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15話 妖刀、童子切

「えぇ~!ホントにまだやるんですか⁉」


 先の決闘で荒れた草原に、アイリスの悲痛な声が響く。

 彼女の視線の先には、再び距離をとって睨み合うローグとアイリスがいる。


「ちょっと待ってろ、アイリス!一勝一敗のままじゃ終われねえ!」


「はあ⁉なに、私が一度負けたみたいに言ってんの⁉さっきのは全部通して一つの勝負でしょうが!」


「違いますぅ!お前が一度倒れた時点で、俺に勝ち星が一つ点いてたんですぅ!」


「そんなの勝敗に含まれないっての!降参したか、してないか!これが決着したって合図に決まってるじゃない!」


「ぐぬッ……!つ、次勝った方に2ポイント!これでいいだろっ!」


「何で勝手にポイント制になってるわけ⁉じゃあ、さっきのは何ポイントだっていうのよ⁉」


「1ポイント!」


「ふざけんなァ!」


(ふ、二人とも負けず嫌いにも程がある……)


 アイリスに二人を止められるわけもなく、彼女は黙ってこの幼稚な争いが終わるのを待つことしかできなかった。


 結局、ローグがごねまくったことでリザが折れ、現状は一勝一敗ということに。次に勝ったものが真の勝者になると、双方が合意した。


「じゃあ、これに勝った方が勝ちな!」


「最早意味がわからないけど、それでいいわ!早く始めま」


「はいスタート!」


「あっ、せこッ!」


 正々堂々という言葉を都合よく脳から消し去ったローグが、未だ使ったことのない第二の魔法を唱えようとした、その瞬間だっだ。



「その勝負待たれよおおお‼」



 突如、その場に響いたのはよく通る澄んだ女性の声。


「「――⁉」」


 共に凝然と、声の方を振り返るローグとリザ。

 声の主はアイリスの頭上を跳び越え、彼らの元へ向かって大きく跳躍していた。

 唖然としたアイリスが、その驚愕を口にした。


「……侍?」


 後ろ頭で黒髪を結い、袴の上に藍色を基調にした防具を身に纏った少女。腰には翡翠色の柄に丸い鍔の刀を差している。

 剣士の《才能(ギフト)》を持つ冒険者に違いなかった。


 侍はローグとリザのちょうど中間に降り立つと、炯々たる眼光を二人へ順番に向ける。


「双方、一度武器を収めてもらおう!」


「「…………」」


 ローグとリザは揃って言葉を失っていた。珍妙な乱入者に困惑はもちろんあったが、そもそも、どちらもまだ武器を構えていないのだから。

 呆気にとられている彼らを他所に、侍は堂々と名乗りを上げた。


「拙者の名はキヨメ=シンゼン!貴公らの仕合に感銘を受けた!拙者とも手合わせして頂きたいのだが、よろしいか!」


 しん、とその場が静まり返る。


 ――この人はいきなり現れて何を言っているのだろう。


 アイリスを含め三人は皆一様に同じことを思っていた。

 ワクワクした面持ちで返答を待つ侍。


「……えっと……」


 何か言葉を返さなければとローグが口を開こうとするが、動揺のあまり言葉が出てこない。


(…………関わりたくねえ)


 率直にそう思った。

 リザとの決闘は彼女の思いに心を動かされたからであって、この訳の分からない侍と戦う理由など、まず彼にはないのだ。


 勝負に水を差されたことで、熱くなった頭がみるみる冷えていく。

 どうやらリザも同じようで、頻りに『なんとかしろ』、と目配せをしてくる。


(わかったよ……)


