第二十七話 野営中は会話した方がいい
ティアン帝国を出立して数日。
「......今日はここらで野営にしましょうか」
ドーメイが荷馬車を停め、三人に伝えた。
この正面の山を越えればドラギニア王国に着くのだが、すでに空はオレンジに染まっていて山道をこれ以上進むのはいくら街道であっても危険という判断だった。
「そうね。......ドーメイさん、野営の経験は?」
「......何度か。ティアンに来る時の往路でも経験があります」
「......そうですか。じゃあ準備はこちらでしますのでここで待っていてください。オル、準備するわよ」
「おう。よいしょ......っと」
エルザがオルの名前を呼ぶと、オルが背中にしょっていた大きなリュックを置いた。
その中には野営に必要な調理器具や道具が揃っていて、手際良く準備を進めていく。
「あら、意外とこういった野営も手慣れていますのね」
彼女が仲間になってからはティアン国内の宿にしか泊まっていなかったため、こうして二人が野営をしているのを見るのは初めてだった。
「まあね。どうしても宿が無い場所はあるし、嫌でも身に着いたわ」
「───おーし、エルザ。火の準備もできたから、調理頼むな」
「ありがと。後は任せて」
二人が話している間にオルが準備を終えたようで、残りをエルザに任せて外への警戒に出て行く。
「......そういえば、オルって新しい武器買ってたっけ?」
「さあ?私、昼は寝ていたから知りませんわ。ただ腰に鞘と柄は見えていましたし、どこかでまた安物を買ったのでは?」
「そうね。さすがに折れた剣を使い続けてるわけ無いでしょうし......さ!私たちも準備するわよ。ほらキーラも手伝って!」
「おほほ!お任せあれ!」
──────
「......あんた、料理できないのね」
十数分後、エルザは頭を抱えていた。
メイドの真似事をしていたくらいだから、てっきり料理はできると思っていた。
だが実際に始まったのは、良く言えば食材の味をそのまま生かすような、悪く言えば全く調味料を使わない、素朴を通り越して『素』の料理だった。
「し、失礼な!ある程度のレシピは分かりますわ!ただ味付けは......その、私吸血鬼なので血以外に対する味覚がほとんど無くて......」
「あー......そういうことね。ま、種族的なモノなら仕方ないし......味付けは私に任せなさい」
「お任せしますわ......」
そして時々味見をしながら慣れた手つきで料理に味付けをしていく。
その様子を座って見ていたキーラは、感嘆の声を漏らした。
「初めてエルザさんが料理してるのを見ましたわ......!」
「......普段は面倒くさいからしないだけよ。......よし、キーラ。二人を呼んできて」
「ええ、お任せくださいまし」
一方その頃。
オルはエルザの手際からそろそろ飯だということを予想して見回りを中断し、荷馬車に戻ってきていた。
「お、ドーメイさん。何してんの?」
オルが声を掛けると、荷馬車の荷台に腰掛けて目をつぶっていたドーメイがこちらを向いた。
「少し......瞑想を」
「ふーん......ま、明日の昼には着くんだ。予定より半日くらいは早いんだし、今日くらいはゆっくり休みなよ?」
「......はい」
ここ数日で、オルとエルザはドーメイの疲労を見抜いていた。
乗り心地の悪いであろう安い荷馬車に、独学で学んであろう運転。そして本人は「何度か」と言ったが、恐らく野営の経験も片手で数えられるほどだろう。
だが二人はそれを追求することも、休憩を増やすこともしなかった。
それが彼らなりの優しさだった。
一人で隣国まで護衛の手配から荷馬車の運転まで、主人のためを想って行うその忠誠心のためにドーメイには情けをかけなかった。
「お二人ともー!夕食のご用意ができましたわー!」
「お、今行くぜ」
──────
火の元には、オル、エルザ、ドーメイの三つの影があった。
キーラは荷馬車の見張りについていて、夕食が終われば交代する予定だ。
「......いただきます」
「いっただきまーす」
鶏肉の入ったスープに口を付けると、ドーメイが目を見開いた。
「───おいしい」
「......どうも」
「どうも」。
たった三文字ではあったが、エルザは内心「当ったり前でしょ私が作ったんだから」とドヤ顔をしていた。
国境付近の小さな村や集落となると人通りが多くなるため、ほぼ必ずと言っていいほど宿屋が建っている。だが、そのクオリティは必ずと言っていいほど低い傾向にあった。
───たとえ、飯が不味かろうと寝床が堅かろうと屋根さえあれば人は泊まる。
───だから、最低限の手入れやクオリティを保っていても金は入る。
宿屋がその必要性の上にあぐらをかいているのだ。
そのため彼女の自信は料理の上手さから来るものではなく、ここ最近宿泊した宿屋の飯の味と比べて相対的に必ずおいしいと感じると分かっていたから自信に満ち溢れていた。
「エルザ、おかわりあるか?」
「あるわよ。ほら、器よこしなさい」
「さんきゅ」
一連のやり取りを見ていたドーメイは、おずおずとスプーンを持っていた手を挙げた。
「あの......私にも、おかわりを頂けますか」
「ええ、もちろんですよ」
それから、かなりの疲労が溜まっていたのか野外だというのにドーメイは驚くべき早さで床についた。
何かあった時のためにすぐ動けるようメイド服で寝ているらしいが、一切寝返りを打たずにスカートを畳んで寝ているその姿は、奇妙でもあった。
「......器用に寝てるわね。この人」
「......だな」
と、そこで見張りに出ていたキーラが返ってきた。
「周囲には鼠一匹いませんでしたわ。お夕食を頂いてもよろしくて?」
「もちろんいいわよ」
エルザが器に鶏肉のスープを注ぎキーラに渡すと、すぐに口を付ける。
温め直したため、オルたちが食事をとった時同様スープからは湯気が立ち上っていた。
「───ん、美味しいですわ」
「あら、あんた意外とわかるわね。味付けはアレだったけど」
「かなり薄味に感じてはしまいますが、それでも美味しいことくらいは分かりますわ。吸血鬼は娯楽として料理を楽しむものもおりますの」
と、そこで。
何かを思いついたオルが首を傾げながらキーラに質問する。
「......なぁ、吸血鬼って血を吸って生きてんだよな。キーラは......何の血を吸ってんだ?」
「......確かに、この数日であんたが吸血鬼としての食事をしているところを見てないわね。......はっ!あんたまさか......!!」
エルザが腰を浮かせた瞬間、キーラがニヤリと笑った。




