18.この技術は絶対に戦争屋には売らないぞ!
カニンという男がボスの暴力団は、クロナツにとって居心地が良かった。通常の社会では“やり過ぎ”と言われてしまうような暴力行為がそこでは認められたからだ。
もちろん、“時と場合によっては”という条件付きなのだが、仕事の場合は大抵は認められたから特に問題にならなかった。プライベートでクロナツが、暴力団の人間に関わる事はなかったのだ。
クロナツが呼ばれるのは、面倒な借金の取り立てや他の組織との抗争といった荒事ばかりだった。
暴力団が金を貸した人間の中には、あまり行儀の良くない連中もいて、そういった連中は「金を返せ」と言ったら暴れる。そうなったらクロナツの出番だ。相手を怪力で取り押さえて、怒りの熱で焼く。クロナツにとっては自然な行為だったが、それはそのまま拷問になった。大体の相手は、それで音を上げる。
他の組織との抗争でもクロナツは大いに役に立った。生まれ持った戦闘センス…… いや、喧嘩センスとでも言うべきかもしれないが、単に怪力と熱の魔法を持っているというだけでなく、喧嘩のやり方が彼は巧みだったのだ。
そのクロナツの働きを、カニン達暴力団は大いに評価した。
「オヤジが、お前を大したもんだと言っていたぜ。実際、俺らもすげぇって思うしな」
ボスのカニンだけでなく、団員達のほとんどが彼にそのような称賛の言葉を浴びせた。嫉妬の目を向ける者あるにはあったが、少数だった。
ただし、それにクロナツは素直に喜びはしなかった。
――承認欲求。
人間には周囲から認められたいという欲求が存在する。
そして、それを満たしてやる事で、帰属意識を高め、組織に忠実な人間を育てるという人心操作術が存在する。
そんな話を彼は以前、シロアキから聞いていたのだ。その話と、カニン達の態度は明らかに一致していた。
つまり、クロナツは彼らのその言動を、自分を都合よく操る為のものだと考えていたのだ。
そもそも、クロナツの承認欲求は薄い。彼に対して、承認欲求を利用した人心操作はあまり効果がなかった。
もっとも薄いだけで、彼にだって承認欲求がある事はある。だから、それを心地良く感じてはいた。
『カニンは、自分やフユを人身売買の業者に売るつもりでいる』
そんな疑いを彼はずっと持ち続けていたのだが、それと同時に“もっと自分を認めさせれば、そんな気もなくなるだろう”といったような考えを抱くようにもなっていた。
つまり、少なくとも、そこが自分の居場所の一つにはなり得るという想いが彼の中には芽生えていたのである。
が、それもその仕事を行った時までのことだった。
それはいつもクロナツ達が行っている仕事に比べれば、随分と“真っ当な”仕事だった。
ある企業の技術者が、自社で開発した技術資料を持ち逃げしてしまった。その技術者を捕まえて、技術資料を取り返して欲しい。
そんな依頼だ。
もっとも、クロナツ達の所に仕事が来る時点で既に“真っ当”ではないのは分かり切っていたのだが。盗まれたというのなら、警察を頼ればいい。警察を信頼していないのだとしても、他に頼るべき所はいくらでもある。
つまり、その企業にはその事件を表沙汰にしたくないだけの理由が存在するという事になる。
その盗まれた技術というのは、情報制御に関わるものであったらしい。集められた断片的な情報群から、効率良く構造を構築するとか云々かんぬん。クロナツにはその説明された内容がよく分からなかったのだが、そもそも相手も全てを伝えてはいないだろうと思われた。
“どうでもいい”
しかし、彼はそれを特に気にしなかった。自分は普段通りただ仕事をこなすだけだ。そう思っていた。
――が、しかし、その考えはその技術者の訴えを聞いて変わった。
「この技術は絶対に戦争屋には売らないぞ!」
その技術者の外見は間抜けそうに思えた。聞いた話によると、技術の腕は良いという話だったが、技術の腕が良くても頭が良いとは限らないのかもしれない。
クロナツはそう思った。
技術者の逃げ方は雑だった。絶対にプロの手からは逃れられないような。
そして案の定、あっけなくその技術者は長距離馬車の駅で張っていたクロナツ達に見つかり、路地裏に追い詰められてしまったのだった。大事そうにカバンを抱え、神様にでも祈っているような怯えた表情でクロナツ達暴力団四人を見つめる。
“あー、こりゃ、オレが出るまでもないな”
その様子を見て、クロナツはそう思う。自分がやるとやり過ぎてしまう。ここは他の奴らに任せた方が良いだろう。
だから彼は一歩下がって、他の団員達の仕事を傍観しているつもりだったのだ。しかし、そこでその技術者は「この技術は絶対に戦争屋には売らないぞ!」と吠えたのだ。
――何?
