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2−1 人間世界ルール叩き込み実習

「もうっ! 面倒臭ッ!! マージーでメンドッ!」


 イーザの屋敷に、ルシアがやって来て一週間。

 新参者であり研修中である彼女は、台所にて猛っていた。


 今にも包丁を投げ出しそうなルシアを、炊事担当であるマリア・フローネが「まあまあ落ち着いて下さい」と鎮めにかかった。


「いやーなーんで私がこんな事しなきゃいけないワケ!? 意味分からないんですけどォォ!! おかしいなぁー吸い放題じゃなかったっけー騙されたのかなァァー!?」


 眼前に散りばめられた玉ねぎと人参のバラ切り、或いは、身ごと皮を乱暴に剥がされたジャガイモを睨み付けるルシア。

 そもそも包丁やらピーラーなるものを使い、わざわざ人間の食材を切り刻む意味が彼女には分からない。


「不満ばかり言ってはいけませんよルシアさん。滋養となる者達を粗末に扱わず、しっかりと感謝を捧げて下さい。調理とは、慈しみの心があって初めて完成するものなのです。それに、こうした技を身に着けておけば、いずれは役に立つこともありますから」


「私悪魔だし〜こんなの食べる必要もないし~調理とか必要とは思いませ〜ん」


「自分で食べずとも、男性に作ってあげればよいのですよ。そうしたら吸精もスムーズにいきます…胃袋を掴む、とでも言いましょうか」


「や、人間からなんて無理矢理吸えばいいじゃん」


「まあ! 無理矢理だなんて…! 人間世界では合意のあった上で、お互いを尊重し補充することが望ましいのですが」


「……な〜んかさ、マリアって悪魔っぽくないよね。言い回しが教会とかの人みたい」


 ピタッ、と包丁の動きを止めたマリア。

 彼女は表情こそいつものにこやか調だったが、汗をダラダラと流していた。


「き、教会の人、ですか~? いえいえ悪魔ですよ~悪い冗談はよして下さい私は人間を誘惑する完全な悪魔ですから〜」


「汗すっごいけど?」


「そ、それはお鍋の煮え立つ熱気のせいですよ。で、では続いてこちらのお鍋にも水を−−」


 と、蛇口に手をかけ。

 ボキリ、と、それは新鮮ネギの如く折れ千切れた。


「いけない力加減を間違えてしまいました」


「動揺してね?」


「そんな事より…水漏れですよメイルさーん! メイルさーん!!」


 マリアがコールし、僅か数秒。

 台所にシュババッと駆け付けたのは、小さなサキュバス、メイル・アルバンレストだった。

 袖が長すぎる…いわゆる萌え袖とかいう白衣の上着を身に付けた、幼子にも見える彼女ではあったが、手付きは実に鮮やかだった。


「……なんで……こんな事に……?」


 眼鏡の奥の死んだ魚のような目が、折れた蛇口を見据えている。

 ブラウンの髪もボサボサで、何だか徹夜続き、疲れ切っている様にも見えた。


「ちょっと慌ててしまって」


「……気を……付けて……金属は……繊細、だから……」


 ボソボソ虫の羽音程度の声で呟きつつ、修理をあっという間に終えたメイルは、「じゃ……」と、これまたすぐに去っていった。


「ねえ、メイルって子さ、前の時はもっとテンション高い感じじゃなかった?」


 前の時、すなわちルシアが保護された際の話であるが、確かにあの時のメイルは絶叫しながら男らに次々襲いかかっていた。


「彼女は浮き沈みが極端に激しいようで…二重人格的なアレなのだと思います」


「ふぅん、まだ小さいのに大変そうだね」


「ルシアさん、貴方が何歳か知りませんが、彼女はあの姿で1000歳超えているらしいですから、あまりちびっ子扱いは…」


「マジ!? ヤバッ」


 と、ルシアが言うのも致し方ない。

 悪魔とは千差万別、寿命も様々であるが、サキュバスの寿命はおおよそ700歳前後とされている。


 つまり話が本当ならばメイルはベテランどころか大御所、規格外の長生きさんとなる。

 いくら悪魔は見た目がアテにならないとはいえ、だ。


「ちなみにマリアは何歳なの?」


「ふふっ、女性に年齢を尋ねるのは、人間世界ではマナー違反とされていますよ」


 と、彼女はまた微笑み、調理実習を再開した。



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