第4話「大軍国ゴルゴラ」
最も東にあるのが"人類の恥"が治める国、キングエル。
そこから中心に向かっていくつか人間の国が存在して、人間と魔物の世界の境界線がある。
中心から西の世界は魔国。
世界の半分がひとつの国。
私が向かうべきはその
「キャル、あぶない」
「がうっ」
盛大に転んだ。
「境界線に近い場所に弱い人間は住まないから、この辺は道もまともじゃない。魔物が襲ってくることは少ないと思うけど気をつけて歩かないと」
今の私には目から詳細な情報を得られない。
なんとなく地面がゴツゴツしているのが分かって、指でなぞってそれが確信に変わる。
…石のいくつかが赤い…
「キャル!血が出てる!」
「そっか、血が…痛っ」
理解したら途端に顎が痛くなった。
「ゆっくり立って。あぁ…これひどいかも。治してあげたいけどさっき魔法使ったばかりだからしばらく我慢してね」
私の傷を見てソフィーは
「あ"っ!?」
「沁みるって言えばよかった。…沁みるよ?」
「もう遅い…痛っ!?」
水で傷を少しだけ洗い流してもらった。
その痛みがきっかけかは分からないけど、白と黒と赤の世界に本来の色が戻っていく。
「………」
「なに?」
ミフィーリアを出発してしばらく歩いたけど、ようやくソフィーの顔をちゃんと見れた。
「右と左で目の色が違う」
「え?今気づいたの?」
右目は自然な茶色だけど、左目はキラキラした水色。
細かい金粉が眼球に散りばめられてる、かな。
暗い茶色の髪も、服装も、身につけている装飾品も、どれも特別なものではない。
私が知る"平民"だ。町娘だ。
その左目だけを除いて。
「この目のおかげで私はソフィーの名前をもらったみたい。両親は私を普通の人間として育てたかったから、私は女神のことや魔法のことは最近まで知らなかった」
「じゃあ最近知る出来事があったんだ?」
「うん…村長がね、ある日こっそり"真実のソフィー"について話してくれて…」
「長くなってもいいから最後まで聞かせて。まだ遠いみたいだし」
アクトリオ平原が広く見えたのは、本当に私が世界を知らなかったからだとここに来て分かった。
名前を持たないこの土地は、大小様々な石が歩行を妨害してくる。
点々と生える木はやせ細っていて葉も落ちきっていた。
「"真実のソフィー"。その女神は、邪悪が纏う幻を消し去る。"真実のソフィー"。その女神は、勇ましい人間の眼となる。"真実のソフィー"。その女神は光を司る。村長の話が本当か知らないけど、大昔に女神は実在したんだって」
「ライヴァンの教会には"再燃のプロティア"のステンドグラスがあった。女神って複数いるの?」
「プロティア…ライヴァンの教会のステンドグラスが女神だって知らなかった」
「女神の力を持った人間だけが魔法を使えるってこと?」
「ううん。魔法を使える人間はそれよりずっと多い。私は特別な魔法が使えるみたいなんだけど、1日に魔法は片手で数えられるほどしか使えないし、もっと」
「成長しないといけない」
「う、うん」
成り行きで一緒に行動することになった私と歳が近いであろうソフィーは、言ってみれば選ばれし人間。
勘違いでもなんでもない、特別な存在。
私とは正反対の意味で特別な存在。
羨ましい。
「はぁ…」
「元気ないね。当たり前か…故郷が魔物にめちゃくちゃにされたんだし」
「しかも1匹のフライブルに。ゴルゴラから警護のために派遣された"兵士"達がいればそんなことにはならなかったのに」
「兵士?」
「そう。子供達が村から少し離れて遊んでた時に変なものが空を飛んでるのを見たって。それを聞いた大人達は大軍国ゴルゴラに守ってもらうようにお願いしたの。ゴルゴラには境界線の近くで魔物と戦う"戦士"と人間を守る"兵士"がいる。王が命令して他国に兵士を送って私達みたいな力を持たない人間を守るはずなんだけど…、ミフィーリアに派遣されたチャドっていう男とその部下達は大事な時に村にいなかった」
「そう…」
チャド…チャド…どこかで聞いたような。
「キャル。あれがゴルゴラ」
"あれ"とソフィーが示したのはどう見ても山だった。
いや、…よく見れば山と見間違うほど大きな城だった。
「ここからは山道と同じくらい険しいから、少し休んでから」
「休まなくていい。着いてから休もう」
「でも」
「これ食べて。そしたら休まなくていいってなるから」