と、彼は疑問に思う。
「何の話だ、そりゃ?」
だから、そう尋ねた。その技術者は不思議そうな顔を見せた。
「お前らは、グッドナイト財団の人間じゃないのか?」
グッドナイト財団?
その名前をクロナツは知っていた。戦時中に戦争兵器の類を世界各国に大量に売りさばいて巨大化した大企業だ。今は多方面に事業展開していると聞く。
「なるほど。そのお前の持っているカバンの中に入っている技術とやらを欲しがっているのは、その戦争屋のグッドナイト財団ってわけかい」
それでクロナツは合点がいった。べニア国の法律では、軍事利用可能な技術の外国への移譲や販売は禁止されている。だからクロナツ達に依頼した企業は、この盗難事件を警察に通報する訳にはいかなかったのだ。自分達も捕まってしまう。
「オレらはただの街のチンピラだよ。お前から技術を取り戻せってな依頼を請けただけだ」
「チンピラ?」
技術者はそう呟くと、必死そうな表情のまま、それまでとは違った理性を感じさせる目でクロナツ達を見つめた。
何かを考えているようだ。
「おい、クロナツ。無駄話はいい。さっさとこいつを捕まえちまおうぜ」
暴力団の一人がそう言う。クロナツはそう言った暴力団の襟元を掴んで、「まぁ、待てよ」と言ってから続けた。
「そいつの話を、もうちょっと聞いてみようぜ」
それを受けてなのか、その直ぐ後のタイミングで技術者は言った。
「なら、取引をしよう。君らは金が欲しいだけなんだろう? 僕はこの技術を戦争屋以外の企業に売る。その金を全て君達に渡そうじゃないか。僕は金目的でこの技術を持って逃げた訳じゃないんだ」
それを聞いて、暴力団の一人がこう返した。
「おい。あんまり馬鹿にするなよ。俺らみたいなチンピラにだって仁義ってもんがある。簡単に顧客は裏切らねぇ!」
が、技術者は諦めない。
「仁義があるなら、聞き入れてくれ!
この技術が戦争に利用されたなら、またたくさんの死者が出る! だけど、ちゃんとした使い方をするのなら、逆にたくさんの人が助かるんだ!
僕はこいつを戦争屋に売りたくないだけなんだよ!」
そう訴える。
しかし暴力団達の耳にはそれは届かなかった。
「知らねぇよ、そんな話。俺らにとっちゃ、守らなくちゃいけない約束があるってだけ。それが俺らの仁義なんだよ」
ところが、そう暴力団員が言い終えた途端、その団員は大きく右方向にぶっ飛ばされてしまったのだった。
「なっ!」
その隣の別の暴力団員は何が起こったのか分からなかったらしく唖然としている。そして何が起こったのか気付く前に、その団員は反対の左方向に大きく吹き飛ばされてしまった。ぶっ飛ばされた二人はもう動かなかった。どうやら意識を失っているようだ。
もう一人いた暴力団員が吠える。
「クロナツ! てめぇ、裏切ったのか!?」
そう。
二人をぶっ飛ばしたのはクロナツだったのだ。
「悪いな」
クロナツは言う。
「お前らの言っている仁義は、オレの仁義じゃねぇ」
そしてその後で残りの一人も彼はぶっ飛ばしてしまった。動かなくなる。やはり意識を失ったようだ。
“そもそも、オレに仁義なんざねぇがな”
動かなくなった暴力団員達を見ながら、クロナツは心の中でそう呟いた。
「――おい」
それからその突然の出来事に動揺している技術者の近くにまで行くと、クロナツはそう話しかけた。
「さっきの話は本当だろうな?」
「え?」と、技術者は驚く
「あ、はい。もし、見逃してくれるのなら絶対にお金は払います」
「違う。そっちじゃねぇよ」
クロナツは言う。
「グッドナイト財団に、その技術を売りたくないって話だよ」
それを聞くと、技術者は表情を強くしてこう答えた。
「もちろんです。その為に、僕は命をかけて“これ”を持って逃げたのですから」
カバンを掲げるようにして、彼に見せた。
「よし」と、それにクロナツ。
「オレは戦争が嫌いなんだ。お前に手を貸すぜ」
それから彼はそう言った。
クロナツは迅速に行動した。彼は暴力団の行動力とカニンの決断力の早さは知っている。状況を察したなら、直ぐに行動に出るはずだ。そして、恐らくは、一番に狙われるのは彼の最大の弱点である妹のフユだ。早くフユを連れて逃げなければ。
