第1話 -春の前触れ-
素人の学生です‼︎
共感覚持ちだからかちょっと特徴的な文を書くねと言われて
そうなのかな?と思い試しに作ってみました!
めーっちゃ短いです笑
真っ白なキャンバスを睨みつけること、三時間。
結局、僕は一太刀も、筆を入れられなかった。
部屋に充満する油絵具の匂いが、今日はやけに鼻につく。それを振り払うようにふっと息をつき、目を逸らした。苛立ちとやるせなさを諦めで溶かして、ほんの少しの笑いを注いでかき混ぜたような、鈍色をしたため息。それは誰にも聞かれないまま、狭い空間に溶けていく。
かつては、ここが僕のすべてだった。
誰とも話さず、ただ色を重ねている時だけが、自分がここにいてもいい理由だと思えた。高池彩という人間が、どれだけ弱くとも、この世に存在している証のように感じていた。
なのに、今はその色さえも、僕を拒絶しているみたいだ。
行き場をなくした視線を這わせれば、机の上に置かれた、真新しいかばんが目に入る。
――「新設クラス」。
校長だか何だか知らないけれど、妙に熱心な勧誘に負けて、親が勝手に決めた行き先だ。
不登校児を集めた、隔離病棟みたいなクラス。
そこに行けば、何かが変わるなんて、大人はどうしてあんなに簡単に信じられるんだろう。
僕は小さく溜息をつき、乾ききったパレットをゴミ箱に向かって投げた。それはゴミ箱のふちに当たって、がこんと鈍い音を立てて床に落ちた。被せるように舌打ちを落として、僕は乱雑にパレットを拾い上げ、ゴミ箱の真上で手を離す。
さっきと同じ、がこん、と言う音と、ビニール袋が擦れる音。鬱陶しい。何もかもが。
ああ、どうせ、どこに行ったって同じだ。
僕は僕で、世界は世界。交わることなんて、最初から求めていない。
きっと、僕のキャンバスは死ぬまで真っ白のままだ。
――その時はまだ、知らなかったんだ。
僕の手が、世界そのものを描き変えることになるなんて。
***
四月の風はまだ冷たくて、着慣れない厚手のパーカーが、僕を世間から隠すための唯一の盾のように感じられた。
僕の名前は、高池彩。
少し前まで「不登校」というラベルを貼られて、自室の隅でスケッチブックに逃げ込んでいた、しょうもない15歳だ。そんな僕が今、なぜか「新設クラス」という怪しげな名目の入学式に向かっている。
「……はぁ。帰りたい」
校門をくぐると、視界の端に他の生徒たちの姿が映った。
私服制のこの学校では、それぞれの個性が嫌でも目に入る。明るい色のニット、大人みたいな着物、僕と同じようにフードを深く被った奴。バラバラの色彩が混じり合い、どこか寄せ集めの不協和音のような空気を漂わせていた。
自分と同じ、壊れかけた何かを抱えている者特有の、あの「陰」がそこら中に落ちている。
「ねえ、君もこのクラス?」
廊下を歩いていた時、突然、背後から弾んだ声がした。
振り返った瞬間、僕は思わず目を細めた。
そこには、春の陽だまりをそのまま形にしたような、眩しい笑顔の女性が立っていた。
「私は桜井ハルカ。今日から君たちの担任になるんだ。よろしくね、……ええと、高池くん!」
僕のモノクロだった世界に、暴力的なまでの「色彩」が飛び込んできた。
彼女が笑うたび、まるで桜の花びらが宙に舞うように、周囲の空気が柔らかく揺れる。
……眩しすぎる。
自分の欠けた部分や、隠しておきたい惨めさが、その輝きに照らされて暴き出されてしまいそうで、僕は反射的に視線を逸らした。
「……あ、……はい。よろしくお願いします」
蚊の鳴くような声でそう答えるのが精一杯だった。
ハルカ先生は「ふふっ」と楽しそうに笑って、そのまま軽やかな足取りで校舎の中へと消えていった。
「っ…なんなんだよ、あの人……」
手に持ったクロッキー帳を強く握りしめる。
指先はまだ、冷え切ったままだ。
僕はただ重い足取りで、彼女の後に続いた。
