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2−2 悪魔の巣窟

 エリス・ブラッドは、台所の様子をチラッと見て、苛つきを覚えていた。

 サキュバスを、人間世界に馴染ませる為には、一般常識やああいった調理等の仕事を覚えさせる必要がある。

 しかしながらルシアの態度、到底真面目にやっている様には見えない。


 が、別段彼女が不真面目である訳ではない。

 そもそもが悪魔なのだから、やれ、と言われて面倒事を進んでやる者も存在しないだろう。

 それでもエリスは気に入らないのだ。


 ルシアそのものが、である。


(手際が絶望的に悪い…態度もだ。あのような者はさっさと魔界に送還すればいいのに)


 増え続ける、人間世界のサキュバス。

 一般常識を教育された後、余程の問題が無ければ、サキュバスらは外に放たれる。

 行き先は吸精に適した、そうした店であったり、或いはそうした仕事であったり。


 人間とサキュバスがWin-Winとなっているのも、間を取り持つイーザのお陰と言っていいだろう。

 だからルシアも、教育を終えたら外に行く。

 また人間社会にサキュバスが増える。


 ……筈、なのだが。


 どうして、彼がそうする必要が?

 とも思う。


 つまりはサキュバスと人間の、均衡の取れた平和を、イーザが維持しているという事実。

 現状のサキュバス問題をはっきり認識し、動いているのがほぼ彼だけ。


 人間達はイーザが居なくなった時どうするのか。

 この問題は果たして、彼一人が負うべき重責なのであろうか、と。

 如何に無限の力を持つとはいえ独りなのだ。


 彼が壊れてしまわないだろうか。

 それに彼がそこいらのサキュバスらの相手をすること自体、エリスは−−


 パリン、と音が響いた。

 目をやれば、「あ〜わわわ」と言いながら砕けたカップをルシアが片付けている。

 

 (マスターイーザ…)


 屋敷の周りは今日も雨だ。

 湿った空気が肺を満たす前に、エリスは自室へと引っ込んでいった。





 −−市街地にほど近い路地。


「ハァイ、シャッチョサン!! 今日ハ、さーびすヨ! 三千エン、三千エンヨ!!」


 そこでは道の真ん中で、昼間からあからさまな呼び込みをする女が、サラリーマン風の男に迫っていた。


 声を掛けた女の容姿は決して悪くない。

 むしろカタコトな言葉以外は、極めて高スペック。

 人間基準ならば、美女と言っても差し支えない女だった。


 しかし、男は露骨に距離を取り、


「ちょっ!? 仕事中だから無理だって!!」


 そう吐き捨て、足早に逃げ去ってゆく。


「オゥ、待ツヨーー! 最近ハヤリノ、草食系カヨォ!!」


「そーいうことじゃねーよ」


 と、そこへ女に声を掛けるのはイーザ。

 彼女は「オゥ?」と振り向き、「アア! 絶倫シャッチョサンヨ!!」等と発言。


「声でけーって!! ったく、こんな時間じゃ誰も捕まんねーよ」


「シカタナイヨ! 私、夜ジャ、オ客取レナイ。不人気ダカラナ! ソコデ新規開拓狙ッテル!!」


 えへん、と胸を張る女。


「お、おお、そっか〜。でもあんまり派手にしてたら警察に補導されっぞ。気を付けろよ」


「トイウヨリ、オ前ガ、私ヲ買エバ、イインダヨ! さーびすヨ! 五千エン、五千エンヨ!!」


「何で二千円吊り上げたコラッ! 悪いが後でな。これからお前らのボスに用事なの」


「サユリママ、カヨ……ソレナラシカタナイヨ」


 しょぼんとした女は、「ジャア、アトデナ〜…」と力無い返事をし、再び呼び込みを始めた。

 お気付きの事だとは思うが、この女もまた、人間世界に定住するサキュバスの一体である。


 これからイーザが訪れようとしている、あくまで合法サービス店【悪魔の巣窟】の契約社員でもあった。

 店の元締め、つまりトップが、サユリと名乗るサキュバスである。


 そこからすぐの、路地裏通路に件の店はあった。

 メインストリートから二本ほど奥に入った見付けにくい立地とはいえ、人外を雇う違法風俗等といった二重アウト物件が存在するのは奇跡に等しい。


 リフォームしたばかりの外壁を誇らしげに見ながら、イーザは店内へ。

 途端に「あ、イーザだ!」

 誰が言ったか、現在客を持っていないサキュバスらが彼の元に殺到した。


 無限精気タンクたるイーザの人気ぶりは凄まじいものがあった。

 何人かとちゃっかり約束を取り付けると、彼は最奥の管理者室の扉をノックした。


『イーザ様ですね。どうぞ』


 すぐにそんな返事を受けたイーザは、扉を開く。


「お待ちしておりました」


 深々と頭を下げる女。

 彼女はアンティークチェアに足を組み、イーザへと向き直った。


 青髪、青目の少女が、そこに居た。


「エリス…?」


 イーザは驚愕に目を見開いた。

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