第4話 -暖かな陽射し(1)-
今回は花望ちゃんと伊織さん視点があります!
昔から花が好きだった。図鑑を読み漁って、花言葉を覚えるのが楽しかった。
学校から帰れば、いつもお家のお手伝い。お店に綺麗に花を並べたり、顔見知りのお客さんがブーケを選ぶのにアドバイスをしてあげたり。
「結婚記念日なのね。それなら、この赤いバラとピンクのガーベラはどうかしら?
それぞれ花言葉は、「愛情」、「感謝」なの。」
ずっと花が好きだった。人を笑顔にして、素敵な空間を作る。辛いことがあった日も、店先の色とりどりの花を眺めていれば、自然と気分が晴れた。
中学の頃、仲が良いと思っていた友達に、ねだられるまま花言葉を教えたことがある。
「これってどういう意味?」「こっちは?」
こんなにも花に興味を持ってくれる子がいたなんて。
ただただ嬉しくて教えたその言葉たちが、次の日から、クラスの大人しい女の子の机に置かれた花に添えられた。
『あざむき』『軽蔑』『死を招く』。
私が教えた知識が、いじめの道具として最悪な形で利用された。
「真田さんが教えてくれたんだよ」
悪びれもせずにそう言った友達の顔が、今でもときどき夢に出てくる。
私は誰も助けられなかった。それどころか、加害者の片棒を担がされた。
いじめを受けた女の子は、学校に来なくなり、やがて転校してしまった。
それ以来、私は花も人も信じられなくなった。無邪気な優しさや善意だって、結局は誰かを傷つける毒になってしまう。
この高校のS組に来ても、私の心はトゲだらけだった。
特に隣の席の高池彩。煮え切らない、暗い、何を考えてるか分からない。
「あんた、もっと愛想よくしなさいよ!」
ーーでも、もう少し言い方があったかもな。
きつく当たってしまうのは、もしかしたら彼の中に、かつての傷ついた自分を見ているからかもしれない。
***
「……真田さん。今日も、お花が綺麗だね」
放課後の教室。私は、こっそり持ち込んだガーベラを、教室の隅の瓶に挿していた。
誰かに教えるためじゃない。ただ、自分の心に、せめて形だけでも「美しさ」を繋ぎ止めたかった。
振り返ると、ハルカ先生がいた。
「……別に。勝手に置いてるだけよ。不吉な花言葉じゃないから、安心していいわよ」
自分でも嫌になるような、ヒイラギの棘の混じったような皮肉な言い方。
どうしてこんな言い方しかできないんだろう。また、嫌われちゃうな…。
でも、ハルカ先生は私の隣まで歩いてくると、瓶の中のガーベラを愛おしそうに見つめた。
「そんなこと、考えたこともなかったわ。私は、真田さんの選ぶ花は、どれもとっても素敵だと思うよ。」
「……先生、何も知らないからそんなことが言えるのよ。言葉なんて、いくらでも刃物になるんだから」
私は唇を噛んで顔を背けた。どうせ、先生も上辺だけのご機嫌取りをしてるんだ。
「そうだね。言葉は人を傷つけちゃうこともある。でもね、真田さん」
ハルカ先生の手が、私の頭にそっと触れた。
「あなたが今日、その花を選んだのは、誰かを傷つけるためじゃないよね? この教室に、少しでも彩りがあればいいなって、そう思ったからでしょう?」
「それは……」
「使い方は他人が決めることじゃない。あなたがどんな想いでその花を咲かせたか、それだけだよ。
……私は、あなたのその『届けたい』っていう真っ直ぐな気持ち、大好きだな」
「……っ」
頭に乗せられた手のひらの温かさが、痛いくらいに心に染みた。
過去の汚された記憶じゃなく、今の私の「想い」を見てくれた。
ハルカ先生だけは、私の棘が、もう二度と誰も傷つけさせないためのお守りなんだって気づいてくれたんだ。
あの日、校長からコインを渡された時。
私の手から溢れ出したのは、毒のある棘じゃなくて、眩しいほどの美しい花だった。
能力『花言葉』。
私のこの知識が、誰かを呪うためじゃなく、誰かを守り、支えるための「力」になる。
先生は、私がこんな「超能力」を使ってるなんて夢にも思っていない。
さっきも、刺客から守った後に「真田さん、顔が赤いよ? 風邪かな?」なんて的外れな心配をしていた。
「……風邪じゃないわよ。お節介な先生ね」
帰り道。
私は空を見上げて、小さく笑った。
信じるのが怖くて閉ざしていた私の世界。
その鍵を開けてくれたのは、あの人の、何の裏もない真っ直ぐな言葉だった。
手のひらを上にして胸の前に持ってくると、一房の白いスイートピーが出てきた。まるでマジックみたい。変な力だけど、嫌いじゃないわ。
明日はもう少し、高池彩にも優しくできるかな…。
