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19.オリバー・セルフリッジに来た手紙

 オリバー・セルフリッジとアンナ・アンリの二人は、逃避行のような、観光地巡りのようなよく分からない旅をしていた。

 セルフリッジが「どうせ、逃げるのならアンナさんが楽しめそうな所を」と、逃げる先を選択するので、結果的に観光地巡りのような感じになってしまっていたのだ。

 なんか、ちょっと、のん気っぽいけど。

 アンナの趣味が分からなかったので、セルフリッジはてきとーに旅先を選んでいたのだが、何処に行ってもアンナは非常に楽しそうにしていた。

 「楽しいですか?アンナさん」と、各旅先でセルフリッジが彼女に尋ねると、

 スミニア国の首都にある、天高くそびえる“アジアドの塔”では、

 「はい。楽しいです。世の中にはこんなに高い塔があるのですね。山よりは低いですけど」

 と、珍しがって喜び、

 スミニア国の北にある冬は凍結した巨大湖(釣りもできる)の“スミア湖”では、

 「はい。楽しいです。こんなに大きな湖がまるまる凍り付くだなんて信じられません。後で湖のお魚を食べてみたいです」

 と、自然の偉大さを無邪気に喜び、

 やはりスミニア国にある、世界最大の競技場と呼ばれる“アリタ・コロシアム”では、

 「はい。楽しいです。人と人との競技に、これだけたくさんの人が集まって熱狂するなんて、人間は面白い生き物ですね」

 と、好奇心を満足させて喜んでいた。

 アンナ・アンリは今までの生涯をほとんど闇の森の中で過ごして来た。時折、外に出て行く事があっても近くの村で、極稀に遠出をしても街までくらいしか行った経験がない。

 だから、何処に行っても楽しいのだと、そうセルフリッジは思っていて、それは半分くらいは正解だったのかもしれないが、“一緒にいる人間が重要なのだ”とはあまり気が付いていないようだった。

 

 アンナはサンド・サンド達との戦い(?)において、神聖視されている上、学術的にも大変に貴重な巨大な魔石である“巨人の祈り岩”を思わず使ってしまったが、彼女達が逃げているのはそんな理由ではない。

 確かにそれは多少は問題視されたが、大きさが三割程小さくなっただけだし、何よりそれが事件として取り上げられ、有名になったお陰で、グッドナイト財団が“巨人の祈り岩”から手を引き、狙われる危険がなくなったので、結果オーライと言えなくもなかった。

 彼女達が逃げていた最大の原因は、アンナ自身の“魔法の力”にある。

 元より、オリバー・セルフリッジはグッドナイト財団と敵対していた。それに闇の森の魔女、アンナ・アンリが加勢した事でいよいよグッドナイト財団から警戒されるようになってしまったのだ。それで常に監視されるようになり、いつ危険が及ぶか分からないと判断した彼女達は、その監視の目から逃れる為に逃げ回っていたのだった。

 「――また、来ていますね。向かいの建物からわたし達を観ています」

 しばらく同じ場所に滞在していると、いつの間にか、グッドナイト財団の人間が二人を監視している。

 それに大抵はアンナが気付き、次の場所を目指すといったルーチンを繰り返しているのだった。

 そして彼女達はその逃避行の末、スミニア国の都市、カジノで有名なナルタタウンに来ていた。ギャンブルをやる気は二人にはなかったのだが、どうも“人間の本能の一つ”が見られる場所として、そこを選んだらしい。特にアンナには“人間を知らない”という弱点を克服する目的があった。

 それに“木を隠すなのなら、森の中”。都市の方が隠れやすいということもある。

 

 「――あの、今更なんですが、そもそもあなたは何者なのですか?」

 

 そんなある日の午後の早い時間、アンナがセルフリッジにそう尋ねた。

 彼女達はホテルで部屋を借りていたのだが、その部屋でのことだ。

 “巨人の祈り岩”事件以降、彼女がグッドナイト財団に恨みがあるという事もあって、なし崩し的に一緒に行動していたが、彼がどんな職業に就いている人間で、何故グッドナイト財団と敵対しているのか、彼女は何も聞かされていなかったのだった。

 「僕はただの学者ですよ。専門は社会科学で、色々と研究しています」

 と、それにあっさり彼は質問に答えた。

 「学者? ただの学者がどうしてグッドナイト財団と敵対しているのです?」

 それに彼は「んー」と少しばかり考えてからこう返した。

 「“なんとなく、流れでそうなってしまった”としか説明しようもないのですが」

 「“なんとなくの流れ”でグッドナイト財団と敵対する人なんて滅多にいないと思いますが」

 「アンナさんだって似たようなものじゃないですか」

 「わたしは、多分、“滅多にいない人”ですから」

 「ああ、まぁ、そうかもしれませんねぇ」

 それからまた少し考えてから、彼はこう口を開いた。

 「切っ掛けは、世界各地で起こっている大小様々な事件にグッドナイト財団が関わっているのではないかと疑いを持った事です。

 例えば、軍事利用可能な技術が国外に流出する事件がたくさん起きているのですが、裏で手を引いているのはグッドナイト財団のように思えました。

 また、“巨人の祈り岩”もそうでしたが、魔石関連にも…… こちらは犯罪であるとは限らないのですが、積極的に関わっていて、魔石を手に入れようとしていたり、魔石に関わる技術を買収したり。

