が出してあげるよ」

「……それはどういうことですか? 玄亀の立場が悪くなるのでは?」

「桜麟は優しいね。こんな状況なのにおいらのことを気にしてくれるんだ」

「どうせ逃げられませんから。だったら他の付喪神は巻き込みたくないので」

 視線を逸らした桜麟の、その反対側に玄亀が座る。

「輝久から話は聞いたよ。人間の子供を助けただけじゃなくて、妖魔に堕ちかけの付喪神の少年まで助けたんだって?」

 付喪神の少年。その単語に桜麟は反応する。

「あの付喪神はどうなるのですか?」

「うちの奉行所預かりになったよ。堕ちかけていた影響からか、ずっと眠ってる。付けられていた鈴は普通の物ではなくて、左近が事件の気配がするってさ」

 少なくとも罰せられることはないようで、ほっと安心する。せっかく助けたのに打ち首とかだと、悲しくて自分のほうが妖魔に堕ちてしまいそうだ。

「……ごめんね。輝久があんなので」

 しばらくの沈黙の後に玄亀が口を開いた。

「おいらも怒ってるんだよ。せっかく来てくれたのにひと月ってさ。付喪神の気持ちってものがわかってないよね。自分で何でもやろうとするし、性格も根暗だし、人付き合いも悪いし、絶対に友達いないと思うんだよ」

 それからは輝久に対する罵詈雑言の雨嵐。これでもかといったくらいに愚痴が出てくる。最初は聞き流そうとしていた桜麟も、途中で吹き出してしまった。

「あっ、やっと笑ったね。機嫌が直った?」

「ありがとうございます。少しは元気が出ました」

 目尻に浮かんだ涙を桜麟は拭いた。それを見てから、今度は玄亀のほうがため息を吐く。

「輝久もね、昔は違ったんだよ」

 玄亀は自分に何かを伝えにきたのだ。そこにやっと思い当って、桜麟は聞く姿勢をとった。

「輝久がここの付喪神奉行になってからね、護り手や町の付喪神の待遇向上を進めてくれたんだよ。この奉行所がこんなに自由なのも、輝久のおかげなんだ」

「そう……なのですか」

 言外に他は違うと告げられて、桜麟は複雑な思いで頷いた。やはり輝久は付喪神を大切にしているのだ。それが自分に向けられないのは大いに不満だが。

「その時には輝久にも護り手がいてね。それはそれは仲が良かったんだ。お姉さんみたいな付喪神で、経験の浅い輝久をよく助けていたよ。だけど――」

 そこで玄亀は言葉を切った。しばらく唇を噛んでから、小さな声で続ける。

「事件に巻き込まれてね。妖魔の姿になっておいらたちの前に現れたんだ。それを斬ったのが輝久だった」

 言葉もなく桜麟は両手を口に当てた。信頼していた付喪神が妖魔に堕ちたというだけでも一大事なのに、それを自分の手で斬ったとは……。

「それからなんだ。輝久が護り手を取らないって宣言したのは。もう二度と、あんな思いをしたくないんだろうね。桜麟に待機を命じたのも、こうして牢屋に入れたのも、桜麟を守るためだと思うんだ」

「……そうですか」

 護り手を取らない――玄亀から凄惨な過去を聞いて、桜麟はその理由に納得する。

 自分に置き換えて考えてみてもそれは耐えられない。例えば信頼する主が、自分を庇って死んでしまったら……。考えただけでもぞっとする。

(だけど――)

 輝久の言い分は理解した。けれど、それを自分に当てはめてもらっても困る。違う付喪神なのだから。籠に鳥を押し込めるようにして喜ぶとでも思っているのだろうか。何しろ桜麟にはお払い箱にはなれない理由がある。付喪神を大切に考えているのなら、千両も出して買ったという、主としての責任は取ってもらいたい。

「やっぱり納得がいかないです」

 ぽろりと出た本心に玄亀が破顔した。

「そうくると思った。左近の読み通りだね」

「え、左近様が?」

 きょとんと眼を瞬かせると、玄亀が立ち上がって手を差し出してくる。

「桜麟は気が強くて頑固そうだ、ってね。ひと月って区切ってる時点で輝久が悪いよ。付喪神奉行なんだから、まずは本人が手本を示してもらわないとね」

 片目を瞑って玄亀が悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 自分の道はまだ閉ざされていない――桜麟は力強く頷いてその手を取った。


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