ソフィーにリンゴを渡した。
「果物?あ、レンゴ?ライヴァンの特産品だよね。確かにこれを食べれば休まずに」
記憶通りの味を確かめるように1口齧ったソフィーは目を見開いて頬に手を当てた。
「あっま!!!こんなに甘いの初めて食べた…ほっぺたが痛い!」
「それはリンゴ。キングエルの特産品」
「聞いたことない…でもすごく美味しい。なんていうか、元気になる」
それから険しい道を歩き続けた。
ゴルゴラに続く道は徐々に坂道になっていて、上り坂が歩き続けて酷使してきた足に響く。
どうにか門までたどり着いた頃には
「………」
「………」
2人とも無言だった。
棒になった足を引きずって
「お前達、どこから来た?」
「ミフィーリア」
「キングエル」
「なっ…待て、馬も無しでここまで来たのか!?」
門番が示したのは…少しだけ整った"道"だった。
私達は人の手が加えられていない自然そのものを移動してきた。
もう少しだけ遠回りすれば歩きやすい道があったというのに。
「ソフィー」
「私も同じ気持ち。でもそんな道があったなんて」
「まあいい。中に入れ。たとえ悪人だとしてもゴルゴラで悪を働けば…」
大軍国ゴルゴラ。
常に地響きが聞こえる。
黒い鎧…それから赤い鎧…私達のようなか弱い人間を全く見かけない。
「ソフィー、まずは宿を」
「あった。あそこ」
黒と赤に分けられた鎧は、どちらかが戦士でどちらかが兵士なのだろう。
行き交う鎧達はガチャガチャと音を鳴らす。
地響きと合わさって不思議と戦闘意欲が湧いてくる。
「ゴルゴラの~大剣は~大地を割り~…がーっはっはっは!」
焚き火を囲む男達。
賑やかに歌い騒ぎ、誰もが酒を浴びるように飲んでいた。
それを通り過ぎて、大きな建物が目に止まった。
「これが宿…」
ライヴァンのそれとは違った。
いや、ライヴァンにも同じように立派な宿があるのかもしれない。
私が"あれ"しか知らないだけで。
「おう、よそ者か」
「2人…部屋は1つで」
いいよね?とソフィーが目で聞いてきたから頷いた。
「なら147ゴールドだな」
「147…え!?147ゴールド!?せいぜい47ゴールドでしょ!?」
「今ゴルゴラは装備品が不足してんだ。増税した分のゴールドは国王の下で溶かされて剣や盾、鎧になる。分かりやすいだろ?」
「でも…」
「命かけて戦ってるやつらならこれぐらいじゃ文句言わねえ。そもそもゴルゴラにはお前らみたいな人間は来ないからな」
「女子供はどこにいるの?」
「はっ!全員城の中だ。がっちり守られてぬくぬくと暮らしてるさ。で、どうする?払えねえなら邪魔だから出てってくれ」
「キャル…諦めて別の方法を」
「物でもいい?」
「あ?物だあ?まあ見せてみな。よっぽどじゃねえと」
「リンゴ。2つ」
「………」
受付の大男の時間が一瞬止まった。
「はは…冗談言うんじゃねえ、リンゴっていやああの」
「キングエルの王族に多大な貢献をしないと手に入らない究極の贅沢品。これ1つできっと数人の命と同じだけの価値がある」
「……お前本気でこれがリンゴだって言うのか?」
「食べてみれば?ライヴァンのレンゴとはまるで違うから。甘くて死んじゃうかも」
「キャル…」
リンゴの価値を知らなかったソフィーが驚いてる。
結果、私達は好きなだけ宿に泊まれることになった。
"部屋の買取り"だ。
「キャル。ちゃんと聞かせて」
お風呂上がりでリラックス状態。
2人で別々のベッドに寝転びながらソフィーは真剣に聞いてきた。
「あなた、何者?」
「別に。どこにでもいる町娘だよ」
「リンゴがそんなにすごいって知らなかった。それをどこで」
「どこってキングエルだよ。言ったでしょ、王族に貢献しないと手に入らないって」
「キャルはどんな貢献をしたの?」
あのクソ勇者の娘として生まれてあげた。
あのクソ国王の代わりに多くの人間の不満を受け止めた。
これ以上ある?
長い旅路の果てに他国から輸入品を届ける商人でも、どんなに美しい声を持った詩人でも、私ほど貢献した人間はいない。
「……呪い?」
「え?」
「とある呪いを解いてあげるって約束した。そんなとこ。それの前払いがリンゴ」
私の不幸な呪いだけど。
「もう寝よう。明日もやることがふわぁ…」
私はすぐに眠りに落ちた。
/////////////To be continued...