24.ケーブタウン討伐隊とシロアキの謀略劇場
……まずは、舞台設定から。
シロアキは自室の書斎の机に座り、とても上機嫌そうにしていた。散々、アカハルが指摘している通り、彼は奸計、権謀術数の類が大好きだ。執らなくてもいいような場面でも敢えて卑怯な手段を執ったりするくらい。
彼が上機嫌だったのもそれと同じ理由だった。これから存分に謀略を巡らせる事ができる。もっとも、普通の人間ならば、絶対に喜んだりはしないだろう。何しろ、彼がこれから騙そうとしている相手は、一国の軍隊だったのだから。
ケーブタウンは豊富な魔石の産地だ。その魔石が欲しいばかりに、グッドナイト財団がケーブタウンを狙っている。そしてその為に、ヘゲナ国の軍隊を動かそうとしている。
それは、ほぼ確実だろうと思われた。
以前、ダンジョン認定されてしまったケーブタウンは冒険者達に攻略されようとしていたが、アカハルの計によって、なんとかそれは回避した。アカハルはケーブタウン(及びに、その地上部の国知らずの森)を、冒険者達の就職場所とし、それによって冒険者達にケーブタウンの破壊を思いとどまらせた。自分達の就職場所を、壊してしまう人間など滅多にいない。
が、それは「自分達が手に入れる前にケーブタウンを冒険者達に荒さては堪らない」というグッドナイト財団の思惑通りに動いた結果に過ぎなかった。
つまり、ケーブタウンにとっての本当の脅威はこれから始まるのだ。
シロアキがケーブタウンを軍隊から守ろうとしているのは、もちろん、自分の利益になるからだが、それだけではなく“楽しいから”という理由もあった。そしてそれが楽しいのは、彼が戦争屋が嫌いだからでもあった。
無粋な武力で力づくで他人を支配し、誰にどんな迷惑をかけても気にしない。
そんな態度には虫唾が走る。
それは彼が戦災孤児だった事も関係しているのだろう。
そして、それは実はアカハルも同じなのではないかとシロアキは考えていた。
イノマタという女性の優しさに感動したからだのなんだのと本人は言っていたが、あいつも単に戦争屋が嫌いなだけじゃないのか? だから、積極的に手を貸そうとするようになったのだ。
……まぁ、なんでもいい。
暗い自分の書斎で、シロアキはにやりと笑う。
アカハルの情報収集能力と自分の知能と組織力さえあれば、国の軍部を謀略に嵌めて、ケーブタウンに手出しできないようにするくらい朝飯前だろうと彼は考えていた。
なにしろ、状況は彼にとって大きく有利なのだから。
ここ最近になり、各国の国境線近くで様々な事件が頻発するようになった。
そして、それに反応し、各国の軍隊が動き、国境線上に駐留している。その所為で互いに互いの軍隊を警戒し合い、緊張状態が続いているのが今の世界の現状だ。
当たり前に予想できる事だとは思うが、偶然にそんな状態に陥るはずがない。これは恐らくは、各国の軍部がグッドナイト財団に促されて、互いに協調行動を執った結果なのだろう。
戦争が終わり、しばらく時が過ぎた。各国とも戦争で疲弊した国力が回復しつつある。が、そうして平和な世の中が続けば、軍事予算の割合は減ってしまう。
――そして、
軍事力の重要性を心から信じている。軍隊を誇りに思っている。または単純に金が欲しい。理由は様々だが、それでは困る連中が世の中にはたくさんいるのだ。
だから、そういった連中、主に軍部の人間達は、グッドナイト財団の誘いに乗って、様々な事件を理由に互いに国境沿いに戦力を集め、“緊張状態”を演出した…… 恐らくは、それが事の真相だろう。
少なくともシロアキはそう考えていた。
もちろん、各国の軍部は敵対し合っている。が、敵対し合っているからこそ成り立つという歪で奇妙な協調行動がこの世界には存在するのだ。
例えば、戦争がしたいと思っている人間達にとって、敵国の反発的な態度はある意味では“協力”と言えるだろう。その為に相手を批判するという事もあるかもしれない。それを理由に、戦争ができるのだから。
そしてグッドナイト財団は今現在、飛び抜けた軍事技術を誇っている。戦争で勝つ為には、軍事力で勝る為には、だから各国ともグッドナイト財団を頼らざるを得ない。“軍事”の重要性が増すと、グッドナイト財団の力は強くなる。
