1x01 Part 1 / 4
ここは病院関係者のラウンジ。出勤前後や休憩中の医師や看護師が集う場所だ。
食事をしたり雑談したりカルテを書いたり、場合によっては寝落ちしていたりもする。
窓には昼前の落ち着いた陽射しが入り込み、やや広いラウンジを包み込んでいる。
今は潰れてしまった日本製の少々古い液晶テレビからCMが流れている。
40年ほど前の女子プロレスの映像が流れている。
映像の粒子は荒く、時代を感じさせる。
頭の悪そうなフェイスペイントを施した筋肉隆々の悪役レスラーが、派手なブリーチの髪を振り回しながら対戦相手の美人レスラーを思うがまま蹂躙している。
それがアングルなのか本当に実力差があるのか、あるいはその両方なのかは判別できない。
判別できるのは、まだ「アングル」という言葉がなかった時代の古い映像というところだけだ。
悪役レスラーは相当嫌われているらしく、「クソが!」だの「死ね!」だの、ありとあらゆる罵詈雑言が観客から浴びせられている。もちろん悪役レスラーは意に介さない。それどころか、酷い罵声をまるで自分への声援のように聞いているかに見える。
そんな「黄色い声援」に応えるかのように悪役レスラーはムカつく表情をしながら、圧倒的な筋力で軽々と美人レスラーを持ち上げる。そしてまるでゴミでも投げ捨てるかのように、美人レスラーを軽々とリングの外に放り投げる。
明らかにやる気の無さそうなレフェリーがワーン、ツー、スリーとカウントしている。
悪役レスラーはガンギマリした眼光でニヤリと笑いながら美人レスラーの髪を掴み、放送席らしいテーブルの角に頭を叩きつける。慌てて避けるアナウンサーと解説者。理由はわからないが、アナウンサーにはぼかしが掛かっている。
もんどりうって観客席のパイプ椅子に倒れる美人レスラーには目もくれず、ブーツの踵に仕込んだコッヘル鉗子を取り出す。
凶器を手にして歪んだ顔は、さらに狂気の度合いを増した表情になっている。コッヘル鉗子が振りかぶられて虚空を舞い、美人レスラーの後頭部に突き立てられようとしたその瞬間。
ザザッと画面にグリッチが走る。
先程の悪役女性レスラーが現れるが、今度は随分ときれいな今風のハイビジョン映像だ。
『よお、俺だ、ラ・ボンバ・テッシィだ!斗いは美、美は斗い!俺のオススメの美容クリニック『聖路都美容クリニック』、淑女紳士のお前ら、頼んだからな?
わかってるだろうなあー?』
場面が変わり、これまでの鬱屈としたリングに比べたら嘘みたいに清潔で明るい美容クリニックの室内が映る。
歳を経たと思われる悪役レスラーはニコニコしながら、同様に歳を美しく重ねたと思しき美人選手…品の良さそうな壮年女性とガッツリ握手しながらこちらに笑いかける。
『聖路都美容クリニックは都営環状線の翡翠橋駅出口直結、聖路都メディカルセンタービルの15階だ!直通エレヴェータで……
いつでも待ってるぜえ!?』
電話番号とURLが表示され、オシャレなフォントの「聖路都美容クリニック」が華麗なエフェクトで現れる。
♪We can change you~ Yes we can!!
♪ダンダン!
♪SEIROTO BEAUTY CLINIC!!
