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サーヴァント・ネスト〜神の気まぐれを打ち破り、死神の鎌を折り続ける人たち  作者: 渡辺金太郎
Case-1x04 「サーヴァント夜を往く」~ Runway walk all night long
14/26

1x04 Part 2 / 4


原田が自分のタグホイヤー・カレラ・クオーツを見る。19時50分。

「Tマイナス10分、メンテバッチ起動時だけサーバルームに戻りますね」と原田とラシッドはサーバルームに戻っていく。

小松と千歳はラウンジ、受付、4つの外傷室に入ることを許されているが、外傷室だけはスタッフドクターの山口か西園寺の許可がその都度必要だ。

サーバルームは通されないだろうなと千歳は思っていたが、その通りだった。


「Tマイナス1分、定刻になります LUNAのマイグレーション、イニシャライズ アヴェイラビリティは半減しますが、コアコンピタンスである救命機能にフルコミットメント リソースが100%を超えないように注意してください イレギュラーが発生してもロールバックされませんので、その際は少しづつディプロイメント 以上です」


「…日本語でおk」西園寺が思わず言う。

「つ、つまり、この数値が100%を超えないようにするということですね?」時間ギリギリで出勤してきた本宮もとみや。もちろん「バイト」で遅くなりましたとは言わない。

「なんか聞いたんだけど、英語以外の同時通訳が一番きついらしいね」母国語が広東語のチェンがシラを切る。広東語なので、使えばそれだけ負荷がかかることは承知しているが、チェンはあえて無視している。

「すると今日は…英語が母国語の人は誰もいないので…日本語で日本語で」母国語がアラビア語のアルサウードが肩をすくめる。

「まあ…私は好都合かな…」母国語がフランス語のンゲマは、英語よりは日本語の方が得意だ。


20時ちょうどになる。

特にルナに変調は無い。

その代わり、これまでディスプレイの右下に出ていた

32.36%

の数値が、一気に

88.34%に跳ね上がる。


「えぇーこれ上がりすぎなんじゃないかなぁー」

不思議そうに山口がディスプレイを眺める。

「PCやスマホも立ち上がり直後は遅いですから、それと同じかもですね」と同じIT屋の千歳がつぶやく。

果たして、数値が

60.81%

になり、そこで落ち着く。


「…ま、今日は木曜だし、暇なんじゃないのかな」とチェンが気楽に言う。

「あまりフラグは立てちゃだめだよ…プラミー…」西園寺が顔をしかめる。


「これ仮にルナがダウンしたらどうなるんでしょう…」不安そうに本宮がつぶやく。


「そんなことはありませんよご心配なくー!」と原田が降りてくる。

「ほほー?証拠は?」意地悪な質問を西園寺がしてみる。


「まず、うちのルナはデータセンターと同等のブレードを組み合わせたオンプレミスを基本とし、オーバーヘッド時はオンデマンドファーストでAWSとAzureをコールしてフックします つまりこれは…」と若干早口になりながら原田が説明する。どうやら徹夜前のハイな状態に入っているようだ。

「うん…ですから日本語でおk」西園寺が肩をすくめる。


「…」

本宮があまり会ったことのない原田をチラ見しながら思う。

(この人…原田さんって…なんか「こちら側」の雰囲気のある人なんだけど…気のせいかな…でも色気も艶もあるし…どうも…うーん…)


「…さん、本宮さん?」原田が手をひらひらさせている。

「あっはい!すいません原田さん!」

「そういえばちゃんとお話しするのって初めてかもね?」

「そっ、そうだと思います よろしくお願いしますっ!」


お互い……何か感じるところがあるのかもしれないが、それは表に出しては言わない。


そして、救急からのコールが入る。


「……よ…酔っ払いの中年男性2人が喧嘩により軽傷、同時に搬送されてきます!ルナ、トラッキングお願いします!」

【ツピ!了解しました本宮さん 2名トラッキングします 想定されるリソース増大率はごく軽微】


「ふふ…そうこなくっちゃね…このくらいではルナはどうということはない…ふふふ…」危ない笑顔を残して原田が再びサーバルームに去っていく。


バーンとER入り口の扉にストレッチャーが入ってくる。

「40代男性 泥酔状態ですがグラスゴースケールは13 ヴァイタルは155の105 心拍は105、右手首に裂傷」救急隊員の南雲なぐもが、若干めんどくさそうに言う。女性にとって泥酔した中年男性はあまりいい気分はしない。