***
体育館で行われる入学式まで、あと三十分。
案内された「一年S組」の教室は、驚くほど静かだった。
新設クラスというからには、もっと騒がしい連中が集まるのかと思っていた。でも、そこにいるのは僕を含めて、どこか「外側」の空気を纏った五人だけ。
僕は窓際の席で、一番落ち着く「自分の居場所」を確保する。
使い古したクロッキー帳を開き、膝の上で鉛筆を転がした。
……ここなら、誰にも邪魔されない。
そう思っていたのに。
「……ねえ。あんた、さっきから何描いてんの?」
不意に、横から鋭い声が飛んできた。
反射的にびくりと肩が跳ねる。見れば、茶髪の女の子が、僕の机に身を乗り出して覗き込んでいた。
真田花望。
確か、教室の入り口に貼ってあった座席表には、そう書いてあった。
整えられたショートカットに、意思の強そうな眉。まるで光の花が宿るような、橄欖石の瞳。言動はまったく違うのに、さっきの桜井ハルカとどこか重なる。きっと彼女たちは、僕みたいな「日陰者」とは真逆の、太陽の下を堂々と歩く側の人間なんだろう。
「……別に。関係ないだろ」
僕はクロッキー帳を閉じて、目を逸らした。
会話の接地面を削り取り、「拒絶」のサインを出したつもりだったけれど、彼女にはまったく通じなかったらしい。
「関係なくないわよ。同じクラスになったんだから、少しは愛想よくしなさいよ。暗いわねぇ」
花望はフンと鼻を鳴らして、僕の隣の席にドカッと座った。
……ツンとした態度の裏に、妙な圧がある。
僕が一番苦手なタイプだ。
いらいらする。だから嫌だったんだ、学校なんて。
心の水たまりに真っ黒の絵の具が一滴落ちて、どんどん広がっていく。
「ていうか、その絵。……なんか、寂しい色使いね。もっとこう、明るい花でも描けばいいのに。向日葵とか!」
「……勝手だろ。描きたいものを描いてるだけだ」
僕は視線を教室の奥へ逃がした。
そこでは、袴姿の高身長の男子が座っている。その隣では、フードを深く被った奴がスマホの画面を叩いていた。さらに前の方では、白衣の女子が救急箱の中身を真剣に確認している。
……なんだ、このクラス。
不登校児の集まりだと聞いていたけれど、馴染める気が一ミリもしない。
「あー、なんなのよ、もう! せっかく話しかけてあげたのに!」
花望が椅子をガタつかせて立ち上がる。
彼女の放つ熱量が、僕のパーソナルスペースをじりじりと侵食してくるのがわかった。
煩い、ただひたすらに。下を向き、視線を机の木目に縫い付ける。それでも彼女はおさまってくれない。
「今日から担任になるハルカ先生、見た? すっごい美人で優しそうだったじゃない。あんな先生が来てくれたんだから、あんたもシャキッとしなさいよ」
「……あんな人、どうせすぐいなくなるよ」
僕は吐き捨てるように言った。
あの「桜井ハルカ」という女性。
さっき廊下で会った時の、あの無防備な笑顔が、フライパンの焦げみたいに頭にこびりついている。
あんな「光」みたいな人が、僕らみたいな「影」の吹き溜まりに長く居続けられるはずがない。
「はぁ? あんた、会ったこともないのに決めつけるわけ!?」
花望が声を荒らげようとしたその時、廊下から軽やかな足音が近づいてきた。
「はーい、みんなお待たせ! 体育館へ移動する時間だよー!」
ガラッとドアが開いて、あの「光」が顔を出す。
ハルカ先生は、教室の帯電したような空気なんて微塵も感じていない様子で、パンパンと手を叩いた。
「あら、真田さんと高池くん、もう仲良くなったの? 嬉しいな!」
「仲良くなんてなってません!」
花望が叫ぶ。
僕は黙って、クロッキー帳を鞄に押し込んだ。
……仲良くなるなんて、一生ありえない。
この時の僕は、本気でそう思っていたんだ。
疲れました!こんなの見てくれる人いたら奇跡だと思ってます‼︎