ダンサブルな女性ヴォーカルの心地良い声。
…
…
「あー、これCM変わったんだよね こないだ勅使河原院長が言ってたよ、頭悪そうなメイクのノリがパキッと決まって完璧だったって」と中年の女性がテレビを見ている。
「この最後に出てきてる女性は、院長から一方的にボコられてた人ですよね」西園寺がタブレット端末をテーブルに置きながらその中年女性に聞く。
「ジャンヌ長嶺だね…理事長との善悪対決の善側で…かなり人気あったらしい…レコードも出してた…はず」とその中年女性医師、南が言う。
「レコード…久しぶりに聞きましたよその単語」
「……悪かったね」憮然とする南。
「……ふふっ。理事長ったら相変わらず暴力的なまでの『美』への訴求力ですねえ。まあこれで…うちらの美容クリニックにはまたまたおカネがチャリンチャリン!って……」
「おいおい朋世先生、それはちょいと腹黒い言い方だね」
「ええーやっぱり腹黒いと思いました?真琴先生?」
甘い香りのするチョコレートスコーンを食べながら、夜勤明けの少々眠そうな顔で高嶺はニヤニヤしている。
黙っていればかなりの美人医師なのだが…どうもこの腹黒さは…と南は思いつつ飲み終わったコーヒーのマグカップを小さなシンクに置く。
「まあクリニックといってもねえ…この病院の最上階にあるわけだし、あまり関係ない世界と言えばそうなるわね」
ラウンジに入ってきたばかりの女性、北条がしたり顔で二人に話しかける。
「うちはホントはSt. Roatですけど、せいろと、と読みやすくしてるわけですからね わかりやすさは売り込みには必要不可欠…チャリンチャリン!」
「でも…うちの病院の利益の大半をクリニックで出しているわけですから…やっぱりクリニックは必要じゃないかなあ…」タブレットにガンガン文字を入れながら西園寺がつぶやく。
「病院経営としては理想に近い…んじゃないかな」南がピアスを勤務中仕様のシンプルなものに替えながら答える。
「しかし…昨日の夜の銃創患者、僕のこの行き倒れのヤク中、いったいいつから日本はアメリカみたいになっちゃったんですかね…」
「それは…知らない…私が7年前に日本に帰ってきたら…なんかこうなってた」南が首からIDカードを下げる。
北条、西園寺が白衣に身に着けていたり、首から下げている横型のIDカードと違い、南のIDカードは首から下げる縦型のものだ。
夜勤明けの高嶺は白衣を脱いでリラックスしており、IDカードや聴診器も乱雑にテーブルに置かれている。もちろん、北条と西園寺と同じ形状のものだ。
『聖路都国際病院 ER医師 高嶺朋世』
北条や西園寺、そしてテーブルに置かれた高嶺のカードはすべて横型で統一されているが、南のものだけは首から下げる縦型のものだ。
「まあ…やり手の元悪役女子プロレスラーなんだから…知名度バツグンで儲かるわよねー!チャリンチャリン!」
小銭が鳴る音を口にするのがよほど気にいったのか、それとも夜勤明けのハイの状態から抜けていないのか、高嶺がまたもやニコニコしながら手でコインをスロットに入れるポーズを取る。
「そのお金で、私たちにはちゃんとお給料が出てるわけだし…この病院のERも比較的潤沢な資金でちゃんと回ってるわけだから…結果オーライかもね」
北条が聴診器を首に掛け、代わりにシンプルなネックレスを外してコンパクトなジュエリーポーチにしまう。これで準備OKという彼女なりのルーティーンだ。
「いや、それは違うよ結衣先生」
「何がよ?」
「私は…この病院からサラリーをもらっていないわね」南がニヤリと北条を見る。
「うぐ……それはそうよね…」
「…そして、私たちのサラリーがHALO…世界保健連盟から出てる分、聖路都には差分のおカネがチャリンチャリン!というわけさ」南がニヤっと笑う。
「さっ、さあ仕事よ仕事!遅番開始!高嶺先生、夜勤お疲れ様!」
「あーもう眠くて吐きそうですよ…おつかれさまでーす、おやすみなさーい」
高嶺は私服に着替え…といっても白衣を脱いだだけだが…車のキーをチャラチャラ言わせながらラウンジを出ていく。
「さてさて、show me the money!…チャリンチャリン!」高嶺の言葉が伝染したのか、小銭を数える真似をしながら南もラウンジから出る。
「はいはい…がんばりましょう!……ちゃりんちゃりん」と若干白々しく言いながら北条も出ようとする。
「僕はちょっとさっきのヤク中の死亡診断書書いてますね …タプタブとね」と引き続きタブレットを操作している西園寺。
「遺体はどこにあるの?」
「外傷3号です、あと10分くらいで管理が受け取りにきます」
「じゃあ…3つまでは外傷はクリアね」北条が微笑んで答える。
「3つも使いたくないけどね」南が少々うんざりしながら苦笑いする。
ラウンジの手動のドアが開かれる。
表向きは手動で内側からはフリーで開くが、外からは虹彩認証しないとロックが外れない。ただし、センサーを一瞥するだけで虹彩認証は終了する。
そのロックの外の世界…そこにはER(緊急救命室)という戦場が待っている。
騒がしい電話の音、受付から聞こえる中年の罵声、椅子に座って泣いているこどもを叱り飛ばす母親。走り回る事務員と看護師。呆然と廊下に立ち尽くす外科の医師。
さあ、一日の始まりだ。
戦場にようこそ。チャリンチャリン。




