20.シークレット会議
グッドナイト財団企業傘下の一つ、魔法素材開発を手掛けるイグニット社に勤めるイザベラ・センス。彼女は表向きは同社の特別販売促進課所属という事になっている。ところが実際は、裏工作専門の特殊技術課に所属していて、色々と怪しい仕事に手を染めている。
本人に“裏の仕事をしている”という自覚があるのかないのかよく分からないが、彼女は妖艶で、いかにも“普通じゃない”雰囲気を発散している。隠す気があまりないみたい。
そんな彼女がグッドナイト財団の軍事部門のオフィス、会議室が集まるフロアの廊下を歩いているものだから、当然ながら注目を集めていた。
彼女は一応は真っ当なスーツを着ているが、ボディラインを強調することを忘れていない。通り過ぎる男性社員達は思わず彼女のその肢体に注目をしてしまっていた。
その視線が心地良いのか、彼女は機嫌が良さそうだった。そんな彼女に向けて、隣を歩いている地味な出で立ちの別の女性が話しかける。
「あの……」
「なに? ランポッドさん」
「もう少し、目立たない格好の方が良いかと思われます。あなたのいる会社と違って、ここは“お堅い”ので」
ランポッドと言われた女性は、眼鏡をかけている上に俯き加減で、持っている書類を抱きしめるようにして小さくなって歩いているものだから顔がよく分からない。パッツンと切り揃えられているおかっぱ頭が、彼女の内気で大人しいだろう性格を予想させた。
彼女のファッションは地味過ぎで、却って目立ってしまっているように思えなくもなかった。
「あら? そうなの?
でも、安心して、アタシのいる会社も“お堅い”から」
「“TPOを、わきまえてください”と言っているんです!」
「だから、“TPOをわきまえるつもりはない”と言っているのよ」
彼女達は少々相性が悪いようだ。
「それよりも、アタシ達、もう五分ほど遅刻しているわよ? さっさと会議室に行かないとまずいでしょうよ。シャチョーに怒られちゃう」
イザベラがそう言うと、ランポッドは顔を膨れさせて、「私はあなたを案内する為に待っていて、遅れているのですけどね」と応えた。が、それを無視してイザベラは進む。
「ほら、さっさと行くわよ」
などと言いながら。
ランポッドは、不服そうだったが何も返さず歩を速めた。
イザベラ達が指定された303会議室に入ると、遅刻したにも拘らず、そこには誰もいなかった。
しかし彼女達は慌てない。ランポッドが交通許可書を何もない壁にかざすと、認証を報せる音が響く。その後で彼女が壁を押すと、壁に綺麗に切れ込みが入り、扉となってそこが開いた。
「ご苦労様」
それを見て、イザベラは腕を組みながら開いた壁の中に入っていく。ランポッドが文句を言った。
「まるで私があなたの従者みたいに言わないでください。いちいち癇に障る人ですね」
イザベラはそれを無視して進む。
壁の中のその先は、一見は真っ暗で何もないように思えた。が、なにかおかしい。真っ暗のはずなのに、人の姿だけははっきりと分かるのだ。
ここは特別な会議の為に用意された、通称シークレット会議室。特殊な処理によって、外からの盗聴はほぼ不可能。魔法を使っても、中にいる人間が誰かも視認できない。
その中にいた彼女達以外の人影は全部で三人だった。
一人は全身に袋を被っているような奇妙な姿の怪人で、どうやら泥棒集団“フクロ”を束ねるサンド・サンドという男らしかった。
二人目はピボットという名の童顔の男で、秘書を務めている。今はゼン・グッドナイト専属だ。
そして、三人目はゼン・グッドナイト本人。
彼は彼女達に後ろ姿を見せる位置で座っていた。
「んふぅ」
その姿を認めると、イザベラは嬉しそうに妖艶な微笑みを浮かべて近づいていった。そして、彼の肩に手を回しつつ、抱きしめるような姿勢でこう言った。
「お久しぶりねぇ、シャチョー。
シークレット会議室を使うっていうからエッチなことをするつもりで呼び出したんじゃないかって期待したのに、そのフクロがいるんじゃ違うのねぇ」