つまり、“各国間の緊張状態”はグッドナイト財団の国際的な影響力を強める結果ともなったのだ。ゼン・グッドナイトは、それを狙ってこの状態をつくり上げたのだろう。非常に巧妙な作戦と言える。
――が、
「その方法には穴もあるんだな、これが」
そうシロアキが独り言を言った。
ノートブックを開き、鉛筆をくるりと回し、相変わらずに楽しそうにしている。
彼は今、策を練っている最中なのだ。
主だった戦力が、国境沿いに向っているのだから、当然、国内の戦力は手薄になっている事になる。
実際、ヘゲナ国に残っているのは、どうして軍人になったのか分からないような事なかれ主義者や、金目的で軍人になった者や、さもなければ戦争終了後に軍人になったまだ若輩の実戦未経験者ばかりだった。
もっとも、ケーブタウンの戦力は最弱と言っても良いくらいのレベルだ。もし、冒険者達が加勢したなら多少は手強いが、まさか国相手に戦おうとする者がいるとは思えない。つまり、誰が軍を指揮しても勝てる。
そして、“誰でも勝てる”ほどケーブタウンが弱くとも、『冒険者達にも攻略できなかったダンジョン』という建前で軍部が動くのだ。勝てばそれなりの功績として扱われる。要するに、これは“美味しい仕事”なのだった。
……次に、登場人物達の人物像。
国の中央に留まっている軍人の中で、最も高い権威を持っている一人に、ラオ・ゴールドという名の男がいる。
彼は先の戦争でも多くの戦果を収め、国内外でその名を知られている。ただし、高齢の為、今は現役を退いている。地位はまだ大将のままだったが、実戦に参加する事はないだろうと思われた。
そして彼はアニア・ゴールドという自分の娘を溺愛してもいた。しかも、軍人だから厳しくだとか、そんな発想はまるでないようで、コネまで使って軍にまで入れてしまった。
完全なる親バカである。
ラオはただ単に近くに置いておきたかったというそれだけの理由で娘を軍人にさせたのだが、当の娘のアニア・ゴールドは真面目な性格の所為か、それとも父親に対する尊敬の念の為か、“父親は自分に期待をしている”とそう勘違いをしてしまっているようだった。
だから真面目に軍事について勉強をし、国の役に立とうと懸命に努力をしていた。
女性であるというだけで、軍部の中で蔑視の視線を受けながらも、それを言い訳にせず、なんとか成果を出そうとする姿勢は非常に健気で好感が持てると言えるかもしれない。
――が、ところがどっこい、そんな彼女にはとある秘密があるらしいと噂になってもいたのだった。
例えば、彼女は自分の寝室に滅多に他人を入れない。使用人どころか親でさえも。それが何故かと言うのなら……、
アニア・ゴールドは疲れた表情で自分の寝室のドアを開けた。
蔑視されている立場を跳ね返す為、常に軍人たらんと気を張っている彼女は、一日が終わるとヘトヘトに疲れているのが常だ。
そんな彼女が一日の終わりに癒される瞬間がある。それは、その寝室のベッドに向ってダイブする時だ。
「ただいま! みんな~!」
そう言って彼女はベッドの上にダイブをした。ベッドの上には彼女が密かに買い集めた“とてもかわいいぬいぐるみ”が、大量に置いてあって、それらのモフモフ感と柔らかい布団とベッドが飛び込んだ彼女を優しく包み込んでくれる。
そして彼女は、そのぬいぐるみの中でも最もお気に入りの一つを抱きしめると、思い切り頬ずりし始めた。
「あ~、もう、かわいい、かわいい、かわいい、か~わ~いい~!」
ベッドの上を転がっている。
――そう。
彼女は本当は大の“かわいいもの好き”で、かわいいものを愛でている時にこそ、最大の仕合せを感じるらしいのだ。本当は軍人など圧倒的に向いていない性格をしている。
そんな噂がある。
「単なる噂で真相は分からない…… とされているが、まぁ、こっちには“アカハル”がいるからなぁ」
シロアキは鉛筆でノートブックにメモと共に稚拙な絵を描き始めた。彼にしか分からないが、どうやら作戦を記したものであるらしい。
ライオンのような騎士の絵…… 恐らくはラオ・ゴールドだろうその絵の下に、あまり上手いとは言えない女性騎士の絵を描き、その影に更にぬいぐるみのマークを描き込む。それが終わると、またシロアキは独り言を言った。
