1−5 無限の力
「へぇ〜無限精力?」
と、ルシアが聞こえた単語を復唱した。
現在彼女は抵抗の意思無しと判断されたのか、エリスの拘束から解放され、パイプ椅子に腰掛けている。
エリスは無表情のまま、放置されたホワイトボードにマーカーでキュッキュッっと【イーザ 無限精力】と書いた。
続けて【サキュバス】の表記に矢印を向け、【無制限供給】と表記。
「おう、それが俺の能力でな。今、俺の屋敷にゃサキュバスが5人居るし…街にも結構な数が居るが、やろうと思えば俺だけで賄えんだぜ」
「マジで!? そんな人間が存在してるんだ…」
ルシアのリアクションは尤もである。
サキュバスの食事たる吸精は、小腹を満たす目的であるなら一回や二回の行為でこと足りるものだ。
持ち前の美貌をもって、適当な男を引っ掛ければいい。
しかし腹一杯までの吸精となると、大抵の場合男性は限界を超えさせられ、カピカピのミイラと見紛う程にまで衰弱してしまう。
最悪、活動エネルギー全てを吸われ、死に至ることさえある。
こういった衰弱死者、もしくは重体の被害者を出す事件が、一括りに夢色魔事件とされている。
最近は特に件数が増加し、一般への知名度も高まっていた。
「マスターイーザは、魔界からこちらに来たサキュバスらの管理監督までされているのだ」
「んな大それたモンじゃねえよ。ただサキュバスに人間世界のルールを守らせて居場所を作ってやってんのさ。俺の能力だって役に立てるしな」
「そうなんだ~てっきりアンタらは私を捕まえて魔界に強制送還!! とか討伐!! みたいなイメージだったよ」
と、ルシアが安堵の表情を浮かべたが
「それはお前次第だと言ったろう。目に余る行動を繰り返すようなら八つ裂きにし強制送還する」
「コイツ怖いんだけどーー!! 監督ぅぅ!! お宅の助手がめっちゃ脅迫するぅ!!」
「大丈夫だ。エリスはこう言ってるがな、本当は優しいヤツなんだ」
「ま、マスターイーザ…」
「いやいやーとてもそうは見えないよ!!」
「貴様は黙れと言った。イエスかノーかだけ口にしろ小娘」
このままではいつまでも話が進みそうに無かったので、イーザは
「んじゃあ着いて来るには同意ってことでいいんだな?」
と本題を口にする。
ルシアは未だに悩んでいる風だったが、エリスの存在がノーと言える余地を取り去っているのか、「い、いいわよやってやろうじゃない」と答えた。
「よっしゃオッケー! なら差し向きお前をロープでグルグル巻きにするからな」
「は? な、なんでよ!?」
「俺達は討伐依頼で来てんだから仕事しましたよって証拠造りだよ。大丈夫大丈夫カモフラージュだから。こないだは捕まえたヤツと仲良しこよしで帰ってんの依頼人に見られてトラブルになったことあるし…な?」
「うぅ…どうせ選択権は無いんでしょ? キツく縛んないでよ」
「あいよ。ちょいと我慢してな」
宣言の通りにルシアをロープで捕縛、続けてスマートフォンを取り出した。
が、依頼人の番号を呼び出そうとした時、電波が圏外になっていたことに気が付いた。
「おいおいおい…電波ねーとか不便でしゃーない職場だな」
「秘密第一なのでしょう。推測ですが、あのコンベアに乗っているものはどう見ても健康食品には−−」
「あー俺も気になってたけど見んな見んな。こういうのには関わらんに限る」
「あれってなんかヤバいの? 白っぽい粉的な…」
「深入りすんなって」
スマートフォンを仕舞ったイーザはそそくさと立ち去る様に工場をあとにした。
有刺鉄線付きの門をロックし、外に出る一行を待っていたのは、依頼人であるギャンディットと彼の工場の従業員らしい作業着の一団だった。
皆が謝辞を伝えに来た、とかなら素敵な一幕だったろう。
が、到底そんな雰囲気ではなさそうなのは分かった。
従業員らは、どう見ても善良な労働者には見えず、作業着を黒のスーツに着替えたなら、反社会的勢力な人々そのものだった。
「さすがイーザさんだ。もうサキュバスを捕らえられたのですね」
「ええ。仕事は終わりました。お電話差し上げようとしていたのですがあいにく圏外で…わざわざ出向いて頂き助かりました」
イーザらは、明らかに敵意の眼差しを向けてくる連中を一瞥してから、ギャンディットに任務遂行を告げた。
彼は縄で巻かれたルシアを睨み、
「サキュバスは無力化していますか?」
と念入りに確認をしてきた。
「見ての通り。コイツは抵抗も出来ないですよ」
「結構です。ところで…貴方のケータイを確認させて頂いても?」
「構いませんよ。中の写真は撮っていませんし」
「すみませんねぇ。一応、工場には特許技術もありまして、情報漏洩の可能性も危惧しているもので…」
と彼はイーザのスマートフォンを確認し、やがて終わったのか、
「ありがとうございました、それでは…」
そう言い…ギャンディットがイーザのスマートフォンを、ぽい、と投げた。
彼の視線が、宙を舞うスマホに注がれた。
直後だった。
「さようなら」
パァン、と乾いた音が一回、響いた。