 やれやれと嘆息して、ローグが口を開いた。


「キヨメ……さん、だっけ?悪いけど俺たち、これから行くところが――」


「まずは雷の御仁か!相手にとって不足なし!」


 真っ先に話し掛けたことが運の尽き、キヨメの獰猛な眼差しがローグへと向けられる。


「――え?いや!戦うとは一言も言ってないけどっ⁉」


 そんな彼の言葉など、スイッチが入った今のキヨメには届かない。

 キヨメの頭は今、完全に戦いのことしか頭になかった。

 そんな黒髪の侍は、興奮した様子で腰に据えた刀に手を掛ける。


「妖刀、『童子切(どうじきり)』――抜刀!」


「「「――ッ!」」」

 その刀身が鞘からチラリと見えた瞬間に、ローグとリザとアイリスは全身の毛が逆立った気がした。

 露わになったのは刃長80センチほどの刀身。波打つような乱刃(みだれば)刃文(はもん)、崇高な雰囲気を漂わす姿、素人目から見ても一目で名刀と見て取れる。

 しかし同時に感じたのは悍ましいオーラ。この世の物とは思えないソレは紛れもなく【異界迷宮(ダンジョン)】の産物だろう。


 妖刀という単語に、ローグだけがその真の脅威を理解していた。


 妖刀。ステータスに【呪われ人(カースド)】の《才能(ギフト)》を刻む手段の一つ。つまりキヨメも、ローグと同じ【呪われ人(カースド)】を有しているということになる。


(じゃあ、こいつも固有魔法を⁉)


 歯噛みしつつ、身構えるローグ。


「いざ……!」


 直後、彼を襲ったのは全身を貫くようなプレッシャー。


「ッ!」


 彼はその感覚には覚えがあった。

豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】の『八豪傑』や【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】の『隊長』たち。彼らのような冒険者の中でもトップクラスの者たちと手合わせした時のような緊張感。

 即ち、最上級の実力者。


 ――ヤバイ!


 ローグは咄嗟にリザに声を掛けようとして、


 瞬間、キヨメが地を蹴った。


 彼女は一息で、ローグとの距離を詰める。5メートルほどあった距離をたった一歩で。


「――え⁉」



 あまりの速さに、ローグは動けなかった。その瞬発力はリザと同等か。


 それ故、反応することができたのもリザだけだった。

 キヨメがローグに斬りかかる寸前、響く銃声。

 赤髪の少女が、次弾に爆裂弾を装填した拳銃を発砲したのだ。


 完全な死角からの超高速の一撃である。反応できる者などこの世界に何人いようか。


「む!」


 しかし、侍は驚異的な反射神経と運動能力で振り返り、難なく銃弾を斬ってみせた。

 真っ二つとなった魔弾は、左右にそれぞれ逸れて大爆発を引き起こす。


「なッ⁉あの体勢から⁉」


 驚きの声を上げるリザにキヨメは鋭い視線を向ける。


「背後から襲い掛かるなど、愚の骨頂。見損ないましたぞ、銃の御仁!」


「くッ……!」


 標的を変えたキヨメは一直線にリザに襲い掛かった。

 目にも止まらぬ剣裁き。スピードでローグを圧倒したリザも、その猛攻には躱すことで手一杯だった。

 さらに、ついさっき受けた雷のダメージもまだ残っている。ここにきて、その影響が自身の体へと色濃く表れ始めた。


「こンの……ッ!」


 勢いに乗ったキヨメの攻撃が掠り始め、リザは徐々に劣勢に追い込まれていく。

 彼女の額には、焦燥の汗が滲み始めていた。


「くふッ、くははははは!」


 半狂乱状態に陥った侍は、最早説得では止まらないだろう。


 その様子にアイリスは、


「ローグさん……ッ!」


 切迫した声をローグへとぶつける。


「……ッ、わかってるよ!」


 彼の目にもリザの危機は明白に映っていた。

 どうにかできるのは自分しかいない。

 そう理解しているからこそ、必死に頭を巡らせた。


(【鳴雷(ナルイカヅチ)】はダメだ。ああも密着した状態じゃ、リザも巻き込むことになる。あいつらのスピードについていくのは無理だが、この状況を打開するにはもうアレしかねえ……!)


 ローグが選択したのは、先程唱えかけた第二の魔法。

 未だ使用したことはないが、ステータスにその魔法が刻まれていることで、どのような効力なのかを完璧に把握している。


 いずれ仲間になるであろう口の悪い少女を救うために、ローグはその魔法を叫ぶ。


「――“紫電一閃”、【裂雷(サクイカヅチ)】!」





**********

『16話 サクイカヅチ』に続く

**********






本作をお読みいただき、ありがとうございました。



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