「アニア・ゴールドは、噂通りに軍人向きの性格じゃない。相当に無理をしている。
そして、“戦争の真実の姿”も知らされていない。実際の戦争で、どんなむごい事が行われて来たのか、軍人学校でも教わらないし、親だってもちろん教えないだろうからな」
もし、知っていたなら、軍人などに絶対になりたがらないだろう。
また、シロアキは口を開いた。
「父親のラオ・ゴールドは、恐らくは娘のそんな性質に薄々勘づいているだろう。だから、過酷な本当の戦争なんかさせたくないと思っているはずだ」
これも彼はアカハルに調査させていた。娘を溺愛している上に甘いラオは、実際、そのように軍部に働きかけているらしい。
「が、軍人である以上、何らかの戦果は出すべきだとも分かっている…… そして、ここでもう一人、登場人物を追加だ」
それから彼は別の人物をノートブックに描き込んだ。やはり下手な絵だった。今度はやや背の低い、年配の男のように思える。
ある程度大きくなった組織になら、大抵は“出世に失敗したが、野心だけは抱き続けている人物”がいるものだ。
シロアキはそんな人物が軍部にいないかアカハルに探らせた。
すると、コーエンという男が、先の戦争で大きな失敗をした所為で降格となったが、未だに野心を抱き続けていると分かった。
しかも、一般人の男性はもちろん、女性や子供といった非戦闘員を犠牲にするような残酷な作戦を平気で決行するような男であるらしい。
「つまり、クズってことか」
そのアカハルの報告を聞いてシロアキがそう言うと、「そ、つまり、お前と同類だよ」とその時、アカハルは言った。
「失敬だな、お前は。ボクは弱い者を騙して利用したりなんかしない。そんな事をしても、少しも面白くないじゃないか」
「何言ってるんだ、君は僕をいつも利用しているじゃんか」
「お前のどこが“弱い者”だよ?」
どうやら、シロアキにはシロアキなりの矜持があるらしい。アカハルにはいまいちよく分からなかったようだが。
そんな話はさておき、とにもかくにも、そのコーエンという男が利用できそうだと判断すると、シロアキはアカハルに更に詳しく調べさせた。
そして、その結果を元に、彼の所属する裏の組織にコーエンとコンタクトを取らせ、繋がりを持たせることに成功したのだった。
これで“働きかけ”が可能になる。幸い、コーエンはそれほど勘もよくなさそうだった。つまりは手駒として動かせるという事だ。「これで役者は出揃った」と、シロアキは考えた。
……後は、劇を展開させるだけ。
「ラオ様。この度のケーブタウン討伐隊の隊長を、ご息女のアニア様にお任せになられてはどうでしょうか?」
ある日、コーエンが、軍で大将を務めるラオ・ゴールドにそう進言した。
「アニアを? 何故だ?」
そのラオの質問に対し、コーエンは滔々とこう説明した。
「はい。アニア様には実戦経験がありません。初陣は容易い相手の方がよろしいでしょう。
ところが、討伐を命じられているケーブタウンは、どうも戦力が皆無のようなのです。冒険者達を退けられたのは、ただ単に彼らに職を提供しただけという話。軍隊に対して、抗う術は持ってはいません」
この話は、シロアキが彼の所属する裏の組織を介して彼に提供したもので、更に、ラオにこう説明すれば乗って来るというアドバイスも、シロアキが元ネタだったりする。要するに、彼はシロアキの台本通りに動いているのである。
それを聞き終えると、ラオは大きく頷いた。
「なるほど。経験を積むのには、恰好の相手というわけか」
それにコーエンは「はい」と返す。そして、更にこう続けた。
「ただ、万一の事があってはなりません。ですから、憚りながらこのコーエンを、参謀として是非ともその討伐隊に参加させていただきたいのです。
充分な戦果をアニア様が収められるよう、サポートいたします」
それにまたラオは頷いた。
「お前は運悪く降格処分となったが、戦闘経験豊富で信頼ができる。むしろ、こちらからお願いしよう。是非とも、よろしく頼む」
ラオがそのように簡単にコーエンを信用したのは、自分の心中を理解してくれていると彼が勘違いをしたからだった。
もちろん、これもシロアキの台本通りの展開だった。