第二十三話 家に帰るまでが遠足だと思った方がいい
───時刻は昼過ぎ。
高揚していたキーラを落ち着かせると、エルザが次の話を始めた。
「それで、キーラ。あんたはどうするつもり?ミラへの報告書には今のところあんたの情報は記載してないし、大人しくしてるなら今回は見逃してあげる」
「あら、随分とお優しいのね。てっきりふんじばって連れて行ってくれるものと思っていましたわ」
と、まるで期待していたかのように言う。
彼女は痛めつけられるだけで無く縛られることにも抵抗は無いようだ。
「あんた、いよいよ包み隠さなくなってきたわね......。心配しなくても、んな面倒ごとを増やすことわざわざしないわよ。で、結局どーすんのよ」
「そうですわね......。もうこの村にいる意味も無いですし......」
人差し指を顎にあてて、数秒の間思考する。
そして、キーラは名案を思い付いた。
「───オルさんに、エルザさん。あなたたちはティアン帝国に永住する気ですの?」
「いや?今はちょうどいい依頼がねーからティアン帝国に居るだけだ。しばらくしたらまた別んとこ行くぜ」
「......ふむふむ───決めましたわ!私、お二方についていきます!」
「いいわけないでしょ」
なんと、キーラの名案は一瞬にして却下された。
素晴らしい案を思いついたと胸を張っていた吸血鬼は、ありえないくらいしょぼくれて、部屋の隅で小さく丸まってしまった。
そんな姿を見せられたエルザはバツが悪そうに理由を伝える。
「第一ね。夜はまだしも、昼は室内でしか活動できないあんたを連れて旅なんて、まともにできないじゃない」
「あら、それについては心配いりませんわ」
すく、と立ち上がったキーラがどこからかフリルのついた黒い傘を取り出す。
「んだそれ」
「日除けですわ。これを差していれば、太陽の下でも最低限活動できますの」
傍から見ればメイドの方が日傘を差しているという珍妙な光景になるが、彼女はメイドの真似事をしているだけなので特に気にしていないのだろう。
「......はぁ、まあいいわ」
「お、うちのリーダーから許しがでたぜ」
「あら、エルザさんがリーダーでしたの?」
「こいつに任せてたら命がいくつあっても足りないから仕方なく、やってんのよ」
何とも悲しい理由だが、オルも否定しないところからあながち間違いでもないのだろう。
「そういうわけなので村長さんもどうかお元気で。おほほ」
「ええ......本当に、ありがとうございました......!」
テーブルに両手をついて頭を下げる村長を見るキーラの目は、子を見る母のように慈愛を帯びていた。
それから数時間後、時刻は昼過ぎ。
村の入り口には、小さな人だかりができていた。キーラの見送りだ。
「あんた、意外と村人と交流してたのね......」
「ええ。短命種との交流は積極的に、ですわよ」
キーラが長命種の義務みたいな風に言っているが、この場には誰も同意できるものはいない。
区切りのいいところで出発しようとしたところ、一人の少女が前に出てきた。
「キーラおねえちゃん!」
「あら。どうかされましたの?」
「あの......これ......」
少女が恥ずかしそうに何か差し出す。その手には、編み込まれた人形が握られていた。
容姿の特徴からして、キーラの姿を模したものだろう。
「あら、あらあらあらあら......!!もしかしてこれ、私ですの!?」
「うん......お母さんに教えてもらって作った......」
「まあ......!!」
キーラが日傘を投げ捨て、少女に抱き着く。
危うく少女を火だるまにする殺傷事件に発展しそうだったが、日傘はオルが素早くキャッチしてキーラと少女を太陽から守ることに成功した。
「(っぶねー......!!コイツ......今が昼だってこと忘れてんだろ......!!)」
「(ナイスキャッチよオル......!割とマジで......)」
事情を知る三人は今日一の衝撃に心臓が張り裂けそうなほど驚いていたが、当の本人はそんなことは露知らず、少女と抱擁を交わし続けていた。
「それじゃ、もう行きますわね。皆さんお元気で」
──────
村を出発した三人は、ティアン帝国行の馬車に揺られていた。
帝国に着くころにはもう日は落ちているだろう。
「馬車というものには初めて乗りましたが......随分と風情がありますのね?」
「へぇ......キーラも人間の作ったものに風情とか感じるのね」
「あら、長く生きていくには何でも楽しむのがコツですわよ?」
「......」
オルは、ティアン帝国内で薬草を売っているおばあちゃんが似たようなことを言っていたのを思い出した。
「オルさん?何か失礼なことを考えませんでした?吸血鬼と人間では根幹が違いますのよ?」
「はて?何のことだか」
と、キーラの乙女の勘をオルが上手く躱そうとしていると、馬車が止まった。
この便は帝都まで止まることは無いのでオルとエルザが不思議に思っていると、何やら外から騒がしい声が聞こえてくる。
「おっちゃん!何かあったかー?」
「すまねぇが、ちょいと手伝ってやくれねぇか!」
御者の声で三人が馬車の外に出ると、数体の魔物に囲まれていた。
緑色の体色、長く尖った鼻、低い慎重。所謂、ゴブリンと呼ばれる魔物だ。
「よっしゃ、いっちょやってやるか!」
「......そういえばキーラ」
勢いよく駆け出したオルの背中を見ながら、エルザがキーラに話しかける。
「なんですの?」
「あんた、その日傘差してる間は最低限動けるって言ってたけど、戦闘はできるのよね?」
聞かずとも、当たり前にできるだろうと思っていた。
彼女は吸血鬼の王なのだから。
「いえ、できませんわ。文字通り最低限ですわよ」
「......何ができるの?」
「歩行と会話」
「嘘でしょ......」
───エルザは、悩みの種が増えたことに頭を抱えることしかできなかった。