***
「……私は、異常なのでしょうか」
それが、私の心に澱のように溜まっていた問いだった。
幼い頃から、私には他人の「感情」が見えていた。怒りは赤く尖り、悲しみは青く沈み、嘘はどす黒くうねる。
恐らく共感覚に近いもの。能力を得てからは、それが糸となり、布となり、より実体を持って見えるようになった。同年代の子供たちが無邪気に笑っていても、その裏にある小さな嫉妬や虚栄心が透けて見えてしまうのだ。
「伊織くんと一緒にいると、何でも見られちゃうみたいで怖い」
「どうしていつも本ばかり読んでいるの?子供らしく、外で遊ばないの?」
同級生も、先生も、両親も。
異様に周りより大人びており、同年代の子供たちのなかで浮いていた私を気味悪がった。
「伊織くんって、変だよね」
そう言われるたびに、私は自分が嫌になった。私は次第に、自分は誰とも対等に笑い合えない、異常な人間なのだと思うようになった。
結局、私が心を開けたのは、近所に住む伝統工芸の織物職人、源蔵さんだけだった。
「伊織、糸ってのはな、無理に引けば切れるし、緩めすぎれば形を成さない。人の心も同じだ。見えてしまうのなら、それを慈しむ術を学べ」
源蔵さんの工房で、機織り機の音を聞きながら糸を紡ぐ時間だけが、私の唯一の休息だった。でも、源蔵さんが亡くなり、私はまた、濁った感情の渦巻く世界に独りきりになった。
自分に自信が持てず、他人と関わることが怖くてたまらない。新設クラスに来ても、私はただ、誰の視線も、誰の感情も届かない場所へ消えてしまいたいと願っていた。
「……十六原くん。そんなに難しい顔をして、何を読んでいるの?」
放課後。私が源蔵さんの遺した古い技法書をめくっていると、隣にハルカ先生が座った。
「あ……すみません。私、変ですよね。こんなところで一人……」
私はとっさに謝り、本を閉じようとした。きっと「若いうちはもっと明るくしなさい」と、その黄金色の眩しい感情で諭されるのだと思ったから。
ハルカ先生の「糸」は、誰よりも純粋で、温かかった。だからこそ、私のような人間が隣にいるのは、彼女を汚してしまうような気がして怖かったのだ。
「どうして謝るの? 好きなことに没頭している時の十六原くんは、とても静かで、綺麗な目をしているよ」
ハルカ先生は、私の手元にある織物の写真を指先でなぞった。
「縦の糸と横の糸が重なって、新しい形になる……。十六原くんが見ている世界は、きっと私よりもずっと繊細で、誰かを想う気持ちに溢れているんだろうね」
「……いいえ、私が見ているのは、醜い感情の縺ればかりです。私は……優しくなんてありません」
「うーん…難しいこと考えてるのねぇ。でも、縺れているのは、それだけ一生懸命に生きている証拠なんじゃないかな。それを『醜い』と感じてしまうのは、あなたがそれだけ、綺麗で優しいものを知っているからじゃない?」
ハルカ先生は、私の目と同じ視線の高さになるように腰を折って、ふわりと微笑んだ。
立っている時は私の方が背が高いので、なんだか不思議な感覚になる。
「十六原くん。君にしかできないことが、誰かを救うこともあるんだよ、きっと」
あの日、校長からコインを渡された時。
私の手の中で形を成したのは、不可視の感情を整える能力『オーラ織り』だった。
今なら分かる。この力は、私が自分を否定するためにあったのではないのだと。
先生のような純粋な人を守り、傷ついた誰かの心を支えるために、私に与えられた役割だったのだ。
「……なんだか、背伸びをしすぎていましたね」
私は指先で、空中に透明な糸を紡いだ。
先生が、今日も廊下で「忘れ物しちゃった!」と笑っている。
あの黄金色の光の糸を、決して途切れさせたくはない。
「ねぇ、いいじゃない、一枚でいいから撮りましょうよ」
「い、嫌だよ!恥ずかしいし…」
「もう、ノリ悪いわね。もっと自信を持ちなさいよ、世紀の美少女とツーショットが撮れるんだから!」
「せ、世紀の美少女?そんなのどこに…」
「あら。ツタで縛られたいのかしら?」
教室の反対側では、高池さんと真田さんが鳥のヒナのように騒いでいる。
「さて。二人とも、少しお疲れのようですね。私がその心の縺れを、解いて差し上げましょう」
私は静かに立ち上がり、二人の背後に向かいました。
自信のなかった私の指先は、今、大切な仲間と先生を守るために、確かな熱を持って動き始めています。
源蔵さん、空の上にいるのなら、どうか見守っていてください。
つぎは他の二人‼︎