「よし、こちらはカーテン1号に 私が看ます」とンゲマが答える。

「よろしくーンゲマ先生!」南雲がパッと笑顔になり去っていく。


もう一台のストレッチャーにはアルサウードが近寄る。

「こちらも40代男性 少し酩酊状態 ヴァイタルは150の100 心拍は110で興奮状態 唇横に裂傷」もう一人の救急隊員の西村にしむらが伝える。

「あんのヤロー!もう一回ちゃんと殴らせろってんだ!」酔っ払いがいきり立つ。

「…あー、じゃあこちらはカーテン4号に入れましょう あえて遠ざけます 警備をお願いします!」てきぱきとアルサウードがこなしていく。


「サラも随分と慣れてきた感じだね 最初は結構ビクビクしてたけど」西園寺が感心する。

「そうねぇー場慣れすると度胸もついてくるわよねぇー」山口がのんびり答える。

「ちょっと僕、どっちも見てきますよ」と西園寺がカーテンエリアに向かう。


ンゲマとアルサウードが診療に入ったらしい。リソース率が

63.15%

と表示される。


「泥酔者用の「早く出て行けカクテル」を点滴から落としますね」ンゲマが答える。こちらは泥酔しているので反応は鈍い。

「早く出て行けカクテル」はもちろん俗称で、泥酔者に落とすために水分、電解質、糖分、ビタミンB1が入っている点滴をこう呼んでいる。

「マギー…その名称はあまり使わない方がいいね」西園寺が苦笑いする。

「もちろんですよ西園寺先生…患者に意識がある場合には」ンゲマが毒を含まない笑いを浮かべる。

「手首が…うーん、指が骨折しているかも」西園寺がアドバイスする。

「じゃあ外傷に入れ直してX線撮りましょうか?」

「その必要は無いかな…緊急性はそれほど高くないから、直接連れて行って写真撮って」

「了解です……なるべくルナを使わないとなると、なかなか不便になりますね」ンゲマが苦笑いする。

「頭部は強打してないように見えるけど、念のためもう一回チェックしてくれ」

「了解です、西園寺先生」


「離せってんだよこいつ!」カーテン4号では酔っ払いがまだ元気がいい。元気がいい割には、こっちのほうが怪我は少しひどい。

「暴れないでください、治療に差支えが…きゃっ!」アルサウードがかなり苦戦している。

「よし、僕が変わろうサラ」西園寺が見かねて引継ぎを提案する。

「私もカバーしようか、西園寺先生」とチェンもやってくる。


その時、アルサウードのヒジャーブを酔っ払いが掴んで下に引っ張る。

アルサウードの髪が完全に見えてしまう。

「!!!!!!!!!!!!!!」


「ハッハー御開帳ー」と酔っ払いは言いかけるが、その口をチェンの左ストレートが捉える。

「ゴフッ」と酔っ払いは静かになる。

医者としては利き腕は何かあったらたいへんなので、チェンは左拳を使う。


「<……このクソ野郎が、恥を知れ馬鹿野郎!>」と広東語で罵倒するチェン。

西園寺はすかさずアルサウードを背中でかばうように隠す。

手早くヒジャーブを直すアルサウード。

「…大丈夫かい?サラ」(サラって髪短かったんだ…知らなかった…)と西園寺は思っているが、もちろん口に出しては言わない。

「…すいません……<何という事……アッラー、お許しを…>」アルサウードが真っ青になっている。


「あープラミー…さすがにそれはいけないと思うんだけど、今のルナの処理能力を考えてわざとやったね?」西園寺が説教に入ろうとする。

「はて…何のことか私には…この患者は元から口に裂傷ありましたからね…ルナは録画してるかなあー」とチェンはすっとぼける。

「…ルナ、宗教の教義上の問題が起こったため、カーテン4号の画像は患者搬入時のものから削除 スタッフドクターの僕の権限で」西園寺がため息をつきながらルナに話す。

【ツピ!スタッフドクター西園寺玲(さいおんじれい)先生の権限により、カーテン4号の映像はすべて削除します 理由 宗教教義上の問題】

「あー…やりすぎました……すいませんでした西園寺先生」珍しくチェンが素直に謝る。

「いや…謝るんだったら患者に」

「それは拒否します」食い気味に反論するチェン。


バン、とルナのリソース率が

77.2%

に跳ね上がる。


「なるほどぉ…証拠隠滅にはリソースがいるのねぇ…」のんびりと山口が受付エリアでディスプレイを見つめる。


挿絵(By みてみん)