 そして、なにより、国境沿いで事件を起こし、国境の近くに軍隊を集めるよう促しているようにも思えたのです……

 例えば、山賊の類が多い場所では、そういった人間達を影で操り、軍隊が出動するよう働きかけているように……。もちろん、確証はないのですがね」

 そこまで説明を聞くと、アンナはこう尋ねた。

 「何故、“ただの学者”の身分で、そんな情報を知っていたのですか?」

 「いえ、僕が知った情報自体は有り触れたものだったのですよ。

 グッドナイト財団がこれこれの技術を欲しがっているといった話はニュースになっていますし、事件として明るみになったものがいくつかあって、後は単なる噂とか……

 それらに僕は想像で線を結んでいったんです。だから、半分以上は単なる予想に過ぎません。が、しかし、どうにも不吉な予感がして、無視はできませんでした。まるで、彼らがもう一度、戦争を起こそうとしているように思えて。

 それで、グッドナイト財団が軍事用の魔法疑似生命体も生成可能な資材をアンナさんが住んでいる闇の森の近くに運んでいるというニュースを耳にした時、実際に現地で調査してみる事にしたのですよ」

 「なるほど」とそれを聞いてアンナは言った。

 「それで、セルフリッジさんは、あの村にしばらく滞在していたのですね?」

 言い終えた後で、“だから、わたしが潔白で、罠に嵌められたのだと気が付けて、そしてわたしを助けにも来てくれた……”と彼女は思う。頬をちょっとだけ赤くしていた。

 「はい。ところがそこで、僕の知り合いの学者仲間から、“巨人の祈り岩”が狙われているというヘルプコールが届きまして、慌てて向かったのですよ。

 “巨人の祈り岩”は神聖視されていますから、何としても守ろうという人も多くいまして、それで呼びかけて自警団を組織して、グッドナイト財団が雇ったであろうサンド・サンド達の泥棒集団“フクロ”に対抗したのです。

 もちろん、そんな事ができたのは僕が“ただの学者”で、ほとんど警戒されていなかったからなのですがね」

 「ふむ」と、それを聞き終えると彼女は言った。

 「それで大体の事情は分かりました」

 セルフリッジの素性が分かって、満足したご様子。ところがそれから彼女は表情を険しくすると、こう続けたのだった。

 「しかし、あなたが“ただの学者”なのだとすると、ますますこの謎の手紙が不可解ですね」

 そしてテーブルの上に置いてある二通の手紙を指に挟んで彼に見せた。

 セルフリッジは、それを受けると腕を組んで「それは僕も大いに不可解です」と、そう返す。

 

 ここ最近、彼らが何処かへと逃げてしばらく滞在すると、決まって謎の手紙が届くようになった。それは一通だけの時もあれば、二通の時もあるのだが、二通の時はそのうち一通はどうやら正規の郵便局ルートを介した手紙ではないようだった。どうやっているのかは分からないが、秘密裏に届くようだ。恐らくは絶対に第三者には知られたくない内容なのだろう。

 が、その内容がまた奇妙だった。

 正規のルートで送られてくる手紙には、地名と、どうやら人の名らしい“クロナツ、フユ”という言葉書かれてあり、“助けて欲しい”と最後にある。

 もう一通のシークレットの手紙も基本的には同じ内容だが、何故か書かれている地名が違う。そして、“助けて欲しい”というメッセージの後に“ケーブタウンまで”という追記があった。

 そして、他の文面は同じだが、毎回、地名だけは違っている。

 「手紙の内容をそのまま信じるのなら、この“クロナツ、フユ”という人物を助けて欲しいと僕達に頼んでいるのでしょうが、何故二通の手紙の指し示す場所が違うのかが分かりません」

 そうセルフリッジが疑問を口にすると、アンナはこう言った。

 「普通に考えるのなら、正規のルートの方がフェイクなのじゃないですか? 誰かを騙そうとしている」

 「騙すって誰をです?」

 「それは…… グッドナイト財団じゃないですかね?」

 「んー」とそれを聞いてセルフリッジは考える。

 「こんな見られる保証があるかどうかも分からない手紙に騙す意図があるとは思えません。むしろ、“もし第三者に見られても構わない内容”なのじゃないでしょうか?」

 「かもしれませんが、だとすると、この正規のルートの方の手紙は、単なる“嫌がらせ”って事になりませんか?」

 嫌がらせ。

 そう彼女が表現したのには訳がある。どうもグッドナイト財団は郵便局を押さえているらしく、この手紙がセルフリッジ達の元へ届く所為で、財団に二人の居場所がばれてしまっている疑いがあるのだ。

 それで二人は滞在場所を変えざるを得なくなる。

 「嫌がらせではなく、僕らにグッドナイト財団に居場所を知られていると警告をしているとか……」

 「なら、直接、シークレットの方で警告してくれれば良いじゃないですか。それに、そもそもどうやってこの手紙の送り主が、わたし達の居場所を突き止めているのかも疑問です。正直、わたしはその方が気になるのですが」

