第二十九話 有名人から声を掛けてくるなんて幻想は捨てた方がいい
「じゃ、ちゃっちゃと行くか」
「そうね」
オルとエルザの二人が歩き出す。
キーラもその後に続きながら、ふと浮かんだ疑問を口に出す。
「......そういえば、このドラギニアはティアンよりも活気に満ちていますわね?」
キーラの言う通り、平民街のあちこちで復興作業を行っていたティアンよりも、ドラギニアは本来の国としての機能を取り戻しているように見える。
「ドラギニアは観光地としても有名だから、観光客もそこそこいるんでしょ。いい?うかうかしてると観光客用の値段でぼったくられたりするんだから、気を付けなさい」
「あら怖い」
そうして宿探しを始めようとした、その時だった。
「ちょっと、あなたたち」
「......ん、俺ら?」
オルがその声に振り返ると、そこには大きな魔女帽子を被った小柄な少女が立っていた。
年齢はオルやエルザよりも少し若く見え、まだ二十にもなっていないくらいだろうか。
「ええ、あなたたち───傭兵のオルとエルザね。......そこのは何者か知らないけど、まあいいわ」
どうやらキーラには用事が無いようで、少女は腰まで伸びたウェーブのかかった赤髪を揺らしながら二人の元に近づくと、下から上まで吟味するようにまじまじと見つめてくる。
「あなたたちに会わせたい人がいるの、ついてきてもらえるかしら」
少女は容姿に見合わぬ上からの態度で言う。
だが、それにはいそうですかとついていくほど二人も甘くはない。
「いきなり何?残念だけど、私たち暇じゃないの。見ず知らずの知らない誰かさんについていくわけないでしょ?」
「見ず知らず......ああ、あんたたちドラギニアは初めて?」
その言葉にオルが首を傾げる。
この国では見ず知らずの誰かについていった方がいい慣習でもあるのだろうか。
「どーいうことだ?」
「さぁ?」
「んもー!あれ!見なさいよ!」
オルとキーラが肩をすくめて顔を見合わせる。
横に居るエルザすらも、顎に手を当ててドラギニアの知識に思考を張り巡らせているところで、少女がある一方を指さした。
「......?なんもねーぞ」
「あの先って、来る時に通った大きな広場でしたわよね?」
少女が指を指した方法には、ただ道が続いているのと大きな広場があるだけ。
これでも理解してくれない二人に、少女はぴょんぴょん跳ねながら怒りをあらわにした。
「もっとよく目を凝らしなさいよ!ほら!銅像よ銅像!」
銅像。
その単語に、エルザが反応する。
「銅像......?......あ、あんたまさか、その赤髪......!」
「あら、やっと気づいたの?」
エルザが言葉を絞り出すと、やっと気づいてもらえて嬉しかったのか自信満々に小さな胸を張る。
だが、これでもまだ二人には伝わっていない。
「おいおい、もったいぶらずに教えてくれよ~。そこの嬢ちゃん、結局なんなんだ?」
「こ、この子......、勇者パーティーの一人、『赤髪のレミライア』よ......!」
「な......っ!?」
「まあ、こんな小さな子が?」
その瞬間、二人に衝撃が走った。
勇者パーティー。つまり、魔王を倒して世界を救ったうちの一人。
世界最強の魔術師の一人として名高いあの『赤髪のレミライア』が、この少女だと言っている。
「まったく。世界を平和にしてあげたってのに、随分と感謝が足りないわね~」
やれやれとレミライアは首を振る。
気付くわけがなかった。観光に来たわけでもない彼らが、わざわざ勇者パーティーを模した銅像の人物を、その顔までまじまじと見ていたわけが無いのだから。
「......お、おいおい。まだ子供じゃねーか。見たとこ、二十も超えてないっていうか......」
「バカにしないで、これでもあんたらより年上よ。......多分」
「それで、勇者パーティーの魔術師が私たちになんの用事なのよ。私たち、まだこの国に来たばっかりなんだけど?」
だが、そもそもそんな有名人に声を掛けられる理由が分からない。
キーラに興味が無いことから吸血鬼に用事があるわけではなく、ただの傭兵であるオルとエルザに話があるらしい。
「ええ、知ってるわ。用事は......宿を探すなんかよりも大切なことよ」
その言葉にはやけに真剣みを帯びていた。
有無を言わせないような、そんな声色にオルとエルザは顔を見合わせると、エルザが大きなため息を吐いた。
「......はぁ、わかったわよ。たーだーし!安くていい宿が取れなかったら宿代は出してもらうから」
「......そもそも、そんな宿があるのかという話を先ほども───あいたっ!」
「ま、さすがにワケありって感じだしな」
と、そこで。
オルが思い出した。エルザがあえて触れなかった話題を。
「っていうか、俺たちもあんたらに話したいことあったんだよ」
話したいこと。
それはティアン城の間でクラディスと名乗る悪魔から聞いた、魔王が封印されているという話。
内容が内容なため若干伏せながら話すオルに、レミライアの眼が鋭くなる。
とても見た目相応には見えないその眼に睨まれたオルは、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。
「......あー、あんたたちは知ってるんだったっけ。街中でその話はしないで......混乱を招くし、なにより反逆者として処刑されたくはないでしょう」
「......あ、ああ、すまん」
周りを見ながら口に手を当ててオルが口を塞ぐ。
その様子を見て、ふっとレミライアは笑いを溢すと三人に背を向けた。
「じゃ、行くわよ。ついてきて」
「───待って。結局誰が私たちに会いたいのか聞いてないわよ。......ねぇ、それだけでも教えてくれない?」
エルザはたとえ勇者パーティーの一人であっても警戒を怠らない。
それは、傭兵として生きてきたが故の疑い深さだった。
レミライアは一瞬だけ会話を思い出すように視線を上に移すと、すぐに笑みを浮かべて三人の方を見た。
「......ああ、言ってなかったっけ。今からあなたたちが会うのは───勇者よ」