幸い馬車乗り場の近くだったので、自宅近くに向う馬車に彼らは真っ先に乗り込んだ。その道すがら、クロナツは技術者に尋ねる。
「そのお前が盗んだ技術ってのには、何ができるんだ?」
少しくらいは把握しておきたかったのだ。
その技術者の名前はノーエンというらしかったのだが、ノーエンはこう答えた。
「これは情報群のコントロールに関する技術なんです。魔法疑似生命体ってありますよね? 例えば、その疑似生命体に乱雑に情報を与えるだけで、自動的に適切な能力を身に付けさせるといった事が可能です。
ある土地の性質を教えるだけで、効率良く荒れ地を開墾して農地に変えさせたり、症状と治療方法を教えるだけで病気を治したり」
「はっ」と、それを聞いてクロナツは言う。
「つまり、てきとーな情報を与えておけば、軍事用の魔法疑似生命体に、適切な戦闘方法を覚えさせる事だって可能ってわけか」
「その通りです」とノーエンは返す。
「頭の良い人ですね」と、その後で付け足した。
それを聞いてクロナツは、「頭が良いって褒められたのは、生まれて初めてだな」などと言って笑った。
馬車が自宅の最寄り駅に着くと、クロナツは駆け足で自宅を目指した。ところが、自宅は既にもぬけの殻だった。フユの姿がない。単に出かけているだけかとも思ったが、軽く荒された痕がある。恐らくはフユが抵抗したのだろう。そして、机の上に書置きが残されてあった。
“BB倉庫で待つ。物を持って、お前一人で来い”
そこにはそう書かれてあった。よくカニンの暴力団が拷問などに使う場所で、倉庫名は通称だ。暴力団の中でしか通用しない。
……いくらなんでも対応が早すぎる。これはやっぱりオレは信用されていなかったか、と彼はそう思った。
つまり、ずっと彼ら兄妹は警戒され、監視され続けていたのだ。このままカニンの暴力団にいても、いずれ、使い捨てられるか、売られるかだったろう。
「どうやらオレの妹がさらわれた。そのカバンを持って、オレ一人で来いとよ」
それを聞くとノーエンは悲壮な表情を見せた。
「妹さんが……」
そして、そう呟いた。
「そのカバンを貸してくれ」
それからクロナツはそう訴えた。ノーエンは少し迷ったようだったが、頷くと「分かりました。妹さんの命には代えられません」とそう言って彼にカバンを差し出した。
すると、それを聞いてクロナツは、おかしそうに笑う。
「お前は戦争の犠牲になるたくさんの人の命を救うんじゃなかったのかよ? オレの妹一人を救う為にそのカバンを渡していいのか?」
しかしその後でこう続けた。
「安心しろ。“貸してくれ”と言ったろ? 返すよ。ま、できる限りな」
それからクロナツはそのカバンを受け取ると、「お前は先に馬車に乗って逃げてろ。直ぐに追いかけるから」と言って、BB倉庫を目指した。
BB倉庫では、カニン達がクロナツを待ち構えていた。それほど大きな組織ではないが、それでも十数人はいた。ここしばらくの間で、彼らはクロナツの戦闘能力の高さを思い知っている。充分に備えているようだ。
ところがクロナツは、そんな彼らの正面から堂々と倉庫に足を踏み入れた。
隠れて様子を窺っている時間はないし、そもそもそんなスタイルは自分には合わないと彼は考えたようだ。
それを見て捕まっているフユが「んんー!」と声を上げる。口を塞がれている所為でうまく声を出せていないが、きっと彼を心配しているのだろう。
フユは縛られていた。
それにクロナツは歯ぎしりをした。
――フユを苦しめやがって。
「いよぉ、カニン。妹をさらってくれて助かったよ」
それから憎々し気な口調で彼はそう言った。彼らしくもなく、やや演説口調だ。
「実はこれでも多少はあんたには感謝していたんだ。だから裏切るのに心が痛んだ。だがお陰でそんな気持ちはぶっ飛んだぜ」
片手でカバンを前に掲げながら、彼は前に進む。カニンが返す。
「勝手な事を言ってるんじゃねぇ。裏切られたのはこっちだぞ? お前には目をかけていたんだ。それがこの仕打ちか? あまりにも酷い話だ」
「どうせ、いつかは使い捨てる気だったんだろう? 妹は売る気だったか? もし、てめぇのペットにでもする気だったって言うなら、バーベキュー地獄は確定だぞ?」