 「そうですねぇ」

 それからしばらく考えると、彼はこう彼女に言った。

 「少し調べてみたい事があります。これから図書館に付き合ってくれませんか?」

 彼女はそれを聞いて「はぁ、構いませんが」と不思議そうな顔をした。

 

 カジノで有名なナルタタウンには、観光名所といった程ではないのだが、全国でも有数の巨大図書館がある。

 その図書館には、各地の新聞が集められていて、だからもし世界各地で何が起こっているのか調べたいと思ったのなら、打ってつけの場所なのだった。

 「すいません。流石に、ここは面白くないかもしれませんが」

 そうセルフリッジが言うと、アンナは

 「いいえ、面白いですよ。わたし、本は好きなので。ログナの蔵書以外で、こんなにたくさんの本を見るのは生まれて初めてです」

 と、そう答えた。

 ああ、そうか。

 と、それを聞いて彼は思う。

 アンナ・アンリは魔女だから、文字の類には慣れ親しんでいるのだ。連れて来て良かった。

 そしてそう安心した。

 それは半分は正解だったけれど、“一緒にいる人間が重要”という点にはどうやら彼は気が付いていないようだった。

 図書館に入ると、真っ先に彼は新聞のコーナーを目指した。そこで手紙を取り出し、その地名に関する事件が何か起きていないか調べ始めた。

 大きな事件を調べるのなら、都市で発行されている新聞でも充分だが、起こっているのが小さな事件なら、その地元の新聞にしか書かれていない。

 まず、彼は送られて来た謎の手紙を整理し、彼は正規ルートの手紙に書かれてあった地名と大体の時期をノートにまとめ、それからそれに当て嵌まる場所と時期に何か事件が起きていないか新聞で調べているようだった。

 そうして出来上がった一覧表を見つめ、しばらく思案すると彼は「なるほど。分かったかもしれません」とそう言った。

 「分かったって何がです?」

 アンナが訊くと、彼はノートの一覧表を見せながらこう説明した。

 「正規ルートの方の手紙には、既に事件が起こった場所が書かれてあるんですよ。何らかの人々が争ったとか、そんな事件です。そして、シークレットの手紙の方は、100%確実という訳ではないのですが、手紙が送られた時期より未来に事件が起こる場所が書かれてあります。

 これから予想するのなら、正規ルートの方の手紙には既にこの“クロナツ、フユ”さんという方々が通った場所が書かれてある。だから別に知られても構わなかったのです。

 対して、シークレットの手紙の方には、これから向かう行き先が書かれてあるから、第三者に知られる訳にはいかなかったのじゃないでしょうか?」

 アンナはそれに頷いた。

 「なるほど。そう考えると筋が通りますね。

 で、どうするのです?

 その予想通りだとするのなら、もし手紙の依頼通り、“クロナツ、フユ”という人達を助けに行こうと思ったのなら、シークレットの手紙の方に書かれてある地名に向う必要がありますが。

 これから、その人達はそこに向おうとしているのでしょう?」

 少しの間の後で、セルフリッジはこう返した。

 「行きましょう。このまま逃げ続けても埒が明きませんし、どうやってこの手紙の送り主が僕らの居場所を知る事ができるのかも不気味ですし」

 「罠かもしれませんよ?」

 「そうですね。ただ、もし罠なら、もっと他にやりようがあると思うのです。それに、もし罠だとしても、アンナさんがいますから」

 その時の彼は、珍しく、どことなく甘えているような表情を彼女に見せていた。それに彼女はくすりと微笑んだ。

 「分かりました。“虎穴に入らずんば虎子を得ず”って言いますしね」

 そしてそう言ってから、「ところで」と続けると別の新聞を取り出し、こう言った。

 「もしかしたらと思って探してみたら、シークレットの手紙の方に記述されてあった“ケーブタウン”という所の新聞もあったのですが、読んでみますか?」

 その言葉に彼は驚く。

 「ケーブタウンで新聞を発行していたのですか?」

 そして、奪い取るようにしてアンナからその新聞を受け取る。その彼の態度をアンナは不思議に思った。

 「そんなに驚くような話なのですか?」

 「はい。ケーブタウンは、そもそも“人間の街”ではありません。人間とは異なった種族で構成された街なんです。当然、正式な街でもない。そんな街で新聞だなんて……」

 そう答えながら、彼は新聞に目を向ける。

 そのケーブタウンの新聞には、“ケーブタウンのビヤン新聞”という名前が書かれてあった。

 “ビヤン”というのは、どうやら新聞を書いている何者かの名前であるらしい。読んでみると、新聞というよりはゴシップ雑誌に近い文章だったが、それでも一応は新聞だった。

 「そういえば、ケーブタウンは魔石発掘で有名でしたか。その潜在的な埋蔵量は世界有数だとも言われている。グッドナイト財団が狙う理由は大いにある。なるほど。これは興味深いですよ……」

 それから彼は熱心にその新聞を読み始めた。

 アンナはそんな彼を嬉しそうに見つめていた。


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