「証拠隠滅とは聞こえが悪い……エヴィデンス・クレンジ(証拠洗浄)ングと呼んでくださいな」再び戻ってきていた原田がニヤリとする。

「かなりアウト寄りの響きがするのですが…」本宮が小声でツッコむ。


そそくさとヒジャーブをなおすアルサウード。

「<これは酒という許されざる物質を摂取した、酔っ払いという許されざる者が行った行為 私の信仰心にはなんの影響もありません>」とアラビア語で独り言を言う。そして、

「<ルナ、私のヒジャーブに問題はありませんか?>」とアラビア語で聞く。

【ツピ!<問題ありません いつもと変わらない神々しさです>】

「<まあルナ、ありがとう>」アルサウードがぱあっとマリーゴールドのような笑顔を浮かべる。


「…アラビア語で話をする限りはほとんどリソース率は変わらない…これも計画通り…まったくもって素晴らしいわ…」原田がひとりごちる。

「あー、なんか私がつべ実況してた頃と同じ目をしてますよ、原田さん」と若干呆れつつ千歳が言う。


「サラ、君が一番最初に仮眠するスケジュールだから、少し休んだらどうだい?」西園寺が気を使ってアルサウードに仮眠を勧める。

「いえ、でもしかし…」

「無理すんなったら」

「…はい、それではお言葉に甘えて…申し訳ございません」とサラがぺこりとお辞儀して謝るが、

「いや、そんなことはないよサラ、謝らなくていいからね」西園寺がフォローする。


まだ22時前だが、それほど大きな負担がかかっているわけでもない。

「<やっぱり今夜は比較的暇だな…勝ったな>」とチェンが英語でつぶやく。

「<いやいや…だからそれがフラグなんじゃないですかプラミー?>」ンゲマも英語で返す。

「<フラグフラグって、ホントにみんなフラグ好きだなあー>」

「<日本には「一級フラグ建築士」という国家資格もあるんですよ?>」と冗談でンゲマが言うが、

「<ハッハー!それは日本のアニメで腐るほど見たからネタは知ってるぞマギー!>」

「<あー知ってましたか>」ニヤリとするンゲマ。


受付のディスプレイが救急からのメッセージを表示し、ディスプレイ外に別途作られたGUNFIGHTと書かれたLEDが赤く点滅する。

本宮が即座に反応する。

「じ、銃創患者です!2名!5分後に、来ます!」



バーンとER入り口が開く。ストレッチャーが入ってくる。

「キャバ嬢同士の喧嘩、2名が同時に銃を取り出して発砲」救急隊員の小林こばやしがうんざりしながら言う。

ちらっと見て西園寺は2台目のストレッチャーに向かう。

「山口先生、こっちお願いします、僕は2台目を!」

「一人目、33歳女性 名前は不明 左上腕部と右大腿部に被弾 弾の出口が不明 出血は現場で推定500ml、ヴァイタルは140の100、心拍100、グラスゴースケールは10」

「クソがあああ!あの女あああ!ぶっ殺してやるううう!」と、こちらも暴れている。が撃ち合いによる興奮状態なのだろう。アルコールの匂いはしない。

「なんか…常連客をめぐってトラブルになった、言うてますけど、もうしらんですわこんなん…」小林が心底うんざりしながら言っている。関西弁が出ているので本気で辟易しているのだろう。

「じゃあこちらは私がみまーす 小林さんおつかれさまぁー 外傷3号に入れまぁす マギーちゃーん、れっつごー」山口がやや早口になっているが、それでものんびりとした口調で告げる。

「銃はどこにあるのかしら?」ンゲマが気にする。

「さあー、でもあったらアレなので警備よんでおくねぇー」


2台目のストレッチャーが入ってくる。

「キャバ嬢同士の…決闘だそうです こちらは24歳女性 名前は不明」救急隊員の角田つのだがやや緊張しながら言っている。

「銃で決闘って…西部劇かよ…」西園寺がつぶやく。

「あながちそうかもしれませんよ…45口径らしいです」チェンが銃を見ながら言う。

銃はどちらのキャバ嬢のものかわからないが、ストレッチャーの上の患者の足の間に置いてある。M1911のようだが派手にデコってありシールで盛られている。スライドは後退してストップしている。

「どちらも弾倉が空になるまで撃ち尽くしたんですが、お互いに当たったのは2発づつのようです こちらは頭に当たってますが」と角田は言い、患者の右側頭部を指差す。

「<…こりゃあちょっとなあ…>」チェンが広東語で小声で言う。

「ヴァイタルは180の140、心拍150、右側頭部と下腹部に被弾」

「こっちは当たり所が悪すぎる…けどまあやってみよう、外傷4号へ シヴァームを使う」



2台のストレッチャーがあわただしく外傷3号と外傷4号に入る。


一気にリソース表示が

82.35%

になる。

2つの外傷室で同時にルナを使っているのだろう。


原田はまだ余裕があったが、

(ここでなんか特殊なことをされたら…まずいわね…)

この夜はじめて、ようやく原田は焦り始めた。

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