「安心しろ。売る気だよ。大事にしてくれるどっかの大金持ちのペットになって、何不自由なく暮らせるだろうさ。お前と一緒にいるよりもきっと仕合せになれる」
「そら、残念。お前をバーベキューにしたかったのにな」
言いながら、クロナツは足を進めた。半分ほどクロナツが進んだ辺りで、暴力団達は銃をクロナツに向けて構えた。彼はそれを受けて足を止めた。
銃弾は高い。できる限り節約したいはずだとクロナツは踏んでいた。勝ってもそれほどの収入にはならないのだから。更にカバンに弾を当ててもいけない。仕事の依頼をこなせなくなってしまう。
その躊躇が、きっと自分のチャンスになる。
そう彼は考えていた。
呼吸を読む。相手が油断したタイミング。自分の喧嘩センスを信じ、彼は一気に駆け出した。
通常ならば、銃相手に正面から突っ込むようなバカな真似はしない。銃弾を躱すなら横の動きが基本だ。もし、前に進むにしてもジグザグに進むべきだろう。
が、クロナツは猛ダッシュで直進した。カバンを盾のように構えたまま。少し身を屈ませていたが、その程度では普通は銃弾は当たってしまう。
しかし、銃弾は当たらなかった。虚を突かれた上に、当ててはいけないカバンを彼が盾にしていたから、そもそも団員達が数発しか銃を撃たなかったからだ。
そしてあっと言う間にクロナツは、暴力団の懐に飛び込んだ。フユを捕まえていた男をまずはぶっ飛ばす。それから、続けて一瞬の間に左右の男達を吹き飛ばした。それを見て、危機感を感じたのか、数人がクロナツに向って挟み撃ちで銃を放った。
が、彼とフユは身を屈めていた。銃弾は彼らには当たらず、銃を放った双方向の暴力団員達に当たってしまった。
同士討ちだ。
それで暴力団員達は銃を撃つことにたじろぐ。慌てて剣を取り出そうとしたが、動きはスムーズではない。
その隙をクロナツは逃さなかった。
カニンに向って飛び込むと、捕まえ、首に手を回してこう叫ぶ。
「少しでも動いたら、こいつの首の骨を折るぞ!」
それで暴力団員達は動きを止めた。
単なる脅しではない。今までのクロナツの所業から、彼が本当にそれをやる男だと団員達は知っていた。
「フユの縄をほどいて自由にしろ。今すぐにだ!」
そうクロナツが命令すると、大人しく彼らはそれに従おうとした。
「バカ! やめろ! 妹はこいつの弱点だ! 勝機がなくなるぞ!」
それを見て、そうカニンが叫んだ。が、それを言い終えると同時に「そういや、バーベキュー地獄にするんだったよな?」と言って、クロナツはカニンを熱し始めた。
「な? やめろ! やめろ! バーベキューにはしないはずだったろぅがぁ?」
悲鳴を上げるカニンを面白そうに見ながら彼は言う。
「そんな約束はしてねぇなぁ!」
ジューッ!という肉が焦げる音。嫌な臭いが漂う。
「ギャー! 熱い! 熱いー! お前ら、こいつの言う通りにしろぉ! さっさと! 早く!」
カニンはその拷問に耐え切れず、堪らずそう叫んでいた。
――その少し後、
カニンは茫然と座り込んでいた。クロナツ達が去っていた方向を眺めている。
首筋にはクロナツにやられた所為でできた酷い火傷があった。彼はそれをタオルで冷やしていた。そのタオルはフユが当ててくれたものだった。魔力を節約したいから、治癒魔法は使えないのでそれで我慢してくれと彼女は言って、そんなタオルを持って来たのだ。
他の暴力団員達は足を縛られ、身動きが取れない状態になっていた。そして、残らず銃を奪われている。
自由になったフユがやったのだ。暴力団員達はカニンを人質に取られて手も足も出なかった。あの兄と一緒にいるだけあって、彼女も意外にしたたかであるらしい。
「……あいつを引き入れたのは、失敗だった」
茫然とした表情のまま、カニンはそう呟いた。
「――さて、お兄ちゃん」
馬車の中で落ち着くと、フユがそうクロナツに言った。
「事情を説明してもらうからね。納得いかない理由だったら、今回はさすがに怒るからね」
それを聞いたクロナツは“いや、案外、いっつも怒っているよな?”と、心の中でそう返したが、それを口にはしなかった。




