3-1 サクヤサキュバス
空港。
言わずと知れた、飛行機発着場。
そして飛行機に乗り込む為には、とあるゲートを通らねばならぬ。
諸兄ならば周知のことだろう。ゲートに潜む金属探知機の存在を。
機内に金属類はご法度であると。
だが間もなく飛行機に乗り込むであろう女は、うっかり忘れていた。
カバンに未だ、仕事道具が入っていることを。
彼女は、名をサクヤと言った。
一見どこにでも居る観光客…アジア系の女性。
サングラスをかけ、目深にキャップを被ってはいるが…残念なことに魔の者特有の気配は隠し切れていない。
(ふぅぅ…ふぅぅ…疲れた、ホンット疲れた…もうちょっとね…この飛行機に乗れれば…休める…)
ビー、ビー…
無慈悲な警告が、鳴り響いた。
「申し訳ありません、反応がありましたのでこちらへ」
「へっ…わ、私?」
「はい。そのカバンの中、ないしは金属を身に付けられてはいませんか?」
「私アクセサリーとかしてないですけどねぇ…カバンには……あ゛ッ!?」
女が頓狂な悲鳴をあげた。
彼女の手が探り当てたもの…それは刃渡りにして十センチ程の短刀であった。
しかも三本。
別ルートで送る予定だったそれは、簡易的シースに包まれているだけだ。
なんでなんでェェ!? と彼女の頭はフル回転、熱暴走を引き起こし、係官の言葉さえ耳に入っていなかった。
(昨日帰って荷物送ってシャワー浴びて着換えて、それからそれからどうしたんだっけ!? 私寝てた…そう寝てた、で、寝坊して朝、慌てて荷物を…あああああああ)
原因は明らかだ。
しかも悪いことに、あまりの眠さに短刀の手入れを怠っている。
下手したらベットリ、付着している。緑色とはいえ血が。
(どうしよどうしよどうしよこれって捕まるの!? せっかく終わったのに豚箱に放り込まれるなんてイヤ、絶対イヤァァァァ!)
連日の疲れと、パニックが重なり、最早サクヤは正常な判断能力を失っていた。
係官が「あの…」と声を再びかける。
「あ、あ、や、なんか、あの、その、たまたま、ね、ゆ、友人の、悪ふざけというか、なんというか」
「カバンの中のものを出して頂けますか?」
「ヤハァ!? ちがっ、違くて、あの、か、カバンの、ほら、とめるとこの、ほら、これ、き、きき金属に、反応して!?」
「お客さん怪しいな…カバン、渡して貰おうか?」
そこに、小太りゴリマッチョな警備官まで現れ、カバンに手を掛けたものだから、サクヤの危機回避能力とでも言うべきものが発動した。
一瞬にて、表情が消え、顔付きがプロと化す。
それは目に映らない程の、鮮やかさだった。
サクヤが視界から消えたのだ。
警備官の、バッグを掴んでいる、という感覚が残っている時にはもう、彼は制圧されていた。
気が付けば、彼の伸ばした腕は、関節を決められ背中で抑えつけられていた。
自由が一切効かないのだ。
「ぐぅ!? い、イテテテテテ!?」
「ハッ!? わ、私ったら何を−−すみませんすみません! つい習性で! ホントにすみませ−−」
「そう思うなら手を離せ!!」
大の男が、二周りも小さな女に組み伏せられているのもおかしな話であるが、それほどに完璧な拘束だった。
(あ、あああああ~どうしよう? せっかくあと少しだったのに…)
このままでは、騒ぎを聞き付けた警備官らがやがて集結するだろう。
ワンチャン、カバンの凶器を没収されるだけで済む可能性もあるが…
(ダメだ…短刀らを失う訳にはいかない!)
選択肢は無かった。
だからサクヤは、警備官を突き飛ばすなり、疲労困憊の肉体にムチ打ち、脱兎の如く逃走した。
「逃げたぞォォォー!! 追えー!!」
「アジア系、若い女、上下共に黒系統の服装、キャップとサングラスだ。出入りを封鎖し、特徴に合致するヤツを逃がすな」
「何でこうなるの……私の、馬鹿…」
最早叫ぶ気力すらないサクヤは、凄まじい速度で逃げ続けた−−