語尾の全てに黒いハートマークがついている感じ。
呆れたようなひきつった笑いを浮かべながら、ゼン・グッドナイトはこう返す。
「イザベラ君、お久しぶり。遅刻して来たのに、謝罪の挨拶も何もないのだね。それと、断っておくが、僕の役職は飽くまで取締役の一つであって“社長”ではない」
「あら? 実質、シャチョーみたいなもんでしょう? あなたがこの財団を牛耳っているんだから。
それより早く始めましょー」
そう言いながら、彼女は服を脱ごうとする。
「何を始めようとしているのかな?」
「だから、エッチなこと」
「それはそこにいるサンド・サンドがいるから違う、とさっき君自身が言っていたじゃない」
それを聞いてサンド・サンドはカラカラと笑う。
「カカカ! ワガハイは一向に構わんが」
そこでランポッドが口を開く。
「私は困ります。法律にも反しますし、社則にも反しますし、これはパワハラでセクハラで常識にも反します。
……ただし、飽くまでプライベートでと仰るのなら、一考の余地はあります」
顔を上げて、少しだけ眼鏡を整えている。それを聞いてイザベラは楽しそうにした。
「だってさ、シャチョー。ああいうタイプも偶には良いのじゃない? スタイルはあまり良くなさそうだけど、それが却って新鮮かもよ? アタシは両方イケルくちだしー」
その彼女のマイペースに、ゼン・グッドナイトは非常に困った様子を見せていた。だからなのか「ピボット君」と一言。それを受けてピボットは「はい。ゼン・グッドナイト取締役」とだけ返し、何かのボタンを押した。
すると、前面に闇の森の魔女、アンナ・アンリの姿が映し出された。どうやらこのままでは延々と彼女達が無駄話をしそうだと判断し、強引に会議を始めるつもりのようだ。
「彼女に見覚えがあるだろう? イザベラ君」
ゼン・グッドナイトがそう言うと、イザベラは興味の対象が移ったようで、やや真面目そうな顔を見せる。グッドナイトは続ける。
「確か、君の報告では、彼女は始末したことになっていはずだが?」
腕組みをして、彼女は返す。
「ええ。肉体変形性の魔力吸引菌に感染させて、さんざん怒らせた上で倉庫の中に放置しましたから。
普通は魔力を制御できず、身動きも取れない状態で餓死します」
それにグッドナイトは「生きていたのだ。そして我々の邪魔をした」と淡々と返す。
「生きていた? うそん。マジで? うわ~ しぶといわぁ」
それを聞いて、ランポッドが「倉庫に放置などせず、確りと止めを刺しておけば良かったのです」と言った。さっきの仕返しのつもりかもしれない。
イザベラは不服そうに声を上げる。
「簡単に言わないでよぉ。制御できていない状態って言ってもすっごい魔力だったんだから。
ちょっと油断していたら、こっちがやられていたわよ!」
そんな彼女に、グッドナイトは手で待てをするような仕草を見せて宥める。
「安心してくれ。それを咎めるつもりはない。むしろ良かった。この闇の森の魔女は、殺すには惜しい。素晴らしい魔法技術を持っている。
だが、現状、ちょっと困った事態になっていてね。彼女はオリバー・セルフリッジという厄介な男の味方についた。それも、恐らくは惚れまくっていて、何でも言う事を聞くような状態になっている」
「ふん」とそれを聞いて、彼女は笑う。
「なるほど。なら、つまり、そのオリなんたらって男に、闇の森の魔女は助けられたって事なんじゃないの?」
「根拠は?」
「アタシの罠は、自分で言うのもアレだけど、かなりエグかったわ。彼女の場合は、手足が甲虫の幼虫みたいになっていたのよ? 触るどころか、見たくもないくらいの醜い姿。そんな状態から助けてくれたのなら、普通は感謝するし、いい男だったら好きにもなるのじゃない?」
「なるほどね」と、それにゼン・グッドナイトは頷く。その後でランポッドが口を開いた。
「あの、その闇の森の魔女は、現在、その男と行動を共にしていて、屋敷にはいないのですよね?
ならば、直接彼女を当たらなくても、もぬけの殻の屋敷を調査して、その魔法技術を盗んでしまえば良いのではないですか?」
それを聞いて、サンド・サンドがカラカラと笑った。
「それは既に試しているのだろう?」
その言葉に、グッドナイトは「その通りだ」と返す。
「だが、見つからなかったのだな?」
「それも、その通りだ。何故なのか、お前になら理由が分かるか?」
「簡単だ。闇の森の魔女が本気で屋敷を隠したのだ。そこのイザベラとやらは、どうやら屋敷に入り込めたようだが、恐らくは単に油断していただけだろう」
「隠した? 方法は?」
「さぁ? 屋敷を小さくして、硬いカプセルの中に入れたとか、亜空間にでも送り込んだとか」
それにランポッドが「真面目に言ってください。そんな事ができるはずがないでしょう」と、文句を言った。
が、グッドナイトはそれを聞いて、微妙な視線を彼女に送る。それを受け、彼女は「まさか、本当にそんな事ができる相手なのですか?」と信じられないといった表情を浮かべた。
「アタシも調べたから分かるけど、異次元級の訳の分からない魔法を使う女なのよね。厄介、この上なし。前は奇策で勝ったけど、もうやりたくないわぁ」
そうイザベラが続ける。
ところが、その後でゼン・グッドナイトは自信たっぷりな口調でこう言うのだった。
「だが、安心しろ。少なくとも、闇の森の魔女は、もうじきオリバー・セルフリッジとは手が切れるはずだ。
或いは、セルフリッジは彼女に殺されるかもしれない」
その主張を聞いて、サンド・サンドは「ほほう」と面白そうな声を上げた。
「何か策がありそうだな。聞かせてもらおうか」
「フッ」とグッドナイトは笑う。
「簡単だ。惚れていれば惚れているほど、利用されていただけと知った時の憎しみは大きくなる。彼女だってそれは同じだ」
「ちょっと待て」と、そこでサンド・サンド。
「オリバー・セルフリッジが、闇の森の魔女を利用しているだけだとどうして分かる?」
「なにぃ?」と、その疑問にゼン・グッドナイトは驚きの声を上げた。
「女を騙して利用しない男が、この世の中にいるのか?」
それを聞いて「サイテー」とランポッド。白い目。
「ああん。流石、シャチョー! アタシ好みのクズだわ~」と言ったのはイザベラ。なんか、くねくねしている。
「違うのか?」
何故か、信じられないといった声で、グッドナイトはそう言う。が、その後で「まぁ、いい」と言うとこう続けた。
「どうせ、やる事は同じだ」
それからピボットに目を向けると、「地図を出してくれ」と命じた。「はい」と応えてから、ピボットはスイッチを押した。
今度は地図の映像が映し出される。
「これはべニア国のリッセという街の地図だ。どうも、オリバー・セルフリッジと闇の森の魔女は、この街に向おうとしているらしい。
ここに罠を張り、闇の森の魔女をこちら側に引き込む策を実行する」
そう説明したグッドナイトに、「ちょっと待ってよ、シャチョー」とイザベラが言う。
「あの闇の森の魔女を、罠に嵌められるの?」
それにはサンド・サンドが答えた。
「可能だ」
彼はにやりと笑っているように思えた。袋を被っているから分からないのだけど。
「ワガハイはアンチ・マジックのエキスパートだ。充分な準備さえあれば、あの女の魔力を完全に抑え込んでみせよう」
それにグッドナイトは続ける。
「それに加えてランポッド君だ。君が現地の調査を行い、アンチ・マジックの罠を張るのに絶好のスポットを見つけ出す。できるよね?」
ランポッドはその問いに頷く。やっと自分が呼ばれた理由が分かったといったような表情で。
「はい。得意分野です。そのアンチ・マジック技術の特性と策を教えていただければ、直ぐに調べて設置してご覧にいれます」
それを聞くと、ゼン・グッドナイトは手を大きく一つ叩いた。
――パンッ
「よし。なら、決まりだな。もう時間がない。迅速に動いてくれ」